2章 チームマネジメント ~チームで動けなきゃ、人間には勝てない~

第9話 個々がどれだけすごくても

「どうだオーカ、うちの帝国も大分良くなってきただろ。そろそろプロジェクトとやらを教えてもらって、ケーカク王国を攻められるくらいの力はついてきたんじゃないか?」


 広々とした部屋で、誇らしげに胸を張る魔王様。

 しかし、桜佳は呆れたような表情。


「そんな簡単じゃないのよね……」


 窓の外はパッとしない天気。白なのかグレーなのかはっきりしない色の雲が、空にでっぷりと居座っている。


「桜佳、何か気になってることがある?」

 んん……と返事に迷った彼女は、言葉を選ぶようにゆっくりと返事をした。


「争いが激化して、帝国酒の醸造担当が戦地に駆り出されるのは避けてほしいわね……」

「そのテンションで言うのやめてもらっていいですかね!」

 すっごく大事なこと言うと思って身構えたんですけど!



「まあ冗談はさておき。前も説明したけど、個々のモンスターの働き方を変えたら、次はチームでの働き方を変える必要があるの」

「チームでの働き方を変えるか……私はまだイメージがついてないな」

 腕を組んで首を傾げる魔王様に、桜佳は目線を投げずに続ける。


「小隊の中で『これをやるぞ』って目的を共有して、効率的に動けるようになるのが理想ね。例えばさ、『魔王のヤロウ、もう許せねえ。絶対に寝首を掻いてやる』って小隊が一致団結してれば、作戦はスムーズに進むわよね」

「…………あ、ああ…………」

 桜佳先生、例え! 例えの気遣い!


「そろそろその辺りを教えようかなあ」

 と、そこへ。


「魔王……様…………」

「ワイバーン!」


 攻撃部隊である魔族、ワイバーンが十数匹、息も絶え絶えに窓に向かって飛んできていた。

 桜佳と協力して大きな窓を開き、彼らが入れるくらいの通り道を作る。


「すみません、偵察でしくじりました……ケーカクの奴らに見つかって攻撃を受け…………」


 魔王様の部屋に全員が収容された。俺や桜佳の4~5倍はある巨体。天井の高い最上階で良かった。


「むうう……やるな、ケーカク王国め。なぜこんなに強いのだ!」

 悔しそうに机を叩く魔王様。振動で、端に置いていた桜佳のペンが転がった。


「ひどくやられたな……いざというときのために攻撃と退却で担当を分けたのに、どっちもここまで壊滅か……途中までは作戦通りだったんだよね?」

「………………」


 俺の投げかけに、凄まじいわざとらしさで一斉にあさっての方を向くワイバーン達。


「あのさ、まさか作戦とか関係なく好き勝手に偵察したりしてないよね……小隊長?」

「リバイズ、作戦名は『臨機応変にやりつつ柔軟に対応』だ」

「それ作戦じゃないから!」

 何も言ってないに等しいから!



「いや、リバイズさん、俺はもともとこの作戦がリバイズさん達のアイディアだってこと自体知らなかったんですよ!」

 1匹のワイバーンの発言をきっかけに、皆が一斉に話し始める。


「俺は翼を怪我してるから攻撃は出来ないって言ってるのに攻撃担当になってたぞ。自己判断で退却班に回るしかないだろ」

「小隊長が担当の割当だけでも変更すればいいんですよ」

「あのな、体制変更は魔王様の承認がないとできないんだよ」

「やっぱり臨機応変がいいよな」

「だから俺は退却は性に合わないんだよ! ちょっと攻撃してみただけだろ!」


 ……なんだこのまとまりのない小隊は……。

 桜佳の方を見ると、「全然ダメね」と言わんばかりに大きく首を振っていた。


「ねえ待って、犯人探ししたいわけじゃないんだけど、一番の原因は何なの?」

「難しい質問だな、リバイズ。そうだなあ……世界から争いが無くならないことかな」

「そんな哲学的な話じゃないんだよ!」

 もっと具体的なやつ!



「小隊長、なんでちゃんと指示くれなかったんですか!」

「いや、指示しただろ。そしたらお前らが退却班がイヤだのアレはこうした方がいいだの言ってきたんじゃないか」

「それはそうですけど……でも小隊長が悪いと思います。いーけないんだ、いけないんだー。ビシッと言ってくれればちゃんと守るのに」

「はい、出ましたー! じゃあ自分の頭殴れってビシッと言ったら殴るんですかー?」


 小隊では罪のなすり付け合いから一転、非常に精神年齢の低い罵り合いが続いている。



「桜佳先生、俺が悪いのか?」

 師と仰いで尋ねる小隊長に、「ええ」と返事をする桜佳。


「アナタも良くないわ。リーダーとして、まとめるところはまとめないと」

「そ、そうか……」

 しょんぼりと項垂うなだれる。


「でも、アナタだけが悪いんじゃない。みんなで一つのチームなんだもの、みんなでもっと良い小隊になれるように考えていかないとね」


「でもオーカ、そんなにチームワークが必要なのか? ワイバーンほどの力の持ち主なら、ケーカク帝国の人間くらい――」

「バカね、魔王。たった今負けてきたじゃない」

「またバカって言った……」

 壁の方を向いて軽くいじける。頑張れ魔王様。



「いい? 。ケーカク王国の人達は、個々の力が強くなくてもチームとしてちゃんと動けてるの。お互いの仲の良さとかじゃなくて、チームで動くためのテクニックを理解してるってこと。こっちもそれを知らないまま舐めてかかると、また今回みたいな目に遭うわよ」


「よし、分かった。桜佳、今度はそのチームでの働き方を教えてくれ」

「もちろん。そのために召喚されたんでしょ?」


 俺と魔王様の腕をポンポンと叩きながら苦笑する桜佳。


 その笑顔にはどこか、気力が湧き出ているような力強さが見えた。





  

【今回のポイント】

■チームのマネジメント

 4章構成の本作。2章では、チームでの働き方、チームマネジメントについて取り上げていきます。


 会社に限らず、アルバイトもサークル活動も、多くの組織はチームで動くもの。いくら個々の仕事の質やスピードが上がっても、チームでまとまって動かなければ全体のパフォーマンスは向上しません。むしろ、互いの連携不足やムダなやりとりの増加でパフォーマンスが落ちることも有り得ます。


 もちろん、リーダーの素質というのもチームがまとまるための大きな要因ですが、チーム全体での仕組みづくりや心構えも重要です。リーダーだけに責任を押し付けず、どうすれば良くなるかについて、各々が「自分ごと」として捉えることが第一歩になります。


 さて、バータリ帝国はどのように変わっていくのか。リバイズや魔王を応援しながら見ていきましょう。

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