カントリーベイから

風雲クロサイ城

 ~サーバルの日記~


 今日はあくしまエリアに来ているよ!なんでかっていうと、病気で困ってるみんなを助けるために手伝って欲しいってミライさんに言われたんだ。

 その時に聞いた話だと、あくしまとりうきうの封鎖を解くための調査であくしまエリアで新型ガオガオ病が流行ってることがわかったんだって!

 新型ガオガオ病がどんな病気かまだ分からないけど、解決しなきゃ!

 園長がいなくてちょっと不安だけど…みんながいるから大丈夫。

 あくしまの封鎖を解くためにもがんばるぞー!

 そのためにもまず、先に現地入りしてるクロサイと合流しなきゃいけないんだけど…


                 


「ニギャアーッ!?」

「またですの、サーバル様!?」

「アンタ、これで何回目よ…」

「確か…これで6回目だったっけ?」


 呆れるカラカルの視線は頭上斜め上。そこにはくくり罠に引っかかり、足を縄で引っ張り上げられ、宙づりになった半泣きのサーバルがブラブラ揺れている。


「うわーん、助けてよぉー」

「はいはい、トキお願い」

「仕方ないわね」


 ふわりとトキが地面を蹴り宙を飛び縄を切る。着地までは面倒は見ない。サーバルはネコ科だ。そこまでしてやるのは野暮だろう。罠にかかったとはいえ猫としてのプライドもあるだろうし? 汚名返上の機会も必要だろう。そう思ってのことだったのだが


「フギャッ!?」


 ものの見事に地面にたたきつけられている。


「うわ、いたそー。大丈夫、サーバル?」

「うえー、ひどい目にあったよ」

「ケガをしたのなら一曲歌う?」

「や、だいじょうぶっ、だいじょうぶっ! ケガないよ! ケガない!」


 傍から聞けばトキの申し出は一聴意味が解らないが、諸事情によりトキの歌には園長の持つ出所不明の『お守り』の力により怪我の治療効果がある。

 しかし、治癒と言う奇跡的な力持つからと言って、怪音波ともいえる音痴な歌は耳に良いとは言えず、超音波までもがそ可聴域にあるサーバルは必死に固辞した。トキは若干残念そうだ。


「サーバル今度は気を付けてよね…ってこれさっきも言った気がするわね…」

「ううう、罠が多すぎるんだよ…」


 ヘグヘグと半泣きで訴えるサーバルであるが、心ある仲間たちは(仕掛けてもいない罠にも率先して引っかかるようなサーバルのことだしなあ)といった心情は口に出しては言わないでやった。


「でも、サーバルの言う通り罠が多いのも確かなんだよねぇ」


 ほらあっちにもこっちにもあるよ、とルルの指さすところには丸い輪っか状に結ばれた紐がぶら下がっていたり、4の字の形に組まれた枝の上に大きな石が乗っているものが置かれている。あからさまに罠である。


「サーバルほどじゃないけど、みんな一回は引っかかってるし…」

「たいした罠ではないから何とか抜け出せますけど、ケガする方もそろそろ出るのではないでしょうか?」

「ていうか、ここら辺が縄張りのフレンズはどうやって生活してるのかしら、こんな罠だらけの場所で」

「ねえ、ミライさーん。本当にこっちであってるのー?」


 後ろをゆっくりとついてくるバスに向かってサーバルが声をかける。


「ええ、もちろん! 封鎖前とはだいぶ道が様変わりもしてますが、道順自体は変わってないみたいですね。ちょっと肥大化してる影響か距離は伸びてますけど…」


 ミライはバスを運転しつつ、ラッキービーストⅢ型のナビを聞く。事前にあくしまのラッキービーストたちの持つ情報を共有したことが功を奏し、現地に放置もとい置かれていたバスを難なく発見し、道に迷うことなく前に進めている。

 とはいえ、情報だけではこの道は進めない。ラッキービーストたちは肥大化した土地の道の管理まではうまく対応できなかったために大自然が手つかずで状態でのさばっている。この強大な難物にはバス一台では到底歯が立たず、早々に白旗を振り、フレンズ達に露払いを頼んだのだ。サーバル達フレンズ5人組はその申し出を快く引き受ける。いや、そもそもそのために来たようなものだし。

 生命力旺盛な植物たちに隠された道を比喩表現ではなくその手で切り開いてく。幸いなことにセルリアンはそう多くは出現することもなく、ストーンマイルか道しるべのように時折小型のものが数体現れるぐらいのもので、かつてのセルリアン女王事件の折にはその戦端に立って爪や牙、角に歌を揮っていた彼女達にとっては文字通り歯牙にもかけない存在だった。この場において彼女たちの敵と言えるものは、先ほどから大量に仕掛けられている罠ぐらいの物である。故にどうしても単調な作業になりがちで、単調な作業は飽きを呼び、けも達の口をおしゃべりにさせる。そうして油断した先から罠にかかっていく。罠の存在を疑問を持たずにはいられない。


「避難しているフレンズさんが仕掛けたものかもしれませんね」

「もともと現地にいたっていうフレンズ?」

「ええ、増えた病気のフレンズを守るために、ここのちほーで一番大きい施設であるジャパリパーク環境センターに収容したとは聞いてますから、その際にセルリアンが追ってこないようにと多く罠を設置したんだと…想像の域を出ませんが…」

「これから行く先にいるんでしょ? なら本人達に聞けばいいじゃない」

「そしたら安全な罠の仕掛けられてない道も教えてもらえるかも!」

「なら何としてもこの罠だらけの林を抜けなきゃね」

「あれぐらいの罠など気にせず踏み壊して進めばいいのですわ」

「それ、シロサイとかの大型の子じゃなきゃ、できない芸当だからね?」

「あ!」


 先頭を歩いていたトムソンゼルが突然、大声を出し気をひく。皆がそちらに注意を向けるとルルは道の先を指さし言った。


「ねえねえっ、アレじゃない? ガイドさんの言ってた環境センターって、あの大きな建物のことでしょ!」


 彼女の指さす方、木々の切れ間、道の終わりに視界が開け、先に木質舗装された広場があるのが見える。広場の端々には動物が展示されていた跡地と売店に水場が見え、その中央には屋根が建物を螺旋状に取り巻いている吊り屋根式の半円状の建物がある。閉鎖前はここで見学客に向けた小動物とのふれあいコーナーや身近な動物たちの生態や環境問題の紹介やちょっとしたワークショップなどが行われていた。今ではここを訪れる人はなく、窓の内側に貼られた『ようこそ!あくしまエリアへ』と書かかれた色紙でできた手作りの看板の日焼けが時間の経過を思い知らされる。

 だが、一行は時の経過に感傷を覚えるような暇なく、すぐに違和感を覚える。ゆっくりと施設に近づくたびに何か足りないような気がする。

 さらに近づいていくにつれ、今度は耳の良いけものたちが、目の良いけものが異変に気付く。


「なんかセルリアンが攻めてきたって声がしてくるんだけど…」

「何がないのか、わかったわ。自販機と休憩所のパラソルと机に椅子とベンチ。全部あそこの環境センター周りのバリケードの材料にされてるみたいね」

「は、早く行って助けなくちゃ!」

「あ、バカッ!急ぐと…」


 サーバルがはやる心のままに駆けだす。その熱い正義感に満ち溢れた思いはすぐに水を差されることとなった。


 バチーン!


「ニギャンッ!」


 土がうっすらとかぶせられていたネズミ捕りにサーバルのつま先が見事挟まれている。幸い威力はいたずらレベルであったが、それはそれで、痛いものは痛いのである。


「あーあー、言わんこっちゃない。あんた、また罠の存在忘れてたでしょう…」

「うう、痛いよう…」

「まあ、これで厄落としできたと思えば」

「丁度、7回目ですし、縁起担ぎも出来ましてよ!」

「…厄で担げる縁起って何…?」

「気休めでもないよりはましでしょう」

「なぐさめがなぐさめになりきれてないよ!?」

「ほら、罠に気を付けながら、ゆっくり急いで早く確実に助け行くわよ!」

「カラカル、自分がすっごい矛盾したこと言ってるの気付いてる?」



【あくしまエリア】 ジャパリパーク環境センター



「敵襲だ! 敵襲だ! セルリアンが攻めてきた!」

「動けて戦えるのは集まれ! 動けても病気なら無理すんなっ、寝てろ!」

「戦えないのは戸締りか看病!でなかったらバリケードの強化ー!!」


 屋上にある展望台にて見張りをしていたハチクマによるセルリアン襲来の報を受け、セルリアンの討伐を生業とするハンターであるフレンズ達が建物内部にいる獣たちに指示を出していく。

 建物内部は騒然としていた。

 ここにいる患者たちの病気の性質上セルリアンの襲来は度々あったがここ数日は群れの数を徐々に減らし、ついには襲撃さえもここ数日はなかった。

 新型ガオガオ病は流行は終息に向かっているのでは、とこの場に避難したけものたちが希望を持ち始めた頃合いだったのだ。諦観が希望を持ったものを嘲笑う。

 だが、今すぐそこに在る脅威に、ただ立ち尽くし手をこまねいてそのままに状況に飲まれるわけにはいかない。死にかけているかもしれないが生きているのだ。

 足取りは重くも動けるけものたちは己ができることをなすためにそれぞれの持ち場へ動いていった。


「ハチクマぁっ! 敵はどんな奴がどんぐらいいんだ⁉」

「ああーっと…ほとんど小型で一番大きくても中型になりかけ、それが道いっぱいに入口から4本目の木と5本目の木のあいだぐらいまでワラワラしてる…わかる?」


 側頭部から張り出す髪にも似た茶褐色の翼を羽ばたかせながらハチクマは報告する。しかし悲しいかな、最近生まれたばかりというのもあり彼女は数字には弱い。二桁の数字までなら何とか対応できるのだが100以上となるともう『たくさん』や『いっぱい』以外で表現できない。だから見た目の広さで言い表すしかできない。自分の言いたいことが伝えられているか不安げな顔で聞き返す。もっとも報告を求めたものには十分だったようだ。


「道いっぱいで4本目から5本目…前とその前の時は道いっぱいで4本ちょっとでギッチリで250ぐらい…6本目までパラパラで300はいってたから………よし、だいだい350かもうちょっと多いぐらいだな。わかった、ハチクマ! 見張りは今いいからクロサイ呼んできてほしい。小型だけならともかく、なりかけがいるとオオカワウソとあたしだけじゃ不安だ」


 小さく丸目のけものの耳をピクピクさせながらぶちぶちと独り言を言うと考えがまとまったのかハチクマに指示を出す。その眼光は鋭く、小型のけものと言えど長くハンターを生業としているものにしか身につかない凄みを感じさせた。

 そこに能天気な声が割って入る。


「あー、ちょっと待ってちょっと待って。行かんでもいいよーハチクマ。めっちゃ横で聞いてたし、私ら、もうすでにイン ザ ココ。てかヤブは何で気付かんかったの? また何ぞ考え事? 無理に考えなくても、考える前に動いた方が得だと私思うなあ。まあ、かく言う私も考える前に喋っているわけだけれども。っと、ああ、そうだそうだ。なんでここに来たのかって言うとね、クロサイが聞きたいことあるらしくってさ。単純にバビルサ帰ってきたー? まだー? 遅くねー? セルリアンに噛まれて忘れちゃってるんでねーの私らのことーって話をしに来たってだけだけどもさすがにそろそろ迎えっていうか捜索隊? 出した方がいいかもね、生死問わずで!」


 黒く小さな耳に水辺に生きるフレンズ特有の水着のような服に大きなオールにも似たしなやかな尻尾を持つ獣が畳みかけるようにヤブイヌ達に話しかける。彼女の後ろには髪の長い黒い鎧を着た女騎士が所在なさげに立っていた。クロサイである。


「あの、オオカワウソ殿、私が言うべきことまで全部言ってしまってるし、そこまでは言ってはいないのだが」

「オオカワウソ、おしゃべり上手になりたいなら相手にもしゃべらせろってあたし前にも言わなかったか?」

「んーでもーさー、言いたい時に言いたいこと言えずにいるのって、なんかなんかもったいなくってさー、早く言わなくちゃ言い終わっとかなきゃってなっちゃうんだよねー」


 ヤブイヌの注意に悪びれもせず返すオオカワウソ。一見仲が悪そうに見えるがお互いちょっと目つきが剣呑なだけで只のじゃれ合いである。


「おまえ、ただでさえ怖い顔してるんだから、そんな矢継ぎ早に話しかけたら臆病なけものなら追い詰められてるって思われて泣かれるぞ」

「そんな…怖いだなんて…たとえ前世で凶暴で獰猛なアリラーニャだったとしても現世の私はスメタナのモルダウを愛聴する心優しきフレンズだというのに…、いや、どんな曲かは知らないけども。題名から察するにパンクロック? それはさておき、怖くないけものってアピールするためにこんなにおしゃべりになったって言うのにまだ足りないか。よっしゃ、もっともっと会話力磨かなくちゃね。ハーイ、ヤブ、今日のあなたのごきげんいかが?」

「お前に足りないのはおしゃべりの能力じゃなくって聞く能力だつってんだろ」


 フンと鼻息一つで一蹴してクロサイに顔を向ける。


「こいつはいっつもこんな調子なんだから無理やりにでも話に割り込まないと、言いたいことも一つも言えずに日が昇りますぜ、クロサイ殿よう」

「あ、ああ、すまない。私もあんまり口が回るけものとは言えないので、どうにもタイミングがつめずにいてな」

「こいつが長話なのを差し引いても、今は敵が来てる時ですぜ。遠慮がちな態度じゃみんな聞き流しちまう。言いたいことがあるなら大声出して『私の話を聞け!』で良いんじゃねえっすか?」

「ソレも考えなくはなかったのだが、どうにもうまく話を短くまとめたり、セルリアンを蹴散らしながらするにも難しそうだ。だから…」


 クロサイは右手に虹色の光を集約させる。次の瞬間にはサイの角を彷彿とさせるランスその手に握られていた。


「この愛槍を回してセルリアン退治を短くまとめて、ゆっくり話をするとしよう」

「言うねえ」

「へえへえ、カッコいいねえ。騎士みたーい!」


 3人が戦闘態勢を整えていると上の方で見張りをしていたハチクマが声をかけてくる。その声には若干の戸惑いが混ざっているのが聞き取れた。


「なんか広場のゲートの所、フレンズが5人いる! あと後ろに…なんだろ、あれ? あの、島のあちこちに時々見かける奴。けものの顔した四角い感じの…何か丸いのついてるアレ。アレ生きてるんだ…。歩いてる? の初めて見たな」

「ハチクマ、全然わかんねえ。もうちょっと詳しく言ってもらっていいか?」

「四角いの丸いの? けものなの? 違うの? 私たちも見たことある奴? セルリアンの一種?」


 ハチクマの困惑した報告が次々に感染していく。


「セッ…セルリアン…かなぁ? よくゲート傍に転がってる箱に似てて、なんかハトっぽい顔してて、目?のところに何か食べられたフレンズとピンクのボスが見える」

「ん? じゃあ他のフレンズ5人はそいつから逃げてるってことか?」

「んーその割にはなんかのんびりしてる」

「本当、どういう状況それ?」


 ピンクのボスの言葉にクロサイはハッとする。

 気付いたのだ。

 ピンクのボス=ラッキービーストⅢ型のことであり。フレンズと並んで四角い箱に喰われている=フレンズと共に乗り物に乗っている状態。つまりはバスで移動している。バスの周りを歩いているフレンズはセルリアンからバスを守っているフレンズ。バスを動かせるフレンズは数少ない。多分ボスとともに乗っているのはフレンズではなくパークガイドのことだ。あくしまのような封鎖地区に来るようなパークガイドは限られている。おそらく調査員のミライ殿だ。そして園長ならともかく彼女がこのような地区に同行を頼むようなフレンズもだいぶ限られてくる。

 一つ気付けば連鎖的に答えが次々に出てくる。クロサイの脳内にその答えが最後に浮かび上がった。


「姫! ご無沙汰しております! あなたを守護する一の騎士クロサイ、ただいま御身のおそばに参りましょうぞっ、姫! 何故このような危険地帯に足を運ばれたのかは問いません!ええ、皆まで言わずともわかっておりますとも! 心優しいあなたのことですから心配してきてくれたであろうことは百も承知でございます! ですが心配ご無用! あくしまでも絶やすことのなかった鍛錬の成果、しかと見届けてもらいましょう!」


その答えにクロサイはいてもたってもいられず、道中のセルリアンを文字通り轢殺しながらゲートへ走っていった。


「わっわっわっ! 一人で突っ込んで行っちゃったけど大丈夫なの、アレ⁉」

「話し上手のけものとは言えないとかなんとか言ってなかったか、あのヒト」

「相手の話聞かないタイプなんじゃない?」



 

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