第26話 ヘルプは柔軟に

「そっか、この辺りが壊されたのね」


 領土の北西側、高くそびえ立つ防壁を見上げる桜佳。真上近くで目一杯照らす太陽に、思わず目を細める。


 プロジェクト開始から順調に進み、もうすぐで20日というところ。

 今日は防壁の修繕に遅れが出ているということで、現地を見に魔王様と桜佳と3人でやってきた。



「すみません、魔王様。本来ならとっくに北側の壁に着手している予定でしたが……」


 防御部隊の隊長、コカトリスのファンユが申し訳なさそうに頭を下げると、魔王様も少し悲しげに首を振った。


「いや、お前達のせいじゃないからな」

 そう、今回のトラブルは完全に外的な要因。どこの国の誰とも知れない魔族のグループが近くを飛行がてら攻撃を仕掛けてきたらしく、修繕を終えたばかりのこの防壁を破壊していったのだ。



「ファンユ、防壁壊せるってことは相当な強さってこと?」

「もちろんです、桜佳先生。この壁は、俺たちが研究に研究を重ねた、絶対に壊れない壁なんですから」

「早速壊れてるじゃん!」

 桜佳のツッコミが炸裂。一体何を研究したんですか。



「ケーカクに照準を絞っている現状ではこのレベルの強敵を探して対抗するのは大変だし、その後は特に追加攻撃を受けてないこともあって、口惜しいが反撃はしないことにした」

 魔王様の説明を耳に入れつつ、まじまじと破損状況を確認する。


「しかしこれは酷いな。ヒビどころの騒ぎじゃない」

「そうなんです。3部隊で一斉に取り掛かっていますが、なかなか……」


 溜息をつくファンユ。もともと割れている箇所の修繕をするだけの予定だったのに、欠けたところを砂やセメントで再構築していかなければならない。そのタイムロスは甚大だ。


「ねえ、リバイズ。この修繕のタスクって、1回期限延ばしたのよね?」

「ああ。定例会議で破損の話が出たからな」

 俺の返答に、ファンユが「そうなんです」と補足した。


「でも先生すみません、見積りが甘かったです。皆、壁を新たに作る作業には慣れておらず、想定以上に時間がかかってます。ガーゴイルの数名はまだ上半身が人間になっていて飛べなくなってますし」

「ああ、そうだったな」


 いやあ、面白い、もとい、貴重なものを見させてもらったよ。


「オーカ、こういう場合はどうすればいいんだ?」

「そうね……選択肢は大きく分けて2つかしら。チームにモンスターを増やしてテコ入れするか、全体スケジュールを見直すか」


 それを聞いた魔王様がガックリ肩を落とす。


「見直すのはまだ避けたいところだ。モンスターを増やすか……リバイズ、ヘルプという形で他の小隊から一時的に異動させられないか?」

「おおっ! 魔王様、素晴らしいご提案です」

「或いは、キマイラのヤギの部分だけ応援に来てもらうとか」

「うん、前者の案でいきましょう」

 何回も言いますけど、あの生き物は不可分ですからね。



「えっと、スケジュールに拠りますと……攻撃部隊はこの時期少し余裕がありそうです。特にワイバーン小隊は10匹くらいヘルプに回せるかもしれません」

「よし、私の責任で承認するから小隊にかけ合ってみよう。ファンユ、それでいいいな?」

「はい! ありがとうございます!」


 と、やりとりを聞いていた桜佳がフフッと声を漏らした。

「どうした、桜佳?」

「ううん、2人とも立派になったなあと思って。桜佳さんは嬉しいわ」

 よよよ、と泣く仕草。それを見て、魔王様もファンユも俺も破顔した。




***




「という状況なので、ぜひ防御部隊に応援をお願いしたい」

 東に飛び、ケーカク王国の見取り図を見ながら先発隊の進軍方針を話し合っていたワイバーン小隊のもとを訪れる。


「ううん…………とはいえですね、部下も積極的にこの進軍方針決定のタスクに参画してまして」

 残念そうに翼を振る小隊長に、頷く部下たち。いちいち風圧がすごい。


「だがこれは全体最適の問題なんだぞ」

 軽く倍はある巨体を見上げながら話す魔王様。


「この先陣が戦いの勢いを決めますから、この話し合いは重要なんです。このタイミングで抜けたくないんじゃないかなあ……」

 まあそうだよな、小隊長としても抜けさせたくないよな。


「よし、分かった。応援に行った者はオーカと帝国酒を飲む会をセッティングしよう」

「俺、行きます!」

「いや、俺が行く!」

「ふざけんな、俺は始めから行こうと思ってたんだ!」


 話し合いの雰囲気はどこへやら、部下全員が応援隊の座を懸けて争う大合戦。目が点になる小隊長。


「ワタシを利用するなんて、アナタもなかなかね、魔王」

「なあに、プロジェクトオーナーの裁量ってやつだ」


 2人で意地悪く笑いあう。そこへ、小隊長がやってきた。


「あの、やっぱり俺も応援に行きたいんだけど」

「お前もかよ!」

 みんな桜佳先生のこと大好きですね!


 




【今回のポイント】

■チームのヘルプと体制変更

 プロジェクトの作業は、想定より膨らむこともよくありますし、兼務してる社員の本業が急に忙しくなって身動きが取れなくなるようなこともあります。


 そういった場合、プロジェクトのリーダーは、すぐにチームとそれぞれのタスクの状況を整理・把握しないといけません。そのうえで、「今の体制のままでは支障が出る」と判断した場合、幾つかの選択肢からアクションを決めることになります。


 あるチームのメンバーを別のチームの応援に行かせたり、チームを異動させたりするのが一般的な方法です。また、予算や人員に余裕があるのであれば増員を検討しても良いと思います。更に、特定の人物が多忙になってしまった場合、同等のスキルを持つ他の方とスイッチ(入れ替え)することを検討してもいいでしょう。


 なお、ヘルプやチーム異動に際しては、人を出すチームにも受け入れるチームにも十分に説明をして下さい。勝手に話を進めてしまうと、プロジェクト上層部への不信感に繋がるだけでなく、ヘルプを出したチームと受け入れたチームがぎこちない関係になってしまうケースもあります。

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