第10話『ドラゴンが絶滅とは何ともおっかない』

 メツェンさんを飲み込むカニの大群、そして雲を貫く謎の管。

 ゾデによると、あれはAAが現れる前触れであるらしい。

 突然の事についてけないけど、今はゾデを信じよう。

 俺はソードを振り上げ、超巨大ガニのハサミを迎え撃つ。


『キィーン……』


「おお!」


 大成功だ。

 まるで大きな船を下から見上げているかのような、

それくらい巨大なカニのハサミがなんと、その中程で綺麗な断面の真っ二つに。

 融合前の元の剣より短くなってるのに、抜群の切れ味と何十倍ものリーチだ。

 さすがはアンジェロッド。


「……あっ」


 だが安心するのは早かった。

 異世界と言えども重力があり、切り落とされたハサミは当然落ちてくる。

 大きい分ゆっくりに見えるが、だからって止まってくれるはずもない。

 切れ端でも謎バリアー発動するのかな?


「はっ!」


 ……と身を案じていたら、近くにいたゾデが真上に数メートルジャンプ。

 なんという身体能力の高さ。

 続けてオーバーヘッドキックを披露し、力技でハサミの軌道を逸らしてくれる。

 姿勢を低くして着地するゾデに、俺は戦闘中なのも忘れて拍手を送っていた。

 ハサミが振動を起こす。


「ゾデさん凄い!」

「強力な剣を得たなシツ。

 だが油断するなよ。

 弱点《テューマリウム》を破壊しない限り、ラスティアンは何度でも再生する」

「はい! 畳み掛けます!」


 俺はソードをそれっぽく構え直し、一番近い超巨大ガニの脚へと突撃した。

 それでも軽く10メートル以上の距離だけど。

 いやあ、不謹慎かもだけどすごく気分が良い。

 無双するって実際こんな感じなんだ。


「うおりゃあーっ!」


 デカいだけのカニなんかさっさと片付けて、

メツェンさんと新たなAAの援護に行かなきゃ。

 ソードの切れ味と謎バリアーに全てを任せ、

ただひたすらに超巨大ガニの脚を斬り続けた。

 タワーマンション並みの長大な脚が、まるでダルマ落としのように崩れていく。


「良いぞシツ! その調子で弱点をも斬り裂け!」


 ゾデの声がやや遠い。

 超巨大ガニの気を引いて、囮になってくれているのか。

 そう思うと、次の横薙ぎに余計な力がこもった。


「ラスティアンがバランスを崩したぞ! 別の脚を狙え!」

「はい!」


 走りつつ見上げると、確かに超巨大ガニの甲羅が傾いている。

 そして最初の一撃で切断したはずのハサミが、完全に元通りになってしまっていた。

 あまり悠長にしてられないな。

 俺は次の脚の手前でジャンプし、斜めにソードを振り下ろした。


「ちょっと、疲れたな……」


 それもそのはず。

 俺は5年も引きこもってる上に、コスプレを着る為わざと痩せ細っているのだ。

 運動なんて毛頭するつもりはなかったし、ましてや剣を握って戦うだなんて。

 どうせファンタジーなんだし、剣より魔法が楽で良いな。

 あの魔法使い……ディーベラを蘇生した時みたいにさ。


「えーいっ!」


 こうなりゃヤケクソだ!

 これも、これも、これもこれも!


「全部メツェンさんの為だああっ!」


 大声で自分に言い聞かせ、何度も何度もソードを振った。

 そのうち、ゾデが「逃げろ! ラスティアンが倒れてくる!」と叫ぶ。

 我に返ってその場から離れると、轟音と共にカニ本体が降りて来た。

 ただデカい上に近いもんだから、今見てるのがカニのどこなのかは分からない。

 知る必要もないけど。


「個体によって違うが、弱点《テューマリウム》は概ね甲羅の中にある!」

「甲羅の中ですね!」


 もう一踏ん張りだ。

 俺はソードを持ち上げ、頭の後ろまで振りかぶった。


「ぐうっ!」

「ゾデさん!?」


 悲鳴がした方を横目で見て、次に全身を向ける。

 ゾデが超巨大ガニのハサミに捕まってしまっていた。

 両手を突っ張って耐えているが、到底いつまでも耐えられそうにはない。


「僕は良い。

 早く……ラスティアンを」

「……はい!」


 その方が早そうだな。

 俺は超巨大ガニに向き直り、ソードの縦一閃をお見舞いした。

 さすがに真っ二つとまではならなかったが、バキッと大きな亀裂が入る。

 俺はその亀裂の内部へと突入し、更にソードを振るった。

 その度に白い半透明の肉が分断され、より深部への道が作られる。


「はあ、はあ、はあ……」


 ソードを杖代わりに地面へ突き立て、曲げた膝に左手を置いた。

 息切れだ。

 少し休憩しないと。


「……げっ!」


 斬った肉が再生し、俺の来た道がもう塞がっていた。

 あまり休んではいられない。

 早いとこ決着をつけないと。


「ちょっとカッコ悪いけど……」


 体に鞭打ちながらソードを両手で握る。

 全方位を一気に攻撃できるアレをやろう。

 俺は予備動作として全身をひねり、ソードを水平に構えて回転した。

 まあ、回転斬りってやつです。


「あー、目がぁー」


 周囲の肉壁が斬り裂かれていく。

 何度も回っていると気持ち悪くなるので、目を閉じて続行。

 このまま弱点《テューマリウム》に当たってくれれば。

 そんな都合の良い事を考えていた。


「あー……」


 もう、もう駄目ぇ。

 フラフラとよろけてソードを手放し、そのまま尻餅をついてしまう。

 目を閉じても気持ち悪いもんは気持ち悪い。

 軽い吐き気さえ催し左手で口を覆った。

 ……手袋が汚れるくらいならストレートに吐くわ。


「……あれ?」


 何気なく目を開けた後、俺はまぶたをパチクリとさせる。

 そこには肉壁などなく、澄み渡る綺麗な青空が広がっていたのだ。

 急に影がかかり、見上げると何本もの『大木』が落ちて来ていた。

 そのうち一本が俺の真上へ。


「うわぁ!」

「シツ!」


 ゾデの飛び蹴りで木が吹き飛ばされ、俺は難を逃れる。

 次から次へと周囲に大木が落ち、ドォンドォンとやかましい。

 ラスティアンこそ消滅したけど、甲羅やハサミに生えてた木は残ったんだな。


「ゾデさん!」

「やったなシツ。

 だが休んでいる暇はないぞ。

 次は小型ラスティアンの大群だ」


 俺は「そうだ!」と声を上げてカニの群れを見つめ、

近くのソードに右手を伸ばし柄を握った。

 すぐに立ち上がろうとするが、右手に異様な重さを感じて硬直する。


「あっ、ソードが……」

「元の剣に戻っているな」

「戦闘が終わったからだ。

 別の武器を探さなきゃ!」

「もう一度融合すれば良いだろ」


 俺は胸のペンダントを手繰り寄せ、そこに付いているアンジェロッドを見た。


「これは同じ物体に一度だけなんです」

「そうなのか。

 僕は他の武器を持っていないぞ。

 どうする?」

「最悪素手でも戦いますよ!

 ゾデさんおぶってください。

 行けますよね?」

「ああ、任せろ」


 ゾデがしゃがんで背中を見せ、俺はそこに体重を預ける。

 今更だが傷1つ負ってないように見える。

 魔法がかかってるらしい鎧の方はまだしも、中の人の肉体が心配なんですが。

 超人的な身体能力と言い、ゾデについては一度じっくり聞いてみたいな。

 そうこう考えてる間にゾデは走り出していた。

 なんかもうこれタクシーだなゾデタクシー。

 うん、絶妙な語呂。


「まだあんなに……。

 メツェンさんはどこだ!?」

「見ろ。

 あそこでカニが消滅したぞ」

「ホントだ。

 白いチリが上がってる」

「恐らくだがあそこにメツェンも居るだろう」


 民家の立ち並ぶ辺りまで来た。

 不意にゾデが立ち止まる。


「どうしたんですか?急がないとメツェンさんが……」

「シツ、ディーベラを蘇生したそうだが、

あれは本当なんだな?」

「蘇生じゃなくて、厳密には操り人形みたいな感じですけど。

 それが何か?」

「骨ではどうだ?」


 死体に続いて骨と来たか。

 もう死霊使い、ネクロマンサーみたいになってるよ。

 元ネタは魔法天使なのにさ。


「多分行けますけど、犬とか猫を蘇生させても弱いですよ」

「ドラゴンなら不足はないだろう」

「ドラゴン?」

「ああ。

 尖った牙と鋭い爪、気をなぎ倒す尾に大きな翼を備え、口から火を噴く怪物だ」


 剣と魔法の世界なら居てもおかしくないか。

 確かにドラゴンの骨なら戦力になりそうだ。


「それならやって見る価値はありますね。

 どこにあるんですか?」


 おぶわれてた俺が地面に下ろされ、ゾデは一軒の潰れた民家へと近寄った。

 ゾデが民家の残骸を漁っている間、俺はカニの大群の方を見る。

 数秒ごとに1回白いチリが上がった。

 カニが何重にも重なり合っているせいで、その内部での戦況までは分からないが。


「メツェンさん……」

「あったぞ。

 これだ」

「これは……牙ですか?」

「ああ。

 女王の趣味でな、絶滅した生物の骨を集めている。

 城の飾り付けに使われていたんだ」


 ドラゴンが絶滅とは何ともおっかない。

 きっとラスティアンのせいなんだろう。

 俺は片手サイズの牙に想いを馳せつつ、胸のアンジェロッドを取り外した。


「行きますよ。

 目をつぶって!」


 アンジェロッドを振り下ろす。

 閃光が放たれ、融合自体は成功した。

 結果は……?


「……えっ!?」


 爪が地面に食い込んでいる。

 骨のみの3本指を上へ辿ると、カカトで女王の城の残骸が踏み潰されていた。

 更にスネ、膝、股間部を見上げる。

 更に更に更に……。

 俺達が足元に立っているのもあって、

このまま全体を視界に入れようとしたならば、

うっかりひっくり返ってしまいそうな程の巨体。

 前足に翼に首に頭、全身骨のみで構成されたドラゴンが現れた。

 元の牙が小さいからって、ドラゴン自身もそれなりだと決めつけてたよ。


「見事だ。

 さっきのラスティアンにも引けを取らない」

「あっ!」


 骨の首が折れ曲り、頭が俺達に向かって降りて来る。

 少なくとも敵ではないんだけど、もしかして食われちゃうの……?


「我の眠りを妨げるのはお前か?」


 ベタベタなご挨拶頂きました。

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