1章 タスクマネジメント ~働き方を変えなきゃ、人間には勝てない~

第5話 たくさん働くのなんてエラくない

「えっと、今説明したとおり、ケーカク王国に勝つべく、異世界から遠峰桜佳さんを召喚した。これから『働き方の見直し』研修をやってもらうので、しっかり聞いてほしい」


 魔王様の部屋の隣、普段は作戦会議等に使っている広い部屋で、隊長と小隊長に向かって話す。

 座れるモンスターには机椅子を用意し、四つ足のモンスターは足を折ってその場に座っている。


 各魔族ごとに小隊長が9匹。

 さらに、攻撃部隊はイフリートのアングリフ、防御部隊はコカトリスのファンユ、調達部隊はドワーフのアルムと、隊長が3匹。

 全員が一同に会していた。



「ちょっと待て、リバイズ」

 攻撃部隊の中でも一番大きいワイバーンの小隊長が口を開く。


 俺や人間の5倍はある体格に、その体を飛行させるに十分な大きさの翼。そして体に食い込まれたら裂傷必至、鉤爪のついた足。敵にとっては、手がないのがせめてもの救いだろう。


「そいつ、人間だろ。なんで人間の言うことなんか聞かなきゃいけないんだよ。俺なら一瞬で叩き潰せるぞ」


 ギロリと桜佳を睨み、威嚇するように翼をゆっくりと動かす。これだけ大きいモンスターも入れるよう、城の最上階は相当天井を高くしていた。


「あのね、そういう強さなんてどうでもいいのよ」


 対する桜佳は、これだけの巨躯を目の前にして、一歩も引き下がらずにワイバーンと向き合う。ケーカク王国の人間の多くは、この姿見たら逃げ出すのに……すごい度胸だなあ。



「ねえ魔王、このままじゃみんなワタシの言うこと聞いてくれそうにないから、注意して」

「私が?」

「アナタの言うことなら聞くでしょ?」

「分かった。おい、お前達! オーカの言うことを聞くんだ!」

 魔王様を切り札にするとは……なんか贅沢な使い方!


「え……? あ、は、はい!」


 全員の背筋が伸びる。そりゃそうだろう。いつだって魔王様が絶対だ。

 でもその魔王様が指示に従うなんて、この人間、結構すごいんじゃないか……皆がそんな不思議そうな表情を浮かべている。



「いい? 本気で勝つために、まずはアナタ達や部下の働き方そのものを変えるところから始めるわよ」

 前に立つ桜佳。両端をゆっくりと歩いて往復しながら、話を続ける。


「まずは労働時間かしらね……みんな、仕事の終了予定時間過ぎても働いてるって聞いたわ」


 聞いていた他の隊長・小隊長の多くが、無言で激しく頷いた。やっぱりみんな、多少なりとも今までのやり方に不満があったんだな。



「そうなんだ、オーカ。我が軍の魔族は皆、勤勉だからな」

 魔王様が立ち上がって、少し得意気に説明する。


「いや、違うんですって魔王様。それでも現場からは不満が出ててですね……。桜佳、なんとか言ってやってくれないか」


 彼女は魔王様に視線を向けると、溜息混じりに口を開いた。


「バカなんじゃないの」

「いきなりそれ!」

 ちょっと殺傷力が高すぎではないでしょうか!


「バカ……え、私が間違ってるのか……?」

「そうよ。幾らでも時間かけられるなら、そりゃあ誰だって良い仕事できるわよ」


 桜佳が「ねえ?」と同意を求める表情で俺を見た。その強い目に、思わず首を縦に揺らす。


「でもね、相手は意思も体もあるモンスターでしょ? 適度な労働時間ってのがあるのよ」

「いや、でもオーカ、長く働いた方がエラい――」

「偉くない!」

「ひいっ!」

 怒鳴った勢いのまま3歩踏み込み、魔王様を睨む。おい、今悲鳴聞こえなかったか。


「確かにその考えも一理あるわ。武具の鍛造や防壁の補修なら、時間をかけるほど多く進められるからね。そういう意味じゃ、長く働いた方がより多く仕事ができるから偉いってことよね」


 その通りだ、とばかりに口を結んで目を見開く魔王様。


「でもね。魔王の言う『エラい』働き方なんて、長くは続かないわよ。リバイズ、疲れてる感じのモンスターいなかった?」

「あ、ああ、いたよ。自分の時間や家庭の時間も取りたい、って」


「そう。長時間働くってことは、少なからず何かを犠牲にして働いてるってことなのよ。そんな状況だと、ストレスが積み重なって体や心に負担がかかる」

 なるほど、何かを犠牲に、か。確かにそうだ。


「集中して仕事を早く終わらせて、残りの時間で遊んだり家族と過ごしたりしてエネルギーを養った方が長期的に見て有益だわ」


「なるほどな。でもなオーカ、それでもやっぱり、2匹のうち片方が遅くまで働いてたら、そいつを評価してやるべきだろう? そうしないと頑張りが報われない」


 椅子に座り直して反論する魔王様に、小声で「確かにそれはそうだよな」と呟くキマイラやオークの小隊長。対する桜佳は、意地の悪い笑みを浮かべる。


「へええ、じゃあ魔王はアレなのね。ワタシが新人で他の人より仕事が遅いせいで遅くまで働いたら、高い評価にしてくれるのね。それに、ワタシがわざとペース落として仕事して、長い時間働いたら他のモンスターより評価してくれるのね」

 それを聞いて、「あ、いや……」とあたふたする魔王様。


「ソレとコレとは話が違――」

「同じことよ。。全員が同じ仕事の速さで、全員が同じ家庭状況で、とかなら別だけど、そんなこと有り得ないでしょ?」


「でもなあ、俺ぁ遅くまで働いてるヤツは頑張ってると思っちまうんだよな」

 割と魔王様寄りの思考であるドワーフのアルムに、ツカツカと桜佳が歩み寄る。


「まずは上司がそういう考え方を捨てないとダメよ。じゃあ何、早く仕事終わらせて子育てに協力してるモンスターは頑張ってないっていうの? 遅くまで働いているモンスターと同じだけ武具造ってても?」

「ううん、そう言われると……まあ確かに…………」

 そのまま意見を取り下げるアルム。スッと反論の例えが浮かぶとは。桜佳の賢さに改めて驚く。



「とにかくね、魔王もアルムも、少しずつ意識を変えていって。そりゃ繁忙期なんかは夜通し働くことだってあるかもしれないけど、『もうついていけない』って軍を抜けられる方が困るんじゃない?」

「ううむ、確かにそうだな……」


 おおっ、魔王様が納得してる。コンサルタントってすごい!





  

【今回のポイント】

■時間による評価、成果による評価

 通常、定時を過ぎて残業をした社員には残業手当が支払われます。


 注意しなくてはいけないのは、「残業手当は報酬ではない」ということ。あくまでも、定時を過ぎるまで仕事をさせてしまったことに対する「手当」なのです。


 本編で桜佳が言っている通り、「わざとだらだら仕事をして、残業をした方が得」という状況は不公平感を生み、優秀な人間の離職を招く原因にもなりかねません。残業の常態化は、メンバーの体や心だけでなく、組織自体にも悪影響があるのです。



 また、「遅くまで頑張ったから偉い」という評価をする方もいますが、同じアウトプットなら早く終わらせる人間の方が優秀であり、上司はその点を見極める必要があります。


 そして、適正だと思って与えた仕事を定時内に終わらせられないのであれば、そのメンバーに対する能力の見積もりが誤っていたということになりますので、すぐに修正をしましょう。

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