#5
姫ちゃんが帰って数分後、予鈴と共にぞろぞろとクラスメイトが教室にやって来た。
どうやら、いなかった半分近くの生徒は他の教室に行っていたらしい。
そして、それぞれが黒板に書かれている通り、出席番号順に席へと着いていく。
俺は逢坂で、窓際の一番後ろと良ポジション。しかし、ここでこの場所についての問題を語りたい。
確かにこの場所は素晴らしい。窓際後ろというのは授業で教師からも当てられにくく、寝ていてもバレにくい。
さらに、窓の外を見ればグラウンドが見え、時には女子の体操着が拝めちゃう特典付きだ。彼女はいらないけど人並みの性欲はあるので俺にもちゃんとご褒美である。
しかしだ。ここは影が薄い。
そう、クラスメイト達からもだ。
クラスの中での仲間意識というのは、もちろん時間と共に育んでいくものではあるが、それでも最初というのはやはり肝心なのだと思うんだよ。
でだ、この場所ってそういうあれこれを考えた時にいいと思うか?
いや、思わない。少なくとも俺は思わない。
例えば真ん中の席だったとしよう。すると、先生からは視界の真ん中で、当てられやすくて最悪だ。しかし、前後左右に斜めと四方八方に新たな出会いのチャンスがあるのだ。
しかし、この端というのはそのチャンスが少ない上に、特に周りから見られない。
ついでに言っておくと俺から話しかけるなんて絶対に出来ないので、やはり新たな仲間というのは望めそうになかった。
まぁ、救いは陸斗がいる事で、ボッチスタートとはならない……はず。
チラリと陸斗の方を見ると……隣の席の男子と仲良く喋ってるだとぉ!?
やめろ、やめてくれ。俺の数少ない友人を奪わないでくれ……。
いや、落ち着け俺よ。奴は幼馴染みで腐れ縁だ。簡単に俺達の仲が裂かれるはずがない。
「よし、揃ってるわねー。ん? 一人欠席? まぁ、いいや。今日から私が担任だからね。よろしく。そして、さっさと体育館に移動しなさい。ほら、さっさと動く。遅れたら委員長にするわよ」
俺が悶々としていると、開いたままの教室の扉から女教師が入ってきた。
出席確認どころか、自分の紹介さえしないあのポニテ教師。一見、二十代前半くらいの新人に見えるが、あれで既に二十代後半、それも三十代へのカウトダウンが後二年となった我が校の名物教師の
何が名物かと言うと、まず綺麗だ。うん。うちの学校で一番綺麗な先生はと聞かれると確実に足立先生の名が挙げられる。
だが、それだけじゃない。まぁ、先程の適当な口振りからも察せられるが、凄い行き当たりばったりなのだ。
こんな話がある。足立先生は日本史と世界史の担当なのだが、体を動かしたいとか言い出して、そのクラスは即席卓球大会が行われた。意味がわからん。
ちなみにそのクラスとは去年の俺のクラスで……足立先生が去年担任していたクラスである。
つまり、俺は二年連続でこの人の担当するクラスというわけです。
「雫ちゃーん!」
「ん?」
足立先生の大半の生徒からの呼び名は雫ちゃんとか、雫ちゃん先生とか、やたらと緩い呼び方が多いが、それだけ生徒に好かれていると言い換えても良い。
そして、今呼んだのは教室の中央に座る陸斗なんかより、よっぽど金髪が似合ったイケメン男子だ。名前は知らないが、去年のあらゆる行事で目立っていた気がする。
別のクラスの奴なのに、目立っていた事を覚えているって事はきっと相当な戦闘力をお持ちなのだろう。
ここでの戦闘力というのはコミュ力とか、そういうリア充に必須のスキルの値だ。
今でも突然の足立先生の登場でこんな静かな教室内だと言うのに、大きな声を出せるんだ。俺には真似できん。真似したとしても白い目で見られるのがオチだ。
「ん? 誰だったかな。えーと……そうそう。
出席簿と思わしき物で名前を確認してたぞ。さては、覚えてないなあの教師。
それにしても彼は林田秀というのか。明日には忘れてそうだ。
「いやぁ、これから一年よろしくぅってね!」
「はいはい。よろしくー」
うわ、すげぇやる気なさそう。対して林田とやらはめちゃくちゃ相容れない感じのノリだ。
「適当だなぁー。皆もよろしくな」
「よろしくー」 「よろしくねー」
全員ではないものの、所々から返答が返ってくる。
あぁ、これで彼の立ち位置は決まったも同然だ。そう、きっと彼はこのクラスのリーダーになる。
俗に言うクラスカーストのトップに君臨するのだ。
「林田ー。そういうのは後で自己紹介の時間を作ってあげるからその時にやりなさい」
「すいませーん」
ヘラヘラと笑いながら謝る林田。林田にとって、自己紹介という場面より、今こそがクラスの主導権を握るチャンスだと思ったんだろうな。
意識してか、無意識かは知らんが、本当にリア充というのは恐ろしい奴だ。出来ることならば関わりたくない事この上ない。
とにかく、俺達は体育館へ移動。
校長による新入生への歓迎の言葉と、二年への先輩としての心構え、三年への受験への激励が三十分くらい続き、冷たい床に座ったままの始業式から解放されたのは一時間後。
再び、教室へと戻る途中、寧々音と姫ちゃんと出会った。
「あ、輝兄」
「輝兄さん(嘲笑)」
え? なんで嘲笑? 俺、馬鹿にされてます? 泣いてもいいですか?
「よ、よぉ二人共」
「新しいクラスはどうだった?」
「それ俺が聞かれるんだ。なんか逆じゃね?」
「いいから寧々音の質問にはキリキリと答えましょうね輝兄さん?」
「あ、はい」
何その笑顔。超怖いんですけど。あと一つ気になったんだけど、こんなに寧々音LOVEな姫ちゃんいたら寧々音に彼氏とか出来なくね?
百合百合しいのは俺的にはいいけどね。
「まぁ、陸斗もいるし、担任は足立先生だし、いい方じゃないかな?」
「ふーん。雫ちゃんかぁ。今日も晩御飯食べてくのかな?」
「あっ、ちょ、しー! しー!」
慌てて口に人差し指を当てて寧々音を黙らす。
「ん? なんか問題ある?」
「いや、先生と身内って何かと面倒だからさ」
「あーね。なるほど。ま、寧々は気にしないけど」
去年の担任で今年も担任の足立先生。足立はうちの母さんの旧姓であり、足立先生は母さんの妹。つまり、家系図的に俺達兄妹の叔母さんなのだ。
俺は身内が同じ学校の教師、それも担任である事を表に出したくないので、敢えて余所余所しく足立先生と呼んでいるという裏事情があったりする。
ちなみに向こうもそれは分かってくれているので、学校では他の生徒と同じように接してくるのだが、とは言え一つだけ他の生徒と違う事を要求してくる時があるのだけど、まじやめて欲しい。
簡単に言うと、俺と陸斗を雑用係にすぐにしようとするのだ。
何かを頼む時に身内ってのはやはり頼みやすいらしい。ちなみに陸斗は完全にとばっちりだけど、それはどうでもいい。
「いや、気にしてくれ。お前と足立先生の関係がバレると兄妹の俺もバレる」
「仕方ないな。ま、期待はするな」
「まぁ、できる限りでいいよ。俺もどうしても隠したいわけじゃないし」
教師と血縁関係があるのがバレるのは面倒だから隠したい。けど、バレたらそれはそれで仕方ない。
あの人の性格上、身内だからって特別扱いとかはないし。まぁ、酷使はするけど。
「とにかく、そういう事だ。よろしくな」
「おう。ではさらばだ輝兄よ」
「失礼します。輝兄さん」
二人が手を振って自分の教室へ向かうのを見送り、俺も階段を上って二年一組へ。
一応、今は休憩時間になるのだが、生徒はほとんど集まっていた。流石に短い休憩では他クラスに行く奴もいないのだろう。
ただ、始業式前と違い、あの林田という男子生徒の周りに男女混ざって数人集まっていた。
なるほど。あの集まった奴らがこのクラスのトップカーストになる奴らなのか。
リア充の周りにはさらにリア充が集まり、そしてリア充グループが形成される。類は友を呼ぶって事だ。これ、テストにでますよー。
その集団をチラリと横目に見つつ、俺は自分の席へと戻ろうとする。
その時だ。
「私と
「そうそう! 私と
そんな話し声が聞こえてきた。
『そうそう! 私と梨香は去年からの付き合いで』
その言葉が頭の中で反響してリフレインする。
何もその言葉に何か問題がある訳じゃない。よくあるありふれた自己紹介の風景だ。
しかし、俺はその声の持ち主を見なければならない。
勢いよく体を捻ってその女子を視界へいれた。
透き通るような黒髪に、綺麗に整った輪郭と目鼻や口などのパーツ。薄く化粧された顔はギャルとまではいかないが、ちょっとイけた女子という感じで、とりあえず俺とは住む世界が違う印象を持った。
何とも現実世界の美少女というのはこういう子なのだというお手本みたいな女子だ。
だと言うのに……。
「……そんな馬鹿な事があるか?」
思わずポツリ心の声をこぼしてしまう。
だって、その声は……。
朱里……だったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます