#8

 駅は高校からだと家とは正反対に位置する。遠回りと言えば遠回りだが、そんな事はどうでも良い。

 問題は……問題はだな……。


 どうしてコーヒー一杯に五百円近くするですか!? サンドイッチに千円? はぁ? 舐めてんの? 客なめとんのかゴラァ!


「どうかしましたか輝兄さん?」

「あ、ううん。ナンデモナイヨ?」

「凄い汗ですね」

「今日は暑いからね!」

「いえ、どちらかと言うと寒いです」


 4月で春とは言えまだ微妙に肌寒い時期。この汗は余りの学生にはハードルの高い値段に思わずかいた冷や汗です。

 ってか、普通高校が近くにあるんだから狙うのは学生だろうが。どう考えてもブルジョワマダムを狙った価格だろ。


「安心してください。流石に本気で奢ってもらおうと思ってませんから」


 上目遣いで手を左右に振り振り。

 寧々音より少し身長の低い姫ちゃんが俺の顔を伺うように話すと、どうしても上目遣いになってしまうようだ。そんな彼女から心配しないでくださいと気を使われてしまう。

 情けなさすぎて泣けてくる。


「さ、早く入りましょう」


 腕を引っ張られながら中に入ると、カランコロンと小気味よいドアベルの音に迎えられた。

 店内はやはり学生を標的にした内装では無く、落ち着いた感じのお洒落な感じになっている。新店にしては客が少ないのは値段のせいか、それとも平日の昼間だからだろうか。


 対応してくれた店員さんは場違いな学生二人を見ても嫌な顔せずに二人がけの席へ案内してくれた。値段なだけに店員の接客態度も完璧か。

 姫ちゃんがカフェモカ、俺がアイスコーヒーを頼み、数分後に注文した品が席に運ばれてきた。


「あっ、とっても美味しいです」

「ほんとだ。素人でも分かる」


 コーヒーの違いなんてろくに考えた事なんて無かったが、これは家のインスタントコーヒーでは到底再現出来ない美味しさだ。


「でも、姫ちゃんがこういう店が好きなんて初めて知ったなぁ」

「別に好きではありませんよ?」

「え? だってこんな大人な店に行きたいって」

「ただの思いつきです。一度、輝兄さんと行ってみたいなって思ってたので」


 そんな事を笑顔で言ってくる。もろちん俺は……。


「ゴポォ!?」


 そんな告白レベルの言葉に耐性があるはずもなく口に運んだコーヒーをカップに吹き出していた。


「冗談です。輝兄さんを誘ったのもただの気まぐれですよ」

「そ、そうだよな。やめてくれよ俺のリア充イベント耐性は3くらいだ」


 0ではないはず。


「なんですかそれ。というか、女子高生と一緒に放課後にカフェなんてそれだけでリア充じゃないですか?」

「あー、そう言えば」


 それどころか、妹の友達とかどこのエロゲだよ。そんな展開あるはずがないのにな。


「感謝してもらいたいくらいですね。輝兄さんなんてこの先恋人も出来ずに灰色の高校生活を送るのでしょうが、私と寧々音がたまに一緒に遊んであげます」


 すげぇ上から目線。というか、灰色確定なの? まぁ、そうなりそうな気がするのは確かだけど。


「というか、寧々音が妹という時点で人生勝ち組ですよね? 羨ましいので死んでください」

「なんでやねん。姫ちゃんは本当に寧々音が好きだなぁ」

「当たり前です。唯一無二の親友ですので。最早、親友以上恋人未満です。あと少し押せば禁断の愛もありえます」


 百合百合しくて大変よろしい。これからも末永く百合って下さい。


「あ、今週のお休みには泊まりに行くのでよろしくお願いしますね?」

「さっきの発言からだと妹の貞操に危険を感じるけど、どうぞ」

「はい、いただきます。覗かないで下さいね?」

「では、部屋に隠しカメラを……」


 言ってる時点でそれはもう隠してさえいないわけだけど、お互いに冗談だと分かっているから気安く笑い話に出来るのだ。


 俺と寧々音、そして姫ちゃんは揃って人見知り同士。だからこそ兄と妹、その友達というこの年齢になると本来は離れていく距離を離すことなく仲良く出来ている。

 俺に至っては変に知り合いと一緒にいる時よりも寧々音と姫ちゃんと話している方が気が楽かもしれない。


 それから主に寧々音の話で盛り上がった後、帰ることになったのだが、会計で少し揉めた。


「ですから奢って貰う理由がありません」

「でも最初はそう言う話だったし。それにさ……幾ら俺でもこういう時くらい格好つけたい」


 今時、女の子にお金を出させたくないなんて古いのかも知れない。でも、少なくとも俺は女の子と二人で出かけて折半とかしたくないと思っている。

 それも妹の友達で後輩にくらい良いところ見せたっていいだろう?


「では次は私が払います」

「あ、うん。分かった。じゃあ次にこの店に来た時にお願い」


 おそらくもうこの店に二人で来る事はない。だからそれで手を打つ事にした。そうでもしないと姫ちゃんはなかなか頑固だからな。


 店を出てから頻りに「次は払います」と次を強調しているように聴こえたのはきっと俺が次を期待してしまっているせいかもしれない。もし次あるとしたら某バーガー店で安いのを頼もう。


 しかし、姫ちゃんのおかげで七家さんの事で興奮していた頭が幾分か冷静になったと思う。これなら明日も教室で七家さんを変に意識せずに済みそうだ。


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