#23

 倒れた七家さんを所謂お姫様抱っこで抱えて、ベッドへと運ぶ。すやすやと気持ち良さそうに眠る顔を見て起こす気にもなれなかったからだ。


 傍らに座りながら携帯を弄るが、さっきの事がグルグルと頭の中で回っている。

 七家さんの興奮具合も相当だったが、それでも好きでもない男にあんなに迫れるものだろうか。多分だけど、嫌われてはない。

 そうじゃなければ家になんてあげないだろうし……。


 いや、それを言うと出会って間もないというのに距離が近過ぎると思う……。普通はもう少し時間を掛けてだな。そう、たとえば和華なんかも……和華はダメだ。アレは参考にならない。

 むしろ七家さんなんかよりよっぽど馴れ馴れしい。


 そう言えばあのリア充グループは一週間と経たないうちに仲良しグループへと変貌していた。

 つまり、一般人にとってこの距離感は普通? そして、それらと付き合っている彼女もまた……という事か。

 なら、おかしいのは俺の方……なのか?

 いや、それにしても今日の七家さんはおかしい。


 考えが巡るが、それでも行き着く所は……。


「実は七家さんは俺の事が……いやない。それはない。幾らギャルゲ脳だと言ってもそれは妄想し過ぎだ。これはリアルでゲームではないのだから」


 かぶりを振って馬鹿な考えを捨て去る。そう、リアルはゲームではない。だから都合の良い解釈は人生を容易に終わらせるかもしれないのだ。つまり、リアルでのBADENDというわけである。


「それにしても……エロかったなぁ」


 正直リアル女子にここまで劣情を感じたのは初めてだ。

 三次元は二次元には勝てない。それはフィクション故に未完成であり、それでいて完成しているのだから。

 無限の可能性を秘めた二次元のエロという分野に勝てる三次元などいない。そう童貞の俺は考えていたわけだが……。


 あの時の七家さんはもしかすると二次元を上回っていたかもしれない。


 二次元とは違う。もっと言うとAVなんかの画面越しではない生々しさ。

 目、唇、息遣い、声、汗、匂い、どれをとっても俺の脳を揺さぶって仕方ない。


 認めよう。完全に俺は彼女に欲情した。

 七家さんが起きた時、俺は何と声を掛けたらいいのか分からない。きっと彼女もそうだろう。


 であれば、今のうちに帰るという選択肢がある。

 しかし、このまま黙って帰るというのも後ろ髪を引かれる思いをしそうで……。


 悶々と考えていると、ベッドの上で七家さんが小さく苦しそうに呻いた。


「頑張る、から。見捨て、ないで……」


 一体誰に言っているのかわからないその言葉にどうしてか俺は返事をしてしまった。


「大丈夫。見捨てない。君は凄い声優になれる。その手伝いができるだけで俺は光栄だ」


 聞こえているはずがない。しかし、そう言うと、険しかった顔が解けて、安心したような顔で寝息を立て始めた。


「そうだよ。目的を忘れちゃダメだ。俺は彼女が立派な声優になれるための手伝いをするんだ」


 それが今は偶然喘ぎ声という特殊な練習になってはいるが、それも彼女にとっては真剣な悩みなのだ。


「そういや、ちゃんと喘いでたよな。あの時」


 ちゃんと喘いでいたという表現に問題はあるが、つまり、さっきの七家さんは生々しくも喘いでいた。

 後はそれを演技として出来るかどうかという事か。


 彼女に足りないもの……。


 何故、彼女は喘ぎ声が下手くそなのか。


 それは経験がないからだ。いや、経験した記憶がないと言った方が正しい。

 七家さん自身が言っていた最中の記憶が飛んでしまうという状態。


 もうそこから意味がわからないが、そう言う事らしい。


「んんっ……ん?」


 頭にクエスチョンマークを浮かべていると、丁度、七家さんが目を覚ました。


 寝ぼけまなこで辺りをキョロキョロして、俺と目が合うと小首を傾げる。


「おはよう七家さん」

「逢坂君?」

「はい、逢坂です」

「あれ? 私、えっと、確かえっちなアニメ見てて……記憶が……ない」


 嘘やん。

 いや、マジか。本当に記憶飛んだのか。


「何も覚えてないの?」

「えっと……途中から凄い変な気持ちになって、しかも隣に逢坂君がいるって思ったらもう、頭がジーンとやばい感じに……その後はわかんない」

「あぁ、そうなんだ」


 もう何と言っていいのか分からず、気の抜けた相槌だけ打つと、次第に七家さんの顔が青ざめていった。

 そして恐る恐るという感じに、


「もしかして……事後ですか?」

「違うよ!? 俺何もしてないからね?」


 とんだ冤罪容疑である。


「よ、よかったぁ……」


 さっき、実は七家さんは俺のことが好きではないかと妄想していただけに、あからさまにホッとした様子にはちょっと心にくるものがある。分かってたけど……分かってたんだけどさぁ。


「まぁ、何だ。この練習は封印な。もうしない方が良い」

「う、うん。迷惑かけてごめんなさい」


 いや、寧ろご褒美だったけど。


「気にしてないから。それより、体は大丈夫? 記憶飛ぶとか結構ヤバそうなんだけど」

「うん。寧ろ少しでも寝られてスッキリ? みたいな」

「それは良かった」


 本当に寝たからスッキリしたのか疑わしいが、そこは追求しないでおこう。七家さんの為にも、俺の為にも。


「それで、七家さんが寝ている間にちょっと考えてたんだけど。確かにプロの人達の声を聴いてコピーするのは方法の一つとしてはいい方法だと思うんだけど、俺と一緒ってのは違うと思う」


 今更だけどね。

 しかし、七家さんは真剣に聞いてくれている。やっぱり本気で取り組んでいることは確かだ。


「まず、コピーの練習は七家さん一人でやってくれ。俺は別の方法でアプローチしたいと思うんだ」

「別の?」

「まぁ、色々調べてね」

「……分かった。お願いします」


 ペコリと頭を下げる七家さん。


「んじゃ、今日はもう帰るね。しっかり休みなよ?」

「うん、せっかく来てもらったのにごめんね?」

「だからいいって。どうせ暇してたし。いつでも呼んでくれたらいいよ」


 ここまで徒歩でも三十分程度。今日は徒歩で来たけど、自転車を使えばさらに早く来る事も出来る。

 その程度の労力ならばいくらでもしよう。


 もう二度目となる七家さん宅の訪問はエロアニメを少し視聴して、後は七家さんの寝顔を間近で見るというご褒美なのか、新手のプレイなのか、それとも生殺しにして俺の理性をどうにかする拷問なのか……。

 しかし、まぁ……七家さんの寝顔……撮っちゃった。てへぺろっ!


 やばいなぁ。なんか勝手に手が動いて撮っちゃったけどどうしよう。俺の携帯の画像フォルダに二次元以外の女の子の写真があるとか、人が風景写真を撮っている所を邪魔してきた寧々音が写っているの以外なら初めての事だ。

 ただし盗撮写真。


 帰り道、五分置きに画像フォルダを開いては可愛さに顔がニヤけ、すぐに自分のした行為に嫌悪を抱き、消去を考える。


 それを家まで続け……結局消さなかった。彼女なんて要らないと言いながら俺って何してんだろう。

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