異世界で原作再現〜俺、ただの隠れ女装レイヤーですよね?〜

山盛

第1話『5年ぶり』

 俺は今『5年ぶり』に自宅の玄関に立っている。

 意を決し、震える右手をドアノブへと伸ばした。

 が、途中で止まってしまい触れる事さえ叶わない。


 俺がこんな感じでかれこれ10分以上立ち往生しているのは、

このドアを開けてすぐ目に入る大きな『アレ』が怖いと言うわけでは断じてない。

 俺の現在の服装は傍目から見て明らかに常軌を逸脱しているんだけど、

無論そのせいでもない 。

(むしろこのコスチュームは俺に仮の姿を与えてくれている)


「はあ……。

 俺がこんな調子だと、母さんが自分の事に集中出来ないってのに」


 俺はガックリと肩を落とし、軽く握っていた左手を開く。

 中には綺麗に四つ折りされている五千円札。

 急ぎの父さんが家を出る直前に置いてった、十分過ぎる額の夕食代だ。

 出前などはせず外に買いに行けと念を押されている。

 何でだよ、いやなんとなく分かってるけど。


 途中でポーズをかけたまま放置しているゲームの続きをやってしまいたい……のは、

正直ちょっとある。

 原作同様、

死んだ仲間クリードゥリックアクセサリーアンジェロッドに融合させて『武器』にする熱いシーンだからね。

 直後に来る敵の攻撃をそれぞれ左右に飛んで避けるのがまたカッコいい。


 ……と二次元世界に逃げていた所、

ピーポーピーポーと救急車のサイレンが聞こえてきた。


「はは……5年経っても怖いもんは怖いんだな」


 これは幻聴。

 イジメを苦に引きこもって以来、俺はメンタルが弱る度にこの幻聴を耳にしている。

 大して困らないし変な病気扱いとかされたくないから、両親には黙っているのだ。

 外に出ようとするとどうしても思い出しちゃうんだろうな、

俺の短くも悲しい中学生ライフを。


 ただ、多岐に渡るイジメのうちある一件がきっかけで、

今も俺は好きこのんでこんな格好をしてる訳。

 決して感謝なんかにはならないけど、まあ人生って不思議だと思う。

 何がどう転ぶか分かんない。


『ググウウウ』


 胃袋が鳴る。

 いつもならとっくに、母さんが部屋に持ってきてくれた夕食を食べ終わってる頃だ。

 だがそれも昨日で終わり。

 今日からは俺が自分で食事を用意しなきゃならない。


「母さん……」


 天井を見上げ、病院のベッドの上に横たわっているであろう母さんを思い浮かべる。

 母さんは死の病、ガンに侵されているのだ。

 俺が外界に対して感じる恐怖なんか、

母さんが今味わっている死の恐怖に比べれば屁でもない筈。


 それに、いつまでも引きこもってなんか居られないっては分かりきってたろ。

 それが今日になっただけだ。

 むしろこれは、母さんが身を呈してまで俺を動かそうとしてくれてるんだろう。

 不謹慎かもだけどそういう事にさせて下さい。

 俺に勇気を下さい。


「……よし!」


 俺は左手の五千円札を握り締め、右手でドアノブを握った。

 金属に触れ、右手が汗ばんでいた事に初めて気付く。

 サイレンの幻聴がやかましくなってきた。


 やるしかない。

 胸一杯に息を吸う。

 目をギュッとつぶった。


「うわぁーーーーーーーっ!」


 恐怖を振り払うべく絶叫。

 ぶち破るつもりでドアを押し開け、目をつぶったまま外界に飛び出した。

 ペンダント付属のアクセサリーが跳ね、胸をトントンと叩いている。


『ドンッ』


 強烈な衝撃。

 俺は横殴りに吹き飛ばされ、路上に仰向けで投げ出された。

 すっかり暗く染まっている夜空に、存在感のある綺麗な満月が浮かんでいる。

 痛みすら吹き飛んでしまったようだ。

 意識はあるが指一本動かせない。


 なんてこった。

 恐怖を克服しようとやけっぱちになった結果、交通事故に遭ってしまうなんて。


『ピィーーーーーポォーーーーー』


 もう救急車が来た。

 早いな。

 いや、救急車そのものに轢かれたのか?

 ひょっとしてこのサイレン実物?


「何で急に……」

「女性か!?」

「はい、中高生くらいです!」


 中高生は当たってるけど、こう見えても男性です。


「○○%!」

「☆☆☆÷!」


 ああ、もう会話が聞き取れない。

 とりあえず担ぎ上げられてるみたいだ。

 俺、小さくて軽いから運びやすいだろうな。


 俺の首が傾いて視界が動いた時、5年前までは毎日拝んでいた『アレ』が視界に入った。

 30年以上続いている有名なロボットアニメの初代主人公ロボット。

 その等身大立像……だったのが、なんか別のロボットに変わっている。


 ツノ、が、生えてる、ね。

 いつの……間に……。

 あっ。

 意識が。

 薄くなってく。


「……はっ!?」


 意識が戻った。

 全身の力を失い倒れていたはずの俺は今、何故か全く異なる場所に立っている。

 まさかとは思うけど、ネット発の小説で良くある『異世界転生』ってやつ?

 それとも単にあの世?


 まず、轢かれた時夜だったのがここは日中だ。

 どこまでも広がる草原には、都会の面影どころが人工物すら見当たらない。

 そよ風に揺れる草がニーソ越しにスネをくすぐってくる。


 そして。


『ドドドドドドドド』


 鮮やかな赤色で4トントラックばりの巨大な『何か』が、

草や土を散らすほどの勢いで俺に迫って来ていた。

 脚や棒のような物をいくつも備えた生物的な外観。

 しかし生物にしてはデカ過ぎる。

 俺は本能的に後ずさりをした。


「おわっ!」


 背後にあった何かにつまづき、それの上に座り込んでしまう。

 手をついたんだけど何故だか柔らかい。

 だがそんな事を気にしているヒマもなく、目の前の『何か』は俺への猛進を続ける。

 これまた本能的に両手をクロスさせ、防御の姿勢を取った。


 目をつぶって備える。

 ……何に?

 また死ぬの?俺。


『ガギィン』


 対戦ゲームのジャストガード音を思わせる、高く硬い音が鳴った。

 死なずに済んだどころかちょっとの衝撃も来なかったんですけど。


 恐る恐る薄眼を開けると、そこに『何か』の姿は無い。

 あるのは大きな影。

 影の主を追って空を見上げると……。


「イセエビぃ!?」


 はるか上空に浮かぶそれはまごう事なきイセエビ。

 俺は食べた事ないけど、おめでたい時に食卓に上がったりする日本の高級食材だ。

 さっきの『何か』の正体は巨大イセエビだったのか。

 いやいや何でやねん。


「異世界じゃなくて伊勢界!?」


 俺がツッコミを入れている間に、巨大イセエビは上昇を終えて落下してくる。

 避ける必要はなさそうだ。


「君!」


 後方から凛々しい女性の声がした。

 振り向くと、ツバの広い黒の帽子とゆとりのある黒いローブを着た、

いかにもRPGの魔法使い風なピンク髪の女性が立っている。


「そのままそこに居なさい!

 私があいつを倒す!」

「へ?」


『ドォォォン』


 魔法使いに気を取られているうちに、巨大イセエビが地面と衝突した。

 少なくとも数メートル以上は離れてるだろうに、その振動が俺にも伝わってくる。

 イセエビの方に向き直ると、奴は体勢を立て直すなりまた俺を狙って動き出した。


「わぁ!」

「逃げない!」


 立ち上がって走り去ろうとした俺は、魔法使いの一喝でビクッと硬直する。

 その間にも巨大イセエビは突進の速度を上げていく。


「はあっ!」


 何やら気合の入った声。

 直後、強烈な突風が俺の脇を通過していった。

 吹き飛ばされるかと思い身を丸める。


『ザクッ』


 硬い食材を包丁で切ったみたいな爽快感のある音を立て、

巨大イセエビはなんと中央から横真っ二つになってしまった。

 断面から白い半透明の肉が見えている。

 それでも突進の勢いは止まらない。


「あわわっ」


 うろたえる俺。

 巨大イセエビは俺の目と鼻の先でパカっと割れてようやく沈黙した。

 美味そう……には見えない。

 

 ていうか今何したんだ?

 見た目が魔法使いっぽいからってホントに魔法を使ったとでも?


「まだだ!内部の、ぐ……内部の白い塊を破壊しなさい!」


 無理矢理絞り出した感じの苦しそうな声だ。


「……しろ!?」

「そう!真っ白の塊!どこかにあります!」


 いや、色の話じゃなくてですね。

 今俺に破壊『しろ』って言いました?


「君にしか出来ないんです!」

「んな事言われたって……」

「再生している!早く!」


 どうやら魔法使いの言う通りだ。

 綺麗なふたつ割になっている巨大イセエビのそれぞれから肉の棒が伸び、

 互いを繫ぎ合わせようと揺らめいている。


「これか……?」


 そして俺が注目したふたつ割の内左側手前には、くだんの白い塊とやらが露出している。

 やや歪んだ球形で、大きさはざっと子供の頭くらいだろうか。


「急げ!白い塊を殴りなさい!」

「殴る?」

「蹴りでも良い!」


 少なくともこの巨大イセエビは敵で、あの魔法使いは味方っぽい。

 ここは従っておこう。

 俺はサッカーでもする気分で、白い塊を蹴りつけた。


「あっ」


 巨大イセエビは見る見るうちに白いチリとなり、サラサラとそよ風に流されていく。

 後には何も残っていない。

 図体がデカい割にはあっけない最期だった。

 魔法使いさん黙っちゃってるけど、倒したって事で良いんだろうか。


「あの、これで良いんで……」


 振り返るなり、俺は言葉を失った。

 さっきの巨大イセエビより一回りは大きなカニ、

それも貧相なもう片方と対照的に片方のハサミだけが異様な大きさで、

さながら工事現場のショベルカーを思わせる大迫力のカニがそこに居たから。

 大きさを度外視すれば、砂浜なんかに居るシオマネキって名前のカニで間違いない。


 こんな巨大な怪物が急に現れただけでも驚きだけど、それだけじゃなかった。


「ガフッ」


 なんと、小さなもう片方に比べて異様に大きいそのハサミの先端に、

黒ずくめピンク髪の魔法使いが腹を貫かれぶっ刺さっている。

 そこから血が止めどなく流れ出し、数メートル下の草原へボタボタと落ちていく。


 あれじゃあまず助からないだろう。

 まだ名前も知らないのに、永遠のお別れとなってしまった。


「……え?」


 その巨大シオマネキは大きなハサミを高く掲げ、俺めがけて振り下ろした。

 先端に刺さっている魔法使いが飛んで来る。

 物理的衝撃への恐怖と死体への嫌悪感から、

俺は避けようともせずその場で立ちすくんでしまった。


「ひぃっ!」


 俺と死体が触れ合う瞬間、そこに強烈な閃光が生まれた。

 とても目を開けていられないくらい強い閃光。

 それは1、2秒ほどで消える。


「……あれっ!?」


 次に俺が見たのは、

ついさっき巨大シオマネキに貫かれ殺されたはずの魔法使いが、

何事も無かったかのように普通に自分の足で立っている姿だった。

傷どころか血痕ひとつ見当たらない。


「君、私に何をした?」

「いや、こっちが聞きたいんですけど……」


 あ。

 これってもしかして。

 いやそんなわけが。

 でも。


「来るぞ!」


 魔法使いが叫ぶ。

 我に返って見上げると、シオマネキの大きなハサミが再度掲げられ俺達を狙っていた。

 もっとも大振りな攻撃なので余裕はあり、

俺と魔法使いはそれぞれ左右に飛んでハサミを回避する。

 その弾みで魔法使いの帽子がポロっと取れ、草の上に落ちた。


「あ……」


 今の、俺が家を出る前にやってたゲームのムービーと似てないか?

 まさかと思いつつ自身の胸元を確認すると、

 ペンダントに付いているはずのアクセサリーアンジェロッドが消えていた。

 そして、帽子が取れた魔法使いのピンク髪のてっぺんにアクセサリーアンジェロッドがピンと立っている。

 まるで通信機器のアンテナみたいなその絵面も、ゲームのムービーと一致している。


「……原作、再現?」


 原作よろしく、

死んだ仲間魔法使いアクセサリーアンジェロッドに融合させて『武器』にする熱いシーン……なのか!?

 何がどうなってんだよ、誰か説明してくれよ。


「……でもまずは、目の前の脅威を取り除かないと!」

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