#27

「あ、手紙って見せて貰ってもいいのかな?」


 スーパーでの買い物を終え出てきたところで、七家さんがそう聞いてきた。

 見せびらかすものでもないだろうし、他人の物なのでどうしたものかと悩んだが、七家さんが言いふらすとは考えられない。

 それに、女子だからこそ何か分かるかもと思って差し出す事にした。


「わぁ、可愛い字だね」

「だよな。そんな字を書く子が陸斗なんかを好きになるなんてなぁ」

「あははは。友達でしょー? ちゃんといい所は知ってるって顔してるよ?」

「そんな顔してないって。陸斗とかただの変態だし。まぁ、一緒にいて楽しい奴では……ある」

「はいはい、ツンデレツンデレ」

「違うから!?」


 まったくもって不愉快だ。俺はツンデレじゃなくてクーデレだ。クールなのだ。


「ん? ねぇ、逢坂君って香水つけないよね?」

「え? 男って香水つけんの?」


 香水ってあれだろ? 振りまけば魔物が寄ってこなくなる……って、それは聖水だ。

 香水は、かえって寄ってきそうだな。


「あ、うん。それだけで分かった。じゃあ黒岩君も……」

「そりゃ、あいつからそんなおしゃんてぃな匂いしてきたらすぐに分かるけど」


 何故そんな事を聞くのだろうと首を傾げていると、七家さんはスンスンと鼻を手紙に近づけた。


「だいぶ匂い薄れてるけど、ちょっと香水の匂いがしたんだよね」

「なるほどっ! じゃあその香水と同じ匂いの女子を探せばいいんだな?」


 これは大きな手掛かりだ。期限は明日までだが、なんなら伸ばしても良い。

 しかし、俺が喜んでいると、七家さんは怪訝な顔をして言った。


「うーん。この香水って……」


 後に続いた言葉は余りに衝撃的で……。事実を知ってしまった俺は七家さんと別れ、陸斗の家へ。

 だが、陸斗には何も言えず、ただ手紙を返してそそくさと家に帰った。


 そして、その晩。寧々音を通して姫ちゃんにある条件を二つ追加してもう一度探して貰うことになった。

 一つは香水をつけている人。


 もう一つ。


 


 そして、次の日の昼休みには寧々音から連絡が入り、予想通りの結果が報告された。


 確定ではないものの、ほぼほぼ黒であると姫ちゃんは言い、寧々音に至っては終始爆笑する始末。

 あぁ、陸斗。俺はこの事実を伝えなければいけないのか?


 この悲しみに満ちた現実を。




 放課後。予定では今日がラブレターの主を探す最終日である。


 俺達は全員、再び屋上前踊り場に集まり、結果を陸斗に伝える事になったわけだが、場は重苦しい空気を漂わせていた。

 唯一、何も知らない陸斗だけが能天気に姫ちゃんに話しかけて、軽く無視されている。


「陸斗。俺達の調査結果を言うぞ?」

「おう。まぁ、予想はついてるけどな。どうせ見つからなかったんだろ? 二日前で何の成果もなかったのにそりゃあるわけねぇよな。ま、気にすんな。あ、でもソフトは無しな」


 この何も知らない純真無垢な馬鹿。姫ちゃんなんてあまりの悲劇に顔を背けてしまった。

 と、思いきや、堪えていた笑いを堪えきれずに吹き出していただけだったようだ。不謹慎ですよ君。


「いや、差出人は見つかった」

「おい、マジかよ!? 早く教えてくれ!」

「……いいんだな?」

「は? 何がだよ。もったいぶるなって。あぁ、もしかしてあんまり可愛くなかったとかか? それは残念だが元々そこまで期待してねぇよ」


 なるほど。期待……ね。


「覚悟があるんだな?」

「あるある。めちゃくちゃある。寧ろある」

「わかった。俺はお前の友としてちゃんと話さなくちゃならない。寧々音、例のアレを」

「らじゃ」


 目配せすると、寧々音は頷き、ポケットの中から携帯を取り出した。

 そして、電源をつけ、あらかじめ用意されていた写真を陸斗に見せる。


 俺はその時の呆けた陸斗の顔を生涯忘れないだろう。


「あー? 何のつもりだ?」

がお前へラブレターを送った差出人だ」


 そこには少々……というか中々にガタイのいいスポーツマン然としたうちの高校の制服を着た男子が写っていた。隠し撮りをしたらしく、男子生徒は友人と楽しそうに話している。


「は? あ、あぁ! なるほどな。こりゃあいつらのイタズラだったのか。まぁ、そりゃそんな上手い話ねーわな。ははは……は、はは?」

「よく聞け? 彼は、多分本気だ」

「嘘だっ!」


 大声を上げて陸斗が取り乱す。可哀想に。

 しかし俺は調査を請け負った者として最後まで話す義務がある。


「嘘じゃない。恐らくお前も見覚えがあると思うが彼のプロフィールだ。姫ちゃんが調べてくれた」


 彼の名は男鹿おが智之ともゆき

 四人一家の次男で、中学三年間、ラグビー部に所属していたスポーツマンで、恐らく高校でも入部するであろう。

 ただ、スポーツマンの顔とは別にアニメ……特にロボット系のアニメを好み、ロボオタの称号を持っている。


 そして、陸斗とは彼が中学三年だった時からの付き合いで、幅広く手を出していたオタである陸斗が何かと世話をしていた模様。


「彼に行き着いた決め手は二つ。一つはお前に送られたラブレターの匂いだ」

「匂、い?」

「あぁ、微かにだが香水の匂いがする。その匂いは……ある情報筋によると、男性用の香水らしい。そして、彼はラグビー部の朝練の後は必ず香水をつけているらしい。残念ながら匂いの一致は確かめられなかったがな」

「確かめてないのか!? じゃあまだわかんねぇだろ!」


 七家さんのおかげで分かった証拠。これだけでも十分に確証に近いと思うが。

 しかし、もう一つ。

 まだ陸斗に現実だと知らしめる証拠がある。


「二つと言ったはずだ。和華、頼む」

「あ、あぁ。なんだか可哀想になってきたぞ」

「仕方あるまい。恋愛は、自由だ」


 そう。彼には彼の思いがある。だから結果どうなろうと陸斗にはしっかりと向き合ってもらいたかった。

 決して面白がってなど……ちょっとは思っているけど……男の娘もありだなと思い始めた俺としてはそういうのも一つの愛の形なんだろうと思っている。

 まぁ、俺はお断りだけど。


 つまるところ、断るにしても誠意を持てよという事だ。

 だから、最後の証拠を和華が出した。


「彼の字だ。丸っこい。とても可愛らしい字だ」


 顔に似合わずと言えば失礼になるかもしれないが、やっぱり顔に似合わない女の子っぽい可愛らしい字である。

 それを見て、もう否定しようがなくなったか、陸斗は膝をついた。


「そっか。あいつ……俺の事を……」

「陸斗。どうするかはお前が決めろ。俺はどの選択をしても……味方だ」

「輝夜!」

「行ってこい! 彼は今ラグビー部の体験入部中だ!」


 陸斗の肩を叩くと、奴はいい笑顔で走り出した。


 だから俺も最高の笑顔で見送ってやったんだ。

 そして、皆も……。


「私、応援しますよ。同性愛って良いものです。ね? 寧々音!」

「ないです」

「そんな事言わずにさぁ。ねぇ、いいじゃ、ないのぉ」

「市姫。今、寧々に触れたら絶交」

「それは酷いよ寧々音」


 しょぼんぬ顔の姫ちゃんに、もう携帯で音ゲーを始めた寧々音。この二人はいつも通りとして。


「輝夜輝夜! 後追おうぜ! めちゃくちゃ気になるって」

「当たり前だ。行くぞ和華。性別がたとえ男だろうと、最初からこれが目的だっ!」


 こっちも平常運転。


 どんな結果になっても面白いに決まっている。何故ってそれは陸斗だからとしか言いようがない。


 そして、俺達は陸斗の後を追いかけて……。




 あんなに濃厚なサヨナラのディープキスは初めて見た。きっと……一生忘れない。


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