エピソード2 青年と謎の強襲者たち
「記憶が…無い?」ラポは使っていた箸を、思わず落としそうになった。
「本当なの?お兄さん」ルーも真剣な目で聞いてきた。
「うん…。信じてもらえないかもしれないけれど、本当なんだ。
あの木にいたのも、記憶の手掛かりがないか探していた途中で休んでいただけなんだ。自分が誰かも分からないし、ここがどこだかも分からなくて…」
ダウメは青年の話を頷きながら聞いていた。そして途中から彼の頭に手をかざして、続きを促した。
「…嘘はついていないわね…。申し訳ないけれど、私達はあなたとは初対面だから、記憶を思い出させることは出来ないわ」
「お母さんでも駄目なの?」ルーが珍しそうに声を出した。
「記憶に関する魔法は、まだ使うことが出来ないのよ。もし、無暗に使ってしまえば、その人にどんな影響があるか分からないしね」ダウメは淡々と説明した。
「でも、ここがどこかは教えてあげられるわよ。他言無用ってわけじゃないし」
ラポが青年を見て言った。
「ここは一体どこなんだ?」
「ここは、フェアリル・ランド。私達は、ここに住む妖精なの」
「妖精…?君達が…?」青年は目を丸くした。自分よりも身長が小さい彼女達が妖精だとは、すぐには信じられなかった。
「そんなに疑うような目で見ないでよ…」
ルーがぷっくりと頬を膨らませて言った。
「いや、信じていないわけじゃなくて、実感がわかないというか…」
「仕方ないわよ、ルー。こいつと私達は種族が違うもの。
なら、これで信じてもらえるかしら?」
ラポは自分のステッキをテーブルに置くと、力を込めて握りしめた。
するとどうだろう。弱い光に包まれたそれは、みるみる姿を変え、黒い鞘に納まった一振りの日本刀となったのだ。
青年はラポの話を聞いて、先ほどの事を思い出していた。刀を突きつけられた時、柄は完全に日本刀の物だった。仕込みステッキなどではない。あの時ルーが叫んでいた言葉…。
『無暗に魔法を使っちゃ、ダメだってお母さんと約束したでしょ!?』
(あれはこういう事だったのか…)青年は言葉の意味がようやく分かってほっとした。
「よし、杖が変身できる魔法は信じてもらえたね。じゃあ次は、実践的な魔法を外で見てみようか。お姉ちゃん、行こ?」
ルーはそう言って姉を立たせた。
「ちょっと、私は…!」ラポは何故か外へ出るのをためらっていた。
「大丈夫、大丈夫。何かあれば、私が守ってあげるから」
ルーは自分の胸をポンと叩いて自信満々だった。
「そうよ、ラポ。貴女はもっと外へ出て、色んなものを見るべきだわ。辛い事は忘れてはならない、でも、いつまでも引きずってちゃ、ダメよ?何かあれば、私もいるし、ね?」
ダウメは彼女の手を握り、優しく言った。
「分かったわよ…。あんた、ついてきなさい」
ラポは、ルーに付き添われるように裏口に向かい、青年もあとに続いた。ルーがドアをゆっくり開け、誰もいないことを確認すると、姉と青年を外へ連れ出した。
青年は疑問に思った。何故、ラポは外へ出たがらないのか?何故、朝早い時間から、森の中にいたのか?人間を嫌っている理由は何なのか?頭の中は疑問でいっぱいだった。
※※※
裏口から広場へ出た三人は、ルーを先頭に家から数十メートル離れていた。
「ここぐらいで良いかな?」
ルーは足を止めて、辺りをきょろきょろと見渡すと頷いた。
そして、二人のもとに振り返ってこう言った。
「今から、実践的な魔法を見てもらいます。これで、お兄さんも私達が妖精だって、信じてくれるよね?」
「妖精というよりは、魔法使いなんじゃ…」
青年が言うとルーは「細かい事は良いの~!」と両眼を比例・反比例の形にして、両手の拳を挙げて抗議した。ピンクのツインテールの頭から、漫画のように煙が出ている。
「だって…ねぇ?」と青年はラポに同意を求めたが、彼女はずっと俯いたままで、こちらを見ようとはしない、だが、信用はされているのだろうと青年は感じた。
その証拠は、彼の右手が彼女に繋がれたままになっているからだ。
「もう!お姉ちゃんばっかりずるい!私も引っ付きたーい!」
そう言ってルーが青年に飛びつこうとしたその時だった。
ベシャッ!と何か鈍い音がした。
「…えっ?」
ルーが振り返ると、彼女の背中は泥で汚れていた。
それを合図のようにしてどこからともなく、大量の泥団子がルーに向かって投げられた。
「ルー!」
「ルーちゃん!」
青年とラポはほぼ同時に叫んだ。ラポが前に素早く出て、「風壁ふうへき!」と叫んで手を草に叩き付けると、強風が吹いて泥団子が途中で形を崩した。
青年は二人の前に立って、両手を広げながら、鋭い目つきで周りを見回した。どこかに不審人物がいないかを懸命に探した。それはまるでSPのようだった。
だが、怪しい人物はどこにも見当たらなかった。森のなかは異様に静かで、ただ風が強く吹いているだけだった。ラポはしゃがんでいる態勢を元に戻し、汚れを払ったが、泥までは落ちなかった。
「ここにいたら、危ない。一度家に戻ろう」
警戒を解いた青年の提案に、二人はゆっくりとうなずいた。
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