エピソード7 狂った世界から逃げ出して
食事を楽しんでいたラポ姉妹と青年だったが、ダウメが難しい顔をしているのが、全員気になっていた。
「お母さん。どうしたの?…お母さんってば!」
「…えっ?何?」
「お箸、止まってるよ」
「あっ…ああっ!ごめんなさい。私ったら…」
ルーの再三の呼び掛けにようやく反応した彼女は、慌てて食事を再開した。
「ママ、さっきからどうしたの?薬の調合は上手く行って、今はこいつも元気なのよ?」
ラポの指摘に青年はこくこくと頷いた。
「え、えぇ。そうね。良かったわ」
三人は、頭からクエスチョンマークが離れなかった。
青年としては当たり前だが、二人の姉妹も、母の困惑した表情は初めて見た気がした。
いや、本当は二人の知らないところで、悩みなどがあったかもしれない。しかし、彼女はそんな部分を人前、それも娘たちの前で見せたことは無い。だからこそ余計に二人は気になった。
薬草を取りに行っているときには、いつもと変わらない笑顔のはずだった。
その作業を終えて、20分ほどで戻ってきたというのに、この表情の変化は何なのだろう?
ラポはスプーンでスープをすすりながら、母の目を注視していた。
「ママ、私達に何か隠してるでしょ?」
小さな取っ手がついたカップを両手に持って、スープを飲んでいたダウメは、目を見開いて手を止めた。顔が隠れるか否かの微妙な角度だった。
彼女は何も話さない。ごまかすこともなく、まるで時間を止めたかのように、じっとしていた。
青年は居心地の悪さを感じていた。二人は喧嘩をしているわけではないのだろうというのは、安易に想像が出来た。ラポはただ理由を知りたいだけなのだ。
ダウメはため息をついてカップをテーブルに音を立てないように置いた。
「やっぱり…分かっちゃうのね…」
ラポはしてやったりという得意顔だが、青年とルーはいまだに首をひねっていた。
「三人とも、よく聞いてちょうだい。…今日は絶対に、外に出ないで」
「…えっ?」
「…えっ?」
「…えっ?」青年はおろか、二人の姉妹も驚きの声を上げた。
こんな風に声が重なった場合、いつもの母なら『打合せでもしていたの?』と苦笑するはずだった。しかし、彼女の表情は変わらず、険しいままだった。
「どういう事なの?ママ。これからこいつに、この国を案内してやろうと思ったのに」
ラポは不満を言った。ルーも同じことを言いたかったのか、うんうんと頷いた。
「ごめんなさい。でもこれはあなた達を守るためなの」
「何、それ。意味分かんない」
ダウメの言葉に対し、ラポは両手を頭の後ろで組み、足をぶらつかせた。
「お姉ちゃん、お行儀悪いよ」妹から指摘されても、彼女は鼻を鳴らすだけだった。
「ラポ、お願い。今回ばかりは、私の言う事を聞いてちょうだい。それがあなた達のためなのよ!」
ダウメは段々と涙目になりながら、まるで懇願するかのように叫んだ。
ルーは母の顔をまじまじと見た。ここまで必死な母を、彼女は見たことは無かった。理由を話したくても話せないのか、彼女には分からなかった。
それはラポも同じだった。
「だから、理由を教えて?頭ごなしに禁止されたんじゃ、納得できないのよ」
「そ、それは…!」
ダウメが何か話そうとした時、タイミング悪くドアベルが鳴った。
「…タイミング悪すぎ」ラポは舌打ちをして、顔をしかめた。
「私が出るよ。お客様だったら断って帰ってもらうね」ルーがひらりと椅子から降りて、玄関へとスキップしていった。
しかし、「ごめんなさーい。今、大事なお話の途中だから…」と彼女が扉を開けるのとダウメが「開けないで!」と叫んだのは、ほぼ同時だった。
何語か分からない呪文のようなものが聞こえたかと思うと、青年の目の前は真っ白になった。やがて遅れてやってきたのは、骨が溶けるような猛烈な熱さと、何かの衝撃によって生じた凄まじい痛みだった。
「うああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
痛みに耐えることが出来ずに、その場をのたうち回る青年。ついさっきまで自分が座っていた椅子や料理が並べられていたテーブルは、攻撃でもはや炭と化していた。
「…ラポちゃん?…ルーちゃん?…ダウメさん…?」
気が付くと、三人の姿は、どこにもなかった。
痛みに耐えながら何とか立ち上がり、歩き出そうとするも、すぐに膝が折れてしまった。
前方から「行け、行け、行け!」の声と共に、何十人もの足音が聞こえてくる。
「おい、まだ生き残りがいたぞ!」ガスマスクのようなものを付けた男の妖精が、銃を構えながら言った。
青年はすぐさま取り囲まれ、身動きが取れなくなった。
「動くな!そのまま両手を上げろ!」銃を構えたグループのリーダーらしき男に、青年はそう言われ、片腕を上げた。
「聞こえないのか?両手を上げろと言ったんだ」
「…腹に痛みがあって…片腕しか…上げられないんです」
「そうか…。ならば、上げれるようにしてやる」男はそう言って、背年の腹部を膝で蹴り落した。
「ぐっ!」青年は仰向けに倒れて気を失った。
「どうだ?上げられただろう。この国に、貴様ら『バグ』は…必要ない」
男の声が青年に届くことは無かった。
※※※
青年は周囲からの歓声で目が覚めた。足が宙に浮いているように感じ、それは確信に変わった。彼は両手首を縛られ、木に吊るされていた。しかもそれは、ラポたちが青年と出会ったあの大木だった。青年の両隣にはラポ、ルー、ダウメもいた。
何かをしゃべろうにも、三人とも口をふさがれていてどうしようもなかった。
根元の部分では観客が集まり、青年たちを捕らえたグループのリーダーが演説をしていた。赤の短髪でがたいが良く、鼻に大きな傷のある男だった。
「…このようにして我々は、聖なる母イシューから、この大地を賜り、日々暮らしてきた。だが、数百年の時が流れた今、この国は汚れ、廃れ行くのみとなった。その原因は分かり切っている。…忌々しい『バグ』が現れたからだ!」
観衆がどよめいた。
「だが、恐れることは無い…。今日この日、この神聖の地で、生贄を捧げる儀式が行われる。諸君らは目撃することになるのだ!歴史的かつ平穏が訪れる瞬間を!
…今こそ女神の名のもとに生贄を捧げる!」
歓声や指笛が鳴り響いた。
口の拘束が外され、青年はようやく深呼吸が出来た。ルーは烈火のごとく怒った。
「シュタール!あなた、こんな事していいと思ってるの!?ここまで育ててもらった恩を忘れたわけじゃないでしょうね!?」
それでもシュタールと呼ばれた男は、見向きもせず、群衆に向かって叫んだ。
「聖なる剣を我らに!」
「バグに死罪を!」と群衆が叫んだ。
「ふざっけんなああああああっ!」と大声が響いたと思うと、空が黒くなった。
紫色の稲光が木に落ちて、丁度縛られていた縄を引きちぎった。
「逃げるよ!あなたはお姉ちゃんをお願い!」
ルーはダウメをおぶって、先に逃げ出した。青年はラポをおぶると後を追った。
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