#6

 おーけー。落ち着け俺。現状確認からしていこう。


 今俺がいるのは教室の自分の席。そして、教壇では足立先生が何か話している。内容はどうでもいいし、頭に入ってこないので省略。


 そう。頭になんて入ってくるわけがない。

 今俺の頭はパニック状態でエマージェンシーだ。赤ランプが回っている。


 あの時、あの女子の声は確かに夜中に攻略していた朱里……扇朱里ちゃんの声に似ていた。とりあえず、気取られないように聞き耳を立てていたが、やはり何度聴いても朱里っぽかった。朱里の声そのものではないのは朱里の声が演技だからだろう。

 だが、何本ものエロゲを攻略してきた俺の耳は誤魔化せない。


 しかし、冷静になるとそんな事があるわけない。

 よく考えてみろ。現役女子高生声優というのはまぁ、ありえる。他にいない訳では無いからな。

 しかしだぞ? そんな声優様があんなオタクとは無縁な感じで、尚且つ偶然にも俺のクラスにいるか?

 否だ。いるわけが無い。いたら、それなんてERGと叫ばないといけなくなる。もちろんエロゲだ。


 ならば他の推測を立てよう。

 一番現実的なのは他人の空似ならぬ空声。つまり、偶然声質が似ていただけというオチだ。

 うん、これが一番しっくりくる。


「おーい、聞いてるー?」


 声優は神。例えまだ新米で演技が下手くそでも神は神。神が俺なんかと同じクラスに現れるわけが無いのだよ。ふふっ、完璧な理論だ。


「逢坂!」

「ふぇい!?」

「自己紹介タイムだって言ってるでしょー? さっさとしろやコラ」

「ふぁっ!?」


 いかん。連続して変な声が出た。

 いつの間にやらクラスは自己紹介タイムに突入していたらしく、それさえ気がつかずに俺の順番まで回ってきていたらしい。

 やめて、クスクス笑わないで! そういうのに弱いんだよ俺は!


「ほら、さっさと簡単に名前と趣味とか好きな物とか言って」

「うぃっす。えーと、逢坂輝夜です。趣味は……ゲームです。一年間よろしくお願いします」


 ギャルゲーとか、エロゲーとかとは流石に言えないわな。

 まぁ、ゲームは全般的にやるので別に嘘ついたわけでもない。


「はい、次」


 最初に恥ずかしい思いはしたが普通に無難な挨拶が出来たはずだ。

 クラスメイト声優疑惑は一度保留して自己紹介を聞いておこう。どうせ覚えられないけど、仲間が見つかるかもしれない。


 自己紹介でアニメが好き、ゲームが好き、趣味読書とか言う奴は高確率で同志である可能性がある。

 ちなみに読書とかいう奴は大方、ライトノベルとか漫画の事を言っている奴が多いと俺は思っているのは偏見だろうか。


 特に同志が見つかる事も無く自己紹介が進んでいき……さっきの疑惑女子の順番に。


七家ななかまど茉莉です。苗字はちょっと珍しい読みですけど、七つの家でななかまどです。好きな事は食べる事です! 後はファッションとかのオシャレにも興味あります! 仲良くしてください」


 ぺこりと頭を下げる七家さん。やっぱり声似てるなぁ。


 ん? なな……かまど?

 ななかまど、まつり?


 確か……朱里の声優の名前って……。


 そうだ。変な名前だったから覚えている。ななまりだ。

 ななかまどまつりにななまり……。偶然?

 何故か手にじわりと汗が出る。

 俺は焦って机の下で携帯を操作し、ななまりについて調べだす。


 しかし、分かった事と言えば、性別が女性という事以外何も分からない謎の声優で、出演作品は一恋こと『一寸先は恋』と、ちょくちょくアニメやゲームなどのモブキャラ。

 つまり、ちゃんとした役があるのは一恋だけである。


 ……情報が少ない!

 しかしながら、今ある状況証拠だけでも七家さんがななまりである可能性を示唆するには充分なのは確か。

 くっ、こうなったら直接本人に聞くしかないか?


「(七家さんやばいくらい綺麗だよねー)」

「(ねー、モデルとかやってそうだよね)」


 隣と斜め前の女子が小さい声で話しているのが聞こえてきた。


「(うちの学年じゃダントツトップで綺麗だし、一年の時とかあのサッカー部の東郷先輩にも告られてたらしいよ。まじやばい)」

「(でも振ったんでしょ? やばいよねー。でも、全然嫌味な感じはしないし。ちょっと高嶺の花だけど、今日の朝とか私にも話しかけてくれたんだぁ)」

「(うわっ、ずるい。でもやばいよねー)」

「(やばいよねー)」


 君らの言葉のセンスがやばいわ。

 しかし、七家さんってうちの高校の有名人なのか。所謂学園のアイドルとかそういう存在っぽいな。

 俺は興味がなかったから知らなかった。多分、それらしい話は聞いていたんだろうが、俺とは別の世界の話なのでスルーしていたんだろうなと思う。


 ……無理じゃん! そんな有名人に「七家さんってエロゲ声優のななまりさんですよね?」なんて聞けるわけないだろうが!? 俺死ね!


 くそっ、俺はどうすれば……。


 そして机にうつ伏せになって思考すること……一時間。


 気がついたら学校が終わってました。

 というか、寝てました。そして先生もクラスメイトも皆帰ってました。

 いや、流石に睡眠時間が足りなかったわ。超眠かったもん。でも、放置して帰った陸斗は殴る。


「あれ? まだ教室に人いたんだ」


 陸斗への殺意を募らせつつ、教室から出ようとすると、扉を開けた所に人が立っていた。というか、七家さんだった。

 近くで見たらまつ毛なげぇ! 肌白い! 良い匂いするぅ!?


「あっ、うん。えっと……その……」


 やべぇ、言葉が出てこない……。七家さんが綺麗な事もあるが、それ以上にななまりかもしれないという疑惑が俺の口を閉ざさせる。


 聞きたい。でも聞いたら色々と終わるかもしれない。でもこのチャンスを逃せば俺は残りの学生生活全てを悶々と過ごす事になるかもしれない。

 そしてゆくゆくは気になりすぎてストーカー化。ハァハァお姉ちゃん今どんなパンツ穿いてるの? そして逮捕。BADEND。


 そ、それだけは嫌だ!

 し、しかし、聞くのか? 七家さんはエロゲ声優のななまりさんですか? 朱里ですか?


 ……やっぱり無理ぃ!


「えっと、私忘れ物取りに来たんだけど……」

「は、はい」

「その、教室に入っていいかな?」


 ニコリと笑顔で言われて気がつく。入り口を塞いでしまっていたらしい。

 慌てて横に避ける。


「ご、ごめん!」

「ううん、いいよいいよ。ところでどうして教室に残っていたの?」


 自分の席に忘れ物とやらを取りに行きつつ、俺に質問してくる。至極当然の質問だけど、喋った事もないのにフレンドリーな口調である。これがリア充の性能か。


「あー、いつの間にか寝ちゃってて」

「えー、何それ。ウケる。友達とかは起こしてくれなかったの? あ、新しいクラスだからいなかった?」

「いや、いるんだけど裏切られた」

「あははっ、超ウケる」


 なんかウケてる。って言うか俺ってばちゃんと会話出来てんじゃね?


「それ本当に友達ー?」

「んー、腐れ縁かな? 小中一緒だし」

「あ、いいなー。私は高校からこっちに引っ越して来たから幼馴染みとかいないんだー」

「へぇ、そうなんだ。でも友達とか多いよね?」

「あー、まぁ、そういうの得意だし。でも逆にこうやって1対1で話すのはあんまり得意じゃないんだー」


 たははっとはにかんだ笑顔を見せる。コロコロと表情がよく変わるなと思った。きっとこういう所も学園のアイドルたる所以なのだろう。


「え? でも今ちゃんと話せてるよね?」

「うん。なんか逢坂君は話しやすいなーって」

「そ、そう」


 何それ照れる。ってか、俺みたいな童貞野郎はすぐに勘違いしちゃうんだからそういうことは言わないでほしい。


「ん? 俺って名前言ったっけ?」

「言ったよー? ちゃんと自己紹介してたよね?」

「え? もしかしてクラス全員覚えてるとか?」


 そんなのフィクションの中だけだと思ってた。まさかリアルにいるとは……。


「ううん。雫ちゃん先生が逢坂! って怒ってたから記憶に残ってたの」


 あぁ、なるほど。超納得ですわ。そりゃ新学期初日から先生に怒鳴られてる奴がいたら嫌でも覚えるわな。


「そ、そういうことか」

「あ、でももうクラスの半分くらいは覚えたよ」

「それだけでも凄いって。俺なんて自己紹介の時上の空だったから全く覚えてないや」


 その上の空だった理由が七家さんとは口が裂けても言えない。


「えー、じゃあ私の名前も知らないって事?」

「あー、それは分かる。七家さんでしょ?」

「おぉ、ちゃんと聞いてるじゃん! もしかして私だけ特別?」

「い、いや、その、七家さんって結構有名だし」


 正確には有名らしいし。俺は知らなかったからね。


「えぇ、どんな風に有名なの!?」

「その、学年じゃ一番綺麗だって皆が言ってる」

「それはないよー」

「いやいや本当だって」

「じゃあ、逢坂君もそう思ってるの?」


 心臓が跳ねた。さらに早鐘を打つように動悸が激しくなる。


 試すようなその笑顔が妙に艶めかしく見えて、本当に同級生か疑いさえ覚える程だ。


「俺は……その……」


 何だこの状況!? エロゲか!? 選択肢何してやがるさっさと働けこの野郎!


【選択肢】

 A.君はまるで荒野に咲く一輪のエーデルワイスのように美しい。


 B.口を慎めブス。貴様など二次元の足元にも及ばぬわ。


 C.好きです。付き合って下さい。


 D.七家さんはエロゲ声優ですか!?


 馬鹿なの死ぬの!? ってか、俺死ね!

 何この碌でもない選択肢。エーデルワイスは高山植物なんだから荒野に咲いてるわけねーだろバーカバーカ!

 それらしい選択肢ってCだけなのに、それ選んだら完全にBADENDしか見えねぇよ。


 こんな詰んでる選択肢の中で俺が選ぶのは……。


「七家さん!」

「わっ!? いきなりどうしたの大声出して」

「その、七家さんはななまりですか!?」


 あぁ、どうしてその選択肢を選んだんだ俺は! で、でもこれでモヤモヤせずに済むかもしれない。


「な、何のことか、なぁ? ななまり? え? 誰かと勘違いしてるんじゃ……」

「七家さん、普通……ななまりと聞いてすぐに人物と当てはめるものですか?」

「うぐっ」


 七家さんがたじろぐ。


 あ、なんだろうこの某裁判系ゲームをしている時のような感覚は。ほら、逆転しちゃうやつとか、ロンパしちゃうやつとかそんな感じ。ちょっと気持ち良い。


「俺、人の名前とか顔とか覚えるのは苦手だけど、アニメとかゲームのキャラの顔や声を覚えるのは結構得意なんだよ」

「そう言えば、趣味がゲームって……」

「ゲームは全般的に好きだけどね。でも、俺が一番好きなのは……エロゲだ!」

「ッ!? そんな恥ずかしい事を堂々と……」


 あ? やっぱり? 凄い偉そうに言ったけどやっぱり恥ずかしいよね。俺も普通なら言わないけど、テンションがおかしくなってるみたいだ。


「そ、それはともかくだ。君は新人声優のななまりだよね? そう、一恋のヒロイン、扇朱里ちゃんの声役をしていたね!」


 俺はバックの中に入れていた朱里のキーホルダーを取り出し、くらえ! とばかりに突き付けてやる。


「そ、それは……」


 ふっ、ぐうの音も出まい。俺の完全勝利だ。勝ち負けとかないけど気分的に。

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