第6話 聞かせて、アナタのお仕事

「じゃあ隊長・小隊長も、少しずつ部下に労働時間に対する考えを浸透させていってね」


 桜佳の話は続く。太陽は少しずつ高くなり、窓の外には2羽の鳥が研修を覗きに来ていた。


「といっても、『働く時間を短くしよう』だけだと今より仕事が進まなくなるだけだから、決められた時間の中で効率的に働ける方法をこれから学んでいきましょう」


 皆が「はい!」「お願いします!」と返事をする。

 すごいな桜佳先生。あっという間に隊長・小隊長の心を掴んだ。



「では、早速皆さんにも作業をしてもらいます!」

「えー、作業か。なんか面倒だな」

 ぶつくさと口を尖らせるオークの小隊長。


 同じ調達部隊であるゴブリンより一回り大きい、人間並の体格であるオーク。

 醜悪な顔つきではあるが、根は悪くない働き者で、武具や食料の運搬を一手に担っている。


「ねえ、オーク」

 そんな小隊長に彼女がスッと近寄り、にまあっと口を歪める。


「そういう態度だとワタシ、全力でアナタの家庭に入り込むかもよ。研修前にアナタ達の情報読んだけど、奥さん結構嫉妬深いのよね? あることないこと色々吹き込もうか?」

「はいすみません二度と言いませんほら皆さん即刻作業に入りましょう」

「やり口がえげつないよ!」

 オークのあんな強張った顔初めて見ました。



「いい? の。それを忘れないで」


 以前、俺や魔王様も聞いた言葉。部屋にいささかの緊張が走り、魔族達が背筋を伸ばす。


「既に良い方法が確立されているのに、その知識を知らなかったせいでダメになったチームや組織がたくさんあるわ。その方法を学んでいくには、実際に手を動かすのが一番なの」


 そうだよな。手法を知ってる桜佳に直接教えてもらって覚えるのが、今は最善に違いない。



「まずは、仕事の可視化から始めるわよ。つまり書きだしてみるってことね。自分達の小隊が今何をやってるか、同じ部隊の他の小隊が何をやっているのかを把握すれば、仕事の配分を見直したり効率化を考えることに繋がるの」

 活動を把握する、か。そんなことやったことなかったな。


「始めに、それぞれの小隊で毎日やっている仕事は何か、小隊長と隊長で確認しながら書き出してみて。その後に、何日かに1回やる仕事や、特定の時期にやる仕事を整理していくわ」


 彼女が配った紙に一斉に紙に書き始める。なるほど、頻度別で洗い出すときちんと整理できるのか。


「ほら、魔王もリバイズも。早く書いて」

「えっ、俺も書くの」

「当たり前でしょ。アナタ達だって改善は必要なんだから」

 そのやりとりに、魔王様がおそるおそる反論する。


「いや……しかし私は決まった仕事というものは……」

「あのね。定型的な仕事はなくても『部下の仕事の承認』とか『隊長との打合せ』とかあるでしょ。そういうのでいいのよ。今回は自分の仕事の全体像を知ることが目的なんだから」

「ふうむ、分かった。とりあえず書いてみよう」

 こうして、俺も魔王様も紙に向かってペンを走らせ始めた。





「そろそろ出来たかしら。じゃあ共有してもらおうかな。えっと、アナタは……ゴーレムね」

「ああ。防御部隊だ」

 返事をすると、石が擦れる音がガリギリと響いた。


 別の国には、土や金属など色んな素材のゴーレムがいるらしいけど、バータリにいるのは石で出来たストーンゴーレム。ワイバーンほど大きくはないが、それでも俺の軽く倍はある。


「ゴーレムの担当の仕事は何?」

「毎日の仕事は防壁の補修だな。帝国の南側は終わったから、今は西側を進めてる」

 ここでコカトリスのファンユが口を開く。


「え、南側補修したの? 今、コカトリスの一部でチーム組んで、老朽化してるっていわれてた南側の壁を壊して再建してるぞ?」

「早速ムダな作業が!」

 思わずツッコんじゃったよ。桜佳も手で顔覆ってるし。


「まあいいわ……こうやって被ってる仕事がないか確認するのも重要だしね。じゃあ、ゴブリンはどう?」

「はい、えっと……」

 小隊長であるゴブリンが口を開いた。


 醜悪な見た目の小人だけど、食料の狩り・採集・調理に関しては彼らが一番のプロフェッショナル。


「毎日やるのは釣りや収穫なんかの食料調達だけど、最近は季節柄、帝国酒造りを日々やってるな。俺達が技術を磨いて、国全体の酒造を先導・促進してるんだ」

「そっか、帝国酒も造ってるのね」

 歩きながら隅の棚からビンを見つけ、飲みたそうにラベルを見つめる桜佳。


「リバイズ、最近は甘いのと辛いのをうまく造り分けようと思ってるんだぞ。東側の領土で醸造してるのは比較的辛口に――」

「可視化の話はどこへ!」

 酒の話は後でいいんだよ!


「で、ドワーフはどう?」

「俺達ぁ簡単だよ。武具を造って、酒を飲む」

「洗い出しが雑すぎるわよ! あと酒は関係ないの!」

 すごい、全然話が伝わってない。


「おい、桜佳先生。オークも毎晩酒飲んでるから被ってるぞ」

「あ、それならガーゴイルもだ」

「そこは被ってていいから! 仕事の話だから!」

 桜佳先生、このメンバーで本当に勝てますでしょうか。





  

【今回のポイント】

■業務内容の可視化とそのメリット

 隣の席の人がなにをやっているか。知らなくても仕事はできるかもしれませんが、知らないとやはり不安に感じるものです。


 個人ではなく組織として効率よく仕事を回していくためには、誰が(またはどの部門が)どの仕事をしているか、整理して把握することが第一歩です。洗い出しを行うことで、仕事の被りを防いだり、より効率的に業務を配分したりすることにつながります。


 洗い出す際は、日次・週次・月次・四半期次・年次など、実施頻度によって整理すると、繁忙期も確認することが出来ます。



 また、組織のメンバーだけでなく、リーダーの仕事も一緒に可視化することも大事。リーダーというのは見えづらい仕事も多いものですが、意外にメンバーはそのことを知らないもので、「威張っているだけで何もしていない」などと見られてしまうこともあります。


 メンバーもリーダーも、細かい仕事まで可視化して共有をすることで、より効率的な仕事の進め方を考えるヒントになるとともに、組織としての信頼関係を構築していくことにも繋がります。

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