エピソード1 初めまして 人間です

ラポとルーが散歩をしていた森のすぐ近くに、木造の一軒家ある。


「ただいま!」


ラポは声を荒げると、靴を乱暴に脱いで、そのままソファーにどっかりと座って頬杖をついた。


「あら、どうしたの?随分と早いわね」


母親らしき髪の長い女性が、調理をしながら言った。


「うん…」


ラポがこんな風に返事をする時は相談事があったり、悩みを抱えていたりする証拠だ。

女性は調理の手を止めて、彼女の隣に腰かけた。ゴシック調のスカートがふんわりと舞った。


「どうしたの?お友達と喧嘩でもした?」


ラポは首を横に振った。


「じゃあ、ルーと何かあったとか?」その問いかけにも彼女は首を横に振った。


「じゃあ、どうしたの?」


その質問に彼女はすぐに答えなかった。30秒ほど沈黙が続いた後、ラポが切り出した。


「今日…人間に会ったの」


「あら、人間に?凄いじゃない。お友達になれた?」


「友達?馬鹿なこと言わないで!ママだって知ってるでしょう?

私がそいつらのせいで、どんな目にあってきたか!」


ラポは強く言った。嫌な記憶が鮮明に蘇った。


…普段は怒っている男と女が、その日は妙に優しかった。二人に連れていかれた山奥…。男は薄ら笑いを浮かべ、崖に彼女を連れていき、そこから…。


真っ青になったラポを、柔らかなものが包み込んだ。顔を上げると、『母』が微笑んで背中を優しく叩いていた。彼女は母の胸に顔をうずめてしばらく泣いた。


「…落ち着いた?」女性が聞くと、ラポは頷いた。


「その人間は怖かった?」


「ううん、ここがどこだか分かっていないみたいだった…」


「服装は?」


「スーツっていう服と水色のネクタイしてた。あと、眼鏡かけてた」


「そう…。もし、こっちに来たら、一緒に謝りましょうね?」


「うん…」彼女がうなずいたと同時に「ただいま~!」と明るい声がした。

「あらルー、お帰りなさい。遅かったわね」


「ごめんなさい。新しいお友達ができて話し込んでたら、遅くなっちゃった」


えへへっ!といたずらっ子のように舌を出すルーに、女性は感心したように息をついた。


本当は青年とともに、ずいぶん前に自宅前にいたのだが、二人の話が終わるまで、空気を読んで待っていたのだ。


「誰とでもすぐに友達になれる…ルーのいい所ね」女性はルーを褒めた。


「ありがとう、お母さん。それでね、そのお友達を連れて来ているんだけど、家に入れても良いよね?」


「えぇ、大歓迎よ。上がってもらいなさい」


「はーい!おーい、上がってきて良いよー!」ルーが玄関に向かって呼び掛けると、上がってきたのはさっきの青年だった。


「あ、あんた…」ラポはばつが悪そうな顔をした。


「や、やぁ…」青年は苦笑いしていた。


「まぁまぁ、よく来てくれたわね。立ち話も何だし、座って座って」


女性は青年が現れると手を合わせて喜び、子供のように言った。


「ありがとうございます…」青年は気恥ずかしそうに頭を下げた。


「さぁさぁ、あなた達、お客様が来たらどうするんだったかしら?」


女性は二人の少女に問いかけた。

「笑顔でおもてなし!」ルーは元気よく、ラポは少し沈んだ声で言った。


「正解!じゃあ二人とも、手伝って!」


女性が手を二回叩くと、少女たちは手伝いを始めた。


ラポが料理の味見をすれば、ルーがお皿を青年の分も併せて、人数分出していく。


「通るわよぉ。どいて、どいて」ラポが大きな鍋を持ってルーに呼び掛ける。


「了解でぇす!」ビシッと敬礼してルーが言った。


「さぁ、あなたはここに座って」女性がもう一つ椅子を出した。


「ありがとうございます」と青年が言って座った。


「ママ、こっちは準備万端よ」


ラポが呼び掛けた。ルーはちゃっかりと自分の席に座っている。


「はいはい、今行くわ」女性は自分の席に腰かけると、息を吐いた。


「それでは、ルーの新しいお友達ができたことを祝って、乾杯しましょうか」


「乾杯!」三人はジュースの入ったグラスを掲げたが、青年は困惑したような顔をしており、遅れて乾杯に加わった。                  

                    ※※※

細やかだが、宴が始まった。出されたのは猪のスライス肉に、キノコを入れたスープとご飯だった。


「まずは自己紹介させてね。私はダウメ。この子たちの母親代わりよ。二人もだけど、私とも仲良くしてね」

「私はルー。よろしくね」


「私はラポよ…。血は繋がっていないけど、ルーの姉よ。その…さっきは…ごめん」

ラポは机に頭が付きそうなほど下げた。


「いやいや、良いよ!知らなかった俺も悪かったし…」


「どういう事?」ダウメが聞いてきたので、ルーは事情を説明した。刃傷沙汰の事も含めて、全て話した。

それを聞いたダウメは保護者としても彼に謝ったが、青年は大丈夫だと言った。


「そういえばさぁ…」料理を食べながら、ルーが青年に質問をする。


「お兄さん、名前ってないの?」


「えっ?」


「さっきはバタバタしちゃって、ちゃんとお名前聞いて無かったから…」


「あ、あぁ…それは…」青年は言いづらそうに言った。


「僕…記憶が無いんです…」

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