なぜ魔王は人間に勝てないのか ~ガーゴイルとざっくり学ぶマネジメント~

六畳のえる

0章 バータリ帝国の苦悩

第1話 本当は恐ろしい帝国の実情

「魔王様に命令された仕事、全部やろうとすると、終わる頃には夜中なんだよな」

 攻撃部隊の隊長であるアングリフが溜息がちに漏らした。


 炎を司る、イフリートという魔族。体格は俺や人間と同じくらいで、赤銅色の体に2本の角。体から放出される熱気を吸い込み、俺は危うく咽かけた。


「夜中……? ちょっと待って、仕事の時間、一応決まってるよね?」

「そんなの、あって無いようなもんだよ、リバイズ。終わった時間が帰る時間だ」


 初めて聞く実情に、決して軽くない衝撃を覚える。定時なんて概念はないのか。


「そのこと、魔王様にちゃんと伝えたの?」

 俺の問いにアングリフは苦笑いする。怒りなのか悲しみなのか、熱気が少し温度を増した。


「何回か伝えたさ。でもいつも言うことは一緒だよ。『昔は兵力が倍になれば3倍のことができるようになってたんだぞ』ってね。確かに兵士の数が少なかったときはそうだったかもしれないけど、この帝国軍だって今や500匹の大軍隊だ。少数のときみたいに機動的に動けないことも多いんだよ。それなのに同じこと求められてもなあ……」


 アングリフに合わせるように、首をゆっくり横に振る。

 こんなことが帝国で起こっていたなんて……。




 ここは、バータリ帝国。今は人間に近い形態にその身を変えているドラゴンの魔王様が、キマイラ、ワイバーン、コカトリスといったその他の魔族を束ねて、1つの大きな帝国を作っている。


 俺、リバイズのようなガーゴイルも、魔王様の下で働く一族のモンスターだ。


 四方を海に囲まれた比較的狭い土地が領土になっていて、食物の栽培や漁獲、ちょっとした食品加工などの技術発達で、食べるものには困らない。

 そして「勢力拡大のためには他国の征服が一番」ということで、いつも他国に争いを仕掛けている。



 で、この争いというのが、最近の悩みの種。




 ***




 話は昨日に遡る。


「リバイズ。お前にぜひとも、ケーカク王国攻勢の新たな戦略担当になってもらいたいのだ」

「……え、私がですか!」


 そんな大仕事の依頼を、魔王様直々に受けたのだ。



 ケーカク王国。海を挟んでバータリ帝国の隣にある王国で、勇者や魔法使い、商人などの人間が住んでいる。全人口も我が帝国とほぼ一緒だが、作物栽培に向いたとても肥沃な土地があり、鉱物も大量に採掘できるらしい。



「戦略担当というと、コカトリスのフェイルがいたかと思いますが……」

「アイツはダメだ、クビにした。この前なんてな、作戦書の書き出しが『とにかく勝つ』だったんだぞ」


「それは確かにひどいですね……」

「だろ? 私も『意地でも勝つ』の方が絶対良いと思って直させたんだ」

「そこじゃないと思いますけど」

 もっと中身の方に目を向けて下さい!



「あの、魔王様、なんで私なんでしょうか? 下っ端の一兵卒ですが」

「賢くて勉学が好きだ、というお前の噂を聞いてな。頭の良いヤツなら、たとえ戦闘ではちっとも戦力にならなかろうが、ガーゴイルのその、鳥と人間の中間っぽい感じが気持ち悪かろうが、ぜひやってもらいたいのだ」

「すごい、全然褒められた気がしない」

 後半のマイナス点の巻き返しが恐ろしい。



「ケーカク王国にはどうしても勝ちたいのだ」


 服につけたマントをファサッと揺らしながら窓の前に立つ魔王様。

 帝国領土のちょうど中央にある城の最上階。天井も高いうえに窓が広くて見晴らしも良く、俺の位置からでも青々とした空と風にざわめく木々を見ることができた。


「敗戦続きですもんね……」

 なぜ勝てないのか、俺も不思議に思う。



 バータリとケーカクは、軍の人数がほぼ一緒。向こうには勇者や魔法使いといったそれなりに強いヤツもいるものの、我々モンスターに比べれば恐ろしくひ弱で、1対1なら間違いなく負けることはない。

 それなのにいつも、あんな弱い人間達に撤退を余儀なくされる。その不思議さと悔しさこそ、魔王様が今一番ケーカク王国にご執心の理由だ。




 一晩考えたものの、そんなに戦闘は得意じゃないし頭を使って貢献したい、何より大出世のチャンスということで、今朝俺は戦略担当の依頼を承った。


「そうか、引き受けてくれるか。よし、ではこれから作戦の一切はお前に任せる。何かあれば相談してくれ。必要なものは全て用意しよう」

「ありがとうございます。助かります」


 よし、張り切っていくぞお!



「ではまず魔王様、次にケーカクを攻めるタイミングはいつ頃の予定ですか?」

「……あ? いや、特に……うん、私の方では……うん、決めてない」

「決めてない」

 思わず復唱しちゃったよ。


「強いて言うなら…………いや、決めてないな」

「強いて言えないほど!」

 大体こういうときは何か捻り出しませんかね!


「仕掛ける準備がなんとなく出来次第、また攻撃を仕掛けるつもりだ」

「なるほど。で、その準備というのはどのような……?」


「まあその、なんだ、武具やら防壁やら、全体的にいけそうになったらだな」

「……………………」

 キッチリした服装とマントで、ふわっとした答え。


「あの、質問ばかりで恐縮ですが……全体的に、っていうのは具体的には……?」

「そこはまあ、現場のモンスターの、経験と勘みたいなもんだな」

「ああ、なるほど。勘ですね……」


 何だろう、あんなに綺麗だった空が灰色に見える気がする。


「とにかく、現場のトップに聞けば分かるからな、よろしくな」

「はい…………」


 こうして俺は、攻撃部隊が固まって訓練している帝国の南に飛び、隊長の話を聞くことになったというわけ。




 ***




「訓練だけじゃないからなあ、魔王様に命令されるの」


 イフリートである攻撃隊長、アングリフの話は止まらない。「何か問題ある?」って訊こうとしたら遮って話し始めたからな……。


「だってさ、ケーカク王国の偵察とか思いつきでしょっちゅう指示されるんだぞ? いつ戦うかも分からないのに、そんな緊急度低いことやる余裕ないっての」

「そっか、大変なんだな」


「ホント大変だよ。熱が出そう。ってもう熱いけどね。イフリートだけに!」

「何その哀しいギャグ」

 少し笑ってから肩を落とすアングリフ。強そうな角も弱々しく見えた。


「この前なんか現場を見に来たと思ったら『武器の手入れしろ』って言われてさ。慌てて丸一日かけて手入れしたら、ドワーフ達が前日に手入れ済だった」

「ムダじゃん!」

 大丈夫なのかこの帝国は。



「あのさ、そんなに働いて体は問題ないの……?」

「ないわけないだろ。そんな中で訓練もこなしてるから、みんな疲弊してるよ。今攻撃しろって言われても3割くらいの力しか出ない」

「意味ないんですけど!」

 訓練の存在意義って一体。


「魔王様とも付き合い長いけどさ。昔、攻撃の前線にいた頃はそりゃあ凄いお方だったけど、なんか総指揮に専念するようになってからはちゃんと俺達のこと見てないっていうか、見えてない気がするんだよな……その辺、やんわり伝えてくれ」


 いつの間にか、部下のイフリート達が周りに集まっていた。皆で一斉に、大分熱を帯びた溜息をゴワッと吐く。


「うん、きっちり伝えるよ……」



 どうやら、俺はとんでもない仕事を請け負ってしまったらしい。





  

【今回のポイント】

■マネジメントとは

 数十人規模の組織では、強力なリーダーシップのもとに全員が一丸となって仕事に臨み、業績を上げていたのに、組織が大きくなると上手くいかなくなる――こうした事例は、魔王や社長の立場でなくても往々にして出会います。


 例えば、優秀な営業マンとしてチームをトップの業績に導いたリーダーが、出世して課長・部長級の管理職になったところ、部下が思うように動かずチームの成績も上がらない、といったことはよくあることです。


 さらに最近は「働き方改革」として、個々人の仕事の進め方にも変革が求められる時代になりました。如何に多くの仕事をするかだけでなく、如何に効率的に仕事をするかも考えなくてはいけません。



 こうしたなかで、。その具体的なテクニックが「マネジメント」です。


 「気合でやろう」「みんな頑張って働け!」という精神論だけでなく、具体的にどう働けば上手くいくのか――本編を通して、少しずつ見ていきましょう。

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