青空の背中

遠藤幸次

 去年の三月、小学生時代から仲の良かった友人が突然死んだ。理由は悪性リンパ腫であるらしいと、他の同級生から聞いた。


 同い年だった。成人式で数年ぶりの再会を果たしてから

 わずか二か月後のことだった。

「今日は中学の部活で飲みがあるからいけないけど、また今度な!」

 一月の九日、式のあと、会場だった横浜アリーナの出口付近で別れ際にそう言葉を交わした。医療の知識があるわけではない、それでも疑問に思う。『この病気はほんとうにたった二か月で健康体の彼の命を奪ってしまったのか』

 私と話をしていた時すでに、彼は自分の寿命というものを知っていたのだろうか。


 いつかまた会える、いってもほとんど幼馴染のようなものだ、連絡先だって住所だって知ってるんだから音信不通になることはないか。


 でもそのいつかは、二度と来なかった。


 彼と知り合ったのは小学四年生の夏、クラスが同じ、四年一組ということからだった。彼の家には息子は彼一人、私はと言えば当時中学校にあがったばかりの兄貴が一人いた。それまでの夏休みはたいてい、仕事のある父を除いた家族全員で母方の実家のある愛知県にほとんど一か月近く帰省するのが恒例となっていた。しかし今年から年が三つ上の兄の部活動が始まったということもあり、帰省の期間はわずか一週間ほど、もちろんその間は父親が兄の面倒を見るわけだが、どうにも母さんはそれが信用ならないらしかった。

 帰省は終わっても夏休みはまだ2週間と少しばかり残っている、暇な小学生がやることといえば、私たちの年代ではゲームが相場だった。当時大流行していた『任天堂DS』に『Wii』、特にこの二大巨塔は鉄板中の鉄板だ。

 なぜ彼と私が遊ぶようになったのか、出会うきっかけとなった具体的なできごとは記憶の空へと消えてしまったが、思うに、単純に二人ともただただ暇を持て余していただけなのだろう。そもそも小学生が個人で起こせる行動範囲はたかが知れている。


 どういうわけか、それまでほとんど話したことすらなかった私たち二人はたったひと夏、それも学校が始まるまでの数週間で数年来の親友と呼べるまでに仲を深めた。一時期は彼からの『遊びの誘い』電話なるものがモーニングコール代わりを務めていたほどである。そして遊ぶときとなればもっぱら『ゲーム』。持っていたゲームキューブも二人の間では未だ根強い人気があり、なかでも『大乱闘スマッシュブラザーズDX』は群を抜いてハマっていた。


 実は彼と遊んだのは思い返してもほとんどこの数週間だけなのだ。

 小学五年生に上がり、中学受験の準備をはじめた僕の交友関係が変わっていったというのもある。結局受験に失敗して、彼と同じ中学に進学したわけだが。


 中学に上がったら上がったで、今度は部活動が違った。

 私が受験勉強に追われている間にハンドボールを始めていたらしい、私の通っていた中学校のなかでも頭一つ抜けて全国レベルと賞されていたのがハンド部だった。

 出会ったばかりのときの彼はいつもゲームの事しか考えず、運動もそこまでする方ではなかった。体型はいわゆるおデブさんと呼ばれるもので、とても強豪チームの練習についていけるような屈強な精神の持ち主でもなかった。


 しかしハンドボールを始めた彼は、そこで自分の才能を開花させた。

 県の選抜チームに抜擢されるのは無論のこと、レギュラーとしてゴールを守り、みごとチームを関東ベスト8という成績に導いたのだ。

 高校へはハンドボールの推薦枠で、そしてまた大学も同じようにして進学していった。いっぽうの私はバドミントン部に入部するも、区の予選すら勝ち抜けずに引退を迎えた。中学受験の敗北が幸いして、どうにかこうにかいわゆる進学校と呼ばれる高校に受かったが、大学受験は再び失敗。浪人という苦汁をなめつつ、なんとかW大学へと進んだ。


 親友としては彼のことが誇らしくもあり、またどこかで嫉妬の念も覚えていた。

『あんなふうに活躍できたなら』『俺だって主人公になりたい、みんなに頼られたい』いつだって羨ましかった、私はどこか一点でも彼に勝るものが欲しかったのだ。

 そしてようやく一つ手に入れたところだったのだ。

 今思い返してみると、その一つというものも『学歴至上主義』とかいう一昔前の遺産にすがったものに過ぎなかったのだが。


 た向けの華を捧げるとき、無性に涙が出た。

 ぜったいに泣くことなんてしないで、見送ってやろう。そう決めていたはずなのに。


『死』をふすま一枚挟んだ向こう側、すぐそばに感じた初めての瞬間だった。


 私は彼よりも長く生きながらえているし、時間だってたくさんある。

 自分の命が尽きるまでに彼に勝るなにかをどれほど手に入れられるか、果たすことが出来るか。『死』に迫られて以降、躍起になっていろいろなことに取り組み始めた。もちろんこれからも様々なことに手を出す予定だし、己の可能性というものを私は最期まで信じることに異論はない。


 どんなことをしたっていつも頭をよぎるのはおんなじ言葉だ、



「ダメだ川中かわなか、やっぱりお前には勝てねぇや」



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