第9話『どう考えてもあんな物さっきまで無かった

第9話『どう考えてもあんなものさっきまで無かった』


 コスプレ衣装を着た俺のリベンジローキックにてカニは無事消滅。

 小さな勝利に安心したのも束の間、戻って来たゾデが超大型ラスティアン出現を報せる。

 力を取り戻した反動で、柄でもないクサいセリフをメツェンさんに吐く。

 急ぎ地上に出た俺達が見た物、それは……。


「デカい!」


 さっき地下でゾデが言ったように、

まさしく山のような大きさの超巨大カニが遠方に佇んでいる。

 体色は濃く暗い緑で、体や脚の内側は白っぽい。

 カップ焼きそばにも似た平たいどんぶり状のボディから伸びる、気持ち長めの脚。

 体や脚に比べてハサミは小さく、ずんぐりと膨らんでいる。

 シオマネキと比べると地味なカニだが、ルックスとは別のある特徴を備えていた。


「あのラスティアン……木が生えておるぞ!」


 俺より先に女王が指摘した。

 全くもってその通りで、

 超巨大ガニの甲羅及びハサミの上部から何十本もの木が生えているのだ。


「まるで、山がそのままラスティアンになったみたいだわ……」

「『みたい』じゃない。

 あのラスティアンは山に擬態し、我々が住むイサファガのすぐ近くに潜んでいたんだ」

「なんと……!」


 その超巨大さもさる事ながら、

動く山とも言えるその圧倒的大自然なビジュアルに俺はたじろぐ。

 風呂場に湧いた小型の赤いカニと比べるまでもなく、規模が大き過ぎるだろ。


「AAのお姉ちゃん!」

「うおっ」


 俺の腰にも満たない小さな1人の女児が、突然胴にしがみついて来る。

 AAではあるけれどお姉ちゃんではないんだよなあ。

 ま、女装レイヤーとしては喜んで良い所か。

 でも衣装引っ張らないで。


「お姉ちゃんAAなんでしょ? 戦って!」

「……うん、そうだね。

 ここはお姉ちゃんに任せて、君は逃げて!」


 とりあえず撫でてあげると、女児はせわしなく走り去って行った。

 途中で振り返って俺達を見てくる。


「絶対勝ってねお姉ちゃん!」

「うん!」

「女王様、またおうち直そうね!」

「うむ!」


 手を振られたのでこっちも振り返した。

 おうちと聞いて辺りを見渡すと、ただでさえボロかった民家がことごとく倒壊、

見る影すら無くなっていた。

超巨大ガニに目が行ってたが、中々に悲惨な光景だ。

俺が地下にいる時起きた地震のせいか。


「のう、シツはいつからお姉ちゃんになったのじゃ?」

「あんな小さい子に女装って言ったって、きっと分かんないでしょう」

「あの大きさだと弱点を探すだけでも一苦労だぞ。

 シツ、どうするつもりだ?」

「俺が聞きたいですよ、そんなの……」


 俺とゾデが向かい合う。

 すると、横からメツェンさんが俺の胸元に触れてきた。

 突然の事に心臓がドキッと跳ね上がるが、スキンシップが目的ではないようだ。

 彼女は俺のペンダントに付いている、アンジェロッド……の作り物を手に乗せた。



「シツちゃん、これでなんとかならない?」

「アンジェロッドでですか?」

「確か死んだディーベラを蘇らせ、魔法のみでラスティアンを倒したのじゃな。

 それはどういった武器なのじゃ?」

「武器? ただのアクセサリーなはずなんですけどこれ……」


 真実を伝えると、俺達4人の間に不穏な沈黙が訪れた。

 その沈黙を女王が破る。


「ではシツ、ラスティアンを倒したのは嘘であったと。

 そう申すか?」

「そんな事ないです!」

「女王。

 ディーベラが亡くなり、シツとメツェンが生還したのは事実です。

 それに小型のラスティアンを倒したのですから、彼がAAであるのも間違いありません。

 彼もまだこの世界に馴染めてないでしょうし、一旦信用されてみては」

「むむ……」


 女王は腕を組み、眉を潜めた難しい顔をして俺を見る。


「シツちゃん、これはホントにただのアクセサリーなの?

 ディーベラちゃんを生き返らせたのは、何か別の力で?」

「……えっと、俺もまだよく分からないんですけど聞いてください。

 これは……アンジェロッドは、無生物と融合して強力な武器に変化する。

 そういう設定なんです」

「『設定』じゃと?」

「はい……」


 そうなんだよ。

 これはあくまでコスプレグッズに過ぎない。

 なのになぜだが原作再現してしまった。


「あまり長話をしている余裕はない。

 シツ、試しにこの剣を融合させてみてくれ」

「剣ですか? 分かりました。

 やってみましょう」


 ゾデが腰の剣を抜いたので、俺もペンダントからアンジェロッドを取り外す。

 ワンタッチでカチッと外れるのはありがたい。

 この構造も原作再現なのだ。


「なんだかワクワクするわ」

「じゃあ、行きますよ……」

 

 アンジェロッドを逆手に握り、俺に向けられた銀の両刃剣の切っ先に振り下ろす。


「きゃあ!」

「何じゃ!?」


 融合の瞬間に発生する閃光の説明を忘れてた。

 あらかじめ目を閉じていた俺だけが被害を免れ、その結果を一番に確認する。


「別の剣になってる……」


 ゾデが握っているそれが、両刃の剣であるのは相変わらず。

 だが1メートル以上あった全長が幾分か縮んでいる。

 デザインは大きく変化し、シンプルだったツバが謎の力で固定された天使の輪っかに。

 そのすぐ下には一対の翼の飾りも付いていて、

元となるアンジェロッドのデザインを踏襲している。

 原作に沿って命名するならアンジェネリックソードか。

 そのまんまだけれど。


「ん?」


 突然、ゾデの手からソードがすっぽ抜けて地面に落ちた。


「ゾデ、今何をした?」

「僕は何も……」


 ゾデが膝を折りソードを拾おうとするも、

ソード自体が俺の方へスッと動いてゾデの手を回避。

 そのまま俺のつま先まで寄って来た。


「意思があるのかしら?」

「そうみたいですね」

「他人事のように言うでない。

 何はともあれ、それがただのアクセサリーでないのは分かった。

 その剣を手に取り、思う存分あれと戦ってまいれ」

「いやいやデカ過ぎますって。

 あんなのに挑んだって、プチっと潰されて終わりでしょう?

 いくら俺がAAだからって、無茶振りしないでください」


 俺が戦闘を渋っていると、ソードが切っ先を上にして宙に浮かんだ。

 柄が俺の肩の高さに来たところでピタリと停止。

 誰1人として驚いていない辺り、ここは剣と魔法の世界なんだなと改めて思う。


「でも、この剣ちゃんは戦いたがってるみたいよ?」

「意思があるからって、剣にまでちゃん付けます?」

「シツ、ラスティアンを過剰に恐れるな。

 AAにはラスティアンの攻撃を防ぐ加護がある」

「それは知ってますけど、でもあの大きさじゃあ流石に……」


 俺が戦おうとしないから痺れを切らしたんだろう、女王がギロッと睨み付けてきた。


「このへたれめが! もう良い、わらわが戦う!」

「スカルベルちゃん!?」

「なにがしと融合したその剣ならば、ラスティアンを倒せるのであろう!

 ならばわらわが握っても同じではないか!」


 そう言って女王はソードを握ろうとするが、すんでの所でソード自体が逃げてしまう。

 何度やっても結果は同じだった。

 ここまで露骨じゃなかったけど、使用者を選ぶのも原作再現の1つではあるな。


「はあ、はあ……たかが剣の分際で女王に逆らうとは」

「シツちゃんお願い! この剣ちゃんを信じてあげて!

 私にできる事なら何でもしてあげるから!」


 ん?今何でもって……。

 いやいや、回復とかサポートとかをしてあげるって意味だろう。

 うん。


「メツェンさんがそこまで言うなら……分かりました。

 やってみます」

「ありがとうシツちゃん!」

「ケッ。

 好いた女の一言で手のひら返しおって」

「空いたって、確かにちょっとお腹は空いてるけど……」


 女王め余計な事を……と思ったら、メツェンさんが天然なおかげで助かった。

 さて、言った以上は覚悟を決めないとな。

 宙に浮かぶソードをしかと見つめ、その柄を握った。


「……軽い!」


 元は普通に銀の両刃剣だったはずだ。

 それなのにとても軽い。

 プラ製のオモチャの剣よろしく、中が空洞になってるのかと疑うくらいに軽い。

 これなら非力な俺でも自在に扱えそうだ。


「シツ、ラスティアンまでは遠い。

 途中まで僕が運んでやろう」

「私も後から追いかけるわ! 私なりにシツちゃんを手伝わないと!」

「巻き込まれて死ぬかも知れんぞ?」

「でも、シツちゃんにだけ戦わせるなんて……」


 2人がもめている間に、俺はゾデにおぶられて準備完了。

 俺としてもメツェンさんには、なるべく安全危険にいてほしいな。

 気持ちは凄く嬉しいんだけど。


「じゃあ行ってきまっ!?」

「頑張ってー!」


 急にゾデが走り出した。

 思えば随分とぐずってしまっていたな。

 ここに俺以外のAAが居ないのなら、その俺が戦うしかないだろう。

 優しくて魅力的なメツェンさんのためだ。

 そう自分に言い聞かせ、ゾデの走る振動に揺られながら前方を睨んだ。


「怯むなよシツ! どんなに大きなラスティアンであっても弱点はある!」

「ディーベラさんから聞いてます!

 白い塊がどこかにあるんですよね!?」

「そうだ! テューマリウムを探し出して破壊しろ!」

「テューマリウム?」


 つい復唱してしまったけど、会話の流れから言ってあの白い塊の事だろう。

 ラスティアンの弱点はである白い塊、テューマリウム。

 ゲームならなんかの素材になりそうな、いかにも鉱石めいた名前だ。


「僕もサポートする!」

「ゾデさんが? 無茶です、逃げてください!

 鎧なんか意味ないでしょう!」

「この鎧には高度な修復魔法がかけられている!

 それに僕自身も打たれ強いから心配するな!」

「でも!」


 あれこれ話しているうちに、超巨大ガニとの距離が縮まってきた。

 相手がデカ過ぎるゆえに距離感が掴みづらい。


「その剣とAAの加護を信じろ!」

「信じるしかないです!」

「その調子だ! 頼むぞ!」

「……はぁ」


 乗り気じゃないのは伝わらなかったらしい。

 ゾデが徐々に走る速度を落とし停止したので、

いよいよだな、と俺はゾデの背中から飛び降りた。

 全高何十メートル……いや、3桁超えかと思うほどの超巨大ガニを見上げる。

 もし食用なら何人が食べれるんだろうな、このカニ。


「行きますよゾデさん!」


 ソードを両手で構え、ゾデの名を呼んで意思疎通を図る。


「……ゾデさん?」

「あれは……」

「どうしたんですか……って、うわぁ!」


 ついさっきまで俺達が居た辺りが、いつの間にか鮮やかな赤で埋め尽くされている。

 民家の残骸が1つ、赤い波に飲み込まれてしまった。

 間違いない。

 赤い海を成している1匹1匹が、風呂場に現れたあの小型のカニだ。


「群れているのは知っていたがあれほどとは……」

「メツェンさん!」


 遠くからでも分かる緑尽くしのメツェンさんが、

カニの海に四方を取り囲まれ、すっかり逃げ場をなくしてしまっている。

 女王が見当たらないけど、まさかもう……?


「メツェンさん!」

「待てシツ、間に合わない。

 メツェンは諦めろ」

「ゾデさんまたおぶってください!メツェンさんを助けに行かなきゃ!

 それに女王だって!」

「シツ!」


 言い合う俺達の周囲に突如暗い影が。

 反射的に頭上を見上げる。

 ……超巨大ガニのハサミだ。

 回避できる規模じゃない!


『ガギィン』


 例のガード音。

 そしてパラパラと土が降ってきた。


「……助かっ、た?」

「AAの加護がラスティアンを上回ったな。

 シツ、反撃するんだ」

「でもメツェンさんが!」

「メツェンなら心配は要らない。

 あれを見ろ」


 超巨大ガニから逃げもせず、ゾデは呑気に腕を持ち上げる。

 指差した先はメツェンさんが居る辺りだ。


「……なんだあれ!?」


 霞むほどのはるか上空から、棒状で白い半透明の物体が地上へ伸びている。

 中は筒になっているらしく、先端が斜めに切られているみたいだ。

 どう考えてもあんな物さっきまで無かった。


「新たなAAの出現だ。

 メツェン……彼女はジリンジャーだったのか」


 そうゾデが呟いた。


「新たなAA?」

「説明は後だ。

 メツェンは新たなAAに任せて、シツはこいつを倒せ」

「……信じて良いんですね?」

「僕が嘘を付くように見えるか?」


 そもそもフルメイルじゃ素顔すら分かんねえよ。

 と内心ツッコミつつ、改めて超巨大ガニと対峙した。

 AAの加護、謎バリアーの発動は確認できている。


「後は……こいつの切れ味次第か」


 ソードに映り込む自分の顔を見た。

 ……この小顔にパチクリお目め、原作に似てて我ながら可愛いなあ。


「あれ?」


 メイクが落ちてない。

 洗ってはないけどお湯浴びたのに……なんでだ?


「シツ! 来るぞ!」

「あっ、はい!」


 メツェンさんの心配は無用だって言うから、つい気が抜けちゃってた。

 懲りもせず再度振り下ろされるハサミ。

 俺は両手で握ったソードを振り上げて迎撃する。

 さて、どうだ!?

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