手紙の主よ、君の名は?

#20

 事件は昼休みに起きた。

 二年生になって最初の土日休みを控えた金曜日、その日は朝から平穏だったと言って過言ではない。

 依然、山井さんを見る物珍しげな視線はつづいたが、それも昨日からすると、だいぶと減っていた。


 七家さんも通常運行で、は、は……何だったか忘れたけどリア充選手権クラス代表みたいな男子生徒のグループで普通にしている。

 互いに視線も合わせず全く接点は作らない。少し寂しくあるが、俺としても、彼女としてもこれが一番良いのだ。

 秘密の関係と言えば聞こえもいいだろう。


 だが、それが嵐の前の静けさだと俺はその時気がつけなかった。


 四限が終わり、教室はさっさと食堂か別クラスへ向かう者、グループで集まる者、ぼっちで残っている者とそれぞれ動き出すか、もしくは動き出さない。

 そして、俺の元にはポケットに手を入れて、一見、クールそうな女の子、和華がやって来た。手にはコンビニとかで売っているロールケーキの菓子パン。巻き物好きだね?


「輝夜。ごーはーんー」

「おう。あ、ちょっと待ってな。おい、陸斗」


 どうにも最近ほとんど絡めてない陸斗を呼ぶ。こちらも余裕が無かったから放置していたが、昨日の朝からおかしかったのだ。

 どうも手紙を貰っていたようだが、まさかと思うがラブレターなどという兵器ではなかろうかという疑いを晴らす為には聞かなくてはならない。

 それに、本来なら俺と和華が一緒にいるのに何のリアクションもないなんておかしいとは思わないかね?

 始業式から彼女だ、女だとほざいていた馬鹿を馬鹿にしていた俺が突然近しい女の子を作ってしまったという事実は紛れもないわけで、いつもなら野生のチンパンジーのように威嚇しながら襲ってくるに違いない。

 なのにそれがない。どころか今日の朝も元気が無く、ほろほろとどこかへ消えていった。


 流石に心配せずにはいられない。


「おぅ、どうした輝夜?」


 普通に返事をしてこっちに近づいてくるが、やはりいつもの覇気を感じられない。

 言うなれば炭酸の抜けた炭酸水。もはやそれは炭酸水ではないのと同じく、うるさくない陸斗など陸斗ではないというのが俺の考えだ。


「何かあったのか?」

「うぐっ」


 小さく身じろぐ。わかりやすい反応である。


「輝夜輝夜。それは輝夜の友達か?」


 ツンツンと横から和華がつついて聞いてきた。


「まぁな。昨日から変だからちょっと聞こうと思ってて」

「昨日……? おい、まさかアタシのせいか? ほら、大切な友達が取られて落ち込んでるとかじゃ……」

「んな、馬鹿な」

「少なくともアタシは輝夜が私を友達じゃないとか言い出したら不登校になれる自信がある」


 俺責任重大じゃん。和華がヤンデレ化して俺束縛ENDとか笑えないから。和華の家的に監禁とかされても巧妙に隠蔽されそうで怖い。

 まぁ、寧々音達とも上手くやれているみたいだし、それはないか。


「まぁ、その辺は安心してくれとしか。というか、こいつの目に和華は入ってないと……」


 瞬間、力強く両肩を握られた。七家さん何かとは力が強く、普通に痛い。犯人は竜の陸斗だ。


「誰だお前そのヤンキー風の美人!?」

「今更!?」


 やっと視界に入ったらしい。本当にどうしたというのか。

 さすがの俺も本気で心配になってきた。


「ただの友達だ。それより、お前の方だよ。和華、昨日から登校してるし、昨日からお前変だぞ?」


 陸斗を引き剥がしながらもう一度問う。何も言いたくない事を言えとは言わないが、やはりどうにか出来るならしてやりたい。

 その程度の友情……いや、愛着くらいならこの馬鹿にもある。


「……ここじゃ」

「んじゃ、場所移すか? とりあえず人が来なさそうな……」


 言っても学校じゃ場所なんて限られてくる。やはりあの場所しかないだろう。


 というわけで、毎度おなじみ屋上前踊り場。密会には持ってこいの如何わしい場所である。決してイカ臭い場所ではない。どちらにしても卑猥なのは変わりないけど。


 そこに、俺と陸斗、それに和華も連れてきていた。一応、陸斗にはここに来るまでに紹介をし、言いふらすような奴じゃないから同伴してもいいかと聞いて、了承を得ている。

 付け足すと、一応の為に和華の素性も伝えて、手を出したら山井組の制裁を受けるかも……と釘を刺しておいた。和華のポンコツ具合を知って、こいつが馬鹿な事を考えないか心配だったからな。


「んじゃ、何があったか言って見ろ」

「おう。まずは昨日の朝の事だ。聞いて驚くな? 俺の下駄箱にラブレターが入っていた」


 予想していたので驚きはしなかったが、やはりあの手紙はラブレターだったのか。こんな馬鹿を好きになるなんて俺を好きになるやつが現れるくらい稀有な事だ。つまり、俺にもワンチャンあるんじゃね?


 ともかく、先を促す。


「それは、誰からか聞いていいのか?」

「それなんだ……」

「どれ?」

「差出人不明なんだよ! 見てみろ」


 そう言って学校指定の手提げ鞄から出したのは可愛らしいピンクの封筒。確かにラブレターっぽい。

 中身を出すと、封筒とセットの柄だと思われる手紙があった。

 中には始業式の日に一目惚れをした事と如何に自分が陸斗の事が好きなのかを丁寧に懇々と書かれている。


 しかし、最初の「黒岩陸斗様へ」の文字はあるが、差出人の名は何処にも書かれていない。もちろん封筒の方にもだ。

 それに、気持ちが書かれているだけで、どこかへ呼び出したりというわけではなかった。


「確かに書かれていないな。でもだいぶと好かれているみたいじゃないか」

「おう。でよ、俺はその手紙は超絶美少女で、尚且つ後輩ではないかと推理したわけだ」


 ふむ。この手紙からそこまで推理したのか。


「どうしてそうなったか聞こうか」


 何となく長くなりそうだから壁に体をあずけて座る事にした。すると、横にちょこんと和華が座り、その自然な動きに俺は唖然とした。

 初対面の時から随分と距離が近い奴ではあったが、今のは不意をつかれた感じで、思わずドキッとしてしまう。


 その和華はと言うと、俺をキョトンとした顔で、不思議そうに見ている。


「どうした? あ、隣座っちゃダメだったか?」

「いや、んなことないけど」


 和華と友達を続けるって事は……これ、慣れないといけないのか? そのうち不特定多数の誰か達に呪われそう。


「あの、話していいですか?」

「いいけど敬語やめろ?」


 いきなりよそよそしくなるな。俺は別に遠い存在になってないし、むしろお前がなりそうなんだろうが。


「まぁ、簡単な推理だけどな。まず、字体だ。めちゃくちゃ可愛い文字で書かれているな?」

「そうだな。丸っこい女の子らしい文字だ」


 さらに言えば文字一つ一つが小さい。読みにくいわけじゃないが目の悪い方には辛そうだ。


「そこから可愛い系の美少女だと伺える」

「おい待て。可愛い系なのは何となく理解してやらんでもないが、何故美少女なのだね」

「そんなのこういう時のお約束として美少女なのは当然だろう? 馬鹿か?」


 ……早くも聞く価値すら感じられ無くなってきた。

 というか、お約束ならこういう時はブスかヤバい奴だろうに。


「はぁ……。それはいいとして、じゃあどうして歳下なんだよ。それもお約束とか言わないよな?」

「当たり前だろ。その手紙には始業式の日に一目惚れしたと書いてある」

「ふむ」

「つまり、始業式の日に初めて俺を見たという事だ。従って同学年の可能性はとても低く、それでいて三年生の可能性もだいぶと低くなる」


 決めポーズと共にビシッと指を指してくる。へし折ってやろうかその指。


「確かに同学年は低そうだな。でも三年生は可能性で言えば低くはないだろう? 今まで興味が無かっただけで、たまたま視界に入ったのかもしれないし」


 すると、先程の指してきた人差し指が立ち上がり、チッチッチッと左右に振られる。いつも以上にウザったい事この上ない。

 隣では既に話に飽きたのか、和華がもきゅもきゅとロールケーキを食し始めた。もう、こっち見てた方が癒されるから、隣向いてていい?


「ん? 輝夜食べるか?」

「あ、いや……」


 チラリと見ただけだったのだが、それが偶然和華の視線とぶつかり、ロールケーキを羨ましがっていると思われたみたいだ。


 俺も母さんの職場の余り物シリーズ、鮭おにぎり&メロンパンを朝、母さんの手から配給されたのでそれがあるのだが、ここには持って来なかった。

 持ってきていた和華はとても賢いと思う。


「ほら、一口だけだかんな?」


 言いつつ、食べかけの部分を差し出してくる。もう、このナチュラルポンコツヤンキーと一緒にいたら常識がおかしくなりそう。


 でも、いただきます。だってこれ、アーンって奴じゃん。多分一生俺には縁がないので人が少ない今のうちにやっておきたいと思う。

 教室では無理だけどな。


「美味しいだろ?」

「うむ。美味」


 ちょっと味とか分かんないです。顔赤くなってません?


「ねぇ、殴っていい?」


 視線を戻すと陸斗はガチ泣きしていた。いや、マジごめん。今のは俺が悪かった。

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