第3話『働く着ぐるみの気分』
メツェンさんに連れられて着いた町は貧相でしけていた。
とても城とは呼べない城に案内され、細ボインな女王スカルベルと対面。
いきなり男を紹介するとか言い出したので、俺は自身の性別を明かす。
露骨なボディチェックの後女王は……絶叫した。
「ゾデ! 直ちに年頃の娘をかき集めよ! 男のAAが現れたと知らせるのじゃ!」
女王は自身が座っていた椅子の左隣、銀ピカのフルメイルを指差し早回しで喋る。
何してんだ……と思ったのも束の間、フルメイルの首が動いて女王の方を向く。
「えっ?」
「承知しました」
「急げゾデ! これは一大事じゃぞ!」
置物ではなく中の人が居たのかと驚く俺、紅い目を見開いて急かす女王をよそに、
フルメイルのゾデは軽快な走りで城から去って行く。
中性的でどっちつかずな上に兜越しで聞き取りづらい声だったため、
性別の判断はできなかった。
「ラジェクションと男のAAが同日に舞い込むとは……。
来年からはこの日を希望の日と呼ばねばなるまい。
む? ではこの者はディーベラの護衛ではないのか……?」
女王は落ち着かない様子で、
地面むき出しの床を見て独り言を呟きながらうろついている。
それを見ていると、メツェンさんが俺の肩に手を触れてきた。
「シツちゃん、本当に男の子なの?」
「はい。
あの、俺が男だとそんなに変ですか?女王なんか絶叫してましたけど……」
「メツェンよ。
そなたはディーベラを迎えに行っていたのであろう。
ディーベラは今どこで道草を食っておるのじゃ?」
「……スカルベルちゃん、聞いて」
「その呼び方はやめろと常日頃から言っておる。
それよりまずわらわの問いに「死んだの」
女王の発言をメツェンさんの一言が断ち切った。
女王はとメツェンさんがただ見つめ合うだけの、数瞬の沈黙が流れる。
「誰が死んだ?」
「ディーベラちゃん」
会話の内容からして、ディーベラってのはあの魔法使いの名前か。
お互い名乗る余裕なんてなかったんだよね。
「またそうやってちゃんを付けよる。
ディーベラはメツェンどころかわらわより年上であるぞ」
「真面目に聞いてスカルベルちゃん。
ディーベラちゃんはラスティアンの奇襲で死んだの。
荷物も誰かに持ち去られて、何も残ってなかったのよ」
白い手の男だそうです、と補足の言葉が出かかったがやめておいた。
俺の見聞きした内容は全てメツェンさんに話してあるし。
ここはコミュ障の引きこもりらしく、直接何か聞かれた時だけ答えるとしよう。
「……つまらぬ作り話しじゃな。
第一ディーベラともあろう者がAAの護衛を付けていないはずがなかろう」
「本当よ! 私はディーベラちゃんの死体を見たもの!
今も草原に横たわっているの! ディーベラちゃんが……!」
「メツェン、泣いておるのか」
女王の言った通り、メツェンさんは泣いていた。
翡翠の眼から小粒の涙が生まれては、
その都度彼女の頬を下へと伝い、アゴの先から地面へポロッと落ちていった。
「女王、メツェンさんを泣かせましたね?」
「何をう!? わらわがか!?」
「作り話しとか言うから……」
黙ってるつもりがつい悪態をついてしまう。
でも、好きな人がイジメられたら誰だって腹が立つよね?
やり返したくなるよね?
「シツちゃんありがとう。
でも良いの。
私だってこんなの、作り話しであって欲しいと思うから」
「メツェンさん……」
あー、だからその、泣きながら笑うのやめてくれませんかメツェンさん。
その健気さ……余計好きにになっちゃいますって。
俺みたいなのに好かれても困るでしょうに。
「女王!」
「おおゾデ、戻ったか」
と、湿っぽくなった所にフルメイルのゾデが帰って来た。
「女王、一通り声をかけてきました。
じきに女性達がここへ集まります」
「ご苦労。
ゾデ、また1つ頼みがある。
ディーベラの安否を確認してまいれ。
場所やその他の詳細については、そこのメツェンから聞くように」
「承知しました。
メツェン、案内を頼む」
「ゾデ、ディーベラちゃんはね……」
戻ってきたばかりのゾデと涙を拭うメツェンさんの2人が出て行く。
出て行く寸前、メツェンさんは立ち尽くす俺の方を振り向いて手を振った。
それを見て、俺の心臓がキュッと締め付けられる。
……俺と女王の2人きりとなった。
椅子に腰を下ろす女王。
紅い眼が俺をまっすぐ捉える。
「確か……シツ、じゃったな。
そなたはディーベラの護衛でここに来たのではないのか?」
「違います」
「ではどこから?」
その後も俺は女王からの質問に答え続けた。
魔法使いディーベラの遺言『白い手の男を探せ』についてもしっかりと触れておく。
この時女王は顔をしかめ、いささか真剣過ぎる様子で俺の話を聞いていた。
いくつかの質問を通じて、俺の方でも分かった事がある。
俺以前のAAは1人残らず全員が女性で、男性のAAは俺が初めてなのだ。
また、AAのラスティアンに対する特効能力はある程度遺伝するらしく、
女性のAAは妊娠を余儀なくされるので、一生涯で残せる子孫の数がどうしても限られる。
対して男性なら身重になる事もなく複数の女性と子供を作れるので、
女性AAよりも多くのAA二世を世に放てる……かも知れないと。
これが分かれば、女王が絶叫したのも頷ける。
「つまりじゃな、
シツにはこの町……イサファガに住む娘達を片っ端から孕ませてもらいたいのである」
「のである……じゃないですよ。
無茶苦茶な事言わないでください」
「シツはただ仰向けに寝ておれば良い。
後は娘達に身を委ねるだけじゃ」
「そうじゃなくて!」
声を荒げて反発すると、女王は目を細めニヤリと笑った。
一見すると悪意を感じるあの顔、彼女の無意識な癖なのか。
「種が打ち止めになる心配は要らぬぞ。
イサファガが世界に誇る特産品、精力増強剤のイキリダケエキスがあるからのう。
今はラスティアンのせいで材料を採れず品薄じゃが」
「そうでもなくて!」
「もしやオナゴは苦手か? 困ったやつじゃ」
「違います!」
酔っ払いのうわ言とかならまだしも一国の女王がこれだよ。
この世界の貞操観念はどうなってるんだ。
「男のAAってホントに?」
「それって救世主じゃん」
まだ遠くて小さいけど、外から女性達のお喋りが聞こえてきた。
出入り口の方に目をやると、女王が「来よったか」と呟く。
「でもブ男だったらどうしよう……」
「目隠しでもしたら?」
「自分が?」
「両方」
「ぶっ飛ばすよ?」
だんだん声が近付いてくる。
ただ、彼女達は移動よりもお喋りに夢中なようで歩みは遅い。
「まあ今すぐにとは言わぬ。
心の準備と言うものがあろう。
それにそなたはまだAAとして認定されておらぬからのう。
顔合わせ程度に思っておれ」
「はあ……」
無理にとは……じゃないんですね、そこ。
「お邪魔しまーす」
「女王様ー」
「スカルベルちゃん元気?」
「こら待て。
誰じゃ、メツェンの口癖が移っておるぞ」
「まあまあ良いじゃん」
4、5人の女性、いずれも俺より年上の女性達が入って来た。
城内が一気に狭くそして騒がしくなる。
「男の人のAAが来たって聞きましたけどー」
「あんた誰」
「えっと……」
「何その格好。
よその国で流行ってんの?」
「あのー……」
「この輪っか何ですか?」
「あわわ」
物珍しさからか取り囲んでくる女性達、萎縮する俺。
1人が俺の頭上に付いている天使の輪っかに触れた。
コスプレ元のキャラは一応天使なので、
このウィッグにも本人のそれを模した輪っかが付いている……のだが、
異世界の住人にこれをどう説明したもんか。
「わらわも気になっておった」
「女王!? 何しれっと混ざってるんですか!」
「こっちは何?」
「引っ張らないでください!」
背後の女性が、俺の背中の翼に興味を示した。
この一対の白い翼もコスプレ元の再現であり、こちらは衣装と一体。
動きやすさを重視した柔らかく丈夫な素材とは言え丁寧に扱ってほしい。
全部で何万もしたので。
「このペンダントは?」
「輪っか取れないんですか?」
「もしかして飛べたりする?」
「髪綺麗。
なんかお人形さんみたい」
「ちょっ、離して! 離してください!」
俺の格好が相当珍しかったらしく、軽い揉みくちゃ状態に。
遊園地とかで働く着ぐるみの人ってこんな気分なのかな。
「それで女王、男の人のAAってどこですか?」
「ん? 目の前におるではないか」
「……いやいや、今日来たのって男の人ですよね? あれ女の子なんですけど」
「見た目だけはな」
「……は?」
女性達の手が一旦止まり、全員の視線が俺の頭上と足元を何度も往復する。
「えっと、その……女の子じゃないんですか? あなた」
「……はい。
男です、一応」
女装をしている以上、性別を間違われるのは狙い通りなので嬉しい。
だがそもそも俺は隠れ女装レイヤー。
他人に見せびらかすためにコスプレしてる訳じゃないんだよね。
「何で?」
「何でって……変、ですか?」
「変じゃないですよ。
言われないと分からないくらいには似合ってますし」
「少なくともブ男よりは100万倍マシね」
「はあ、それはどうも……」
意外と受け入れられてるみたい。
「ねえねえ、ここ狭いから外で話さない?」
「賛成」
「行きましょう」
「えっ?」
「シツ、存分に町娘達との親睦を深めてくるが良い」
「えっ、えっ?」
誰かが俺の右手を引っ張り、女性達はまとめて城の外へ出た。
普通は男が若い女性達に囲まれると少なからず嬉しいもんだろうけど、
引きこもりの俺には緊張や苦痛も大きいんです。
「あなたAAなんですよね? どんな世界から来たんですか?」
「名前は?」
「ちっちゃいけど年いくつ?」
「彼氏居た?」
「そこは彼女じゃない?
男の子らしいし」
ハーレムよりメツェンさんと2人っきりが良い。
ああ、早くメツェンさんに会いたい。
それが無理ならせめて一旦1人になって落ち着きたい。
「ねえねえ」
「どうして黙ってるんですか?」
俺は何かを求めるようにして、自由な左手を集団の外へと伸ばしてみた。
すると、本当に誰かがその左手をギュッと掴む。
願いが叶ったのか……っ!?
「おわっ!」
その誰かは強い力で俺を女性集団から引っこ抜く。
そして間髪抜かさず走り出した。
女性達の騒ぎ声が一気に遠ざかる。
半ば強制的に後を追わされる俺の目に映ったのは、
水色に近い青のショートヘアにボロボロの服を着ている少女の後ろ姿。
身長150センチに満たない俺より更に小柄で手も小さい。
それなのに中々パワフルだ。
「君は……?」
「こちらです!」
青髪の少女は俺の問いに振り向きすらせず、ある建物を左に曲がった。
更に突き進むと、俺が発見し疑問に思っていた大きなマンホールが迫る。
青髪の少女はそこで走るのをやめ、マンホールに両手の指をかけてズズズとずらした。
人2人が同時に入れるくらいの大きな穴だ。
「この中へ!」
「えっと……」
「早く!」
躊躇する俺を、青髪の少女はまたしても強く引っ張り穴の中へ飛び込む。
そしてすぐに蓋をした。
「ふう。
これでもう大丈夫ですよ」
「あの、君は……?」
日光は入ってこなくなったが、穴の中は暗闇ではない。
どこかに明かりが灯っているようで最低限の視界が確保されている。
青髪のショートヘア、小顔で目が大きく童顔の女の子がそこに居た。
真珠にも似た灰白色の眼をしている。
「ご挨拶が遅れました。
わたくしはチシロと申します。
AA様、以後お見知り置きを」
そう言って、青髪の少女チシロは深々と頭を下げた。
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