#15
駅前の時計を見ると、時間は午後4時を回った頃で、やはり通行人の姿は学生が多い。
バレたくないと言っていたのにわざわざこの場所を選んだのは何か意図あっての事なのか、もし違うのならば相当なお馬鹿である。
しかしあの七家さんがという事もあり、やはり何か理由があるのだろう。
しかし、こう駅前で女の子を待つというのはなかなかどうしてドキドキするものだ。
これは特訓の為の待ち合わせだと分かってはいても、クラスの美少女と秘密の待ち合わせというのは俺の人生の中でも一大イベントである事には違いない。
「けど、七家さん遅いなぁ」
待ち合わせは駅前だったはずだ。そして、七家さんはというと、俺より先に教室を出て行ったのをこの目で確認している。
後から出た俺はなるべく待たせないように急いで来たつもりだったんだけど、待ち合わせ場所には七家さんはいなかった。
「来る途中に何かあった……とか? それはないか……いや、でも」
なんと言うか不安とドキドキが混じって情緒不安定気味になっている気がする。
胸に手を当てると……ほら、心臓がうるさくなって……無かったわ。そんなにドキドキしてねぇ。
と、その時、視界が真っ暗に染まった。目の辺りが暖かくてすべすべした感触に包まれた。
「ひぃっ」
驚いて変な声が出てしまう。最近、というか七家さんと出会ってから驚いて変な声が出る率が高くなってきている。
「だーれだ?」
耳元で囁かれたその声は今でも耳に残っているあの声と全く一緒だった。
普段の七家さんの声でも朱里の声はわかるのだが、それでも声優が演じた声という普段の声とは違う。
だからその目隠ししてきた声の主は七家さんではあるが、俺の中では朱里でもあったのだと思う。だから……こう答えたのは無意識だ。
「朱里……」
「うん。正解」
そう言って、目隠ししていた手が離れ、視界に光が戻った。
咄嗟にゲームのキャラ名を答えてしまったが正解だったらしい。待ち合わせをして後から来た方が先に来ていた奴に「だーれだ?」をするなんてだいぶとベタベタだけど、逆にそういったテンプレが耐性のない俺にはむず痒くて仕方がない。
なるべく恥ずかしさを隠しながら、七家さんの方を向くと、そこには……。
「何してるの七家さん……」
凄い怪しい人物がいた。黒いキャスケット帽にサングラス、マスク。服装も全体的に黒っぽいダボダボのジャージで、まさに絵に描いたような怪しい格好である。
「学生多いし。変装しなきゃ」
「寧ろ目立ってるんだけど?」
当たり前だ。こんな怪しい奴がいたら誰でも見る。二度見する。いや、ガン見する。
「でも、私だってバレないでしょ?」
「まぁ」
そりゃ誰もこんな変な格好の人が七家さんだとは思うはずもないだろうけども。
それにしても幾らバレないからと言って羞恥しないのだろうかと思ったが、そう言えば七家さんはM疑惑があった事を思い出して追求はしないでおく。その代わり、疑惑が確定へと変化した事はお分かりだろう。
「よし、じゃあ行こうか!」
「うぃっす。でもまだ行き先教えてくれないのか?」
「だめー。というかすぐそこだし」
そう言って歩き出した怪しい人……もとい七家さんの後を追って向かった先は駅近くの女性専用マンション。
ここまで来てやっとその可能性を考え、まさかと思う。
「ちょ、ちょっと待って! まさかここ……」
「うん。家。私、一人暮らしだから。理由も後で話すね。とりあえず急いで入ろ。流石に同じマンションに住んでる人には私ってバレるし」
「えぇ……」
半ば強引に部屋へと連れ込まれる俺。尚、女の子の部屋に入るのは妹の部屋以外では初めてな模様。そして、その初めてがまさかの七家さんで、しかも一人暮らしで……。
やっべ、今日勝負下着穿いてない。待てよ? そもそもそんな物持ってなかったわ。
そんな馬鹿な事を考えている間にいつの間にか七家さんの部屋に入っていた。
緊張と浮かれでロック式のマンションの入口からこの部屋に上がるまでの記憶が朧気だ。
「…………」
「…………」
お茶入ったコップが乗った背の低い丸テーブルを挟んで向かい合って座った俺たちは、互いに恥ずかしくて目も合わせずに視線を彷徨わせていた。ちなみに、七家さんは帰り着くやすぐに別室で着替えて今はスカートヒラヒラの可愛い私服である。
1DKの間取りで、学生が一人暮らしをするには少し良質な物件な気がするが、その内装はシンプルで必要なものだけ置いてあるといった具合だ。
唯一、視線をベッドの方へ向かわせると、ペンギンのぬいぐるみがあるが、本当に余計な物はそれくらいだ。あまり女子高生の部屋というイメージは湧かない。だが、女子高生のイメージがある部屋ではなく、重要なのは女子高生の部屋という部分であると思う。
もし、女子高生みたいな部屋だとしても、そこに髭面のランニングシャツが似合うおっさんが住んでいて見ろ。あ、想像したら気持ち悪くなってきた。
まぁ、そういうわけだ。
つまり、この部屋は七家さんの部屋と言うだけで価値がつくわけである。
「お、おめでとうございます!」
「なにが!?」
いきなり大声で賞賛してきた七家さんに同じく大声でツッコミを入れる。ちなみに、俺の場合は驚いて声が大きくなってしまっただけだ。
「えと、一応、去年からここに住んでるんだけど……男の人がこの部屋に入るのはお父さんを除けば逢坂君が……初めて、です」
モジモジと本当に恥ずかしそうに言う。そんな事を言われるとこっちもさらに意識してしまい……。
「…………」
「…………」
ほら、また無言になっちゃった。何か話すことはないかと思い、そう言えばと口を開いた。
「ここって女性専用マンションだよね? 俺って入って良かったの?」
女性専用マンションって男は不可侵だと思っていたからここまですんなり入れて驚いている。
「あ、うん。実家から引っ越す前に色々と知ったんだけど。女性専用って言っても、入居がダメってだけで泊まったりするのはいい所と、たとえ知り合いだとしても男の人は絶対に入っちゃダメって所があるみたいなの。此処は前者ね」
初めて知ったわ。でも、話の突っかかりみたいなところは出来たから、そこから話を進めよう。
「そう言えば一人暮らしの理由を教えてくれるとかさっき言ってたけど」
「そんなに難しい話じゃないよ? 私の通ってる声優養成所がこの町の隣町なの。高校は普通科に通いたかったし、この町に住むのが一番私的に理想だったってだけなの」
「養成所かぁ。なんかそういうの聞くと、やっぱり俺とは違う世界の人って感じがする」
「あははっ。そんな事ないよ。私だって普通に勉強して、普通に学校生活楽しんで、普通に……恋愛とかも……」
最後、小さな声で「したいなぁ」と呟いたのは俺に向けての言葉ではなく、独り言に近かったのだろう。
しかし、現実、やはり普通にとは行かないはずだ。
俺はよく知らないが養成所と言えば声優の学校のような場所で、その形式は色々だと聞く。本当に学校のような所もあれば、塾のように週に何回、何時間という感じの所もあるという。七家さんは恐らく後者だろう。
そうなると、学校と生活、そして養成所ときっと普通の人より時間に余裕が無い。
「まぁ、それはさておきだよ! ちょっと緊張も解れたし、本題に行こう」
「おお」
「声の練習に私の家を選んだのは防音が完璧なの。だからちょっとくらい大きな声で喋っても大丈夫!」
うーん。女性専用マンションに、会って間もない男を防音完璧の部屋に上げるか?
七家さんも何だか和華とは違う意味で心配になってきた。
「という事で、これだ! じゃんっ!」
効果音を自分で言って机の下から取り出したのは、綺麗な夕暮れと女の子が二人が描かれたパッケージ……数々のお兄ちゃんを狂わした有名なエロゲであった。
「それエロゲやん」
「いいえ、ケ〇ィアです」
懐かしいなおい! やっぱり七家さんは疑いようもなく同種の人間だった。
「とりあえずケフィ〇ではないとして。まさか、それするの? 二人で?」
「うん! やっぱりプロのを聴いて勉強しないとね。そんな訳で、それを私が可能な限りコピーして声真似してみせるから逢坂君は聴いていてね。後で意見を聞くからしっかり聞くように!」
「確かにそれは良さそうな感じはするけど……」
それにしてもプレイした後の展開が目に見えるというか……きっとまたなんとも言えない空気になる気がする。
兎にも角にも七家さんと並んでエロゲをプレイするという奇妙な状態になるのであった。
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