#2

「ダイ・ジョウ・ブイ!」

RFは紅色の兎眼を輝かせ、真っ白でけむくじゃらの兎耳をひょこりと動かしユアサにサムズアップをきめた。

「視線を前に、ユアサ。もう少しで岩壁が切れる」

 FRの視線と耳先が指し示すほう、延々と続いていた岩山が急峻に地続きになり、青空の左半分が広がっている。急激な地殻変動によって形成されたウエストレッドの岩山は、その勾配が鋭く切れていることが多い。

 FRが軽く鼻を鳴らし、運転席のレバーを何度か動かしてからペダルを踏み込んだ。ユアサが素早く円筒帽トップハットを被り直す。一瞬の間を置いて、“ブラッシュウッド号”の機関エンジンが大きく身震いをし尾部テイルが一際大きく、灰色がかった煙を吹き上げて、ユアサ達の背中を蹴飛ばすように速度を上げた。あっという間に、岩壁が延々と続いていたのが嘘のように視界が晴れる。

 ユアサとRFの視界に見えたのは、岩壁の向こうにいた金属の巨躯だ。距離にして三百ヤアドほど。形容するとすればそれはまさに鉄の箱というほかない。全面鉄板に覆われた直方体の片方の端、その上部分に僅かに斜めに張り出した構造体が見える。

「岩山の向こうにいたあれの音が聞こえてのか。だからの余裕か。いや言えよ…」

「ごめんごめん、もうウン十年はウサギの亜人デミやってるから、そういうの、当たり前だと思ってたよ」

 RFは悪びれる色もなく淡々と話す。

「まあいい…古くせえ型だが、まぁまぁの大きさってところだな。間違いないか?」

「そだね。前部上部に張り出した艦橋ブリッヂ、大径車輪の8軸架装。ヘリアンサス型の陸上艦船ランドガレオンだ。艦橋ブリッヂの下部に銃砲が並んでいて、コヨーテの旗が立ってる。手配書に書かれてる特徴と同じだねぇ」

 RFの口調は呑気だが、陸上艦船ランドガレオンの特徴を見逃さない。脇目で一瞥して、獲物であると断定した。距離はまだ遠いが、速度は“ブラッシュウッド号”の方が速い。岩壁に隠れていた巨躯が徐々にはっきりとしてくる。大きさは一般的な蒸気自動車サイズである“ブラッシュウッド号”の四倍はある。艦橋ブリッヂと、船体側面にいくつか覗き窓が開いているが、甲板デッキに人影はない。

「見張りも立てないとは呑気だな…死角に寄せられるか」

 目を細めて様子を窺うユアサに、RFは応じる。

「付けるとしたら艦橋ブリッヂの砲が狙えない真後ろだね。燦炭コーラの残量が心もとないから、射出に使える出力はギリギリだ。あとは一度で先っちょの艦橋ブリッヂまで行けるかどうか、だねぇ」

「それは問題ねェ…いつもどおりだろ」

「そうそう、金欠はいつもどおりー」

 RFはけらけらと笑いながら、手際よく操縦輪ハンドルを回して“ブラッシュウッド号”の進路を相手のヘリアンサス型に向けた。

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