第12話 カーネーション・リインカネーション

 シャワーを浴び、体を拭いて、髪にドライヤーをかける。備え付けのバスローブを着て、ベッドルームに向かう。明るい部屋で、築山もバスローブ姿でソファで携帯電話を弄っていた。

「家から十件くらい不在着信がきてたよ」

 無理もない。夕食を外で済ませるとしか家に連絡を取ってないのだから。

 わたしは築山の言葉を無視して、そのままベッドに倒れこみ、布団の中に潜り込む。

「あれ、もう寝るの?おれはソファでいいや」

「いいえ、あなたもベッドで寝るのよ。築山くん」

「それはいくらなんでもマズいんじゃ……えっ?」

 わたしはベッドから跳ね起きて、ソファの築山の腕を引く。そのままベッドに押し倒し、枕元のパネルを操作して電気を全て消す。

「あなたも少しは期待してたんでしょ?」

 そう言って、築山の唇と自分の唇を重ね合わせた。驚いた様子だったが、すぐに体の力が抜けていった。笑わせるな。抵抗しようと思えばできるものを。善人のように振舞っているが、その口さえ塞いでしまえばとどのつまり、おまえも他の汚らわしい男と変わらない一匹の獣なのだ。

 舌を築山の口腔に潜り込ませると、彼もまたそれに応じた。どれだけの間口付けを交わしていただろうか。築山の鼻息が荒くなり、体温の上昇を肌で感じ始めたあたりで、わたしは築山の体を弄り始めた。ごつごつとした筋肉があり、ところどころ骨がでていて、全く滑らかさがない。醜い生き物だな、おまえも、そんなケダモノに触れねばならない、このわたしも。

 築山も無言でわたしの体を触り始めた。うなじから背中、そして腰にいたるまで築山の生暖かいてのひらが這っていく。手を伸ばして、築山の陰茎に触れる。グロテスクに怒張したそれは、まるで虫のように蠢動しゅんどうしていた。その様子は、レウコクロリディウムに寄生されたカタツムリを彷彿とさせた。それに寄生されたカタツムリは、もはや自分の意思とは無関係に、見晴らしの良い草の頂上で、頭部をぎらぎらと脈動させ続ける。最終宿主たる鳥の餌になるまで、ずっと。気持ち悪いものだ。そんなものをぶら下げて、おまえは由奈を抱擁していたのか。

 接吻を続けながら、築山を優しく愛撫し続けていると、築山は急に唇を離し、体勢を逆転させた。

「おまえが悪いんだからな」

 わたしはふん、と鼻で笑う。そうだ。そうだとも。言い訳はわたしが用意してやった。わたしが先制した。おまえの反撃は正当なものだ。それで、おまえはどうするんだ?このままやられっぱなしでは、男の矜持が廃るだろう??闇の中で表情はわからなかったが、おまえも、笑っていたんだろう?下卑げびた笑みを浮かべていたんだろう?今のわたしのように。

 築山は、思惑通りにわたしに覆いかぶさった。彼の舌が、わたしの体を這う。わたしの乳房を必死に吸い付く姿は滑稽そのもので、笑いを我慢するのがこんなに大変だとは思わなかった。

 しばらくわたしの体を味わったあと、築山はわたしの下半身に手を伸ばした。多足類の虫が体に集っているかのような生理的嫌悪を、じっと抑えつける。指が、わたしの体内に入ったのがわかった。攪拌かくはんするように、指が動き回る。覚悟していたものの、想像以上に吐き気を催している。好きでもない人間に体を触られるのは、こんなにも屈辱的な行為だったとは。

 左手でわたしの膣をまさぐりながら、築山は枕元のコンドームを掴む。袋を千切り、中のものを取り出した。怒張したものにコンドームを装着し、わたしに当てがった。

「いいんだな?」

 築山がわたしに許可を求める。言葉にするのが面倒だったので、わたしは彼の頰に口付けをする。いまさら、許可なんて。さっさと済ませればいい。

 築山は、ゆっくりと腰を落として、わたしの中に侵入を始める。直後に、凄まじい痛みが走ってくる。思わず顔を歪ませる。築山が心配そうにこちらを窺っている。

「わたしのことは、気にしないで」

「でも、血が」

「気にしないでって、言ってるでしょう?」

 そう伝えるのがやっとだった。破瓜の痛みは人それぞれというが、おそらくわたしは大きい方なのだろう。痛すぎて声を出すこともできない。だが、わたしはこんな痛みよりも、もっと大切なものがある。こいつは、築山は、こんな素振りを見せていたら行為を途中で止めかねない。それだけは避けねばならない事態だった。

 築山の体を抱きしめる。力を込めて硬直し続けていると、痛みは幾分治った。上にのっかかっている馬鹿は、求愛のように感じたのか、腰を振り始めた。

 ぎしぎしと、ベッドのスプリングが軋む。築山の息遣いが大きくなっていく。わたしは、ずっと天井を見つめている。脚を畳んだまま開いて、裏返ったカエルのような体勢だった。自己を客観的に見つめなおせるくらいには、異物感と痛みが許容範囲に治まってきた。

 築山の動きが激しくなる。内臓を直接叩かれているかのような衝撃が、体内から伝わってくる。ひときわ激しくわたしに腰を打ち付けた築山は、小さなうめき声を発すると、そのままわたしに倒れこんできた。終わった。わたしは痛みと嫌悪以外はなにも感じなかったが、築山の方は違うらしい。

 体内に刺さっていたものを抜いて、築山はベッドに大の字になる。まだ息が荒かった。わたしは彼の陰茎に目をやる。体積は半分くらいになって、ところどころ血液が付着したコンドームが膨らんでいる。

「シャワー浴びてくるね」

 築山の返事は聞かずに、裸のままバスルームにそそくさと逃げる。

 明るいところで見ると、腿にも血がついている。

 わたしは熱い湯で自分の血を洗い流す。これは、覚悟していたことだ。むしろ、うまくいったんだ。由奈を取り返すためには、必要な犠牲だった。そう自分に言い聞かせていたが、感情が言うことを聞かない。

 わたしは、こみ上げるものを我慢できず、築山には気取られぬよう、声を殺しながら泣いた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る