#26
ちょうど午後五時を過ぎた頃、俺は仕事から帰ってきた母さんに買い物を頼まれて、近くのスーパーマーケットまで出ていた。
また、このスーパーの近くに陸斗の家があり、そこにもとある用事で寄るつもりだ。
その用事というのが、陸斗宛のラブレターを俺が持って帰ってきてしまったので返すだけという、別に明日学校で渡せばいいだろうというもの。
しかし、他人宛のラブレターを持っているというのも落ち着かず、どうせついでなので持ってきた次第である。
それはともかく、スーパーの閉店時間が六時前だから、先に買い物を済ませる為に店へ急ぐ。
ただ、このスーパー閉店前になると値引きシールが商品に貼られる為、主婦達がそれを求めて押し寄せてくる。何度か遭遇した事があるがまさにBBAの寄せ鍋状態。時折流されて目的地から離される事もしばしばだ。
案の定、店は買い物カゴを持った主婦でごった返していた。とりあえず店の中で井戸端会議はやめて欲しい。それじゃなくても通路が狭いんだからものすんごい邪魔なのですよ奥さん。
そんな中で俺の視界に見覚えのある姿を捉えた。
それは向こうも同じで、二人してあっ、と口に出てた立ち止まる。
「えーと、こんばんは。逢坂君」
「こんばんは。七家さん」
互いに挨拶を交わすと、自然に隣に立って歩き出す。わずか数日話していないだけだけど、どうにも久しぶりという言葉を言いたくなるのは、もしかして俺は寂しかったのだろうか?
流石にこの時間帯のこんな主婦がおしくらまんじゅうしている店に俺達を知っているクラスメイトはいないだろうし、見つかってもその時は偶然を装えばいい。
寧ろ、ここで互いに無視するのもどうかという話だ。
「ここ、七家さんの家とは反対側だよな?」
「うん。でも、この時間だとこのお店、お弁当とか安くなるし。今日は自分でご飯の準備したくない気分だったから」
「あぁ、なるほど」
ってか、そういや一人暮らしだから炊事とか全部自分でやっているんだよなぁ。俺には難易度高そうで、一週間持つかどうかというところである。だから一人暮らしが出来る人って普通に尊敬だ。
「逢坂君はおつかい?」
「おつかいって子供扱いされているみたいだけど……まぁ、その通り」
「あははは。子供扱いなんてしてないよ。被害妄想すぎー」
ぺちぺちとカゴを持っていない方の手で腕を叩かれるが、力は入っておらず、逆にくすぐったいくらいだ。
そんな事をしながら歩いていると、周りの人達の視線を集めたようで、井戸端会議中のババ……奥様方に話のネタにされてしまう。
「あらやだ奥さん。なんだか仲睦まじいわねぇ」
「ほんとほんと。私も一昔前は旦那とねー」
「あらいいわねー。うちの旦那なんて一昔前もむっすーとしちゃって」
「それうちもだわー」
主婦達は楽しそうだが、当の俺達はと言うと、二人して顔を赤くして無言になる。
こんな時、わざわざ否定するわけにもいかず、ただ気まずくなってしまう。
具体例を言うと、ゲーセンで何となく取れそうだからという理由で女児向けの商品を置いてある台の前に立つと、周りからクスクスと笑わて恥ずかしいけど、その人達に「俺は別に女児向け商品が欲しいんじゃなくて、取れそうだなぁと思ったから見てただけですー」なんて言わないだろ? というか、俺は言えなかった。
あぁ、黒歴史を思い出したせいで心が闇に染まって……。
「そ、そう言えばさ! 前に言ってた黒岩君の件どうなったの!?」
「あ、あぁ、全く進展なしだ。実はこの後、その手紙を陸斗に返しに行くところなんだ」
「え、じゃあ今は逢坂君が持ってるの?」
「そうなんだよ。こんな他人のラブレターとか持ってたくないっての」
「それ嫉妬〜? 友達が先に彼女出来たら悔しいもんねぇ」
さっきの恥じらった姿とは一転してニヤニヤとした笑みを浮かべながら、肩をぶつけてくる七家さん。
「いや、別に俺彼女とかいらんし」
「え? なにそれ強がり? 逢坂君も男の子だなぁ」
「いやいや、強がりとかじゃなくて俺の趣味的にさ。女の子は嫌がるだろうし、正直金とかも掛けたくない……」
「うわぁ、灰色の高校生活まっしぐらだね。いや、色的にピンク?」
俺の趣味がエロゲだというのは七家さんの知るところで、そこからピンク色の高校生活と連想したのだろうが、彼女作って生々しくやらしい高校生活をしている方がよっぽどピンクではなかろうか。
どちらにせよ余計なお世話である。
「そういう七家さんは?」
「私はー。うーん。欲しい……かな。でも諦めてる」
「諦めてる?」
七家さんの姫……じゃなくて美少女っぷりなら彼氏の一人や二人、余裕だろうに。
欲しいというなら探して作ればいい。何を諦める必要が……と、そう言えばそうだった。彼女はエロゲの声優で、普通の恋愛は難しいのだ。
だから苦笑を浮かべて、残念そうに言った言葉に申し訳ない気持ちになる。
「やっぱり難しいよ。だからせめて青春くらいはしっかり謳歌したいと思うの」
恋に青春なんて昔からあるラブコメや恋愛物の常套句だけど、彼女はその恋は出来ない。
俺が同じ立場だとしても、やはり相手には知られたくない仕事だと思うから。たとえその仕事に誇りがあったとしても。
「そっか……」
「ちょっと、暗い顔しないでよぉ! 別にそこまで悲観してないから。それに私を夢中にさせてくれるような人はまだいないから」
「……そりゃあれか? 理想が高いとか? まぁ、七家さんと釣り合う男子なんてなかなかいないもんなぁ」
俺が暗い気持ちになったのを察して茶化した七家さんの言葉に乗っかって俺も冗談っぽく、でも本当の事を言った。
それにきっと笑って返してくれると思っていたのに。
彼女は真面目な顔をして……。
「釣り合うとかじゃないよ。理想なんて高くない。私は……」
気がついたら七家さんは立ち止まり、俺の目を見ていた。
俺は何も言えず、ただその視線を受け止め、気恥しさから逸らしてしまう。このヘタレめ。
「ねぇ、逢坂君。私の好きなタイプ教えてあげようか?」
「はい?」
いきなり何だと言うんだ。その発言の真意も、どうしてそんな考えに至ったのかの経緯すらも分からず、間の抜けた声が出る。
「自分を偽らない人。自分の好きな物を好きって言えるって格好いいよね?」
「そ、そりゃ格好いい……けど。でも、それって難しくないか? 人って何だかんだで仮面を被るものだろ」
「そうだね。うん、そうだ。だから……私は……」
その先の言葉はあまりに小さすぎて、こんなにも近くにいるのに聞こえなかった。
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