第2話 魔王様、そうじゃないんです
「さて、次は防御部隊に話聞くかな」
イフリートのもとを離れ、城を越えて帝国の北へと飛んだ。
時間はちょうどお昼。道中、森で羽を休めつつ、成っていた赤い果実をかじって腹ごしらえ。
「コカトリスか……」
自分が元いた部隊の隊長に会うのは少し緊張する。といってもそんなに面識はないけど。
帝国にいるモンスター、即ち魔族は9種類。それぞれが3つの部隊のどれかに属している。
敵を襲撃し、戦局を優位に進める攻撃部隊。
帝国に壁を築いて敵襲に備え、自陣が攻撃を受けた際は反撃して押し返す防御部隊。
そして、武具の鍛造や食料の狩り・採集を行い、皆への配給までを担当する調達部隊。
3つの部隊それぞれに隊長がいる他、それぞれの魔族が小隊になっていて小隊長がいる。
例えば攻撃部隊は、隊長がイフリートのアングリフで、その下にイフリート・ワイバーン・キマイラの3小隊がいる、というわけ。
そして、これから話を聞きに行くのが防御部隊。コカトリス・ガーゴイル・ゴーレムの3小隊から成り、隊長はコカトリスのファンユだ。
「いたいた。おーい、ファンユ」
北の果て、他国からの侵攻を防ぐように帝国をぐるりと囲む高い防壁。そこに梯子を架け、縦一列になるように登って何か作業している集団が見えた。
「おう、リバイズか。お前は飛べるから楽だよな」
自分の羽を見た後、恨めしそうな目でこちらに視線を投げた。
脚と尻尾がトカゲになっている鳥、コカトリス。俺や人間と同じくらいの大きさで、俺達ガーゴイルと違って大きなとさかがあるのが特徴。
でも可哀想なことに、ちゃんと羽があるのに飛べないらしい。ガーゴイルが仕事でコカトリスと衝突すると、「飛べないくせに」が最後の口撃方法になっていた。
「聞いたぞ、戦略担当になったんだってな。うちのフェイルの代わりに」
そっか、辞めさせられたフェイルもコカトリスだったな。
「……フェイル、落ち込んでるか?」
「いや、『やっと抜けられた、リバイズお疲れ様なこって!』って言ってたぞ。今は休暇取ってのんびりしてる」
「少しは落ち込んでてほしいんですけど」
俺も軽くバカにされてるんですけど。
「まあ羽を伸ばしてるってヤツだな。鳥だけに」
「上手いこと言われても!」
もう本題入りますよ!
「…………という話なんだ。戦略を立て直すにあたって、今のやり方に問題とか不満があったら率直な意見を聞かせてほしいなあと思って」
事情を説明すると、他のコカトリスが梯子を降りてどんどん集まってきた。どうやら若手らしい。
「あの、今もこうやって防壁の補修作業を任されてるんだけど、いつまでやればいいか分からないだよね」
「いつまで……?」
「魔王様は『とにかく直せ』しか言わないんだけど、ちょっとヒビが入ってるくらいの壁まで直してたら時間がいくらあっても足りないよ」
「それに、場所によっては攻撃されにくい場所だってあるんだけど、そこまで補修するのかって思うんだよ。そんなことしてる暇があったら、俺達も攻撃部隊みたいに反撃や退却誘導の訓練したいんだ。もう体鈍ってるから、多分今攻撃受けても3割くらいの力しか出せない」
「君達も!」
その攻撃部隊も同じようなこと言ってましたけど!
「なるほどね、防御も課題が多そうだなあ」
詳細な目的も分からず、ただ仕事をさせられていることが不満なヤツも多いらしい。
「さて、最後に調達、と……」
帝国の東側、川の横にある鍛冶場を目指す。
調達部隊に属しているのは、ドワーフ・ゴブリン・オークの3小隊。隊長は武具の鍛造を担当するドワーフの1人だ。
「うわっ、相変わらず暑いな」
地下に続く階段を降りてドアを開けると、金属の焼ける臭いと火熱が鼻に飛び込んできた。
「あの、すみません! 調達部隊の隊長はいますか!」
響き渡る鍛冶の音に負けないよう、声を振り絞る。やがて、1人のドワーフが歩いてきた。
「俺が調達部隊、隊長のアルムだ」
おしなべて矮躯、そして屈強な体の持ち主であるドワーフ。男性は特に、フサフサの髭が特徴的。
腕っぷしが強く大酒飲みというそのキャラクターに似合わず手先は器用で、精巧な剣や鎧も難なく造れる。
「…………というわけで、皆が今困ってることがあれば改善したいと思って」
これまでの話を説明すると、アルムは地下いっぱいに反響するような大声で笑った。
「がっはっは! そんなものないさ! 俺ぁ、魔王様とは古い付き合いなんだけどな。あの人の言うことに従ってりゃあ間違いない! 何にも不満なんてないさ!」
なるほどね、今のやり方で良いってモンスターもいるんだな。
「そっか、ありがとう。また何か思い出したら教えてくれな」
帰ろうと鍛冶場を後にし、階段を上がっていく。
登りきったところで、後ろからドタドタと足音が聞こえた。
「あの、リバイズさん!」
振り返ると、かなり若手のドワーフが3人、短い足で懸命に走ってきていた。
「どうしたんだ?」
俺の問いに、少し息を切らせながらグッと顔を近づけてくる。髭が当たってくすぐったい。
「あのですね、アルムさんはあんなこと言ってますけど、部下はこりごりなんですよ」
「…………はい?」
え、そういうこと?
「アルムさんは魔王様と付き合いが長いから思考も一緒なんです。とにかく武具を造れ造れって、何のために幾つ造れば分からないまま作業を続けるなんて地獄だ」
「もう辞めたいです!」
なるほどね。こりゃあどこの部隊も、深刻な状況だな。
***
「というわけで魔王様、今はかなり仕事量が多いようです。あと、それ以上に、『何のために、何をどのくらいやればいいのか』が見えないことで全体のやる気が下がっています」
城に戻り、魔王に報告する。戻ってきた途端に雨が降ってきて、強い風が森林を悲痛に躍らせていた。
「そうか……」
真顔になる魔王様。椅子に座り、右手で口を押さえて考え込んでいる。
「分かった。とりあえず、疲れたら適度に休んでいいと皆に伝えてくれ。体を壊してはいざ攻勢というときに困るからな。まあ、あまり怠けすぎるのも考えものだが」
「…………いや、そういうことでは…………」
惨状が全然伝わってないー!
【今回のポイント】
■マネジメントの第一歩:仕事の目的とゴールの明確化
具体的な話に入る前に、一番基本的、且つ重要なことをお伝えしましょう。それは、仕事の目的とゴールを明確にするということです。
まずは自分の場合で考えてみましょう。
持っている作業、その進め方自体は理解しているけど、「なぜその作業が必要なのか」「どこまでのものを求められているのか」を把握できていないケースがあるのはないでしょうか。
これは正に「やらされている仕事」であり、取り組むためのモチベーションも上がりません。
また、チーム・部門でも同じことが言えます。
自分のチームメンバーが、「残業が多い」「仕事が多い」という不満を持っているケースもあるでしょう。
この時、「自分はもっと働いていた」「やる気がない」というような感想を持ってしまうこともあるかもしれませんが、実は彼らの本質的な不満は「目的やゴールが見えない仕事をやらされるのが辛い」ということかもしれません。
目的やゴールの見えない仕事は、仕事量以上のフラストレーションを生み出します。逆に、どんなに大変な仕事でも、仕事の終わりが見えていたり、仕事の結果「どんな成果が得られるのか」が見えていたりすれば、「苦しいだけ」という状態にはなりにくいものです。
やる気がないように見えるメンバーでも、目的を明確に与えれば活き活きと働き始めるかもしれません。
仕事に対し、「なぜそれをやるのか」、「どこまでやるのか」、「その結果どうなるのか」を明確にすること。これが、マネジメントの第一歩です。
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