第8話 君だけにしか出来ないこと

 桜佳の研修から少し時間も経ち、気候がほぼ変わらないこのバータリ帝国も、突発的に雨季に入った。


 城から見る景色も青色から灰色に変わり、背の高い木々が強風に噛み付かれ、逃げるようにしなっている。


 が、今の俺はそれどころではなかった。


「魔王様、たった今、ドワーフ小隊から連絡が!」


 部屋に飛び込むと、魔王様は椅子に座って資料に目を通していた。ケーカク王国にある資源のリストを見て、夢を膨らませていたらしい。


「どしたの、リバイズ。走ってくるなんて珍しい」


 隣の部屋から桜佳が出てきた。手には元の世界の本らしき物。勉強でもしてたのかな。


「何があったんだ」

「はっ、それが……肘当てを造れる唯一のドワーフが倒れ、鍛造が止まりそうです」





「で、どうしてそんなことになったのよ?」

 魔王様に促され、3人で部屋中央の机を囲うように座ると、すぐ質問が飛んできた。


「ああ。ドワーフもそれぞれ得意な加工作業があって、各々が造りやすい武具を担当してるんだ。ただ、肘当てについては、今回倒れたドワーフしか造れないらしい。なんでも、アルコールの中毒症状だそうだ」

「ドワーフなのに!」

 桜佳が思わずツッコむ。ホントだよ、大酒飲みの名が泣くぞ。


「命に別状はないらしいけど、数日は寝込むことになるって話だ」

「待て待て。じゃあ何だ、そのドワーフが1人で造っていたというのか」

「いえ、金属を熱して冶具にセットするところまではチームでやっているのですが、その後に叩いて成形するところを、そのドワーフだけが担当していたようです」


 熱してもハンマーを握る人がいなければ、完成はしない。今まで休んだことはなかったらしいけど、完全に作業はストップってわけだ。



「マズいわね……」

 握り拳を顎に当てる桜佳。鼻で大きく息をしている。


「そうだな、私も付き合いは長いが、まさかドワーフがそんなに酒に弱くなっているとはな」

「魔王様、多分違います」

 誰が今そんな心配をしてるんですか。


「肘当ての鍛造が完全に止まることが問題なんですよ」

「リバイズ、それもちょっと違うわね」

 え、違うの?


「もちろんそれも直近の問題ではあるんだけど、、っていうのが一番の問題なのよ。そういうのは止めさせないと。今の状況が続く限り、彼がまた倒れたり辞めたりしたら同じことが起こるわ」

「なるほど、オーカの言うとおりだな……」

 魔王様が強く頷く。確かに、根本の原因はそこにあるな。


「でもどうするんだ? 誰かが弟子になって技術を引き継ぐとか?」

「そうねえ。実際にどのくらい難しい作業なのか分からないし……とりあえず、その大酒飲みが帰ってきてから話を聞きましょ」

 一旦この話はおしまい、とさっきまでいた部屋に戻っていく彼女。


「あ、これ見たことないビン! あとで一口頂くわね!」

 帰りがけに棚の帝国酒に目を留めた。頼むから桜佳は倒れないでくれよ……。




 ***




 数日後、問題のドワーフが戻ってきたという報告を受け、魔王と桜佳と3人で鍛冶場まで出向く。


 背中に乗せて飛んでるときに、桜佳が「わっ、浮いてる! すごいすごい! わっ、わっ!」とはしゃいでいたのがちょっと可愛かった。



「ま、魔王様! わざわざこんなところまで!」

 調達部隊隊長のアルムが何事かと入り口までバタバタ来て、片膝を立ててひざまづいた。


「アルム、実は肘当てを造ってるドワーフの件で……」


 事情を説明すると、地下に続く階段を降りて、鍛冶場の中を案内してくれる。

 やがて、部屋のようになっている空間に通された。奥に炉が設置されている。



「こいつが肘当て担当です、魔王様」

「魔王様、この度は大変なご迷惑をおかけしました」

 深く頭を下げる。他のドワーフと比べると、腕周りがとても太い。


「今度から気をつけるんだぞ。もう大丈夫なのか?」

「はい、すっかり元気です。昨日は快復祝いに1本開けました」

「別の! 別の祝い方!」

 酒以外でやりなさいよ!



「横からごめんなさい。ワタシ、魔王のサポートをしてる遠峰桜佳よ」

「おっ、噂は聞いてるぞ。魔王様の側近なんだってな」


「知ってるなら話は早いわ。アナタのやってる仕事って、他のドワーフには出来ないんでしょう? 具体的にどんな作業か、教えてくれる?」

「え……」


 少し渋ったものの、魔王様の視線に観念したのか、実際に道具を見せてくれた。


「この冶具に熱した金属を入れて、はみ出てる部分を叩いて引っ込めるんだ」

「………………え、終わり!」

「誰でも出来るじゃん!」

 俺のツッコミに桜佳が乗っかった。


「え、何でアナタ1人でやってるの? 他の人と分担できるでしょ?」

「いや、まあ、有り体に言うと、俺にしか出来ないフリしておけば色々優遇されるからだな」

「清々しいほど有り体ね!」

 動機が分かり易すぎます。



「とにかく、1人しかやり方知らないって状態は止めて。一応作業のコツとかあるんだろうから、手順書の形で紙にまとめてほしいの。みんなが読めるように」


 そうか、始めからやり方を紙にまとめておけば、このドワーフじゃなくても出来るんだ。


「ポイントは、初見のモンスターが読んでも分かるようにってことね。例えば炉に関する部分は、他のドワーフなら説明無しでも分かるだろうけど、他の部隊のモンスターが読むなら炉自体の説明も必要になるわ。なるべく細かく書いてね」

「仕方ない、分かったよ……」


 溜息をつきながら、桜佳の用意した紙に書き始める。熱の篭った空間に耐えられず、俺達は一旦外の空気を吸いに地上へ上がった。





「出来たぞ」

 雨の中を散歩しながら戻ってくると、問題のドワーフが数枚の紙をトントンと揃えていた。


「よし、書いてある通りにやって造れるか、ワタシ達も試してみましょう」

 ドワーフの書いた手順書を見ながら、実際に熱した金属を叩いてみる。えーっと、耐熱手袋でここを押さえながら、こっちを叩く、と……。


「おっ、完成だ」

 ホントに簡単じゃん……。


「桜佳、これ楽勝――」

 隣を見ると、彼女の手元の金属は、何をどう読んだらこうなるのかというほど、ぐにょりと曲がっていた。


「……い、いいのよ! とにかく造り方が分かったんだから、これで誰でも出来るわね!」

 少し赤くなってる桜佳。おっと、ちょっと弱点見つけちゃったかな?




***




「みんなの仕事の仕方も、少しずつ変わってきたな」

 飛んで城に戻る途中、魔王様が少し笑みを浮かべて呟く。桜佳は相変わらず、俺の背中の上で「すごい! 飛んでる飛んでる!」とはしゃいでいた。



 確かに、少し変わったように思う。みんなの愚痴らしい愚痴も聞かなくなったし、笑ってるのをよく見るようになった。夕方は、家族で歩いている知り合いを見つけたりもする。


 時間を意識して、スケジュールを組んで、そんな小さなことでも、働き方は変わる。まだケーカク王国攻勢の道は遠いけど、まずは一歩踏み出せたかな。



「よくやってくれたな、オーカ」

「まだまだ、直すところはいっぱいあるけどね」

 彼女は、ふふんっと威張るような表情で笑った。


「ところで、魔王はこの後どんな予定なの? 戦略会議とか?」

「え、あ、いや、今日は少しゆっくりしようかと――」

「まだそんな時間には早いわよ! 仕事しましょうね、一緒に」

「はい…………」


 やれやれ、このやりとりも意外と楽しくて飽きないもんだ。






【今回のポイント】

■仕事の属人化を避けるために

 自分のポジションを守るために仕事を他の人に教えない、というのは論外ですが、その仕事を「ある人しかできない」という状態は極力避けるべきです。


 こうなるとまず、人の異動が難しくなります。例えば新規の案件に対して「この人を外せないから」という理由で適材適所の配置ができなくなることもあるでしょう。

 また当然、その人が病気や退職の際には、仕事自体が停滞するリスクも。



 常に2人以上の人が仕事を担当していれば、或いは、担当していなくてもやり方が分かるようになっていれば、こうした事態に対応できるだけでなく、担当者のストレスも軽くなります。


 上司として、まずは各メンバー固有の仕事がないかを把握するとともに、業務割当や手順書・マニュアル整備などで「仕事の仕方」を共有する体制を作っていきましょう。

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