#16

 女の子と並んでエロゲをプレイ。どう考えても気まずくなると思っていたのだが……。

 しかし、その予想は裏切られ、今はゲームを中断して顔を突き合わせ互いの主張を一歩も譲らずに喧嘩をしていた。


「だから、別に氷沢さんが悪いなんて言ってないじゃない! 私は平山さんのが好きって言っただけだし!?」

「あーはん? これだからアニメ勢は。頭大丈夫? おっぱい揉む?」

「あーあ、こんな度量の狭い男の人だとは思わなかった! 本当のファンなら、区別を付けずどっちも愛したらどうなの?」

「正体を表したなこのビッチがぁ! お前それ可愛い子が二人いたからどっちも抱いたみたいな考え方だからな? キャーおーかーさーれーるー」

「犯さないわよ!? それに、それとこれとは違うでしょ!」


 音楽バンドなら音楽性の相違。萌え豚なら推しキャラ、推し声優の違い。腐女子ならカップリングに、受け攻めの違い……。

 一度は絆を感じたのに離れてしまう原因がこれだ。


 某有名ADVを開始する時、主人公の妹を攻略対象としようと二人の意見が一致したのは偶然、いや必然的であったと言っても過言ではない。何せこのゲーム、主人公の妹が可愛すぎる事で有名な作品だからだ。

 だが、事件が起きる。事の発端は七家さんの一言。


『原作の氷沢さんの声もいいけど、私はやっぱりアニメの平山さんの声がしっくり来るなぁ』


 と言ったのだ。

 それに対して俺は。


『嫌いではないけど、氷沢さんのイメージがあるから正直俺的に受け入れられないかな。俺的にね』


 と返したんだ。

 まぁ、つまりはよろしいならば戦争だ。ということである。

 一度燃え上がった闘争の炎は消えることなくさらに燃え上がり、最初はお互いに少しは譲歩するような話し方をしていたものの、ここに来てその譲歩も消えて互いを罵り合う所まで来てしまった。


 こういうのは先に折れた方が負けとかは無く、何かのきっかけで終わるまで、性格や容姿、色んな所に戦火が燃え広がる。

 しかし、醜くともそこには引けぬ信念があるとかないとか。


 睨み合う俺達は次第に一触即発ムードに……。


「ぷっ、あはっ、あははっ」


 ムードに? あれ、ならない? これが陸斗なら一週間は陰湿な嫌がらせが互いに続くのに。

 たとえば、あいつの携帯にSNSで大人が裸で抱き合ってる写真を何枚も送り付けたりだな……。


 ご褒美? もちろん相撲の画像だけど何か?


 ちなみに俺が受けた嫌がらせで一番酷かったのは感動系だからプレイしてみろと渡されたエロゲが超鬱展開だった時だ。

 あの時は一週間も暗い気分で、気がついたら寧々音にアプリゲームの周回作業させられていた。兄が鬱気味で心空っぽにしてたからって洗脳するなんてうちの妹は何て悪なのだろう。寧々音が持っていた『サルでもは言い過ぎるけど、馬鹿くらいなら出来る催眠術。いや、やっぱり馬鹿には無理だ』とかいうふざけたタイトルの催眠術の本は没収した。

 後日、陸斗に試したら成功しなかったのだが、俺は馬鹿だとでも言うのかチキショウ。


 話が大きくズレたので戻すと、突然七家さんが楽しそうに笑い始めた。

 何処に笑う要素があったのかここまでの会話を思い出して見るものの、やはりそんな要素は一つもなく、俺は目をキョトンとして驚くばかりだ。


「あの、本当に大丈夫?」


 もちろん頭心配だ。やっぱりおっぱい揉む? 揉む肉ないけど。


「ご、ごめん。でも、なんか嬉しくて」

「幾らMだからってビッチ呼ばわりされて悦ばなくても……」

「違うよ! 本当にそこは訂正させて!? あ、ビッチってところね」


 Mなのは訂正しなくていいんですか?


「そうじゃなくてね。私ってほら、学校じゃ隠れオタだし。養成所でも友達いないし……事務所じゃ良くしてくれる先輩はいるけど……うぅ……」


 だんだん負のオーラを醸し出す七家さん。学校じゃあんなにリア充しているというのに、オタ方面にはボッチなようである。


「だから、こんな風に言い合えるのって……すごく嬉しくて……」


 ついには涙まで見せて、どんだけオタトークに飢えてんの!?


「もうね、時間の合間にモコモコ動画見てコメするくらいが私の楽しみで……」

「もういい。もういいよ七家さん。これからは俺がいる。そうだ、今度妹も紹介するよ。俺ほどじゃないけど、アニメなら有名作と毎期の話題作は観てるっぽいから」


 さっきの不毛な争いはどこへやら、今は友情さえ感じる。

 俺達に溝を作るのはサブカルチャーであり、俺達を繋げるのもまたサブカルチャーなのである。まさに雨降って地固まるだ。


「逢坂君……! いえ、輝夜君!」

「七家さん!」

「違うわ。私の事は、茉莉って呼んで!」

「だが、断る(`・ω・´)キリッ」

「(´・ω・`)そんなー」


 これで俺達の友情は固く結ばれたはずだ。

 こういうのは陸斗か寧々音としかできなかったから新鮮で楽しい。


「輝夜君。ま、つ、り。セーイ?」

「いや、そういうのはちょっと……」

「ちょっ、引かないで!? 呼んでよぉ、まーつーりー!」

「おーまーつーりー」

「楽しそう!? 酷いよ輝夜君! あっ、もしかして恥ずかしい? 恥ずかしいのね? シャイボーイなのね!?」


 テンション高ぇ、ちょっとうぜぇ。よし、ちょっと懲らしめてやろう。


 俺はズンズンと怒ったように詰め寄る。すると、驚いた七家さんは後退り、やがて壁に追い込まれ……。


 ――ドン


 そう、壁ドン。先日の床ドンの仕返しも含めての選択だ。

 上目遣いで見る七家さんになるべく低い声で呼びかける。


「か、輝夜……君?」

「……茉莉」

「…………」


 あれ? 下向いたぞ? と思ったらまるで何かを堪えるように肩を震わせ……どうかしたのだろうか?


「ぶふっ、大草原不可避」

「よし、死のう。ここ何階だっけ? 頭からいけば楽に逝けるかな?」

「待って待って、ストップー! ベランダに向かわないでー」

「うぅ、勢いに任せて黒歴史を作ってしまった」


 死にたい。もうだめぽ。

 七家さんの変なテンションに当てられて俺まで変になってどうすんだよ。


「まぁまぁ。私が黙っていれば大丈夫だよ。それより、どうして名前で呼んでくれないの?」

「いや、恥ずかしいのもあるけどさ。そもそも学校でもしもの時にポロッと出たらどうすんの? それに俺の名前も」

「うっ、確かに……分かった。逢坂君にするよ」


 残念そうに言うが、実は俺も残念だったり。自分でチャンスを棒に振っといて何だけど、やっぱり女の子、それも七家さんに名前で呼ばれるなんて嬉しいし、ドキッとする。


 きっと勿体無い事をしてしまったんだろうな。


「よし、じゃあ壁も無くなったし、特訓、始めよう!」

「あっ、特訓の事忘れてた」


 そう言えば喘ぎ声の特訓に付き合いに来たんだった。ということは本番はここからという事になる。

 まぁ、此処に来た時より心の垣根もだいぶと無くなり、きっと気兼ねなく特訓に付き合えるだろう。

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