知って欲しい

「……」

「えっと……」


私達三人は再び先程の公園に居た。目の前には次海つぐみが下を向き立ち竦んでいる。時々ばつの悪そうな目で私達のことをちらりちらりと見ていたが口を開くことはなく、息詰まるような緊張感が漂っていた。


「あの!次海さん!」


しるしが話の口を切った。


「私あなたのこと良く知らないで……ただコルナちゃんからの聞き伝でだけであなたを判断してたと思うの」


識は相手の表情を伺いながら少し震えた声で言った。


「私も、なんか軽率に言うべきじゃなかったかもしれない」

私は口を尖らせながらも不安げな表情で言った。


「「だから、ごめんなさい」」


私達二人は頭を下げた。すると次海が顔を上げた。


「いや……私も急に逃げちゃったから」


もうちょっとという声が聞こえたがそれ以降は聞き取れなかった。そして突然識が表を上げ口を開いた。


「次海さんがコルナちゃんに秘密を教えたように、私も一つ私の秘密を教えてあげる、そうすれば平等〜」


平等なのかと思いながらも、そういうと識は次海に近づき何かを耳打ちした。

「えっ!そんなこと!えー」


何を聴いたのか次海は耳まで林檎のように真っ赤になった。


「え、何なの!?」

「二人だけの秘密〜。コルナちゃんも何か秘密を教えないと次海さんと友達になれないよ〜」

「その理屈で言ったら私達は友達じゃないじゃん」

「だってコルナちゃんは私のホクロの数まで知ってる仲だし〜世界中を敵に回しても私達は友達じゃん!」

「あの……私は別に」


いいのいいのと識は言い、何とか解決して満更でもない私は何の秘密を教えようかと考えながら次海の方へ歩いた。お風呂の時の話か中学二年の頃の話かはたまた先月のあれか。するとどこからか寂しげな声がした。


「……私は何のためにここにいるのでしょうか」


見上げると、滑り台の上で体育座りをし、空気と一体化していた有津実あつみが虚げな顔で眼鏡を曇らせて空を見上げていた。



×××



「で。これがテクノで、これがデスメタル 」

「ん……じゃあこれもデスメタル ?」

「お、正確に言えばブルータルデスメタルだけどまあ正解だね」


仲直りの翌日、私は次海の部屋に居た。私の家から東横線に乗り一駅。そこから坂を登り十分くらい歩いた先の住宅街に次海の家はあった。

次海の部屋は二階の一室、私の部屋と同じくフローリング。薄い緑色の壁紙に本棚や机など私の部屋と変わらない普通の部屋だ。しかし西側の壁にぴったりと収まっている胸の高さほどある大きな二台の黒いスピーカーがこの部屋の主だと言わんばかりに威圧する。

二人でベッドに腰掛けながら、私は手始めに次海に音楽の聞き分けが出来るようになってもらうことにした。予測していたことなのだが、音量が大きすぎて判断していなかったため、適切な音量で聴いてもらうことによってそれはすぐ出来るようになった。

黒いこの部屋の主は爆音ばかりで使われてきたのだろうが、小さめの音でも篭らずはっきりと正確に曲を奏でてくれたため、事はスムーズに運んだ。


「そういえば、宮古さん、私に聴いてほしい曲って何?」

「これじゃよ」


私はぬるりと懐から一枚のCDを取り出した。


「Dying FetusのDescend Into Depravity!早速聴いてみよう!」


CDをデッキに挿入し再生する。

巨大なスピーカーから突然始まった機関銃の弾丸のように強烈なスタッカートの連打。常識の及ばぬ高速のスラッシーなギターにベース。闇夜の街から聞こえる咆哮のような二つのグロウル。ひと時の休息も与えぬツーバスドラム。次海はすぐさまこの音楽の虜となった。


ベッドから降り四つん這いになりスピーカーに近づく次海はご主人様から餌を貰う犬のように目を輝かせていた。


「いいでしょこれ!」


彼女の反応を見た私は心の中で拳を掲げデスメタル沼に一歩近づいたと確信していた。

すると突然次海がスピーカーの音量をグイッと最大に上げた。


「あっ」


前のめりになり極限までスピーカーに紅潮した顔を近づけ恍惚の表情。グロウル、ギター、ベース、ドラム一つ一つの音の迫力が耳から脳へ、それを書き換えた甘い伝達物質が神経を通じて身体の先へ先へと伝わり羽箒のように彼女の細胞を撫でていた。


「やーめーろー!」


耐えられない。私はスピーカーの音量を下げようと近づいた瞬間、次海に手を掴まれた。

そのまま引っ張られた私はバランスを崩し床に肩を打ち、仰向けに倒れた。その直後、次海が私の上に覆い被さり身体を密着させた。

暖かく柔らかな感触。細い首筋が見える。彼女の吐息は私の額を湿らせて、小さい顎が私の眼窩をコツコツと刺激した。


「ちょっ次海ちゃん!?」


次海の左手が私の背中へと周り臀部へと。右手は私の頬を撫で親指が唇に触れる。彼女の脚が私の脚を掴み離さない。音楽を止めなくてはならない。テーブルを見上げるとデッキのリモコンが見える。私は力を振り絞り次海を押しのけ何とかリモコンを取り音楽を停止させた。


「次海ちゃん!」


私は上に被さる次海の顔を見た。目が合った。その顔は紅く、興奮とも羞恥とも取れる。普段の彼女からは考えられないほど目は見開いており、その目には困惑と羞恥と恐怖を写したような涙が浮かんでいた。


そして彼女は瞬時に私から離れベッドに布団を被り蹲った。


「ごめん宮古さん……」


先程の爆音の所為で耳が聞こえにくいが微かに聞こえた次海の声は震えていた。


「えっと……気にしてないよ、しょうがないよねうん!」


私は少し怖かったが心配させまいと気丈に振る舞った。


「本当にごめんなさい、今日は帰って」


今日は帰って。おそらく次海の中でも整理が付かないのだろう。私はまた明日と言い彼女の部屋を去ることにした。

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