世界にないものを説明するのは難しい



「ひぃーめえぇーっ! ひーめーぇーっ! 姫っーーー! セルリアン退治こそ

 私にお任せをっ! 然る後にお褒めの言葉を頂戴したくーっ!」


 サーバル達は多数のセルリアンに攻められているジャパリパーク環境センターに助けに入ろうとしていた。が、あまりの数の多さにどこからと攻めあぐねていると、環境センター内部の方から一筋の土煙の道がこちらに向かって走ってくる。

 ワラワラと道一杯いるはずのセルリアンもその勢いに押しとどめることが出来ず、バコンバコンと軽い音をたてながら空に飛ばされ星になるか大地にペランぺランのシート状に叩きのめされそのままバラバラと結晶状に砕けるかの二択であった。

 その土煙の先端。よくよく見れば、その黒い鎧姿に石突きさえも角のようなランス。サーバル達共通の知己のであるクロサイである。

 

「うわ、クロサイ…相変わらずだね」

「久々に会うと、なんか…こう…濃いなあ…」

「本当に…いい加減落ち着きをもってもいい頃合いですのに…嘆かわしい」


 類は友を呼ぶ。『類』が誰かは言わぬが花であろう。


「シロサイ成分欠乏しててハイになってるだけじゃない? 知らないけど」

「後ろについてきてるフレンズがいるのだけれど、アレは現地の子かしら?」


 クロサイのはるか後方では討ち漏らしのセルリアンを押しのけるように攻撃しながら進んでくる3人のフレンズが見える。


「クロサイ!クロサイ!待って、待って!待ってよ! 雑魚つっても一人で突っ込んでたら危ないってぇー」

「おい、ハチクマ! 援護、援護! 羽くれ! 羽! ほら、教えてもらったヤツ!」

「わっわかった!」


 後方を飛んでいた一人のフレンズが目を金色に光らせ、腕を勢いよく振るとその軌跡上に虹色に輝き複数の羽根が矢のように飛んでいく。

 羽根は一つもセルリアン達に刺さることはなかったが、セルリアンの群れを分け入っていく彼女達をセルリアンの攻撃から守っていた。


「わっ、すごい!あの羽根、攻撃されても全然壊れない! 硬そう!」

「それはですね、あのフレンズさんがハチクマと呼ばれたことに要因があります」


 サーバルの感心した声にバスの中から声がする。

 手元にオペラグラスを携えたミライが興奮した面持ちで窓へと身を乗り出そうとしている。

 見知らぬフレンズたちの登場に瞬時にバスの運転は雑事と忘れられてしまったためにラッキービーストⅢ型が慌ててハンドルに飛びついていた。


「あ、バスの中からでも解説はするんだね、ミライさん」

「パークガイドですから! 解説を続けますね。

 ハチクマさんはですねぇ、その姿はクマタカさんに似ていますが、ハチを主食にしているタカと言う事が名前の由来となっています。

 皆さんがハチを主食としていると聞くとまず思い浮かべる疑問の『ハチに刺されないの?』の答えに先ほどのサーバルさんの羽根に対する感想がそのまま答えとなります。硬い羽毛が全身に鱗のように厚く密生しており、針を通さないようになっています。また、ハチクマさんの攻撃を受けたハチはやがて反撃をしなくなるのですが、こちらはまだ詳しい理由はわかっていません。今の所ではハチが攻撃しなくなるフェロモン出しているという説や、激しい攻撃でハチに巣の防衛を諦めさせ、放棄するように仕向けているという説がありますが、どちらの説もこれと言った有力な証拠が見つかっていません。ですのでこれを機にこれから友情を深めていくにつれて教えてもらえるかもしれませんね!」


 ミライはハチクマのひとまずの解説を終える。この感覚は久々だ。

 パークガイドとして動物園に来たお客さんを案内することは多かった。しかし、未知のフレンズを発見し紹介することは本当に久しい。

 封鎖地区に入れず、解放されている地区も近年の火山活動の活発化にともなうセルリアンの活動の活性化を警戒しているために奥地への調査は禁止となり、全体的に調査活動は縮小化されて、新たに生まれたフレンズと知り合う機会が少なくなっている。これはけもマニ(けものマニアの略称)としては由々しき事態である。

 こうして今までに出会ったことのないフレンズに会い、ひととなりを知り、それまでに貯めこんだ知識を生かし紹介する。それはとても素晴らしい事ではないか。


「ああ、本土でも出会ったことのないフレンズさんを解説できるなんて感激です!」


 達成感でマイクを持つ手に力がこもる。ミライは喜びに打ち震えた。

 なお、周りにいたフレンズは、慣れていたと思っていたが久々に発揮されるけもマニぶりにやや引いた。

 そんなミライに少し距離を置こうと一行は小型セルリアンの群れに向き直る。

 すると、先ほどまで群れのど真ん中でセルリアンを撥ねていたクロサイがすぐそこまでに来ていた。ハチクマの防御の羽の援護もあったおかげか難なく走り抜けたようだ。クロサイほど勢いがなかったせいかオオカワウソとヤブイヌはまだ群れにもみくちゃにされている。


「姫、お待たせしまして申し訳ありません。クロサイ、今ここに推参仕りました!」

「クロサイ、久しぶりだね」

「相変わらずのシロサイ命っぷりね」

「騎士マニアっぷりも変わらないね」

「侍混ざってない?」

「姫への忠義が厚いと言ってくれ。あと侍じゃない、騎士だ」


 久方ぶりに顔を合わ旧友たちのかしましい言葉をテンプレート返礼(騎士版)で押し流すとすぐにシロサイへ向き直る。


「姫、しばらく見ない間に一段とお美しくなられましたね。それはさておき、私を差し置いて姫の玉肌守るような馬の骨は誰ですか!?」

「流れるように過保護スイッチ入っちゃったね」

「お肌を守るのは騎士ではなくエステティシャンやお化粧品を扱う人か頑張ってもばあやではないかしら」

「ばあやだって肌のお手入れまで仕事の範疇にはないでしょうよ」

「メイド付きのお嬢様ってちょっと憧れるけどばあやにお肌のお手入れまでされるのはちょっと息苦しそう…」

「シロサイはまさにそんな生活だけどね」

「けものエステの泥パックは自分で塗るものでしたが、教えてもらったのはカバ様からですし…強いてあげれば河の馬の骨かしら?」



 外野が好き勝手言う中、そう語るシロサイではあるがやや適当…言い換えれば投げやりな物言いである。その目は完全に阿呆を見る目だった。


「そんなことより、あのセルリアンをどうにかしましょう。数が多すぎて手が回っていなようですし」

「そんなこととは何ですか! 姫を守るのは私! なら姫の美肌を守るべくスキンケアをすべきなのも私と相場が決まっているでしょう⁉」

「や、ソレはどうだろう」

「相変わらずズレてるなあ…」

「そんなことはそんなことですわ。ほら、あちらを見なさい。これを見過ごせばそれこそ騎士の誉が傷つくのではなくって?」


 シロサイがフンと不満げに鼻を鳴らしながらヤブイヌたちの遥か後方、環境センターの方へ眼をやれば決して少なくない数のセルリアン達がガツガツとバリケードを叩き壊そうと群がっていた。このまま見守っていれば、いずれはバリケードを破壊し建物内部に侵入することであろう。のんきにあいさつを交わしている場合ではない。


「そうだね、話はあとで!」

「ちゃんとここに来て何してたかは聞かせてよ!」



               ◆



「すげぇな。大したことのない小型ばっかつってもあんだけの数のセルリアンをあっという間に倒しちまうなんざぁ、さすが外のフレンズは違うな」

「私たち場数は踏んでるからね、これぐらいならどうってことないわよ」


 ヤブイヌは広場を見渡す。打ち漏らしもなく、あちらこちらに無力化されたセルリアンの亡骸である虹色の正方体の結晶がザラザラと転がっている。

 被害はと言えばバリケードに多少の傷がついたくらいだ。


「やあやあ、はじめまして! アンタらがクロサイの言ってた『中央からの追加のスタッフ』? やー助かるよ。ここいら最近、病気が流行り始めちゃってて、そんで更にウチの副リーダーも普段流行りに疎いくせにこういう時だけはきっちりきっかり半死半生になっちゃってさあ、本当まいったよ。ダルマが『外から医者が来た!』って教えてくれさあ、あ、ダルマって私の古馴染みのダルマワシのことなんだけど機会があれば紹介するよ。んで、ここに来なきゃどうなってたことか。いやまあ、ここに来た時に医者はいなくてクロサイしかいなかったけど、お薬くれたからノウ問題って奴? あ、副リーダーってのはこの小っちゃいのね。副リーダーがいるんだからリーダいるんじゃないのとか言われてもリーダーはいないんだなあこれが! ずっと昔に居なくなっちゃったからしょうがないね! というわけで副リーダーとその手下たちの私らごとよろしくー!」


 ギョロリとした目つき。ニヤニヤ笑う赤い口から除く牙の鋭さにやや腰の引けた一行だったが、口を開けば立て板に水とばかりに流れ出す言葉の奔流に見た目の怖さは薄れてしまった。

(あの子とこの子が出会ったら大変なことになるな)

 今も、かの地で探偵もとい何でも屋を営んでいる二人組の片割れが脳裏をよぎった。


「あなたたちはもしや、もしやっ! ヤブイヌさんとオオカワウソさんですか⁉ まだ中央にも本土にも生まれていないフレンズさんですが、こちらにいらっしゃるとは! ハチクマさんと言い…会えて感激です!」


 オオカワウソとヤブイヌがサーバル達のいる方へと近づけばバスの中からけものオタクが飛び出してくる。ジャパリパークの誇るべき英才の一人であるパークガイド兼調査員のミライである。こっそり秘密にしておきたい秘密兵器にも似た存在とも噂されているのは当人には秘密である。


「お、おう」

「会っただけでそこまで喜ばれるのそうそうないからびっくりだね」

「この人、そういう人なの」

「へ―変わってるね!」

「ハチクマが言ってたヤツ。セルリアンじゃなかったんだな。てか、何だこれ? 動くハト型の箱か?」

「あーたまに見かけるよね、この箱。よく雨宿りに使うヤツ。動いてるとこ初めて見た」


 そういう二人はバンバンとハトを模した旧型のジャパリバスを叩いたり匂いを嗅いだりしている。その姿は好奇心旺盛の獣そのものだ。ハチクマはちょっと怖いらしく二人の後方でバスの一挙手一投足をじっと見逃さないように見つめている。


「えっ、バスを知らないの!?」

「あん? これバスって言うのか。動かないヤツなら時々パーク内に転がってるの見かけたり誰かの住処になってるのは見かけるけどな。動いてるとこは見たことないな。こいつ鳴いたりすんのか? 時々聞こえる変な遠吠え、セルリアンじゃなくってこいつだったりするか?」

「どうやって動いてもらってるの? やっぱジャパリまんで手なづけるの? 知り合いのサギの子がそうやって魚集めてたけどそれとおんなじ感じ?。それとも実は脚の部分にすっごい小っちゃいフレンズがいて動かしてたりとか…? あや、いない。てか脚なの、これ?」

「危ないって。隙見てかじられちゃうよ!」

「本当に知らないんだ…」

「あくしまはパーククルーである人が完全に撤退してしまったせいか、文化が衰退してしまったところもあるみたいでな。この姿になる前…元の動物よりの考え方や行動をするフレンズが多いんだ。もっとも、外から来るセントラルのフレンズとの交流が多かったり、施設を管理しているフレンズはその限りではないみたいだが」

「閉鎖って…一部だけでもすごい影響が出るんだね…」


 表情を暗くするサーバル。“あの異変”はこんな形で間接的にも影響をもたらしていることを知る。“異変”はジャパリパークの一部の完全閉鎖に留まらず、あちらこちらに消えぬ傷跡を残していった。これもそのうちの一つなのだろう。

 今回のお手伝いはあくしまとりうきうの閉鎖をを解くためにも必要なお手伝いだとも聞いた。そうしたら。そしたら…。


「今! 今っ! オオカワウソさんを見てください! あの動き! 水中じゃないからわかりにくいですが、あの動きはオオカワウソさんの、頭を潜望鏡のように水上に高く上げる特有の動き『ベリースコーピング』です! これを生で見れるなんて! いやでも折角だし水中でしているところを見てみたかった気もします。なかなか贅沢なことを言っているとは思うんですが、やはりカワウソさんの魅力は川の中で泳ぐ姿が一番と…ああ、いえ、群れとしてコミュケーションを声で密にとる姿もまたカワウソとしての本領とも言える気もしますし…ああ、悩ましい…!」


 …ああー、えーっと、なんだっけ? 結構真面目なこと考えてたんだけど。あー、うん、いいや。今やるべきことに集中しよう。集中。


「ミライさんのせいでなんか考えてたこと、とっ散らかっちゃったよう…」

「あんただけで考えたことなんて大したことにならないんだから別に良いんじゃない? ほら博士も言ってたでしょ。『サーバルの考え、休むに似たり』って。あんたはあんたなりにみんなを笑顔にしよーって空回ってバカやってる方が上手くいくんだから一々立ち止まらず、ほら前足、前足」





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