第7話 大事なことには順番を
「よし、じゃあみんな自分達の業務は洗い出せたわね」
昼食も終え、しばらく経った。僅かに降り始めた天気雨に、湿度を増した部屋の窓が汗をかく。
頻度別に細かく仕事を洗い出し、それぞれの小隊の業務が掴めてきた。
「次はそれに優先順位をつけるわよ。色んなやり方があるけど、一番分かりやすいのは4つに分ける方法かしら。どんな分け方か想像つく?」
攻撃部隊の隊長であるイフリートのアングリフを指す桜佳。
彼もちょっとしどろもどろになりながら、必死に考える。
「えっと……ツラい、本当にツラい、もう辞めたい、絶対辞めてやる、かな」
「よくこの部隊続いてるわね……」
救いが無さすぎませんか、その選択肢。
「ワタシがいた世界でよく使ってたのは、と」
言いながら、彼女は手元の紙にペン先を落とし、シャーッシャーッと何かを書いていた。
「こんな感じね」
書いた紙を、みんなに向けて掲げる。
十字の線で、紙が4つに区切られている。横線に「緊急度」、縦線に「重要度」と書かれていて、区切られた箇所に①から④までの番号が振られていた。
「こうやって、仕事を4つに分けるの。その仕事の緊急性が高いか低いか、そしてその仕事が重要かどうかね」
魔族が座ったまま「ほお……」と声をあげる。仕事をこんな風に分けるなんて、考えたこともなかった。
「その4つで順位が決まるのか?」
攻撃部隊のキマイラ小隊長が尋ねる。
ライオンとヤギの合わさった胴体に、尻尾は毒蛇。3匹の顔が一斉にこちらを向いているのは、少し不気味でもあった。
「ええ。まあ厳密に決められるわけじゃないんだけどね」
そう言って、表を1箇所ずつ、ペンで指した。
「①『重要度も緊急度も高い』、これはすぐやるもの。それから④『重要度も緊急度も低い』、これは後回しでいいの。この2つは簡単よね」
うん、これは当然だよな。
「問題は③『重要度が高いけど、緊急度が低い』 急がないからってことでついつい後回しにしがちなんだけど、結構重要な仕事も多いのよ。ドワーフの出してる『新しい剣の開発』とかね。もっと強い剣を造ってみたいけど、普段の仕事が忙しいから出来てない」
なるほど、キマイラが書いてる「チーム攻撃の研究」もそうなんだろうな。
「じゃあ、この③の時間を取るためにどうするか。もちろん仕事の総量を減らすことも大事なんだけど、特に減らすのは②『緊急度が高いけど、重要度が低い』 みんなもあるでしょ? 割合どうでもいいけど、やらなきゃいけない仕事」
全員が無言のまま激しく頷く。うん、俺も幾つか思いつくぞ。
「ここの②の仕事については、例えば本当に重要じゃなければ廃止したり、5日に1回やってたものを10日に1回にまとめたり、その仕事が得意な別のモンスターに任せたりして、なるべくかける時間を削るの。で、残った時間を③に充てて、より強い部隊を作る!」
「なるほど!」
そこで調整してくってことか!
「じゃあみんな、自分の仕事、分類してみて」
「おうっ!」
威勢よく返事をして、手元の紙に十字線を書く。
やがて隊長達は目を細めて悩み始めたけど、その表情はどこか楽しそう。
「気になることあったら、どんなことでも質問してね」
「桜佳、ドワーフにゃ重要度が高い仕事として飲酒があるんだけど、その緊急度って――」
「それは削除!」
まだその項目残してたのかよ!
***
「そろそろ出来たかしら? じゃあ今のを意識して、明日1日のスケジュールを組むわよ」
桜佳が全員に向けて手をパンパンと叩いた。
「緊急度が高いものから入れ込んでみるの。極端な話、それが終わったら帰ってもいいわけだから、早いうちから取り組むのが良いわね」
「なるほど」
「分かりやすいな」
皆、いつの間にか持参したメモ帳を開き、しっかりと彼女の教えを控えていた。
「で、時間が余るようなら、緊急じゃないけど重要な仕事を入れるの。さっきの『新しい剣の開発』とかね」
「そうか、ここでその仕事を入れるのか」
計画的に入れないと、緊急度低いからつい後回しにしちゃうもんな。
「ポイントは、それぞれの仕事にどのくらいの時間がかかるか、ちゃんと見積もること。じゃないと、どのくらい仕事を入れていいか分からないでしょ? 時間意識すると、『もっとペース上げてやろう』とか思えるしね」
と、ドワーフが短い手を挙げた。ホントに短いな。
「桜佳先生、時間の見積りってどうやってすればいいんだ? 例えば武具の製造とか、1日中造ってるから、どのくらいかかるか普段考えたこともないんだけどよ」
「そうね。一番単純なのは、幾つか造ってみて1つ造る時間を割り出す方法ね。あとは造る数さえ分かれば計算できるでしょ?」
「なるほど。でも今まで魔王様からはとにかく時間の許す限り造れって言われててよ」
「なるほどね。魔王様がそんなことを……」
満面の笑みを浮かべたまま、魔王様にずいずいっと詰め寄る桜佳。魔王は身の危険を感じたのか、小刻みに震えていた。
この後お小言が続いたのは言うまでもありません。
***
「……うん、うん、みんな完成したようね」
部屋を回っていた桜佳が問いかけると、無言でコクコクと頷く魔族達。
「これから毎日、1日のスケジュールを考えて働くこと。いちいち書くのは大変だけど、慣れてくると頭の中でも考えられるようになるはずよ」
言いながら、目の前にいたワイバーンの紙をトントンと指で叩く。すごい、手がないから口でペン挟んでる割にめちゃくちゃ綺麗な字だ。
「時間の見積りは、始めは上手くいかなくて時間オーバーになったりするかもしれないけど、経験積めば精度も上がっていくからね」
「オーカ、部下のスケジュールは誰が組むんだ? 上司が代わりに組むのか?」
その言葉に、彼女は「おっ、良い質問ね!」と声のトーンを上げる。最近ロクな扱いを受けてなかったからか、ちょっと嬉しそうな魔王様。
「本当は部下が自分で組むのが理想ね。ただ、慣れないうちは、隊長や小隊長のみんなが手伝ったりチェックしたりするといいと思うわ」
はーい、と少し小さい声が響き、隊長3匹は自信なさげに苦笑いした。
「じゃあ今日はここまで! 今日やったこと、部下のみんなにも伝えてね。お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした!」
「面白かった!」
拍手が部屋に響き渡る。桜佳は照れを隠すように、鼻の頭を掻いた。
そこに被せるように声をかける魔王様。
「みんな、よく頑張ったな。ただ、今日は何も仕事が出来てないわけだ。どうだろう、これから夜まで働――」
「今日くらい帰してあげなさいよ!」
持っていた紙を丸めて、言いかけた魔王様の頭を叩く。俺達には逆立ちしても出来ない。
「いや、でもオーカ……」
「でもじゃないの! 今日は重要なこと学んでもらったんだから、それで十分! 休みもしっかり取る! さもないとこの国滅びるわよ!」
「は、はい……」
我が国の参謀は、ボスよりも強い。
【今回のポイント】
■仕事の優先順位とスケジュールの把握
優先順位を考えずに「とにかく片端から仕事を片付ける」という体制は組織の疲弊の元です。本編で出たきたように、「緊急度」と「重要度」で、日々の仕事を考えていきましょう。
特に、メンバーとリーダーで、優先度の認識がズレていると危険です。例えば、「時間あるときに」というつもりで指示したことが、現場では緊急対応になっていて他の業務に影響が出ていたり、その逆だったり。
また、日々のスケジューリングでは作業時間の見積もりが大事ですが、始めのうちは完璧に正確な見積りである必要はありません。後から見直し、誤差の原因を考えていくことで、徐々に精度は上がっていき、「予定より時間かかった……今日は夜中まで残業だ……」ということも減っていくでしょう。
スケジューリングは「このタスクが終われば帰れる」という短期目標としても機能するので、終わりが見えない業務へのイライラを抑えることにも繋がりますね。
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