第2話『こんなとこまで原作再現』
巨大なカニの奇襲によって命を落としたはずの魔法使いが立っている。
代わりに、
原作よろしく魔法使いとアンジェロッドが融合し、
アンジェネリックネクロパペットになったとでも言うのか。
俺、ただの隠れ女装レイヤーですよね?
「見てくれは違うが倒し方は同じだ! まず私が奴を破壊して白い塊を露出させます!」
この人、俺よりもずっと頭の切り替えが早い。
巨大シオマネキが次のハサミ攻撃を繰り出すより先に、
魔法使いはさっきと同じ風の魔法攻撃を放った。
「うわっ」
風の余波が俺の肌を叩く。
ザクザクと小気味良い音が連続した後、
巨大シオマネキはいくつものぶつ切りになってボロボロと崩れ落ちた。
「魔力が増している……?」
「後は俺が!」
魔法使いのつぶやきを聞き流し、ぶつ切り状態のシオマネキへと走った。
早くもぶつ切りの断面から肉が突き出している。
俺は焦りを感じながら白い塊を探した。
「……あっ!」
あれだ。
イセエビのより気持ち大きいが、ほぼ同じ白い塊。
俺は右足を後方へ振って蹴りの予備動作をした。
「待ちなさい!」
魔法使いが叫んだ。
俺は白い塊を蹴る直前でピタリと停止する。
罠か何かがこのシオマネキに仕掛けられていて、それを見抜いたんだろうか。
振り返ると、魔法使いの左手が俺の方を掴んだ。
「試したい事がある。
君はあそこのメツェンを連れ、うんと離れていて下さい」
「あそこ?」
魔法使いが右手で指差した先には、緑髪の女性が倒れていた。
今の今まで全く気が付かなかったよ。
あれ?じゃあ俺がつまづいて座った柔らかい物、もしかして……。
「早く!」
「む、無理です!」
「なぜ!」
「俺筋肉無いんです! 人を引っ張るなんて出来ません!」
「そこをなんとか!」
魔法使いと言い合いしている間にも、
巨大シオマネキのぶつ切り同士が次々と肉の触手で連結していく。
魔法使いは「チッ!」と舌打ちをした後、またもや風の魔法攻撃を行った。
触手がちぎれ、ぶつ切りは更に細かく切り刻まれていく。
「な!?」
「あれっ?」
俺達はほぼ同時に驚きの声を上げた。
さっきのイセエビ同様、シオマネキが白いチリになって消滅していくのだ。
『君にしか出来ない』と魔法使いは言っていたはず。
「俺、何もしてないのに……」
「訳が分からない。
ラジェクションのみならず、
全ての魔法でラスティアンを倒せるようになったとでも言うのか? そんな事が……」
魔法使いは早口で何やらひとしきり呟いた後、突然草原に膝をついた。
魔法使いの体を案じるより先に、俺は「まさか」と一言。
「力が、抜けていく……」
「遺言とかありませんか!?」
「遺言……?」
今にもぶっ倒れそうな魔法使いの肩を握り、上半身を支えつつ問いかけた。
今この人がアンジェロッドとの融合によって仮の命を得ているとすれば、
シオマネキを倒し脅威が去った以上、原作同様にその融合は解除される。
となれば、この人が喋れる時間は後わずかだ。
「白い手の男を、探してくれ」
残り少ない体力を絞るようにして、魔法使いが俺を覗き込んでくる。
年増の女性なのは声で察してたけど、飾り気のないくたびれた感じがする顔だ。
一度死んでいるからか。
「大事な物を……荷物ごと持ち逃げされてしまった。
あれはこの世界の希望なのです……。
頼んだぞ、新たな……アンチエージェン、ト」
それきり、魔法使いは動かなくなった。
元の死体に戻ったのだろう。
俺が手を離すと、彼女は草の上にうつ伏せで倒れ伏す。
「白い手の男……。
この世界の、希望?」
魔法使いの遺言を要約して復唱。
彼女の死体を見ると、頭を飾っていたアンジェロッドが消えている事に気付いた。
自身の胸を確認する。
「戻ってる」
正直薄気味悪い。
そりゃあ、実物よりはるかに巨大なイセエビやシオマネキが出て来た時点で、
この空間が常軌を脱しているのは明白だよ。
でも俺、ただの隠れ女装レイヤーですよね?
このアンジェロッドだって本来ならコスプレグッズであり、
オモチャに過ぎないんですけど。
俺は一縷の望みを託し、アンジェロッドを魔法使いの背中に突き立てる。
しかし何も起こらなかった。
「同じ物と融合できるのは一度だけ。
こんなとこまで原作再現かよ……」
ああ、誰か説明してくれ。
何か起こったのかを。
でもここはだだっ広い草原。
人っ子ひとりいやしない。
「いや、居るな」
俺はクルリと向きを変えた。
緑髪の女性が倒れていたのを思い出したからだ。
まだ起きていない。
胴回りを隠すに留まっている露出度の高い緑の服に、俺は軽い興奮を覚えた。
彼女に近寄り、その体をそっと揺さぶる。
「あのー……」
「ん……」
艷っぽい声と共に緑髪の女性が動いた。
俺はやや過剰に彼女から飛びのく。
彼女は両手を地面に突いて上半身を起こし、右手で目元をこすった。
「あなたは……?」
緑髪の女性の簡単な問いに俺は答えられなかった。
勿論俺は俺が何者なのかなんて知っている。
答えられなかった理由。
それは、曲がりなりにも1人の男として問答などしているどころではなくなったからだ。
見た目や雰囲気からして年齢は少なくとも17の俺より上。
そよ風に揺れるこの草原にも似た、胸元まで伸びている緑色の髪。
薄着からはみ出た豊満な肢体は、指を置いたらプニッと埋まってしまいそうだ。
そして丸く優しい顔立ちに、まるで宝石の翡翠のように透き通る綺麗な眼。
心臓が変だ。
顔を逸らすことさえ出来ない。
癒しと実りを詰め込んだ緑尽くしの素敵な女性に、俺は一目惚れしていた。
「あわっ!?」
言葉を失っていると、ジーッと俺を見ていた緑髪の女性が突然近寄って来る。
俺が思わず後ずさりしても尚彼女はグイグイと迫り、
遂には左右の二の腕をガッシリ掴まれた。
この後何をされるのか嫌でも『妄想』してしまい、鼻息が荒くなる。
「顔赤いわよ? 耳もこんなに……」
「へっ!?」
緑髪の女性は左手で自身の前髪をかき分け、俺とおでこ同士をくっ付けた。
長めのウィッグが邪魔だったのか、より密着させようとグリグリと動く。
傍目から見れば全然そんな訳ないのに、何だか凄くイケナイ事をしている気がする。
俺はギュッと強く目をつぶった。
恐る恐る鼻呼吸をすると、
ジャンプーや香水の人工的なものとは全く異なる『良い匂い』がした。
体臭なんて言葉からは程遠い、清潔かつ強く惹かれる匂いだ。
「お熱は無いみたいだけど……」
4、5秒ほどして、緑髪の女性は俺から離れた。
一気に脱力して草の上に尻餅をつく。
今まで生きて来た中で一番長く感じる5秒間だった。
「……ああっ!」
緑髪の女性が俺の右後方に目線を移し、声を上げて走り出した。
目で追うと彼女は魔法使いのそばにしゃがみ込み、
魔法使いの体に手を入れうつ伏せから仰向けに姿勢を変えさせた。
胸に耳を当て心音を確認している。
手際が良いようだけど、彼女は医学に明るいんだろうか。
「起きて!」
そして魔法使いの心臓に両手を重ね、心臓マッサージ……ではなく、
手から白い光か何かを放出している。
「魔法……?」
「お願い起きて! 返事をして!」
白い光は続いたが、緑髪の女性の願いは叶わず魔法使いからの返事も無い。
あまりにも突然だったし一度蘇ったから俺には実感が薄く、
見た目も綺麗だからすぐには分からないだろうけど、ただの屍だからな。
「どうして!? どこもケガしてないのに! どうしちゃったの!?」
緑髪の女性が叫ぶ。
彼女が気を失っている間に何が起こったのか説明するべきか。
俺も把握しきれてないんだけどね。
何せここがどこなのかさえ分かってないくらいだし。
黙って見ていると、緑髪の女性は白い光を止めた。
代わりに自身の眼前で両手を握り目をつぶる。
いわゆる黙祷ってやつかな。
人の死を悼むのはどこの世界でも同じか。
「あ……」
緑髪の女性が魔法使いから離れ、再度こっちに近寄って来る。
翡翠の両眼に囚われた俺は、ただ彼女の出方を伺うしかなかった。
「えっと……」
「あなた、ついさっきこの世界に来たの?」
「……はい」
「それじゃあ、色々と分からない事だらけで不安よね? 私はメツェン。
あなたの味方なのは約束するわ」
メツェン……メツェンさんか。
魔法使いとも話してたし凄く今更なんだけど、
日本どころか地球かどうかさえ怪しいこの世界でどうして会話が出来てるんだろう。
単に俺の夢の中なのか?
「あなたのお名前は?」
「あ?えっと、俺は……シツ。
シツって言います」
「シツ? じゃあシツちゃんね」
ちゃん付けなのは俺が女装コスプレをしているからだろう。
メイクを落とし衣装を脱ぎ去れってしまえば、シツくんと呼ばれるに違いない。
「……可愛い」
「えっ?」
「ふふ」
うろたえる俺が面白かったのか、メツェンさんは微笑んだ。
微笑んだんだけど、その弾みで目尻から涙がこぼれ落ちる。
魔法使いの死が悲しかったんだろうな。
(恐らく)俺を安心させる為に感情を隠そうとする彼女の健気さ、
そして涙をこらえきれないほどの慈愛の精神に心を打たれる。
護ってくれそう護ってもらいたい、でも護ってあげたい。
やや矛盾している2つの強い印象を、俺はメツェンさんに抱いた。
「よろしくね、シツちゃん」
「……あっ」
メツェンさんが差し出した手を、俺はつい反射的に払いのけてしまった。
ずっと引きこもりしててボディータッチに慣れてないせいだ。
どうしよう無茶苦茶気まずい。
とりあえず俺は腰を90度曲げた。
「ごめんなさいっ!」
「良いのよ。
シツちゃんだってラスティアンが怖かったでしょうから。
しばらく歩いたら私達の住む町があるから、まずはそこに行きましょう」
「はいぃ……」
絶対好感度ダウンだよな今の。
俺は気を沈めうつむきながらメツェンさんに続いた。
少し歩いた後彼女は振り返り、再度両手を握って魔法使いに黙祷。
俺も真似したが、彼女はすぐにまた歩き出した。
「ねえシツちゃん。
辛いとは思うけど、
私が気を失ってる間に何が起こったのか……出来たら聞かせてもらえる?」
俺の前を歩いていたメツェンさんが俺に足並みを揃え、文字通り隣にくっ付いて来た。
また心臓が変になる。
これが恋か。
「……良いですよ。
えっと、俺が気付いたら目の前にデカいイセエビが迫ってて……」
町へ行くまでの道中、これまで起こった事を一通りメツェンさんに話した。
俺には何から何まで衝撃的で非現実的だったけど、
彼女は全て疑わずに聞き入れてくれた。
日常とまでは言わずともこの世界では起こり得る事なのか。
魔法使いの遺言である白手の男については、彼女に心当たりはないらしい。
ただ『イセエビ』『シオマネキ』の固有名詞が通じなかった。
そして魔法使いを一時的に蘇らせた事について、
彼女は疑いこそしないものの大いに関心を持った。
俺にも良く分かってないのであまり答えられなかったのが残念です。
とりあえず、攻撃魔法や回復魔法はあっても蘇生は一般的でないんだそうで。
「シツちゃん、一度にあれこれ言われても覚えられないわよね?
だから大事な事だけを先に教えてあげる」
次にメツェンさんはこう言って、俺に最低限の説明をしてくれた。
まず、この世界において俺は
『
戦士と言うよりは勇者や英雄が近いか。
俺だけでなく、
別世界からこの世界に来た人間は全員この『アンチエージェント』なのだと言う。
次にさっきの巨大イセエビや巨大シオマネキ。
あれらは一纏めに『ラスティアン』と呼ばれていて、この世界のあちこちに居る怪物だ。
『ラスティアン』は稀ではあるが長距離を瞬時に移動するとの事で、
魔法使いが奇襲され命を落としたのもそのせい。
そしてここが肝心なんだが、魔法使いもそう言ってたように、
この『ラスティアン』にトドメをさせるのは、
現状『アンチエージェント』だけであるらしい。
そして『アンチエージェント』は『ラスティアン』の直接攻撃を防げると言う。
俺に突撃して来たイセエビが宙を舞っていたのもこれの影響だったのか。
普通の人が普通にやっても倒せないってのは分かった。
じゃあどうして魔法使いが単独でシオマネキを倒せたのか?
分からない。
アンジェロッドが関係してるんだろうけど、
進んで死人絡みの実験するのもどうかと思うしな。
あまりアテにしない方が良いだろう。
普通じゃ倒せない怪物『ラスティアン』にトドメを刺せる稀有な存在
『
それがこの世界における俺の立ち位置だ。
原作譲りのアンジェロッドもセットだし、
ネット小説に当てはめれば異世界転生チートものって感じだね。
俺みたいな女装レイヤーが主人公なんてのは滅多にないだろうけど。
「所でメツェンさん」
「なあに?シツちゃん」
町に着いたとメツェンさんは言うけれど、俺にはここが『町』には見えない。
良くて『村』だし、村にも満たない『集落』が良いとこだろう。
木や植物でどうにか間に合わせた感じの、
みすぼらしい建物ばかりがいくつも立ち並んでいるのだ。
もしこれが童話の世界なら、オオカミの吐息で一軒残らず吹き飛ばされている事だろう。
「町って、ここの事ですよね?」
「そうよ。
イサファガへようこそ、シツちゃん。
アンチエージェントとしてだけでなく、旅人としても歓迎するわ」
「はあ……」
歓迎って言われても、外観がこんなんじゃ大して期待出来ないよ。
「女王の城があって、そこに挨拶しに行くんですよね? 城ってどれですか?」
ここまで来る途中に、そうメツェンさんから聞いている。
俺はRPGの城下町及び大きな城を期待してたんだけど、
そんな物はどこにも見当たらない。
二階建ての建物すら俺は見つけられずにいた。
「着いて来て」
「はい」
メツェンさんが早歩きで貧相な町を突き進む。
俺は必死に彼女の緑髪を追った。
途中、町中でマンホールをより大きくしたような蓋らしき物を発見するも、
メツェンさんに置いてかれそうなのでスルー。
なんだろあれ。
「着いたわ。
ここが女王スカルベルちゃんの城よ」
「城……ですか?これ」
確かに他の建物よりかは大きいし、動物の骨やら木のアートやらで飾られてはいる。
だがお世辞にも俺は、これを城とは呼べない。
失礼に当たりそうだから口には出さないけど『集落における長の家』が妥当だろう。
「スカルベルちゃん、居るー?」
随分気さくなメツェンさんに続き、俺は出入り口のカーテンをくぐった。
スカルベルちゃんって誰だ?いくら異世界だからって、
自国の女王を軽々しく呼んだりはしないよな。
多分。
「おわ!」
思わず大声を上げてしまった。
入ってすぐの前方に椅子があり、そこに誰かが足を組んで座っている。
そっちは今は良い。
その左隣を見て俺は不意を突かれ驚いたのである。
全体が銀ピカの金属で出来た物々しい鎧が突っ立っている。
あんな感じの鎧を、確かプレートアーマーとかフルメイルって言うんだったか。
装飾品にしてもそんな所に置かなくたって良いでしょうに。
「メツェンよ、その者は誰じゃ? ディーベラが変化でもしておるのか?」
椅子に座る人物の紅い眼が俺に向けられた。
メツェンさんより年上っぽい強気な声と明るい金髪、
見事なまでの細ボインっぷりからして女性なのは間違いない。
髪は長く、背中で1つに纏められているようだ。
服はメツェンさんより装飾が多く豪華で肌を露出していて、特に胸の谷間が目を引く。
谷間と言うか胸自体が爆乳レベルで大きい。
この人が女王スカルベルちゃんなのか。
一応王冠らしき物を頭に乗せてはいるけれど。
てかメツェンさん返事遅いな。
「……違うの。
この子は新しいAAのシツちゃんよ」
「ほう。
ではディーベラの護衛でここに来たのじゃな」
「……スカルベルちゃん」
メツェンさんを無視して女王が椅子から立ち上がった。
背筋がピンと伸びた美しいフォームで歩き俺の目の前へ。
そして俺のアゴに右手をかけ、女王自身の方へクイっと引き寄せた。
炎のように紅い彼女の瞳に俺が映っている。
「……何ですか?」
「ふむ、体こそ貧相ながら中々の器量良しじゃな。
適当に見繕ってやるゆえ、男の好みを申してみよ。
知っての通りここイサファガはしけておるが、他所よりも平和なのは取り柄じゃ。
子を産み育てる分には悪くないぞ?」
女王がやたら口角を上げ、目を細めてニヤリと笑った。
「器量良しって……俺男なんですよ。
こう見えても」
女装を褒められるのは嬉しいけど男を紹介されても困るので訂正。
すると女王が真顔に戻った。
「何と申した?」
「俺は男です」
女王は無言で俺の股間にポンポンと触れる。
スカート越しではあったがそこまでするか。
俺は「ちょっ」と漏らしつつ女王から身を引く。
女王は股間を触った自身の手を眺めている……が。
「男のAAじゃとぉー!?」
聞いた者が顔を歪めるほどの絶叫が、狭く貧相な城内にこだました。
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