#7

 朱里のキーホルダーを見て俯き黙りこくる七家さん。

 ちょっと待って、何この地雷踏んだような雰囲気。俺はただの事実確認をだな……。


「……何が目的?」

「ん?」

「何が目的って聞いてんのよ!」


 ひいっ、なんか豹変した怖い!

 あんなにキラキラしていた目がどんよりとした色になってダークサイドに堕ちちゃってるよ!?


「目的なんてないって! 確かめたかっただけだから!」

「嘘! どうせこの後乱暴するんでしょ!? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!」

「しねぇよ!?」


 するわけがないだろうが。ってか何この子凄いお仲間の匂いがする!


「ほ、本当にしない?」


 ちょっ、そんなうるっとした目で上目遣いとかされて、更には耳が気持ち良くなるような声優プロの声で言われたら……。


「惚れてまうやろぉ!?」

「はぁ!?」

「ち、違う! 今のは無し。で、でもさ、俺君の声好きだから。その、何というかこれ以上の邪魔はしないから!」

「え?」


 俺は彼女の可能性を信じている。きっとこれから先成長してやばいくらいおっきする最高の声を聴かせてくれるに違いないのだ。

 だから俺は脅迫とかそんな事はしない。


 例え、この瞬間に最初で最後の声優とお近づきするチャンスだったとしても……。

 それでも俺は涙をのんで彼女の成長を見守っていきたいと思います。


「ね、ねぇ、私の声、好き……なの……?」

「YES! たどたどしい所もあるし、決して上手いとは言えない感じだけど、それでも応援したいと思うくらいにその声が好きだ! 大好きだ!」


 あ、やべぇ。なんか盛り上がっちゃって熱弁を奮ってしまった。

 流石に七家さんにも呆れられて……ひいっ、めちゃくちゃ怒ってる!? 凄い顔を真っ赤にして激怒していらっしゃるぅぅ!


「もう干渉しないから! 誰にも言わないし、スレも立てないから! だから、えー、あー、頑張って下さい。それじゃ!」


 それだけ言い残し、俺は脱兎のごとく教室を後にした。多分、人生で一番速い速度を出したに違いない。

 走ってたどり着いたのは下駄箱。ちらほらまだ生徒がいる。


「ハァハァ……やっべぇ。まじやっべぇ」


 俺の語彙力がやばい。というのは元からなのでどうでもいいとして、なんか人生の一大イベントを通過してきたみたいで心臓のドキドキが止まんない。

 何はともあれ明日からは七家さんに関わらず、元の人生を歩むとしよう。今日のこれは多分ボーナスステージとかそういうのだ。


「あれ? 輝兄さん?」

「ひゃいっ! って、姫ちゃん?」


 突然声を掛けられて今日何度目か分からない変な声を出したが、後ろにいたのは姫ちゃんだった。


「はい。ところで、どうして輝兄さんはまだ生きているのですか?」

「それ死ねって言ってる?」

「いえ、そこまでは言ってませんよ。スカイツリーのてっぺんから紐なしバンジーしてくれたらなぁ、って思ってますが」

「死ねって言ってるよね!?」


 なんか今日はいつにも増して姫ちゃんの口が悪い気がする。

 ……いや、やっぱりいつも通りだな。


「ところで寧々音は? 今日は一緒に帰るんじゃ……」

「私に用事が出来たので寧々音には先に帰ってもらいました。逆に輝兄さんこそどうしてまだ学校にいるんですか?」

「あ、うん実はさ」


 恥ずかしいけど、寝ていた事を説明しようとする。しかし、何かを思いついたように姫ちゃんが手で先を話す事を制した。


「待ってください。私にはわかりましたよ」

「うん。多分違うだろうけど聞いておくわ」

「女子更衣室にカメラを仕掛けていたんですね? 先生に相談して警察を呼びます」

「それ、先生に相談する必要なくね? だって警察呼んでんじゃん」

「学校の裏掲示板にもリークしておきますね」


 裏掲示板なんてものあるの? 超初耳なんですが。というか、入学したばっかでしょ姫ちゃん。


「勘弁してくれ。というかそんな事はしてない。俺は教室で寝ていただけだ」

「誰も起こしてくれなかったんですか?」

「……うん。やめて! その可哀想な人を見る目はやめて!」

「あのクz……じゃなくて屑岩さんはどうしたんですか?」

「それ言い直せてないから。あとアイツは知らん。俺を放置して帰りやがった。だから憐れみの視線はやめて!? ……はぁはぁ。つ、疲れる」


 七家さんの件で俺のライフはもう赤色なのに、ここでさらに削られる。

 やめて! 俺のライフはもうほぼ0よ!


「ふふっ。唯一の友人にも裏切られ、二年生初日からボッチ確定した輝兄さんには私からこの言葉を送りましょう。F〇ck you」


 満面の笑みで女の子の口から決して言ってはいけない汚い言葉で罵倒された……。ライフは0になりました。ごふっ。


「ところでゴミ兄さんは……」

「ねぇ、ナチュラルに名前を変えるのやめて?」


 軽くオーバーキルだよ。


「ごめんなさい。ゴミは……」

「それ最早死体撃ちだよ姫ちゃん」

「そうですか? それはさておき今から帰るんですよね? 一緒に帰りませんか?」


 え!? なにそのご褒美。さっきまでの心の傷が癒えていく……。


「実はですね、駅前の方に新しいカフェが出来たんですけど、流石に女子高生が一人で行くのはどうかと思いまして」

「あぁ、そういう事か。ん? でもそれなら今日じゃなくとも明日にでも寧々音を連れて行けばいいんじゃないか?」

「寧々音はあまり出歩くのが好きじゃありませんから」


 なるほどな。確かに寧々音は家っ子だ。基本的に家から出たくない症候群を常時発症している。俺も人の事はいえないけど。

 でも、寧々音も姫ちゃんが言うなら気に入る気に入らないに関わらず行くと思うんだけどなぁ。


 って言うのは野暮か。それなりに長い付き合いだから姫ちゃんの事も多少は分かる。

 姫ちゃんはなるべく周りに迷惑をかけたがらない。つまり、なかなか我儘を言わない子なのだ。

 それは彼女の美徳ではあるが……。


「そっか。じゃあ行こうか」

「はい。もちろん奢りですよね?」

「あー、了解。奢る奢る」


 まぁ、姫ちゃんの数少ない可愛い我儘だ。寧ろ、俺には遠慮がないってのはちょっと優越感あるから良しとする。

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