はじめましての挨拶をしよう

「おーい、おーい、ハンターのみんな―! 敵襲は終わったのー!?」


 セルリアンの討伐を終え、バスの正体を見極めようとするハンターたちを何となしに見守っていると建物から駆けてくるけものが一人いる。

 よく見ればバリケード越しにもこちらをのぞき込んでくるフレンズ達が鈴なりに並んでいる。

 始めて見る顔に好奇心と警戒心が刺激された結果だろう。ましてや、ものの数分で弱敵とは言え100は超えるセルリアンを残らず叩きのめしたのだ。

 けもの達の話題の的となるのも致し方ない。

 建物から駆けてきた彼女はその代表なのかもしれない。


「お、アカハナだ! おーい、こっちは終わったよー!全員無事―! あと中央から

 のお客さん来たよー!」


 ハチクマが長いシマシマ尻尾を揺らしながら走ってくるフレンズに報告するため飛び去って行く。


「ガイドさんとかスタッフさんと言われることはあっても、お客さん扱いされるのってなんだか久しぶりでちょっと照れ臭い気分ですね」


 そう言ったミライの顔は言葉とは裏腹に、なんだか寂しげであった。

 そんなミライを気にした様子もなく、ヤブイヌとオオカワウソがバスの観察を終え環境センターの方へ顔を向ける。


「あっちも大体落ち着いたのかな?」

「たぶんね」

「ああ、そうだ。アンタ達はクロサイが言うにはこの島で流行ってる病気をどうにかするために来てくれたんだよな。なら、アカハナ…アカハナグマの所へ行ってくれないか。

 頼みの綱の図書館の連中も相方も病に倒れちまったんだ。心が弱り切った連中相手に頼りになる知恵袋を一人でやるにゃ、ちとツラいからな」

「もちろん! そのために来たんだから!」


 頭を掻きむしりながらヤブイヌは深くため息をつく。困り切って眉を下げたその表情は、彼女もまた彼女の言う『心が弱り切った連中』のうちの一人であることを言外に表していた。そんな、ヤブイヌにサーバルは笑って胸を張り拳でそこを軽くたたいた。


「そのためにもアカハナグマさんには詳しく病気のことについて聞きたいですね」

「ハッ、ハッ、ハッ、ハアー、それはたしかに大事なことだね、お話させてもらえるとうれしい」


 ハチクマを連れだって、息せき切ってアカハナグマはやってきた。ミライのつぶやきを聞くと息を整え返事を返す。


「でも、それを話すにはちょっと込み入って長いから、ここよりもあっちで話そうか。火の扱いは苦手だけどもコーヒーぐらいなら出せるよ」



 【ジャパリパーク環境センター】エントランスホール


 バスを駐車場に置き、バリケードをよじ登り中へと入っていく。

 するとすぐに中で戦いの準備をしていたフレンズ達がアカハナグマに駆け寄って来た。


「館長! セルリアンの群れはどうなったの⁉」

「もう大丈夫なのか⁉ あいつら一匹残らずやっつけたのかよ⁉ 嫌だぜ、安心して外に出たらそのままドスリッなんてのはもう!」

「倒して帰ってきたってその割には早くね。助太刀に行くべき?」

「そんなことよりバビルサはまだなの⁉ 早く薬を頂戴! あの子がもう限界なのよ!」

「ちょっとちょっと、落ち着いてー」


 口々に詰め寄ってくるフレンズ達をヤブイヌとオオカワウソ、ハチクマがやんわりと押し返していく。アカハナグマ自身もその長い尻尾で払い距離をとると落ち着かせるようにゆっくりと大きい声で話す。


「みんな、落ち着いて。セルリアンの群れはもういない。ハンターと中央から来てくれたフレンズ達が退治してくれた。私も確認したけど一匹もいなかった。そこはもう安心してほしい」


 どこか殺気立ち重苦しい雰囲気がその言葉に少し軽くなる。その場で安堵の息をつくものも多かった。だからと言ってその空気がなくなったわけではない。

 根本的な問題はまだ解決されていない。ひりつくような絶望に追い立てられている同胞たちにわずかと言えども希望を与えるためにアカハナグマは続けた。


「それから、病気のことなんだけど、さっきも言ったように中央からお手伝いのひとたちが来てくれた。このひとたちはまだ来たばかりで、この島のことも病気のこともよくわかっていない。説明が必要なんだ。だからちょっと待ってほしい。それと、先ほど排水処理施設へ薬を作りに行ったバビルサから連絡が来た。出発時にセルリアンに襲われたせいで少し遅れるけどすぐに薬はこちらに届けると言っていた。もう少しの辛抱だよ。だから安心までいかなくても落ち着いて病気のフレンズ達の面倒を見てほしい。ボスだけじゃ限界があるからね。それに知らない子よりは知ってる子の方が病気の子も安心すると思う。薬が届くまでお願いするよ」


 そう締めくくりアカハナグマは集団の解散を促した。説明を受けたフレンズ達は仕方なさそうに、あるいはやるせなさそうにそれぞれの居るべき場所へ散っていく。

 そのうちの角を持つフレンズがミライの方へ向かって歩いていく。


「ね、ねえ、あなたたち中央から来た子たちなんでしょう? 中央はこの島よりもトカイでブンカが進んでるって聞いたことあるわ。だから…この病気に効く薬は持って来ていないかしら? 私のトモダチはもう暴れることさえできないぐらい病気が悪化してて…」

「ヤク!」


 切羽詰まった顔して助けを求めるフレンズの願いを打ち切るようにアカハナグマが甲高い声で名前を呼び注意する。名を呼ばれたフレンズ全身でビクつかせて驚くがすぐに不服そうな顔をしてアカハナグマをにらむ。何か言い返そうと口を開くがすぐに口を閉じ苦虫をかみつぶしたような顔してうつむく。


「気持ちはわかるよ。私もハナジロが医務室行きになってから落ち着いて仕事が出来なくなった。クロサイやバビルサが来て人手が増えたにもかかわらずね。でも、このひと達はどんな病気が流行ってるのかまだ知らない。間違った薬を渡されたら困るのは私たちだよ。だから、本当にちょっとでいいから待ってほしい」


 アカハナグマの説得をヤクは無言で聞く。目は口ほどにものを言うということわざがあるがうつむいたヤクの表情を見ることはできず、その心中は図り切ることはできなかった。


「…わかったわよ。もう少し待ってみる」

「ごめんね。…ありがとう。今日は群れが来たから地面にサンドスターがばら撒かれている。その土でも持って行ってあげるといい。サンドスターの減少が少し抑えられるらしいから」

「………アドバイスありがと。試してみる」


 ヤクは振り返って背を向けた。早速、外へ向かうようだ。アドバイスの礼に力なく手を振りながらトボトボと歩き去っていった。

 サーバル達はその一連のやり取りを見ていた。何か口を出そうとも自分達はまだこの島で何が起きているかわかっていない。

 知らなければ、助けることはできない。グッと意思を固めるように強くこぶしを握った。



【ジャパリパーク環境センター】レクチャー室


 サーバル達は一見会議室のような場所へ案内される。白い壁、白い机にパイプ椅子。サーバル達が普段暮らすセントラルパークでも職員たちが集まって話し合うような場所も大体同じものがそろっている。

 アカハナグマはあの後クロサイにレクチャー室への案内を頼み、自分はコーヒーを用意すると言ってカフェテリア方へ行ってしまった。

 先ほどのやり取りを見てしまった以上、サーバルはすぐに行動を起こしたくって仕方ない。でも何も情報がないままで動くのは流石に危険だ。最近、ようやく、学び身についた経験である。その割には罠にはまりまくっていた? あれは情報を持たずに行動してたからなんです。そういうことにしておいて。

 内心で言い訳をしつつサーバルはおそらくこの中で一番この島の出来事について詳しく知っているクロサイに話しかける。


「ねえ、クロサイ。この島で起きていることって病気が流行ってる以外に何かあるの?」

「いや、すまない。私たちはあまりこの島の住人と交流が出来てなくってな、この島のことについてはそれほど詳しくないんだ」

「あなたはこの島の住人を助けるためにここへ来たのではなくって?」

「い、いえ。交流しようにも出会うフレンズのほとんどは患者かその付き添いで、付き添いのフレンズも私達も交流をはかれるほど時間も資源も人手も…特に心に余裕がなかったので、その…ここの館長に任せっきりになってしまっていまして…」


 シロサイの疑問の声というよりも詰問に近い言葉にと毅然とした態度は崩れ途端にしどろもどろとうろたえるクロサイに助けの言葉が届く。


「クロサイはよくやってくれてるよ。本当に助かってる」


 レクチャー室の扉を手で開けながらアカハナグマが入ってくる。もう一方の片手にはコーヒーポットとカップ、砂糖壺にミルクパウダーの入った瓶が乗っている。お盆をそっとテーブルに乗せ、コーヒーポットからカップへコーヒーを注いで行く。クロサイが手伝おうとしたが「いーって、いーって」と断り、そのまま全員分を用意する。そうしてカップと砂糖ミルクが皆に行き渡ると自分もカップを両手で持ちながら席に着く。


「あー、まず自己紹介だね。私はアカハナグマ。ここ、環境センターを管理している。管理しているというか根城にしてるってのが正しいかな。そのせいか島のみんなからは館長って呼ばれてる」

「アカハナグマさんは高地の森林地帯から草原地帯、海岸近くや砂漠にも目撃例がありその環境適応能力が高さがうかがい知れます。元のけものさんもここのアカハナグマさんのように人の住まいを利用して住処を作ることもあるんですよ」

「ああ、うん。よく知ってるねえ」


 ミライの頬は興奮で赤みが差し、アカハナグマはやや面を食らった顔をした。そんなアカハナグマから漂う少しの不安感を払拭しようと慌ててサーバルとカラカルがわめきたてる様に自己紹介を始める。


「わっ、私はサーバルキャットのサーバル! 今は中央住まいのシティキャット!よく『ドジッ娘』とか『トラブルメーカー』って言われるけど、噂を信じちゃいけないよ! よろしくね!」

「あああたしはカラカル! 耳の房毛がチャームポイントの近頃流行りのビュティ―キャット! サーバルとの付き合いは多分一番長いから噂も何もホントのことであることをここに証言するわ!」


 その姦しいやり取りにいつもの流れを思い出したのかノリよく他の面々も次々自己紹介を始めていく。改まった態度で始める交流の仕方なんて忘れた。もはや合コンのノリである。


「私はトキ。私は歌うのが好き。なによりも好き。私の歌で誰かを助けられることを至上の喜びとしてるわ。セルリアンからも脅威とされる癒しの一曲、如何かしら?」

「はいはーい! ルルはねトムソンガゼルのルル! 武器は、跳躍力とそこそこの速度の持久力。あとは、最近謎解きゲームをたくさんしてるから推理力には自信あり! 答えはいつも一つだもんね!」


 二人の言葉に思わずネコ科組は顔を見合わせた後に白眼視する。


「あのね、トキ、それからルル。相手が自分のことを知らないからって理想の自分を自己紹介にするのはちょっとどうかなぁって…」

「やっぱり知らない誰かと友達になるにはまず等身大の自分を自分で知っておくのも大事なことだと私は思うの。あ、いえ、何もアンタたちの理想と現在のアンタたちがかけ離れてるって言いたいわけじゃないのよ? ただ、はじめましてのご挨拶にはふさわしくないんじゃない?」


 サーバルとカラカルの言葉を選びに選び気を使った忠告に「嘘ついてないもん!」などと抗議する2人を横目にシロサイが口を開く。


「わたくしはシロサイと申し…」

「あー、あー、あなたがシロサイか。クロサイからよく話を聞くよ。確か、なかべエリア出身でそこでまとめ役をやってるんだって? そこで皆から慕われながらもその武力と性格を買われてよく中央の方にも助っ人に行ってるとかも聞いたっけ。この島に来たのもその一環かな? あとなんでもクロサイがいうには最近、あまりにも自分に構ってくれないからつい出来心でオリーブオイルを…」

「アカハナグマ殿! その話は内密にと言ったはずでは!?」

「あ、ごめん。話しちゃ駄目な奴だったね、これ」

「いいえ、お話くださいませ、アカハナグマ様! クロサイはオリーブオイルを使って何をわたくしにしかけたのかしら? ぜひ詳細を!」


 慌ててアカハナグマを止めに入ろうと大声を出し、その口をふさごうと実力行使に出ようとしたクロサイの姿に、自分の失言に気付いたアカハナグマは自分の口を手で押さえる。だが、時すでに遅くシロサイはクロサイの胸倉掴みあげながらアカハナグマに続きを促す。一瞬で舞台はカオスだ。

 アカハナグマは続きを話してやるべきか、いやでも話せば確実に胸倉つかまれつるし上げを食らっているクロサイの立場が死ぬ。病気対策のために駆けまわってくれる恩のあるクロサイだ。言わないでおこうか。でも言わなくてもあんまりよろしい事になりそうにないなあ。どうしたものか。そう思いを巡らすとあちらから助け船が出た。


「先ほどヤブイヌさんからアカハナグマさんはこの島の知恵袋を一人でやっていると話されました。つまりは今、この島のまとめ役を担っている方と言う認識でいいですよね」

「あー、ミライさんだね。確かに今は私がこの島の代表になるのかな? 島の長も、その補佐も、今は病気でどうにもならないからってことでの、あくまで代役だけど。私が倒れたら次はハナジロ…じゃなかった。ヤブイヌがやることになっている。あの子はハンターの一番の古株だからね」

「では、アカハナグマさんが代表でいいですね。私たちはこれ以上病気を広めさせないためにここに来ましたから」


 ミライの目は真剣そのものだ。そうして今自分で言ったことも実現させる気でいる。

 これ以上一人も病に倒れさせはしない。言葉には出ていなかったがそれを本気でやり通す気でいる。アカハナグマはミライのひととなりは知らない。が、その身に燃える情熱は感じ取れた。


「あー、確かにそうだね。これ以上病気を広めさせてはいけない。もう私は本来の群れに帰る子も毛皮だけを残してベッドから居なくなる子も見たくはない。その目標に向かっていかなきゃいけないね」


 アカハナグマは少し疲れたように笑った。


「ええ、その通りです! さて自己紹介も済んだことですし、早速ですがこの島で起こったことを教えてくれませんか? どこからこの病気がはじまりどのように広がっていったのか。原因は何か。これまで何をしてきていたのか。バビルサさんはどこへ行ってしまったのかも教えいただけたら助かります」

「あー、結構たくさんあるなあ。でもその前にひとつ言っていい?」


 ミライは、いや、ミライだけでなくシロサイとクロサイのじゃれ合いを仲裁していたフレンズ達も、その言葉を聞いてハトが豆鉄砲食ったような顔をした。


「自己紹介。ちゃんと終わってないよ。ミライはあなたの名前だよね。何のフレンズか言い忘れてるよ。あなたは何のフレンズなのかな」







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けものハッチポッチパッチ @irokuma

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