第4話 勝てない理由

「桜佳、教えてくれないか」


 参謀として協力してくれることになった彼女に、早速訊いてみる。


「なんで帝国軍はケーカク王国軍に勝てないんだ? 体格も戦闘力も段違いなのに……」

「そうね……んん……」


 椅子に座った桜佳が、ペンを軽く振る。

 一旦元の世界に戻り、着替えや洗面用具など、必要なものを一式揃えてさっき戻ってきた。


「その前に、こっちから質問してもいいかしら? おそらくだけど、少し前、まだ軍の人数が少ないときはうまくいってたんじゃない?」

「あ、ああ……魔王様が攻撃の最前線にいたときはそれは強かった。圧倒的な破壊力で、近隣5ヵ国をこの世界の最短記録で征服できたんだ」


 俺の説明に、魔王様も少し嬉しそう。

 本当に、あの頃は無敵の帝国だったからな。


「だろうと思ったわ」

 予想通り、と言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべる桜佳。


「そのときの話をしてやろうか? あのときはまだ魔族の種類も数も――」

「あ、大丈夫よ魔王。その話はいつか聞くわ」

 目が点になる魔王様。桜佳が来てから急に不憫なシーンが増えた気がする。



「屈強なモンスターがいるのに、なぜ人間達の軍に勝てないか。一言で言えばね、からよ」

「計画的に……?」

 魔王様がその意味を図りかねて首を傾げる。


「攻勢のためには事前に何をする必要があるのかを考えて、予定を組んで、予定通り進んでるかを確認しながら準備していく。そういうマネジメントが出来てないの」

「ま、まねじめんと……?」

 初めて聞く言葉にさらに首を傾げる魔王様。頭取れますよ、それ以上傾げたら。



「魔王、今はアナタが色々指揮を取ってみんなが動いていると思う。でもそこには『何のために』『何を』『どれくらいやる』っていう計画性がないの。良く言えば『感覚に頼ってる』ってことだと思うんだけど」

「そうだ、私の長年の戦闘経験をもとに、感覚で――」


「甘いわよ魔王!」

「どわっ!」

 ずいっと顔を寄せる桜佳。なんか聞いたことのない驚き声が聞こえた気がする。


「世の中に浸透している良い方法を知らなかったばっかりに、機能しなくなった組織が幾つもあるんだから」

「そ、そうなのか」

 真顔で目を見開き、魔王様を見入る桜佳。


「いい? 

 真顔で怖い言葉。でもその言葉には、心にズシンと来る重みがある。



「感覚に任せるってことは、悪く言えば『テキトー』って側面もあるの。だから、もしケーカク王国が緻密に作戦を練って準備していたとしたら、バータリが必勝とは限らない」


 桜佳にそう告げられ、これまでの戦いを思い出す。

 確かに、向こうは武器・弾薬の貯蔵から挟み撃ちの攻撃、避難ルートの用意まで、とてもスムーズに戦っていた気がする。


「魔王が攻撃の最前線にいた時は、感覚でも勝てたかもしれない。こっちも敵軍も数が少なかった頃でしょ? アナタの攻撃が圧倒的なら、それを活かせさえすれば十分に勝てた。だからこそ記録的な速さで近隣国を征服できたんだと思う」


 一息入れた後、「でも今は違うの」と続ける。俺も魔王様も、向かいの彼女の話を黙って聞いていた。


「魔王は総大将で総指揮、戦いの現場にはいない。軍の数も増えたから、全員の意思がアナタとピッタリ合致するなんてこともない。感覚に頼った攻勢は、もう限界なのよ」

「そ、そうか、私のやり方に問題があったのか……」


 俯き加減の魔王様。

 ああ、本当に、本当に根本的な問題だったんだなあ。



「はいはい、2人ともそんなに落ち込まない! 何のためにワタシが来たのよ! さっきも言ったでしょ? 組織は知識。やり方を知識として身に付ければ、この軍もきっと変わるわ!」


 パンパンパンと手を叩きながら放った力強い言葉に、同時にガバッと顔を上げる。


「本当か、オーカ! また強くなれる方法があるのか!」


「ええ。『プロジェクト』っていう手法を実践すれば、しっかりと攻勢の準備を計画して、状況を把握・管理しながら進めていくことができると思う」


「プロジェクト……イフリートの親戚みたいなものか」

「違うと思います」

 最後のトしか合ってないですけど。


「そうだよな、そんなわけないよな。じゃあ何の親戚なんだろう」

「何の親戚でもありません!」

 多分そもそも魔族じゃありません!



「桜佳、そのプロジェクトってヤツを今すぐ教えてくれないか」

「焦らないで、リバイズ。もちろん教えてあげるつもりだけど、話を聞く限り、いきなりプロジェクトを実施できるほどみんなの働き方が成熟してないの」


 そもそも普段の仕事の仕方から問題があるってことか……。


「せっかくだからケーカクに勝てるようにしたいし、順序立てて教えていくわよ」


 そう言って、彼女は持っていた紙にペンで何か書き始めた。異世界の文字も、見ている俺達にはバータリの言葉に変換される、魔王様の魔法はすごい。


「まずは、。次に、。で、最後に『ケーカク攻勢プロジェクト』ってことで、わ。計画の仕方と、実行の仕方ね」


「ううむ、結構時間がかかりそうだな……」

「いいのよ魔王、勝ちたくないなら。短期間で詰め込んで失敗するといいわ」


 彼女の皮肉めいた口調に、ふるふると首を振る魔王様。何だろう、その従順さに可愛さすら覚えます。



「じゃあそんな感じで進めていくわよ。で、と……個々の働き方っていっても、まずは上の意識改革からなあ。リバイズ、なるべく近いうちに、隊長と小隊長、全員集めてくれる?」

「ああ、分かったけど……何するんだ?」


 そう訊くと、彼女はジャケットの胸に入れていたペンで俺を差してニッと笑う。


「ちょっと研修をね」






【今回のポイント】

■マネジメントの重要性と本作の構成

 バータリ帝国は、組織としても個々の仕事としても「マネジメント」という考え方が不足していたようですね。


 今までは魔王の圧倒的な強さで勢力を広げていましたが、軍の数が増えて、魔王本人が指揮・管理側になると状況は変わってきます。


 経験や感覚だけに頼って場当たり的に動いても、部下は疲労とフラストレーションが溜まるだけ。そこを知識、即ち「仕組み」で回していくことで、組織を効率的・効果的に動かす。それがマネジメントの一番のポイントです。


 本作では、4つの章で段階を踏みながらマネジメントの「基礎の基礎」を学んでいきます。


 1章 タスクマネジメント → 個々の仕事の回し方

 2章 チームマネジメント → チームでの働き方

 3章 プロジェクトマネジメント(計画) → プロジェクトの立ち上げと計画

 4章 プロジェクトマネジメント(実行) → プロジェクトの実施と管理


 最終的には、部門や会社全体にインパクトを与える、プロジェクト(注)のマネジメント方法とポイントまで抑えてもらうことがゴールとなります。


 それでは魔王やリバイズと一緒に、タスクマネジメントのポイントから理解していきましょう!



 注:プロジェクト = 現状打破や改善のため、目的と達成期限を設定して行う活動

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