第11話 魔王様、権限をお譲りください

「ところで魔王、ちょっと聞きたいんだけど」

「え……私に?」

 若干怯える魔王様。桜佳の圧を感じたらしい。


 夜も更けてきたが、彼女の講義は続いている。窓の外では暗闇が自由気ままに広がっていて、鳴く時間を間違えたかのような綺麗な鳥の声が遠く聞こえた。


「わっはっは、魔王様、桜佳先生に怒られるのが怖いんですか?」

 付き合いの長いドワーフの冗談に、魔王様が反論する。


「怖いわけないだろう! 恐怖なんていうのはな、幻想が生み出す感情なんだ。だからな、オーカも幻想と考えればほら、怖くない」

「ワタシがいないことになってるけど」

 めちゃくちゃ怖がってるじゃないですか。


「で、質問に戻るけど、隊長にはどういう権限があるの?」

「権限……とはどういうことだ?」

「そうねえ……例えば作戦を決めたりメンバーを入れ替えたり、そういうことをどこまで隊長がしてもいいのかってこと」

「その辺りはもちろん、全部隊長に任せてるに決まってるだろう」


 ちらと隊長の3匹を見ると、目立たないように微かに首を振っていた。大丈夫、俺も桜佳も分かってる。


「なるほどね。任せるってことは、別に魔王の事前承認も要らないのよね? 急な作戦変更も、アナタに伝えなくても良いってことよね?」

「いや、それとこれとは話が違う。作戦を考えるのは任せるが、最後はトップの私が承認しないと――」

「それじゃケーカクには一生勝てないわよ」 


 魔王様を遮って、破壊力のある一言。言われた本人は「え、そうなのか……」と言葉を詰まらせている。



「あのね、500匹もいて、アナタが全部面倒見られるわけないでしょ。昔の20~30体しかいなかった頃とは違うの」

「いや、でもオーカ、それじゃトップとしての威厳が――」


「威厳で戦いに勝てるわけじゃないのよ。どうするのよ、戦闘中に何かあったら。どんだけ魔王の能力が高くたって1匹1匹見られるわけじゃないでしょ? 隊長が作戦変更も出来ないんじゃ全滅必至よ!」

「た、確かにそれもそうかも……」


 ずいずいっと押される魔王。アングリフが小さく「桜佳先生いけいけ!」と手を動かしているのが見えた。


「といっても、何でも部下が決めていいってことになったら魔王も困るでしょ? だから隊長と小隊長がそれぞれ『現場で判断したいこと』を整理するの。で、基本的には魔王の事前承認が必要だけど、有事の際は隊長や小隊長が判断して事後承認ってことにすればいいのよ」


「なるほど、全部じゃないんだな。私の夕飯のメニューを決める権限は私にあるんだな」

「なんで部下がアナタのメニュー決めるのよ」

 呆れる桜佳。魔王様、もっと心配事ないんですか。



「とにかく、そうすればもっと現場が自由に動けるようになるわ。隊長達もその方がいいでしょ?」

「ああ、そうしてもらえると助かる」

 コカトリスのファンユが嬉しそうに頷いた。


 そうだよな、全て魔王様の許可が必要なら、ただ現場を取りまとめてるだけだもんな。それこそ、ケーカクとの戦いのときに何かマズい状況になっても何もできない。それは「隊長」ではない気がする。



「で、ファンユはどんな権限があると防御部隊で動きやすい?」

「お、リバイズ、それ聞いちゃう? そうだな、翼をかざすだけで壁が作れる権限とかあると嬉しいなあ」

「それ権限じゃないから! 魔法だから!」

 そんなんあったらすぐに勝てそうですけど!


「調達部隊だと、俺ぁオークの小隊に権限があるといいと思う」

 アルムが話を本筋に戻す。


「武具の運搬では各所への最短ルートを通ることになってんだけどさ。敵軍が近くにいてそこを通りたくない場合とかには、あいつらの判断でルート変えられるようにしたいんだ」

「そう、こういうの。こういうのだよファンユ。何か浮かばない? ガーゴイル小隊のこととかさ」


「そうだなあ……あ、リバイズは綺麗で可憐な桜佳先生とずっと一緒でズルいから、たまに戦略担当を交代する権限が欲しい」

「ちょっと話変わってるじゃん!」

 どんだけ桜佳に焦がれてるんだよ!



「ズルいわ、そんな話が通るなら、ワタシだって自由に魔王の酒を飲める権限が欲しいわよ」

 おーい、何か講師が変なこと言い出したぞー。


「桜佳、お前から積極的に話題ズラしてどうすんだよ」

「ごめんごめん、帝国酒は勝手に飲むから平気よ」

「平気じゃないだろ」

 さり気なくとんでもないこと言ってる……魔王様、ビンの中身にご用心。



「じゃあ、これも紙にまとめましょ。今から新しい紙配るわね」

「よし、考えるかな!」


 これが終われば研修も終わり。

 これからどんな風に部隊が変わっていくのか、楽しみだ。





  

【今回のポイント】

■チーム内での責任と権限

 チームのリーダーには、役割に直結する責任が伴います。会社で言えば「売上○○円を達成する」「今期中に○○プロジェクトを終わらせる」といったものになるでしょう。


 ただ、単純に責任だけ押し付けても、リーダーが自分の裁量で何かを決定したり、誰かを動かしたりすることが出来なければ責任を果たすことは出来ません。チームメンバー全員で責任(=目標)を達成しようと思っても、常に上司の承認を得ないと動けないのであれば、極端な話、チームリーダーの存在する意味も「現場の取りまとめ」くらいしかないでしょう。


 大事なのは、責任と一緒に権限を与えること。「ここまでは君の判断で決めて良いよ」という線引きを決めることで、リーダーはよりスムーズにチームを動かすことができますし、「任せてもらっている」という感覚を強く持つことが出来ます。もちろん、責任と権限を定義するには「そのチーム・そのリーダーが何をすべきか」を先に決める必要がありますね(前話参照)。



 また、権限を付与するのはリーダーだけとは限りません。部下であっても、「ここまでの値引きは君の判断でやっていいよ」など適切に裁量の範囲を決めることで、現場の仕事もスムーズに回っていくでしょう。

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