たとえ人に笑われようと

#28

 陸斗のラブレター騒動は無事? まぁ、約一名無事ではすまなかったが、解決に至った。


 しかし俺にはもう一つ解決しなくてはならない事案がある事を忘れてはならない。


 だから俺は翌週には再び七家さんの家にお邪魔していた。

 恐らく解決策だと思われる方法を携えてだ。もしかするとこれで俺達のこの秘密の関係は終わってしまうかもしれない。

 だが、俺はそれより彼女の成長を優先しようと思うのだが、これは正しい判断のはずなのに、どうしてかもう少し七家さんとの秘密の関係を続けたいなんて邪な考えをする自分がいて……。


 家からの数十分の道程、心にモヤモヤした感情が生まれたが、マンションに辿り着く頃には俺は俺の役目を精一杯果すだけだと落ち着いた。


「えと、粗茶ですが」

「違うそれ茶やない。コーヒーや」

「今、これしかないの……」

「いや、別にいいけどさ」


 差し出しされたインスタントのコーヒーを一口飲み、緊張で乾いた喉を潤した。

 既に七家さんには解決策を考えてきたと連絡してあるが、その内容は話していない。驚かせたいとかそういうのじゃなくて、普通に説明するより実践した方が早いと思ったからだ。


 向かいに七家さんが座るや、俺は話を切り出した。


「これはラブコメ漫画を読んでいて見つけた方法だ」

「ラブコメ漫画? エロゲじゃなくて?」

「エロゲにもそういった場面はあるが、今回は漫画だ。というか、漫画の方が今から言う方法の元になったシーンが多く描かれていると思う」


 別に統計とかとったわけでもないし、完全に感覚で話しているのだが、とにかくそれは漫画でありながらも現実でも度々見られる物だ。

 俺はできるだけ真剣な顔で言った。


「運動している女の子はエロい」

「…………ん?」


 まさに、真剣な顔で何馬鹿な事を抜かしているんだこの童貞。童貞が許されるのは小学生までだよねーキャハハという顔をされる。


 嘘だ。普通に戸惑った顔をされた。


「言い方が悪かったな。よくあるだろ? 走り終えた女の子が息を切らしているのを艶めかしく描かれているシーン」


 もっと詳しく言えば、主人公に手を引っ張られて走った女の子が足を止めた時にする「ハァハァ、もうだめっ」ってアレ。

 あの光景って確かに盛られている感じはあるが、リアル女子も意外に走った後なんかにエロい声を出すと思っている。

 昨日、和華を呼び出して全力疾走してもらったので検証済みだ。協力のお礼に寧々音のねるねを渡したらちょっと喜んでいた。何でも初めて食べたらしい。


 帰り、買って帰らないとなぁ。次に食べのは今週末だけど、無くなっているのに気がついたら多分……泣く。ガチ泣きする。


 ともかく、立証されているのだから試してみる価値はあると思う。


「じゃあ、息切れをした時の演技をすればいいんだよね?」

「そうそう」

「よし、分かった」


 グッと手の前で拳を作ってやる気を出した七家さんは、一度喉の調子を確かめてから演技を始めた。


「ハァハァ……ハァハァ……どう?」

「うーん。悪くは無い。悪くは……無いんだけど」

「足りない?」


 足りない。率直な感想で言えば上手くない。

 息切れの演技かと聞かれるとその通りだし、ちゃんとそう聴こえる。でも、どこかまだやりきれていないように感じるのは多分勘違いじゃないはずだ。


「そうだなぁ。走る……のは無理だから……ちょっと腕立て伏せしてみてくれないか?」

「あ、うん。分かった」


 コクリと頷くと、すぐに腕立て伏せの体勢をとり、上下運動を開始した。もちろんエロい意味じゃない。上下運動という響きで興奮するのは思春期男子の性であるが、今はそんなものポイである。


「んんっ……きつっ……はぁんっ」


 十五回を越えた辺りから一気に息が乱れ始めた。そしてそれは予想通り、ナチュラルにエロいと言える。

 なら、ここでもう一押しだ。


「七家さん。今から携帯で台詞出すから、それ読んで」

「こ、この状態、でぇ?」

「うん。じゃあ……これ」


 エロゲのワンシーンを抜き出した画像を七家さんの前に見せる。これ、必要だからやってるけど、セクハラもいいところだ。

 だけど、これで多分俺の思惑通りなら……。


「はぁ、はぁ……もぅ、だめっ、声が、抑えられないのぉっ! ほしいのぉ。私、を、もっと愛してほしいのぉ……あ、ダメもう本当に限界」


 台詞を言い切るのと同時に腕に限界が来たらしく、床へと崩れ落ちた。

 しかし……作戦は大成功だ。


「あの……逢坂君……?」


 地面に突っ伏したまま七家さんが上目遣いに俺を見上げてくる。その顔はちゃんと出来ていたのか分からない不安が見て取れる。

 それと同時に適度の運動で火照った頬や、滲んだ汗、それに伴い何故か香る甘い匂いで、思わず生唾を飲み込んだ。


「……七家さん。これ、ICレコーダーね。今の録音したから。これ聞いて反復練習すれば多分大丈夫だと思う。それに出し方も何となくコツ掴めなかった?」

「え? うん。コツは何となく……練習したら出来るかも……いや、そうじゃなくて……」

「なら、良かった。それと、今のめちゃくちゃ良かったよ。しかもちょっと朱里っぽい声でやってくれたよね? もうめちゃくちゃ興奮した! だから……えーと、今日のところは解散でっ!」

「ちょっ、逢坂君!? いきなりどうしたの!?」

「じゃあまた学校で」


 驚いて目を瞬かせる七家さんを尻目に俺は荷物を持って部屋から飛び出した。

 一刻も早くあそこから、七家さんの前から離れなくてはいけなくなったから。


 そうしないと。


 俺が……どうにかなりそうだったから。

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