第3話 契約その1

 「そうは言ったけど、一番は戦わないことだからね」

 突入前、菊はキュラたちに振り向いて言った。

 「わかってる」

 「ええー…」

 人によって多種多様な反応がある。前に言ったのがキュラ、後に言ったのがセナである。

 「第一に、隠密行動。第二に、即判断からの即対応。しっかり指示は聞いてね?」

 右後ろからグリムが、菊の説明に足りなかった優しさを付け加え、

 「わしらとおぬしらは意思が疎通できている。人と竹とではパートナー間に限るが、わしら《たけ》だけなら自由に通じる。判断は任せ、弱腰にならないようにだけ気を付けろ」

 ゼウスが珍しく長いセリフを話す。詳しい説明を付け足すとともに、できる限りキュラたちを安心させようとする。

 キュラとマシュは頭の中で三人のセリフを反芻させ、深呼吸を2回ほど刻む。

 菊が2人の様子と、余裕そうなセナを見て、全員が落ち着くのを待つ。

 「じゃあ、今度こそ」

 「うん」

 「やたぁ!」

 「っし」

 キュラたちは再度気合を入れ、いよいよだ、と自分たちに言い聞かせる。

 (まずは私の「加速」で、素早く隣のコンテナの後ろまで移動)

 菊の指示通り、まずは目標となっている小型~中型の飛行船が並べてあるところに近づく。セナは6人全員に加速をかけ、衝撃吸収シューズを活用して無音で飛行船の背後に回る。6人同時に加速をできる限り高めるので、少しだけきつかったが、顔などの外見には出さなかった。ラピがいなかったから、心までは隠していないので、もしかしたら誰かしらが気づいたかもしれない。しかし、今はそんなことはどうでもよい。

 言うまでもなく、竹が地に足を付けているのはホログラムだけで浮いているため、音を立ててしまう余地さえない。

余談だが、より手っ取り早く済ませるために、少し大きめの飛行船を選ぶことにした。

 (次はオレの「電気」で、操縦部分に信号を送り、コックピットを開ける。)

 敵に電気を感知する能力者がいるかもしれないし、そもそも警備システムとして電気を感知するシステムが搭載されているかもしれない。出来る限り最小限の電気量を発射する。開かないことを確認したら、警戒を限界にして、少しずつ電気量を上げていく。

 プシュゥ…コックピットが開く音がするが、上の階層で何らかの爆音がして、その音がかき消された。おかげで何も敵に聞かれずに済んだ。

 敵が動揺して右往左往している間に、ゼウスとマシュ、グリムのみが飛行船が乗り込む。遠距離攻撃が得意なことと、いざという時に発進するためだ。

 作戦としては、飛行船が発進している間に、飛行船に注目しているところを、キュラ・菊・セナが素早く敵を蹴散らし、その間に飛行船を出力マックスで加速軌道にのせ、加速で3人を乗り込ませ、後は上のラピとムラクを回収する、という手立て。6人同時に加速させるよりは、はるかに楽であるはずだ。

 今回は予想外の爆音もあって、予定よりはるかにスムーズに事が進んだ。

 「行って」

 (おっけぃ)

 (承知)

 爆撃によるゴタゴタがある間に、菊はグリムとゼウスに指示を出す。

 エンジン音がすると、再び、いや、先ほどよりも騒がしい、話し声が発生した。

 「じゃあ、行くよ」

 敵はこの場で見えているだけで5人ほど。探知した結果、この区画にいる敵は10人だ。

 「はぁぁぁぁああ!!」

 セナは加速で素早く敵の背後へ回り、キュラより少し遠めにいた敵にを排除する。自分から戦いを望んでいたような、その余裕綽綽とも傍若無人ともとれるその態度は、彼女の失敗を恐れない戦闘スタイルに相応いものだった。

 素早いキックは初めての戦闘とは思えなかったし、なによりその蹴りの軌跡に迷いがないように見えた。

 キュラは菊を扱い、斬撃を飛ばしたり、障壁を作り出してセナたちのアシストや飛行船の防御をする。

 「すごい、すごい!斬撃が飛んでる!一体どんな技術なの!?」

 「いやいや、障壁作り出したの見てるし、今更褒めるほどでも…」

 (仕組みはまだ教えられないかなぁ)

 菊が苦笑する。菊はけっしてキュラの気を抜いたともとれる態度を責めたりはしなかった。、ここで注意をするのはのやる気というか、士気にかかわるとからだ。

 敵ももちろん抵抗をしてくる。スタンサーベルやスタン銃を放ち、拘束を試みる。

 銃の敵は銃弾の軌道を読んで、というか見て、右に左に、躱していく。

 「そんなんじゃ、私にゃ追いつけないよ!!」

 実際、敵の放つ銃弾よりセナの移動スピードの方が速く、見るからに敵を翻弄していた。

 マシュたち飛行船移動組も、操縦のグリムを除いて、コックピットから上半身を出し、敵をなぎ倒していく。

 しかし、敵のサーベルが電気や光を弾き、流れ弾がキュラの方向へ飛ぶ。

 「障壁展開ディストーション・ブリック!」

 刹那、菊が呪文、というか技名のようなものを詠唱する。キュラの目の前にピンク~紫のような色の障壁が展開され、電撃を防いでくれた。というか、この場の指揮官である菊が全体を見て、仲間や飛行船に当たりそうなものは防いでいた。

 「ちょっと、危ないんだけど!?」

 しかし、戦いながらも、キュラはマシュたちに向けてキレざるを得なかった。

 「す、すまん、次からはちゃんと胴体のみを狙うようにする…」

 普段あまりキレないキュラがいきなり大声をあげたのでマシュはびっくりしてしまった。しかしこちらの方は見ないで言っていたので、よほど余裕がないため大声を出してしまったのか。

 「よし、もう乗り込むよ!」

 しばらくして、敵をこの場にいる10人を全員倒し切ったことを確認して、セナに号令をかける。

 「よっしゃ!」

 指示を聞いてキュラが飛行船の方を振り向く。が、そこでスキができてしまう。敵がそれを見逃さずレーザーを発射する。

 「ぼーっと突っ立ってたら死ぬよ!」

 セナが全速力でこちらまで来て、菊とキュラを連れ去るように抱えて走り抜ける。そのまま飛行船の方へ向かいながら菊も回収する。

「まだいたのか!」

菊が最後の敵を倒す 。

 念のため、全員が飛行船に乗り込んだのちに、菊が船の外周にシールドを張る。

 「もう…安全?」

 肉体の疲れよりも精神の疲れがきつかったのか、キュラが明らかな疲労をあらわにする。

 「うん…

  いやッ!まずい!」

 セナが横に視線を移動、新たな敵を確認すると、マシュとキュラを再び抱える態勢に入る。

 その新たな敵は、3人ほどの取り巻きを連れているが、真ん中にのそのそと出てきたやつは明らかに巨躯をもち強大な力を持っている。そう理解することは少年少女であるキュラたちにも難しくなかった。

 「セナ!!皆を逃が」

 「わっかってる!!!」

 ゼウスが、最も危険だと判断した3人にとっさに指示を出す。が、それを言い放っている途中にセナは形相を変えて退避へと行動を移した。そのスピードゆえの反応の速さか。

 その巨大な敵が繰り出される攻撃は、その見た目からは想像がつかないほどのスピードだった。

 やつが腕を振るうと、突風と炎が巻き起こる。ふたつの自然エネルギーは相乗効果を起こしてより強い炎と風を起こした。キュラたちは退避、竹たちもその後見た目が竹のみに戻り、虚空へ飛び立ち回避する。しかし飛行船はモロに衝撃をくらう。シールドが張ってあるから外傷はなかったが、壁の端っこに押しやられ、再度出発するには方向を直さなければいけない。しかしそんなことをしながら戦えるほど簡単に倒せる敵ではないと割り切り、6人全員で敵の処理をすることにした。

 まずは敵の観察と判断から。

 キュラが素早くレーダーを展開、敵の生態情報を読み取る。

 「敵の大きさはざっくりと言うと、全高6mの全長10m弱となってる」

 キュラがまずレーダーを展開して一番最初に見えてきた情報、すなわち見た目の情報を、全員に聞こえるように叫ぶ。

 キュラが説明を続ける。

 「体重が800㎏ある。白筋が異常に発達しているため体力は少ないと推察できるため、連携攻撃を中心とした持久戦が有効だと思われます」

 しかし、キュラの提示した情報に、グリムが補足情報を言い放つ。

 「現在の情報から考えると普通はそうだが、特殊な能力を持っていることなどから独自のエネルギー生成器官があると推測。魔法力的なものは感じ取れないため、より強大なエネルギーをもって短期決戦で決着することが望ましい」

 敵にターゲティングされないように動き回りながら冷静に敵を観察しているが、ついつい、普段の態度からは想像もできないキュラ・グリムの解説を聞いて、感心するもの・納得するもの・苦笑するもの・吹き出すものなどなどいたが、とにかくより強大なパワーが必要だと分かった。

 しかし、いかんせん、戦術は生み出せても、圧倒的なパワーを持っている、という人物がこの場にいない。

 「なにか…!!なにかないの…!?」

 セナが菊やグリム、ゼウスに問いかける。らしくないが、彼女は現在結構焦っているようだ。

 「…ある。」

 菊がつぶやく。あの敵を、あの巨体を、あの装甲を、一撃で穿つ方法。それがあるという。

 「…それは何?」

 キュラが問う。

 「精霊解放。そのための、私たちとの契約。」

 「契…約?」

 「説明は省くけど、私たちは、名前からもわかる通り、本来、真名…分かりやすく言うと、元になっているものがある。」

 キュラ・マシュ・セナが納得する。

 「続けて」 

 戦いの場なので、話を進めるよう3人が促す。

 「うん。例えば、私は『菊一文字則宗』。天才剣士・沖田総司の愛刀が一。ゼウスは、ギリシャ神話の全知全能の神、ゼウスの武器『ケラウノス』。グリムは西遊記・沙悟浄が使うといわれている『降妖宝杖』。」 

 「つまり、契約によって、神話や伝説・逸話上の性能が出すことができるということ。」

 説明ばかりで苦しくなってきたのか、菊は大切な部分をあえて簡潔にまとめた。

 「でも、いきなりではこんなこと受け入れられないかもしれないし、無理はしなくても…!」

 「分かった」

 キュラは二つ返事で回答する。菊は驚きを隠せていない様子だったが、キュラは何をいまさら、ここで信用を疑ってどうなるとかいう問題ではない。菊は意外とネガティブというか、可能性を考えつくすタイプなのだろう。

 「じゃあキュラ、契約を始めるから。

 みんな、その間は無防備になるから、護衛をお願い」

 「任せて♪」

 グリムが答える。キュラ・菊以外の4人が前に出て、残りの2人はその後ろに下がる。

 「うん。どうすれば契約できるの?」

 「…血、飲んで」

 「へっ?」

 「私と君の遺伝子…というか、魂がより多く詰まっているものを契約相手が飲むことでより強いパワーを得ることができる。」

 戸惑いを隠せない。血なんて生まれてこの方ほとんど見ていないし、飲むなんてもちろん初めての経験である。

 「…どこの血がいい?」

 動揺しているが、するしかこの場での打開策がないので、とりあえず菊に判断を任せることにした。

 すると菊は人差し指を差し出す。

 「…ほら」

 菊が早く済ませたい、というように、血を飲むことを促す。

 キュラはそっと菊の手を左手でとり、菊から受け取った小刀で指に切り込みを入れる。菊が少し痛がったが、キュラも同様の感情を抱いていたのか、かまわず唇の先で血を吸った。

 すると菊の肉体はただの竹となり、光りだす。そして、刀のような刀身をあらわにする。キュラの体も、全身が光出し、その後光が収束すると、オーラのように薄い膜となりキュラの体にまとわれる。

 『契約,完了。真名との接続を確認。新しいマスターに解放の権限を与えます』

 刹那、その場には刀を持って一人敵をにらむキュラの姿があった。刀は菊なのだろうが、刀身は露のように輝き、同様にキュラの体にも美しい蒼い輝きがまとっていた。

 敵は慌ててそのの巨躯を反転させ、キュラの方を向く。まず最初にやってきたのは取り巻きの3人。加えて増援が5人。

 増援で出てきたやつらは前の3人よりも速く強かった。

 しかし。

 キュラは迷いなく一歩目を踏み出し、一番前の敵へと一気に距離を詰める。そのまま刀を下から大きく振る。すると轟音とともに敵の胴体が霧散する。

 今度は左右から敵が剣を振ってくる。右の敵が縦振り、左の敵が横ぶりだったので、姿勢を瞬時に低めてから斜め右後ろに少しだけ体を移動させる。右の敵のスキをついて大きくジャンプ、体を上下反転させて後頭部に蹴りを入れる。蹴りに使っていないもう片方の足で敵の上半身をはさみ、くるっとひねって転倒させる。

 そのため自分も落ちたが、ひねった遠心力で足を振りほどき足で挟んでいた敵をその辺へ蹴飛ばし、そのまま回転斬りで左にいた敵も倒す。

 敵も剣でガードしようとしていたが、回転斬りによって、1回目で弾き2回目で確実にガードを引っぺがす。3回目で、同様に敵が霧散する。

 ついでに回転斬りから出た飛翔斬(飛ぶ斬撃)で2人ほど処理する。

 敵が霧散することによって生まれが霧が完全にどこかへ行くと、再度キュラが動く。

 「ス…ゴイ……!!」

 セナが感嘆を漏らす。

 スピードもそうなのだが、テクニックが化け物じみている。速さだけなら何とかなる、と思っていたのは、キュラが踏み出した時にもう気づいた。

 逆に、スピードが武器である自分があの力を得たら、どれだけ速くなれるのだろう、どれだけ繊細な動きができるのだろう、と自分への期待という感情が生まれていた。

 (一気に決めよう)

 解放中は、マスターと竹、すなわちこの場では菊とキュラは、意識が共有することが出来る。

 (よしっ)

 キュラが刀の柄の部分を強く握りしめる。すると、刀身がエメラルドのような美しい光を放つ。

 刀は青白い巨大なエネルギーに包まれ、次第に魔法剣のように変化していく。

 強大な一撃が来る、と敵も察知する。

 キュラの一撃が完全にチャージし終わる前に、敵が出しうる最大のパワーで爆炎と烈風を発生させる。ふつうなら炎は大抵の生物は燃やし、烈風は石くらいなら切り裂くであろうかまいたちを発生させた。

 その瞬間、キュラが、いや菊が、チャージと並行してシールドを張る。敵と自分のみを隔離したのだ。

 隔離空間において敵は仲間を傷つけることはできないし、ましてや脱出することもままならない。つまり、ここからはキュラが敵を倒す未来しか見ることはできない。

 敵の放つ攻撃もろとも吹き飛ばすように、剣を薙ぐ。

 巨大な衝撃波は炎、風、敵の装甲、敵を全員吹き飛ばした。

 次第に取り巻きが霧散し、巨大な敵も時間をかけて霧と化す。

 するとキュラの体からの霧が発生し、刀が竹に、キュラも元の姿へ戻る。キュラは膝から崩れ落ちる。

 「ううっ…!」

 それを菊が瞬時に肉体を形成、キュラの体を支える。しかし一言目を発したのは意外にもキュラだった。

 「菊…ホログラムって嘘だったんだね…?」

 「ああ…うん。」

 「…そっか…早く休みたい…」

 疲れ切ったキュラの体を菊がお姫様抱っこして、飛行船まで連れていく。

 「さあ、行こう」

 そう言って、今度こそ空へ出発した。

 しかし、残っていた残党が、何かを虚空へ投げる。丸に近い固体は放物線を描き、飛行船の方へ飛ぶ。

 それは閃光弾だった。強烈な光を放ったそれは、前を向いていたセナ・グリム・マシュ・ゼウスには見えなかったが、後方を確認していた菊と、抱えられているキュラが食らう。

 「うううっ!」

 その瞬間、キュラの視界の一部が、白いもやのようなものに覆われて不可視化する。

 「あれ…なんだこれ…視界にぽっかり…白い穴が…。」

 何気ないつぶやきを聞き、菊は目を見開いた。

 (うん、どうやら…いまさらながらだけど、アレは本当みたいだ…)

 (まあ、あの人が言っていたことなのだし、疑う余地もないけど。)

 菊が思考を凝らす。

 「大丈夫?」

 セナがキュラを心配する。キュラが目を開き、瞬きを繰り返しながらセナの方を向く。少し間をおいて、キュラが返事をする。

 「うん…だんだん直ってきた。」

 マシュは一人前を見て、離陸を始める飛行船の地面を見つめ、考え事をしていた。何が起きているかは正直理解しきれていないが、何かいやな、それも、最高に面白そうな予感がするのは確かだった。

 物語が動き出す。

 各々の思考が歪みだす。

 一枚一枚の歯車が、ひとつひとつの役割に気づき始める。

 「さあ、ラピ達を迎えに行こう!」

 飛行船が飛び立ち、青空へ飛び立つ。

 彼らは、この物語の秘密を、少しだけ知ることができたに過ぎない。彼らのアイデンティティに気づき始めただけに過ぎない。

 第3話 完

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竹執物語~宇宙開拓の章~ FallTwincle @FallTwincle

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