第8話『おおよそ全力のローキック』
何やら摩擦しつつも、俺のAA能力が失われた原因をみんなで考察。
戦えていた時の状況を再現してみようとなり、服を取りに風呂場へ向かった。
だが一歩踏み込んだ途端ゾデは立ち止まってしまう。
1匹だけだったはずのカニが、数えきれないくらいにその数を増していたからだ。
「ゾデさん!」
ゾデがカニの群れの中に突撃していく。
小型とはいえ相手はラスティアン。
フルメイルだけであの数をしのぎ切れるだろうか。
何にせよここは任せるしかない。
ただ、逃げるって言っても来た道が道が分からないんだよね。
ここまで来るのにも何度か角を曲がったわけだし。
下手に動き回ると17歳でありながら迷子になりかねない。
あのカニは足が遅いし、もう少しここに留まっていよう。
「シツちゃん!」
「えっ? メツェンさんどうして!」
「はあ、はあ。
私シツちゃんが心配で……」
「だからってわざわざ来なくたって。
今度は俺の方がメツェンさんを心配になっちゃいますよ」
タイミング的にも走って追いかけて来たんだろう。
メツェンさんは肩を上下させ息を荒くしている。
服の腰の所が破けているのには気付かないフリをしておこう。
サイズの小さい窮屈な服で激しい運動をしたせいだろうね。
「ゾデは?」
「俺の服を取りに中へ入りました。
メツェンさんのも取って来てくれると助かるんですけどね」
「私の服なんてどうでも良いの。
シツちゃんが最優先よ」
「……どうでも良くはない……です」
「え?」
すごく今更ながらメツェンさんの裸を思い出してしまい、
紅潮したであろう顔をうつむいて隠す。
てかメツェンさんも配慮してくれよ。
子供じゃないんだからさ、お互い。
「シツ、これだな!」
「ゾデさん?」
風呂場の中から声がした。
恐る恐る覗き込むと、
カニとカニの間のわずかな隙間を進んでこちらを目指すゾデの姿が。
3つの脱衣カゴを1つに重ね両手で持っている。
「メツェンと女王の服も回収した。
急ぎ僕の部屋へ戻ろう」
「はい!」
「えっ? ラスティアンが増えてる!?」
「メツェンさん逃げましょう!」
「あっ……」
カニの群れを見てしまい動揺するメツェンさん。
俺は立ち尽くす彼女の手を引っ張り、ゾデの背中を追って走った。
俺にしては珍しく強引だが、彼女に万一の事があってはいけないので。
「シツ。
僕の部屋に戻ったら服を着てもう一度採血だ」
「はい!」
「シツちゃん」
「なんですか?」
「その……さっきはありがとうね。
私ビックリして動けなかったの。
あんなにラスティアンが群れてるのを見たのは初めてですもの」
「……どういたしまして」
やった、メツェンさんに感謝された。
なんだろう、心臓がポワッと暖かくなって全身に広がるこの感じ。
ラスティアンに襲撃されてるってのに、俺は帰り道を上機嫌で走り抜ける。
ゾデの部屋に着いた時もそれは続いていた。
「この! 特産品のイキリダケエキスをよくも! この! このっ!」
「ああ! 女王様もっと! もっと強く!」
「……何やってんですか? 二人共」
部屋の中に入ると、タオル姿の女王がベットに座っている。
女王は膝の上にうつ伏せのチシロを乗せ、その小さな尻を何度も叩いていた。
叩く女王の手と叩かれるチシロの尻、両方が赤く染まっている。
「この! 貴様なんぞ一生タダ働きの奴隷じゃ! この! 反省せんか!」
「あっ、奴隷……それ、あっイクっ、あっあっ」
「女王。
事情は測りかねますが、非常事態ですのでそのくらいに」
「む、ゾデか」
ゾデの呼びかけに女王が反応し手を止めた。
半分驚いたかのようなこの様子、
もしかしたら女王は怒りのあまり、
今の今まで俺達に気付いていなかったのかも知れない。
お高いんでしょうね、チシロが俺に飲ませたあのイキリダケエキスは。
元々特産品な上に材料が取れなくて品薄らしいし。
「小型ながら多数のラスティアンが風呂場を制圧しています。
住民を地上に避難させるべきかと」
「地上にじゃと? ふん、シツがAA能力を取り戻せばそれで解決ではないか。
事を急ぐでない」
「はあっ、はあっ、はあっ、あっ……」
「すごく腫れてる……チシロちゃん大丈夫?回復魔法要る?」
「いえ、心配ご無用。
チシロめは平気でございます。
むしろ……後少しで本望でしたのに」
「さあシツ、これを。
女王とメツェンも着替えてください」
重ねられている3つの脱衣カゴを、ゾデはそれぞれの服の持ち主に手渡した。
……うん、全部揃ってる。
できれば洗ってからにしたいがそんな余裕はない。
「おおゾデ、気が利くのう」
「私は別に……」
「メツェン様、今のお召し物ですと窮屈ではございませんか?ここなんかほら、
お肌が見えておりますよ。
うりうり」
「あ、やだちょっとくすぐったい……」
メツェンさんとチシロのやり取りにドキドキしながら壁の方を向いた。
まずは脱衣カゴからショーツを取り出して足を通す。
「しかし5人もおると窮屈じゃのう。
チシロとゾデは出て行ってくれぬか」
「承知しました」
「出て行かなかったら女王様はいかがなさいます?
また先ほどのように叩いてくださいますか?
あ、ちょっとゾデ様ぁー」
お仕置きを期待して居座ろうとするチシロがゾデに引きずられて行く。
これでいくらか部屋が広くなった。
メツェンさんや女王の着替えを見てしまわないように目を伏せつつベッドへと移動。
「シツ。
その服を着てもまだラスティアンを倒せないようであれば……その時は、
チシロがそなたに飲ませたイキリダケエキスが原因であろうな」
「ですね」
裸足で動き回って汚れた足の裏を毛布で拭き取る。
毛布さんごめんなさい。
「まあシツちゃん、そんな事があったの?」
「はい」
「そうとは知らずに私、シツちゃんをお風呂に誘ったりしちゃって……。
それじゃその、つらかったわよね?」
「気にしないでください」
足裏が綺麗になったのを確認し、白いニーソックスの口を両手で軽く広げた。
「大方チシロに吐き出したのであろう? 何度も何度も」
「女王!」
思わず手を止めてしまった。
チシロ本人から聞き出したのか知らないけれど、
たとえ事実であっても俺が被害者であってもそれは言わないでほしい。
メツェンさんの居る前では特に。
「……シツちゃん?」
「メツェンさん! 俺は本当に騙されてたんです!」
「おーおー、一丁前に焦りよる」
「茶化さないでくださいよ女王!」
互いに着替え中なのも忘れて女王を睨む。
が、女王はすでに服を着終わっていた。
胸元が特に大きく開いた、いささかセクシーアピールが過ぎる露出の多い服だ。
あっちの方が、少なくとも俺の衣装よりはずっと着替えやすいだろうな。
「シツちゃん、お話は後にして服を着ましょ?」
「……そうですね。
すみませんメツェンさん」
「本当は今も欲しくて仕方がないのではないか?
チシロのように貧相な小娘では物足りないじゃろ?」
人の神経を逆撫でするような物言いが多少引っかかるものの、
俺は女王を無視して淡々とコスプレ衣装を身に付けていった。
「ふん、つまらん」
「スカルベルちゃん? シツちゃんはこの世界に来たばっかりで、
まだ右も左も分からないのよ?
私達は現地人なんだからもっと優しくしてあげなくちゃ」
「それもAA能力ありきじゃろうに。
ならばメツェン、シツの願いの1つも聞いてやればよい。
鼻血を垂らして喜ぶ事間違いなしじゃぞ」
全てを聞き流して集中さえすればあっという間だった。
最後にアンジェロッド付きのペンダントを首に通す。
これで、俺はこの世界に来た直後と同様の姿に戻った。
「じゃあ風呂場に行ってきます。
道を覚えてないんで、誰か案内してください」
「私が行くわ!」
いつもの緑尽くしなメツェンさんが俺の眼前に。
ここは気持ちだけ受け取っておきたい。
「ゾデさんは? ゾデさーん?」
「チシロもおらぬな。
住民を避難させているのではないか?」
「女王が案内してくださいよ」
「なっ、なぜわらわが!」
女王が身を引いてうろたえる。
不意に、メツェンさんが優しく俺の手を取った。
「シツちゃん、私が行く」
「メツェンさん」
「私は回復魔法が使えるから、少しくらいならケガしても平気だし」
「……分かりました。
行きましょう」
「その必要はなくなったぞ」
女王が意味深な発言で俺達に水を差した。
「どういう意味ですか?」
「あれを見よ」
「……ラスティアンだわ!」
「もうここまで!?」
部屋の出入り口から例の赤いカニが半身を見せていた。
俺はベッドから立ち上がるなりカニめがけて突撃。
失敗なんて考えもしなかった。
メツェンさんは回復魔法が使えるから、少しくらいならケガしても平気だし。
「食らえっ!」
おおよそ全力のローキック。
カニは……白いチリになって消滅した!
「やったわねシツちゃん!AA能力復活だわ!」
「なんじゃ服のせいか。
せっかく面白い物が見れると期待しておったのに」
「残念でしたね女王。
メツェンさん、風呂場にはもっと居るはずです。
行きましょう!」
「ええ!」
気付けば俺とメツェンさんは、どちらからともなく手を取り合っていた。
「ふん、つまらん。
とっととラスティアン共を片付けてまいれ」
「言われなくてもそうしますよ」
「シツ! 居るか?」
ゾデが帰って来た。
相当慌ててたみたいで、走る勢いを殺しきれず一旦部屋を通り過ぎてしまう。
「ゾデ。
どこへ行ってたの?」
「住民を避難させてたんだが……」
「ゾデさん、俺復活しましたよ! 服のせいでした!」
「そうか、では今すぐ地上に出てくれ」
「何を言っておる。
ラスティアンは風呂場から湧いて出たのじゃぞ。
AA能力を取り戻したシツを戦わせず逃がしてどうする」
「女王」
お言葉ですが、とでも言いたげにゾデは手をかざした。
「地上にもラスティアンが出現しました。
それも超大型、さながら山のような大きさです。
そちらの方が危険ですので、小型の群れより優先して対処すべきかと」
「……何?」
「そんな……またラスティアンが?」
震えるメツェンさん。
彼女と繋いだままの手を俺は強く握った。
「メツェンさん、大丈夫です。
全部俺に任せてください」
「シツちゃん……」
なんてクサいセリフを言ってみたは良いものの、
『超』大型なんて倒せるかなぁ……?
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