わたしたちの弾圧
ここはとある会員登録制の一室。およそ10人ほどの、厳しい適正試験を潜り抜けてグループへの所属を許された、自分の体調維持に努めつつ、金で解決出来る暇潰しを日々探している集団がいた。
思考に耽っていた、サングラスをかけた若い男が言う。
「今日は、我々以外の自分大好きな人達を集め、建設的に色々してみるのはどうかね」
賛同の歓声に、彼は手を上げて応える。そこにチェーン付きの眼鏡をかけた年配の女性がコメントを述べた。
「面白いかもしれないわ、アイス。でも、個人の予定に平気で顔を突っ込んで滅茶苦茶にする人って客観的にどうかしら。私ならそんなのとは仕事はしない。それに会則に触れる恐れがあるわ。会則は絶対よ」
これまた賛同の声。会則あっての彼らなので、決断も慎重である。当たり前の事だ。
初老の男が自前の杖を撫でながら言う。
「そうだな。そこを見誤り、何か出来そうだが何も出来ない面々ばかりになり、いくつものサロンが潰えた。少し考えれば分かりそうなものなのに、実に嘆かわしい」
穏やかな雰囲気の中年の男が深く頷き、左手を挙げ、コメントする。
「そうですね。人生は短いが、そこの采配は時間をかけるべきだ。それがこの集まりの持ち味」
そう告げると、グラスを掲げる。他の面々も賛同の意をこめてグラスを掲げると、少し飲んだ。中身は酒や毒物や身体に後遺症を残す品ではないのも、言うまでもなく会則に従っての事である。これまでの人生経験に関係なく、ただ金の扱いが上手かったり、リーダー経験が豊富だったり、冷徹な決断を必要な時にしっかり下せるだけではこのグループには加われない。そもそもそんな人間は世間に腐るほどいるばかりか、年々姑息さが増すだけでマイナーチェンジの一途を辿っているではないか。
「なあに、長丁場は何時もの事。熟考に値するテーマです。大いに案を巡らせようではありませんか」
と、中年の男が付け加えた。
「アイス、P、デイヴの意見に僕も同感です。現実においてのスリル中毒はとても危険だと、日々の不幸なニュースが教えてくれています」
と、中性的な顔立ちの少年が告げた。
青い瞳の少女が述べた。
「まず、集める候補に挙げる自分大好きさんの方向性を絞りましょう。皆さんも自分大好きさんなら誰でもいいという訳ではないでしょう?」
「そうね」
「勿論だ」
同意の声に少女は満足げに微笑を見せ、続けた。
「一般的な常識を持つ人達の職場と同じ環境を用意し、生活させるとして例を挙げますが、そこで同じ環境にいる人達の特徴と弱点を掴んだ上で共食いをさせ、その隙にトップに立ち、法の目を逃れて効率的に搾取出来る方法を確立して一生を終えるなんてパターンだったら最低だわ。
それはあまりにありふれ過ぎているし、独創性の欠片もない」
初老の男が頷く。
「全くだ、レイス。過去にそれだけで何十年も、社内で一番多い労働者層を、恐ろしいほどのはした金でほぼ奴隷化して経済を回していた国もあった。少子化が著しく、国家としてのシステムとしても、とても成功とはいえなかった。
数多の企業の後継者になる者も、出来る事はたかが知れている。物事への誠意と真剣さへの理解は早々育つものではない。本人の素質もあるが、長く同じ労働環境で経験を積み、その試行錯誤の中で、初めて価値を理解してもらえるものだ。そして何故それが必要な事なのかも漏れなく理解していなければならない。後々の人間性を捨てていない優れた人材を育てる為にも」
「ふむ……面白い人材が見つかるといいんだが」
彼らは思案に耽り、それは数日に及んだ。
テーマに沿った人員を確保して来た、一見パッとしない雰囲気の男が彼らにカメラ越しに言う。
「お待ちかねの老若男女を集めてみました」
ボイスチェンジャー付きのマイクで、初老の女性Pが告げる。
「ご苦労。報酬は何時もの所で」
「はい」
マイクの電源を切る。人員を確保して来た彼らもまた、高度に訓練された精鋭の中の精鋭だった。今回その作戦を遂行する為に呼ばれたのは、
『学習機関の中での各種後方支援無しでの長期潜伏活動作戦』
においての選抜から、優秀な成績を上げたメンバーであった。公での呼称にピンと来る読者もあるだろうが、個々においての体得スキルのレベルに結び付かない上、常に仕事に抜かりはないのでここでは割愛する。
用件が済むと、呼んだ事をグループの面々が忘れてしまうほどの見事なパッとしなさで男は姿を消した。
それと入れ替わる様に、彼らの眼下では、密閉空間時間制限付き陰惨系サスペンスの舞台をイメージして用意された、古びた倉庫風の一室の中で、連れて来られた老若男女がただ事ではない雰囲気を察し、声を上げ始めた。集音マイクが音を拾う。
「うううううううううううううううううううん……おがーぢゃーん」
「架空の用事を思い出したので、この辺で失礼したいわ」
「あのさー、うちの子が待ってんだけど」
「いやあ、うちのかみさんがね」
「何ここ臭い。ここ怖い」
「なあ、どっかで見てるんだろ?あんたら何なの?金次第では相談に乗るけど」
「失敬、私を待っている、録り貯めした(好きな作品ジャンルを入れよ)が待っているので」
しかし、溶接されたドアが彼らの脱出の試みを阻んだ。
ダミーのカメラに泣き喚いたり、叫んでいるその様子に、デイヴと呼ばれた中年の男が呟く。
「なるほど、こちらのテーマに沿った、自分大好き軍団ここに集結といった様相を呈していますね」
中性的な面立ちの少年も頷いて告げる。
「確かに……何処かの伝統的な大規模収容施設から実況二時間生放送されても良さそうな雰囲気です」
「態度が崩れない、もしくは横柄になる人と、不安を隠せない人に分かれている。人脈はそれぞれでしょうけれど、財産と社会的地位だけでは、非常時でも前者の様になるのはなかなか難しいみたいね。
後者の中に、技術的特異点レベルの発明をする人が多いのも興味深い点なのだけれど、その技術はともかく、着想の継承はとても難しいのがネックね」
物憂げなPの言葉に続いて少年がコメントした。
「それは僕も読んだ事があります。もっと砕けた言い回しでしたが、確か
『趣味に没頭している人達の一定数はいずれあなたの上司になる人かもしれないので、軽んじるな』
だったかな。
着想の継承が難しいのは、ここにいるみんなにも理由はピンと来るのではないでしょうか」
ああ、という様々な思惑の篭もった声。Pが言う。
「奇跡的な確率で生き延びて来て、適材適所に置かれた個性と観察眼によるものなのは確かだわ、エイダ。そしてそれを応援する理解あるスポンサー……独立を考えている人なら誰もが渇望する環境ね」
しかし、Pの言葉にエイダと呼ばれた少年が頷くその横で、それまで手元のネット端末に向かって物思いに耽っていた様子のレイスが言った。
「みんな、聞いて頂戴。この環境設置と選別の方法、もう20年も前に小説でネタになってるわ」
「えっ」
レイスを除く全員がぽかんとした顔をする。エイダと呼ばれた少年が言う。
「僕、その頃まだ父親の方にいたな」
「私は亡命の手続きの真っ最中で、更に読む本を選べる状態になかった」
「私も自分の財産の手続きでそれどころではなかったね」
「私は妻の葬儀に出ていた記憶がある。他の事は一切手につかないほどの悲しみに暮れていた」
アイス、デイヴ、そして初老の男が当時を思い出したのか、続いて物憂げに呟く。Pも言った。
「私もラボで実験結果とそれに出される予算表とのにらめっこに没頭していたわ。嫌だわ、どうしましょう。その頃読んだ本とか思い出せないわ」
「つまり、誰も元ネタを知らない?」
レイスの声に頷く一同。彼女は続けた。
「この小説もまた設定にそれぞれ元ネタがあって、古いものは半世紀近く前に発表されてるんだけど……トゥーカッターもPも知らない?」
トゥーカッターと呼ばれた初老の男が、杖の柄を握り、息をついて告げた。
「一時期こんな感じの舞台での話が乱発していた事しか知らんね。作品は見ていない」
「私もルールしか知らないわ」
と、P。
「じゃあ、これは駄目だね。全員をこっそり解放してプロジェクトは凍結だ」
再び訪れるであろう退屈な時間の事を思ったのか、サロンのメンバー全員の間に投げやりな雰囲気が漂ったが、これもまた何時もの事なので、彼らはこの事を考えるのをやめた。
愚痴っても仕方がない。そして、会則が全てなのだ。
こうして集められた人々は記憶を消され、それぞれの生活範囲の中に戻された。丁度同時期にUFOがまた目撃された事から関連性を疑われ、しばらくの間、そちらのジャンルの専門家らの懐が潤ったという。
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