妹キャラはいつの時代も正義である

#10

 新学期三日目。この日は朝から雨だった。この時期に雨は珍しいが、特別不思議な事でもない。

 ただ、あちこちに咲いている桜の花びらが落ちてしまうのは残念に思う。


 それはともかく、昨日はあの後、七家さんは準備があるとかで連絡先だけ交換して早々に家に帰っていった。

 女の子の連絡先とか携帯に入ってるのって妹の寧々音と姫ちゃんくらいなものだったので、俺はとりあえずバックアップを取っておいたのだが、俺の行動が普通に気持ち悪い。

 尚、家に帰りつくなり先に帰っていた寧々音にリビングで、ニヤニヤしてて気持ち悪いとディスられてしまったのは迂闊であった。


 そして、今日も用事があると言って先に帰った七家さん。

 俺も傘を差して家に帰っていたのだが……。


 どうしてか、家の前に女子高生が倒れていた。しかも服装、俺らの高校の制服だし。


「……これ、幻覚かなぁ?」


 パツキンのチャンネーが家の前でうつ伏せになって倒れているとかありえないだろ。

 今日、雨だし。ビシャビシャだし。あ、スカートがめくれてパンツが見えそう。


「うぅ……」


 どうやら生きてたっぽい。うめき声を上げて寝返り、仰向けになった。

 その時歴史は動いた!

 制服が濡れ透けて、水色のブラジャーが見えてしまっているのだ。とりあえず……拝んどこうかな。

 と、その前に顔が視界に入る。


「ひぃっ」


 化粧が雨で崩れてどっかの部族みたいになってらっしゃる! 普通に怖いって!

 その時、突然目が見開かれ、目が合う。いや睨まれている?

 とにかく声には出さなかったけど、めちゃくちゃ怖かった。ホラー映画とかで、死んでいると思った奴が目を開いた時みたいな感じ。ゾンビ映画とかでよくあるよね。


「アンタだれ?」


 ぶっきらぼうに聞いてきた女は何故か不機嫌そうで、こちらを見る目も睨んでいる。


「この家の長男です。逢坂輝夜です」


 とりあえず家を指差して自己紹介。


「あっそう。悪かったな家の前で倒れたりして」

「いえいえ。お構いなく」


 ちょっと雰囲気怖いけど、いい人そうだな。ただし、こっちが名乗ったのに、向こうは名乗らないところはちょっと俺的にいけない。


「んじゃ」


 よろよろと立ち上がって立ち去ろうとする。しかし、目線が近付いて顔がさっきより近くなった事である事に気がつく。


「あっ、顔」

「あぁ?」

「いや、頬の所、傷が……」


 しかもちょっと血も出ている。もしかして彼女は不良で喧嘩の後だったりするのだろうか。


「あぁ、あいつらにやられた傷か。ほっとけば治る」


 やっぱり喧嘩の後みたいだ。あんまり不良なんかと関わりたくはないのだけど、この雨の中、女の子を放置しておくのは流石に気が引ける。

 多分、三日は罪悪感で頭から離れない。


「あの……家入ります? このままじゃ風邪もひくだろうし、風呂とか用意するけど。それに手当ても」

「……いや、大丈くちゅんっ」


 何その可愛いクシャミ!?


「今、多分妹しかいないんで大丈夫ですよ」

「……お願い、します」


 なんかいきなりしおらしくなった。こういう普段は生意気なのに、人に迷惑を掛けそうになると素直になるところとかなんか姫ちゃんっぽいなぁ。

 それは関係ないけど、やっぱり放っておくっていう選択肢はない。


和華わか山井やまい和華」

「え?」

「名前……名乗って無かったから」

「あぁ、はい。じゃあ山井さん。どうぞ」


 扉を開けて招き入れる。それに俯いたまま山井さんが家に招かれた。


「おじゃまします」


 しかし、待てよ? 今更ではあるが俺が女の子を自分の家に招き入れたのって初めてじゃないか!?

 姫ちゃんは寧々音のお客さんだし。

 ……意識すると凄い緊張してきた。


「おい逢坂。どうして扉を開けた体勢のまま固まってるんだよ」

「ななななんでもないですぅ!」


 首を傾げる山井さん。

 丁度その時、居間に繋がる扉が開き、そこから我が妹が現れた。


「輝兄、遅いぞ………輝兄が女を連れ込んだ……だと? 天変地異の前触れ……?」


 山井さんの後ろ姿を見た寧々音が驚愕の余り、俺にも山井さんにも失礼な事を言ってくる。

 しかし、山井さんが振り返る事で、寧々音の驚愕の顔は顔面蒼白に変わる。


「ひぃっ、妖怪!?」

「妖怪はひどくね!?」


 この妹、驚き方が俺にそっくりである。愛いやつめ。

 失礼だけど気持ちは分かる。


 かくかくしかじかと俺は玄関での事を軽く寧々音に話すと、そのうち納得したようで、話し終えると部屋に戻って行った。

 兄とは違い順応性が高い寧々音で兄は嬉しいのだが、俺としてはまだ家の前で倒れていた件については全然理解出来てない。逆にどうしてあそこまでマイペースになれるのか不思議だ。


「とりあえず風呂沸かしてくるんで、タオルで応急処置しといて下さい」


 この場合の応急処置とはタオルで濡れた箇所を拭いておけという意味なのだが、そもそも服が濡れているので応急処置にもなっていない気がする。だからこれは気持ちの問題だ。


「ありがと」

「いえいえ」


 山井さんには居間で待ってもらい、俺はさっさと風呂を沸かしに行く。


「あぁ、そういや風呂の後はどうしたらいいんだ? 服とかそのまま着せるわけにはいかないしな……。俺のは……ありえん」


 風呂の用意をしてから脱衣所に戻ると、廊下に続く扉からじーっとコチラを見る目が……。


「何してんの寧々音」

「何故びびらぬ」

「そりゃ、妹くらい分かる。それにさっきもっと怖いの見た後だ」

「なるほど納得。アレは恐怖。超怖い。という事で寧々音はあぁならない為に化粧など一生しない」


 とても失礼な兄妹はいつも通り平常運転です。でも年頃の女の子なんだから化粧の一つくらい覚えるべきだと思います。よく分からんが、嗜みというやつではないだろうか?


「それはともかく……輝兄の為に寧々が一肌脱いであげる」

「寧々音が脱いでも俺は喜ばないぞ?」

「殺すぞ?」

「すんませんした」

「許す。はい、これ」


 許してくれた。それと同時に何かが手渡された。

 渡されたのは恐らく寧々音の私服と……それに下着だ。


「貸してあげる」

「流石、寧々音。まじ天使」

「知ってる。それじゃ」


 グッドラックと親指を立てて去っていく寧々音。超格好良い。惚れちゃいそう。

 ちなみにうちの寧々音、たまに下着姿で俺の部屋に襲来して漫画を持ち去っていくので家族内での羞恥心とかがだいぶと欠落していると思われる。


 寧々音が去った後に俺も山井さんの元に戻る。

 すると、何故か部屋のフローリングの上で正座していた。何してんのこの人?

 言動不良っぽいのに正座とか似合ってない。


「あの、どうしました?」

「いや、流石に濡れたまま動き回るのもアレかと思ってな」


 律儀だなぁ。タオルで顔も拭いてないようであの部族ペイントも拭き取れていない。多分、そこも汚れとか気にしているのだろうか。


「風呂はすぐ沸くと思うんで、シャワーだけでもどうぞ。これ、妹のですけど使って下さい。妹からも了承もらってるんで」

「な、何から何まで悪いな」

「いえいえー」


 とりあえずさっさとちゃんとした服を着てほしい。そうじゃないと目にご褒美……じゃなくて目に毒だ。


 かしこまりながら山井さんが風呂場に向かい、俺はソファで人心地ついた。


「ふぅ、こんなギャルゲ並みのイベント……それも連打でいらんっつーの」


 七家さんに、山井さん。ついでに姫ちゃん。あんまり入れたくないけど寧々音も含んだらギャルゲ一本作れんじゃね? っていうレベルのイベント発生率だ。

 しかも今まで平凡に暮らしてた冴えない男子高校生が二年生になった瞬間とか……いつの間に俺は主人公になったのかしら。


 と、馬鹿な事を考えつつ、今の間に着替えておこうかと思って自室に戻り、私服に着替えた。

 そして、適当に時間を潰して再び一階に降りた時だ。


 何故か脱衣所の扉前で膝をガクッと崩して倒れる寧々音が見えた。


「何してんの寧々音?」

「か、か、輝兄……」

「お、おう?」


 寧々音の様子がだいぶとおかしい。頭は元々おかしいが、今回はそういうのとは別におかしい。


「お兄ちゃぁぁぁん!」


 うわぁぁぁ、と泣きながら俺にしがみついてきた。こんな寧々音はかれこれ寧々音がまだ小学生だった頃以来だ。何この妹可愛い。普段からこんなだと俺も妹愛目覚めるかもしれん。


「現実をつきつけられたぁぁぁぁ!」

「現実?」


 よしよしと頭を撫でて宥めながら聞くと、脱衣所の扉が少し開き、そこから顔だけぴょこりと出てきた。


 って、誰あの美少女。あの妙な部族ペイントが消えて、顕になった素顔はちょっと目付きが鋭い気もするが、それも相まって美人と言えた。


「あー、その、なんと言うか……図々しいんだが、アンタのシャツかなんか貸してくんない?」


 山井さんが凄い申し訳なさそうにそう言ってきた。しかし、服は寧々音の用意したはずで……。


「その、下着、下はいいんだけど上が合わないし、服も上が……」

「うわぁぁぁぁぁん。お兄ちゃんぁぁぁぁぁん!」

「よしよし、寧々音。お前は悪くないお前は悪くないぞぉ」


 これは寧々音が流石に可哀想だ。確かに寧々音のまない……慎ましやかなお胸様に比べると……比べなくとも山井さんのそれは規格外な感じだった。それは服の上からでもそうだし、きっと直で見たらやばいのだろうなぁ。


「寧々、もう部屋でゲームしてくる。晩御飯まで籠る」


 拗ねたように言ってるけど、それ結構毎日の事だよね?

 まぁ、いいけど。


「俺もシャツ取ってきます」


 そして、数分後。

 居間で俺と山井さんはとてもとても気まずい雰囲気な状態で向かい合っていた。


 一応厚めのシャツを持ってきてそれを着てもらっているが、恥ずかしいのか、胸を隠すように腕を組んでいる。

 で、俺はそんな彼女の顔に絆創膏を貼っているのだ。


「よし、これで大丈夫」

「す、すまない」

「構いませんけど。でも、あんまりうちの前で喧嘩しないで下さいね」


 気まずさをとっぱらおうと冗談めかしに言うと、山井さんは首を傾げた。


「喧嘩? 誰と、誰が?」

「え? その傷……」

「いや、これは……その……うー、あー、ね、猫にやられた」

「猫……? それはにゃーと鳴く?」

「……おう」


 話を聞くと、雨に打たれて可哀想な猫を発見したので捕まえて持ち帰ろうとすると、辺りから猫が大量に出てきて一斉に襲われたとか。それで顔に猫が引っ付き、ビックリして気絶。

 何それ可愛い。

 というか、その猫って斜め向かいの吉崎さん家の猫だろ。アレ飼い猫だし。あと、凄い好戦的なんだよなぁ。


「可愛い顔して超凶暴なんだぜ?」

「吉崎さん家の猫はこの辺の警備隊ですからねぇ」

「何だそれ」


 吉崎家猫部隊と言ってこの辺りの猫を仕切っている。

 リーダーのほむらを先頭に計7匹の猫部隊が周囲の野良猫を統括していて……って話は今はどうでもいいか。


「しかし、ぷっ、くくくっ」


 面白い人だなぁと思う。


「わ、笑うなよぉ! うぅ、人間には負けた事ねぇのに、猫に負けるなんて……誰にも言うなよ!?」

「言う相手いませんよ」


 悲しいかな。陸斗に言えない事もないが、面倒だし。


「ってかよ、多分同じ高校だよな? 学年は?」

「二年ですけど?」

「やっぱり! なんか同学年な気がしたんだよな。どこ中?」

「三中です」

「おー、アタシは一西だからあんまり関わんねぇわな。ってか、同い年なんだから敬語やめろよな!」


 敬語やめろと言われましても。不良には敬語を使ってしまう小市民なんです。まぁ、地元トークでちょっと心の距離は縮まった気はするけど。


「アタシ、学年上がってからまだ一回も登校してないんだぁ」

「え?」

「何組?」

「一組だけど……」

「うっそ、マジで!? アタシも先生から電話で一組って言われた!」


 ……なんだろこれ。言い知れぬ、こうなんか、嫌な予感というか。

 例えるならば攻略したいキャラがいて、そのルート開拓中に間違えて別のルートを開拓しちゃった感じ。しかも、そういうミスって結構BADENDに繋がってんだよ。


「そろそろ学校行こうと思ってたからさ! よろしくな!」

「えぇ……」

「何でそんな嫌そうな顔!?」


 さっきの嫌な予感はさておき、クラスで不良っぽいのと仲が良くていい事なんて何もないだろ。むしろ、パシリに使われる未来しか見えねぇ。


「あ、敬語もそうだけど、名前も。山井さんなんて柄じゃねぇし。和華……もなんかイメージと違うかもしんねぇけど。まぁ、和華って呼んでくれ! アタシも輝夜って呼ぶからさ!」


 やだぁ。このほぼ初対面の相手に馴れ馴れしい感じ無理ぃ。七家さんは声優補正があるから許すけど。


「凄い顔が拒否ってるぅ!?」

「いや、ほんと、そういうのは……」

「どうして!? 輝夜、アタシの事嫌いか!?」

「嫌いとかそういうんじゃ。というか、さっき会ったばっかだし……」

「ま、そうだよな。でもなんか輝夜とは仲良くやっていける気がするんだ」


 そう言う彼女の顔は何故か寂しげで、これ以上深入りしたくないのに、気になってしまった。

 それでも聞かなければきっと突き放すことだって出来たはずだ。なのに俺は聞いていた。


「どうして……ですか?」

「アタシって昔から目付きが悪いせいか、怖がられてクラスメイトとか教師からも避けられるんだよ」


 どれだけ言葉で人を見た目で判断するなと言っても、やはり見た目というのは第一印象を決めるものだ。不良じゃなくともそう見えるだけでそのレッテルは貼られるだろう。


「だからさ、そんなに不良に見えるなら不良になってやろうと思って高校からちょっと悪ぶったり、髪の毛も染めてみたりして……まぁ、無駄に争いは増えるわ、ちょっと期待してたそっち系の友達も増えることはないわで……」


 この辺りの治安は悪くない。それなりに大きい町だが不良とかは近づかないのだ。寧ろ、彼女の方が特殊なくらいである。


「つまり、ボッチということか……」

「い、言うなぁ」


 とりあえず分かったこと。この人、めちゃくちゃアホだ。

 後、なんか可愛い。つまりアホ可愛い不良か。どっかに需要ありそうだなぁ。


「分かりました」

「えっ!?」


 パァっと華でも咲いたような笑顔になった。俺なんかと友達にならずとも、その笑顔で普通に過ごしたら友達なんてすぐにできそうなもんだけど……。


「俺でよければ……よかったら友達になろう」


 また敬語で話しかけて、やめた。友達になるなら敬語は変だろう。それに同い歳だとも言っていた。


「よろしく。和華さ……じゃなくて和華!」

「ありがとう! 輝夜!」


 あぁ、なんて眩しい笑顔をするんだろうか。紛れもないこれは優越感。他の奴らが知らない不良少女の真実の顔。

 それは七家さんもそうで……。


 これ、そのうち死ぬんじゃね?

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