第27話 オーナー、出番です
雲のない空、ほんわかと見守る太陽、汗をかかない程良い気温、体を撫でる心地よい風。
プロジェクトもあっという間に半分を過ぎた、こんな素晴らしい気候の日に、草原に2匹の声が響き渡る。
「あのな、こういう戦争は一気呵成に攻めることが大事なんだ。全員で攻めかかってガンガン進攻していく、これだよこれ」
イフリート小隊長がキマイラ小隊長の肩をポンポン叩くと、キマイラの前部分、ライオンがガオッと吼えた。
「いやいや。そうは言っても、これまで何度も撤退を余儀なくされてるんだぞ。ここは慎重にいくべきだ。いけそうだと思ったら、少しずつ追加の戦闘員を投入していく」
「始め少数しか投入しないなら、それこそ撤退する羽目になるかもしれないだろ」
「ワイバーン相手なら、ケーカクの人間には反撃が難しいはずだ」
2匹がガウガウと言い争うのを、横で聞く俺と魔王様、そして桜佳。
事の発端は昨日。いよいよ攻撃の本格的なシミュレーションを進めていく中で、各小隊の陣形などは固まっているものの、そもそもの攻撃スタンスに食い違いがあったらしい。
攻撃の方針を決めるタスクはあったものの、「どんな能力と武器を使って攻めるか」「どのルートで進攻するか」という手段の方に焦点を当ててしまい、兵の投入方針はあまり深く決めていなかったとのこと。
「まあね、こういう失敗は起こってみないと学べないから。次に攻勢計画立てるときに同じミスしなければ良いわよ」
「そうそう、俺も今朝、部下の働かせ方について桜佳に怒られたからな。こうやって学んでいくんだ」
「リバイズ、アナタあの失敗3回目だからね」
「………………」
あれ、切なさで涙が出そうだぞ。
「イフリート、その方法には勢いがあるけど、ちっとも現実的じゃない」
「熱量だって大事だろ、イフリートなんだから! キマイラこそ、ライオンとヤギと蛇の3つも頭があってそんな作戦しか浮かばないのか」
「違う、脳の総量は1匹分なんだ! だよね、リバイズ!」
「キマイラの生態なんか知らないよ!」
なんで俺に振ったんだ!
「魔王様、どうなさいます?」
「あ? 昼ご飯か? もう少し遅くてもいいと思うぞ」
「なんか魔王様の生き方っていいですね」
たまに憧れます。
「攻撃方針については、隊長のアングリフに決めてもらうのが最善だろうな」
「そうですよね。じゃあこのことを報告して――」
言いかけたその時。ドタドタと足音が近づいてくる。防御部隊の隊長、コカトリスのファンユだった。
「バータリに攻め込まれたときの防御のシミュレーションをしてるんだがな。前回のように魔法使いがこちらの領土に来る可能性を考えると、攻撃部隊から数匹、防御側に回ってもらいたいのだ」
「また話がややこしく!」
悪いことは重なるもので。
「いやいや、今防御に回すどころか攻撃の分担で揉めてるんですから、ファンユ隊長」
「そうですよ。俺達キマイラの方針が正しいことをイフリートに説明してるんです」
「おいキマイラ小隊長。部隊が違うからエラそうなことは言えないが、イフリート相手にライオンとヤギと蛇、3匹で罵るなんて卑怯じゃないか?」
「罵ってるのはライオンだけですー。大体、コカトリスだって鳥とトカゲでしょー?」
「一緒にしないで下さいー。大体、こっちはそっちと違って頭は2つありませんよー」
なんて幼いやりとり……しかも隊長と小隊長で……。
「はいはい、分かったわ。ここは魔王が引き取ります」
キマイラとコカトリスを制し、桜佳が手をパンパンと叩いた。
「えっ、私が……?」
「そうよ、そのためのプロジェクトオーナーだもの」
魔王様が口を歪ませる。「ちょっと面倒だな……」という感情がありありと見て取れた。
「プロジェクトメンバー同士の対立や軋轢っていうのはごく普通に起こるものなのよ。お互い、自分達のチームにとっての利益が違うからね。それに場合によっては、プロジェクトに入ってないメンバーと衝突することもあるわ」
プロジェクトで決まったことに反対して小競り合いになったりね、と補足しながら、彼女は魔王様の前まで来る。身長差は少しあっても、勢いは彼女の方が上。
「そういうときに、プロジェクトオーナーが活躍するのよ。一番上の立場から、総合的に判断して調整するの。今回の件だって、ファンユの他にアングリフまで出てきたら隊長同士で揉めることになっちゃうでしょ?」
そうか、こういうときにオーナーが出るんだな。確かに、この件は俺よりも魔王様が決定した方がみんな納得するだろう。
「ううむ、分かった。では一晩考えさせてくれ。ファンユもそれでいいな」
「ええ、分かりました、魔王様。あと、話は少し変わるんですけど、桜佳先生、この後近くの川沿いをお散歩デートなんてどうですか?」
「少しどころじゃないじゃん!」
よくこのタイミングで話題切り替えられたな!
***
「良かったわね、丸く収まって。3匹とも納得して帰っていったわよ」
翌日、魔王様の部屋の窓から、帰っていく隊長と小隊長を見送る桜佳。
「攻撃のスタンスはどっちも両極端だから、中間くらいの案を作ってアングリフ隊長が最終判断、防御部隊にはプロジェクトに入ってなかった攻撃部隊のモンスターを迎撃要員として追加配置する。うん、良い考えだと思う」
彼女に褒められて、魔王様は胸を張った。
「ふははっ、私くらいになれば、あのくらいは簡単に決められるぞ」
その声を聞きながら、昨夜さんざん案を書き綴った紙をこっそり片付ける。
俺と夜遅くまで知恵を振り絞ったことは、内緒にしておいてあげよう。
【今回のポイント】
■社員のコンフリクトとオーナーによる調整
プロジェクトの進行中には様々なコンフリクト、つまり対立や軋轢が生まれます。
少し例を挙げてみましょう。
①自部門の利益を重視し、片方の参画メンバーはA案を、もう片方のメンバーはB案を支持して、どちらも譲らない。
②プロジェクトの成果として新しい業務の運用方法を提示したところ、参画していない社員達が「従来のやり方の方が良い」と反対し始める。
③週2日はプロジェクト活動に従事する、という約束のもとで参画しているメンバーが、上司から「いいからもっと通常業務やってよ」と強要される。
このように、少し想像するだけでも色々なケースが浮かぶことでしょう。
こうしたコンフリクトを解決するために、プロジェクトオーナーが活躍します。
①のケースであれば、オーナーが総合的に判断して案を決断することになりますし、②③のケースであればプロジェクトメンバーを守るために働きかけることになるでしょう。
プロジェクトオーナーがいないと、こういうときに決めてくれる人、守ってくれる人が不在となってしまいます。また、役職の高い人に務めてもらうのもこのため。リーダーと同じくらい重要なポジションになりますので、人選の際は十分に考慮して下さい。
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