第3話 コンサルタント、召喚

「さて、どうしたもんかねえ……」


 魔王様に用意してもらった城の一室。

 風呂もベッドも机も、元々住んでいたところとは段違いに綺麗な部屋。俺が2匹は楽に寝られるベッドに横になった。


 昨日読みながら寝た、攻勢の戦略・戦術を記した本の表紙を、ゆっくりと撫でる。



「ぼんやりとは見えてるんだけどなあ」


 独り言を漏らしながら、テーブルに置いておいた帝国酒をグラスに注いで飲んだ。


 なぜ帝国軍が勝てないのか。

 各部隊の話を聞いて、なんとなく組織全体がマズい状態だというのは分かる。でも、それをどうして良いか分からない。



「どこから手をつけるか、と……」


 おそらく、上手くはいかない。

 正直、俺だけでは荷が重過ぎる。何からどう解決すればいいか、考えを巡らせても見当がつかなかった。



「…………待てよ。確か異世界にそういうのが得意なヤツがいるって……」


 記憶を頼りに、昔読んだ異世界探訪記を本棚から漁る。

 全20冊のその本から必要な部分を探すのは骨が折れるけど、一筋の光を見つけたようでページを捲る手は自然と速まった。




 ***




「異世界から『コンサルタント』を召喚しましょう」


 翌朝、作戦を発表すると、魔王様は「何だそれは?」と首を傾げた。勢いあまって朝早くに部屋まで来てしまったので、大分眠そうな顔をしている。


「新しいモンスターか」

「いえ、異世界にいる人間がやってる仕事の一つです。なんでも、相手が抱える問題を解決できる能力を持っているらしいです」


「解決した後に蹂躙するモンスターってことか」

「一度モンスターから離れてもらっていいですか」

 解決後に蹂躙ってめちゃくちゃ非道ですけど。


「とにかく、今のこの帝国がケーカク王国に勝つためには、コンサルタントの力が必要なんです。魔王様、召喚して下さい」


 勝つために、という言葉が響いたのか、魔王様は「分かった」と俺が持っていた本を手に取る。

 必要な箇所を読み込み、どのような魔法陣を描くか考えているようだ。




「ふむ、多分これで大丈夫だろう」

 白墨で陣を描き終えた。「どんなコンサルタントが来るかは分からないぞ。釣りと同じで、引っかかったヤツが召喚されるからな」という説明に、問題ありません、と頷いた。


「それでは、呼ぶぞ。言語の互換魔法も一緒にかけておく」



 呪文を唱えると、魔法陣にうっすらと煙があがる。その煙はどんどん濃くなって、瞬きすると目が霞むほどに部屋の中に充満する。


 やがてその煙が消え、1人のカッチリした装いの人間の女性が横たわって現れた。


「……ん…………何ここ……?」

 しばらくして起きた彼女が、辺りを見回す。


 あの格好は本で読んだぞ、ジャケットとスカートとかいうものだな。

 少し茶色っぽい頭部の毛が胸のあたりまで伸びていて、目のところに何かかけている。あれも本で見たぞ、視力を良くするパーツだ。



「おお、目覚めたか。私はまお――」

「きゃあああああああ!」


 残っている煙も逃げていくような金切り声が部屋に響き渡る。話しかけようとした魔王様を見て、座ったまま後ずさりして悲鳴をあげた。



「何! 何なの! ここどこ! アナタなんなのよ!」

「落ち着けって、この方はまお――」

「ぎゃあああああああああ! 鳥人間!」


 今度は俺を見て叫びだした。いや、あの、そんな怖がらないでも……。


「リバイズ、水を飲ませてやれ」


 魔王様が投げたビンを受け取り、グラスに注いで「一旦落ち着けって」と渡す。


 彼女は変な飲み物じゃないかと訝しんでいたが、ゆっくり飲み始めた。ふう、良かっ――

「しまった、これ水じゃない、帝国酒だ」

「何してるんですか魔王様!」

 より興奮度合いが増しちゃうよ!


 彼女だってびっくり――

「あ、これ、飲みやすくて美味しいわね」

「落ち着いてる!」

 お酒イケる口でしたか!


「……ありがと。いきなり騒いじゃってごめんなさいね、もう大丈夫」

「そ、それなら良かった。えっと、俺はガーゴイルのリバイズで、このお方は魔王様。で、この国は……」


 こうして、予想外に平常心になった彼女に、これまでのいきさつを説明する。


 帝国の今の悩み。本でコンサルタントを知ったこと。魔王様の力で、たまたま彼女を召喚したこと。



「というわけなんだ。人間より強いはずの魔族を率いているのに何故勝てないのか。何か根本的な原因があるような気がして、勝つための手引きをお願いできないかと思って」

「なるほどね……うん、勝てない理由はなんとなく予想がつくわ」

「本当か!」


 俺と魔王様、同時に声をあげる。右手の親指で唇の右側を掻きながら、彼女はブツブツと考え事を呟いていた。


「おい、えっと……」

 魔王様が呼び方で戸惑っていると、彼女は微かに笑った。


桜佳おうか遠峰とおみね桜佳おうかよ。よろしくね」

「オーカか、何かカッコいいな! オーガみたいで!」

 他国にいる強力な魔族と並べて楽しそうに笑う魔王様。


「そうそう、オーガといえば、私が若い頃、戦闘でヤツと――」

「そっちに脱線するんですか!」

 早く話進めましょうよ!



「で、オーカはうちの帝国軍を立て直せる力があるのか?」

「ええ、ワタシもこういう『働き方の改善』みたいな仕事は5~6年やってるからね。力にはなれると思うし、滅多ない機会だから正直面白そう。ただ……」


 眉を下げて困ったような表情を見せる桜佳。


「着替えも持ってきてないし、何より向こうで行方不明扱いになってると思うと心配ね」

「あ、桜佳、それは大丈夫だと思う。こっちにいる間は、元の世界の時間は進んでいないから、しばらくいても問題ない。それに、一度マーキングすれば、一旦元の世界に戻った後にも再召喚できるから、必要なものは取りに帰れる。ですよね、魔王様」

「ああ、そうだな」


 それを聞いて、彼女は「それは便利ね!」と俺の腕をポンポンと叩いた。


「あと、本当は少し報酬を貰えたら嬉しいけど、多分ワタシの住んでる世界と貨幣体系も違うから……」


 そう、実はそれが一番困っている。本にはコンサルタントには高額な報酬を払うと書いてあったが、バータリにはケーカク王国にあるような貨幣も宝飾品も存在しない。



 と、桜佳が魔王様のサイドテーブルに乗っているグラスとビンを指差した。


「ねえ魔王、あれってさっきのお酒?」

「まお……」

 唖然とする我が魔王様。「様」を付けずに呼んだのは、この国で彼女が初めてに違いない。


「いいじゃない。ワタシは部下じゃないから忠誠誓ってるわけじゃないんだし。で、あれは?」

「ああ、帝国酒って呼んでる、この国の各地で醸造してる酒だ。もう一杯、飲んでみるか?」


 グラスに半分ほど注がれた帝国酒を、クイッと喉に流し込む。おおっ、良い飲みっぷり。


「スッキリしてて美味しいわ、日本酒みたい! リバイズ、ここってさかなもいっぱいあるの?」

「へ? ああ、周り海だし海苔の養殖とかもやってるから、魚介系の肴は多いと思うけど」


「分かった。じゃあ報酬はこの帝国酒と肴でいいわ。元の世界に戻るときに一緒に送ってね」

「ええええええええっ!」

 それでいいの! 酒と肴で!


「ワタシが選ばれたのも偶然みたいだし、バカンスだと思って楽しむわ。あ、もちろん受けた仕事は全力でやるからね。魔王、リバイズ、今日からよろしく」

「あ、ああ」

「よ、よろしくお願いします」



 こうして、帝国に初めて人間の仲間、遠峰桜佳がやってきた。



※本話では「今回のポイント」はお休みです

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