セルリアンの襲来(後編)
話は少し巻き戻る。
無事に玄関から外に出ることができた3人は新たに生まれた厄介ものに手を焼かれていた。あの大型セルリアンの足から生まれた分裂体である。
桟橋横にロープで泊めてあったバスに乗り込もうとした際、波に揺れて不安定な状態だったために少々手間取ったために発進が遅れた。小型の分裂体はその時間を無駄にはしなかった。
とりついた瞬間に叩き出せれればよかったのかもしれない。しかし、小型の分裂体は大型と同じくかすかに薄茶色の半透明の体色をし、また大型と違ってその石は体色とほぼ同じ。そして、その色はよく背景の色に透けた。カメレオンほどではないとは言え、景色に溶けこむ雨中の小型のセルリアンに気付けというのもなかなか酷な話である。
とはいえ、気付いた以上、悪意を持ってジャパリバスに侵入を果たそうとする輩を手をこまねいて見ているわけにもいかない。バス後部の張り出し式のオープンデッキにしがみついた厄介者をアライグマとフェネックスギツネが木の棒やどこで手に入れたのかハリセンで叩き出そうとしている。
「こいつ、なんでアライさん達がバスに乗っても逃げないのだ⁉ 話が違うのだ!」
「大型に直接なんか言われたのかもねー、バスに乗り込んでても襲え―とかさー」
「ぐぬぬぅー! あのじゃちぼうぎゃぐの大型セルリアンめぇ、今は転進するけども、いずれアライさんがスーパーでウルトラな必殺技をもってして退治してやるのだ!」
「ほいじゃ、まあ今は目先のこの小型にスーパーな必殺技をお見舞いしてくれるとうれしいなー」
「アライさんにお任せなのだ!」
スッパーン!スパパーン!
激しい雨音に負けることなく、アライグマの乱れハリセン突きの音がバスの後部で炸裂した。
「早くサーバルちゃん達と合流しなきゃ…」
かばんは激しい雨の中、バスのライトのみを頼りに闇夜の湖水を進む。夜の水辺は昼の清涼な雰囲気とは打って変わって、すべてを飲み込む闇を湛え、夜行性ではないかばんにとっては尻込みするような雰囲気を醸し出す。サーバルもラッキービーストもいない心細さもある。が、バス後部の愉快なおもしろコンビのいつものやり取りに勇気づけられてもいた。夜行性動物たちとっては夜も昼とほぼ同じの世界なのだ。なにも恐れることもない。
スパーンッスパーンッスパパパパパーンッ!!
…ちょっとおもしろすぎる気もするけど。
「かばんさーん、さっきから上の方でサーバルの声が聞こえるよ。もう着いたんじゃない?」
「え、そうですか⁉」
危険性は少ないと判断したのか侵入してきた小型セルリアンの扱いをアライさんに任せて、フェネックは運転席のかばんに伝える。
かばんは夜行性ではなく、夜目もあまりきかないフレンズだ。見逃しがないようあらかじめ頼んでいたとは言え、こうもアッサリ見逃しているとなんだか自分にガッカリしてしまう。
かばんが運転席から少し身を乗り出して、建物の方へ顔を向ける。
かばんの感覚は実は正しかった。まだ予定の着地点より前だったのだ。けれど、サーバルが廊下から暗い湖水をライトをつけて進むバスとオープンデッキにしがみついた小型セルリアンに気付いたため到着を待たず、また自分も目地合わせ場所に行きつく前に2階の窓から声をかけてきたのだ。
「ねーえー! バビルサの用は済んだから! ここから一緒に降りるよ! そうしたらそのセルリアン追っ払うの私手伝うよ―! バビルサもいいよね?」
「かばん君たちのあの状況を見て否とは言わないさ。…くれぐれも私を落とさないでくれたまえよ?」
「大丈夫、大丈夫。へーきへーき」
「それが逆に心配になるんだけどね」
サーバルの大声での申し出にかばんも大声で返す。
「わかったー! 今からそっちに行くねーサーバルちゃーん!!」
豪雨の音でかばん自身にはサーバルの声どころか自分の声もあまり聞こえなかったが、サーバルには聞こえてくれただろう。それから、かばんはサーバルのいる窓の下の方にバスを寄せる。本来の待ち合わせ場所は建物を支える柱があり、水面に揺れるバスという不安定な着地点を少しでも抑えようという狙いがあったのだが、この波ではどこでも同じだろう。
そうして、サーバルが窓からバビルサを抱えてバスに飛び移ろうとした時、その隙を狙って壁を這っていた大型セルリアンもバスへと飛びついてきた。
「えっ!? な、何でッ!?」
「うわっ!」
「おお」
「みゃああああああああ?!」
「ちょっ」
水面に浮かぶバスは着地点としては全く信用のおけない乗り物である。
かばんも、サーバルはジャンプに優れたけもので高所からの着地に定評のあるネコ科でもあることも知っていたからこそ、この水面のジャパリバスを着地点として使用することに何の問題も感じていなかった。ましてやサーバルは中型ネコ科でも割りと小柄な方だ。サーバルとバビルサ二人ぐらいならバスの天井に着地されたところで大した揺れにもならないだろう。そんな考えもあった。
大型のセルリアンが飛びついてくる状況など全く想定はしていなかった。セルリアンだって不安定な場所より安定した場所で襲ってくるだろうと無意識のうちに信じていた。もちろん当のセルリアンとて余裕のある状況であればそのように行動したであろう。今回の場合でも数秒の時間的余裕があれば飛びつくこともなかった。が、それは今回の状況には当てはまらなかった。
勢いよくけもの二匹分の重みをもつフレンズと大型のセルリアンに飛びつかれたバスは、勿論おとなしく乗られるなんてことはなく、大いに暴れた。揺れに揺れて揺さぶられ、バスの後部も前部も内部も外部も関係なしに中身はシッチャカメッチャカにかき回され内部にいたものは内壁に何度かたたきつけられたり、同じくかき回された者たちでぶつかり合ったりした挙句、ほとんどのフレンズは湖に放り出された。
勢いよく窓から放り出された内の一人であるかばんは、目の端にバスの上部でゆっくりと体液を滴らせながら体をくねらせる大型セルリアンの姿を横目で見ると意識は一旦そこで途絶えることとなった。
ここで、不幸中の幸いが二つほどある。まず、バスの外に放り出されたフレンズ達は沈むことなく、また息ができる状態で浮かぶことができた。これは僥倖と言ってもよいだろう。
もう一つは、大型セルリアンは追撃できる状態ではなくなってしまったことだ。
と、いうのも大型セルリアンはジャパリバスに飛びつきバスが大揺れした際に、バスの天井の穴に突き刺してある帆柱に体が刺さってしまったのだ。
帆柱と言っても施設に残されていた洗濯に使われていたと思われる竿竹を突き刺しただけのもので、ソレも万全の状態であれば逆に圧し折り返り討ちにしたであろうが、ソレは分裂体を生み出した直後で弱体化していたために、体液とともに多くのサンドスターをばらまくことになってしまった。
そのためにソレは壊滅状態の排除対象対象達に追撃を与えることなく、すぐさまに中型との合流を優先し損傷回復に専念することを決断しその場を後にした。
あとに残ったのは半分沈みかけているジャパリバスと水面に浮かぶフレンズ達ばかりだ。
■
「ゲッホ! ごぼっ⁉ がっ、ゲッ えほっえほっげほっ!」
だいぶ雨脚が弱くなってきた頃、雨のしずくが鼻の中に入りこんだため、かばんは意識を取り戻した。目覚めは最悪だ。
意識を取り戻したと同時に溺れそうになるし、鼻やら口に入った雨水でむせるし、バスの中で振り回された際にアチコチぶつかった体も痛いし、おまけに水に浸かってて寒い。
かばんは半分沈みかけているもののバンパー周りに取り付けられた丸太のおかげでかろうじて沈まずにすんでいるジャパリバスに泳いで近づく。浮かんでいるバスに外からしがみつき一度息を整える。中を覗き見る。床に浸水した水面の上を虹色の結晶が浮かんでいるだけだった。みんなはどこだ。ここにはいない。
ふと目の端にゆっくり動くライトがかすめる。あれはバビルサのペンライトだろうか。そちらに向かって泳いでいく。急がなきゃ。
やっとのことで泳ぎ切り、湖岸に辿りついたかばんは時折ぬかるみに足を取られながらバビルサの元に向かう。体が泥だらけの上、体が冷え切っててまるで生きている心地がしない。早く仲間の無事を確認したい。焦燥が足を急かす。足にまとわりつく泥に苛立ちを隠せない。落ち着こう。落ち着こうにも落ち着けない。
びしょ濡れのバビルサはバビルサはペンライトを持った手を下ろし力なく息をつく。安堵したような、疲れが吐き出されたような重いため息。
「ああ、よかった。君は無事だったんだ」
君は。その言葉に不安を覚える。
心が芯から震えるような寒々しさを感じる。それは決して雨の温度ではない。
「みんなは…みんなは無事なんですか⁉ まさかっ…」
疲労した体で絞りだされたかばんの最悪の状況を問う、いつになく荒げられた言葉はすぐに否定された。
バビルサは髪から顔につたう雫を手で軽く拭い去ると、今の状況を簡潔に説明していく。
「いや、すまない。誤解させてしまった。そういう意味では無事だよ。ほら、そこに全員いる」
確かにそこにはバビルサの言う通り、サーバルもアライグマもフェネックもいる。 かばんが意識を失ってから意識を取り戻した時間はそう長くはなかったようで、近くには湖から上がった時に凹んだ足跡がまだ雨に流されず真新しいままにあった。全員疲労を隠しもせず、雨に濡れるのを良しとしながらぬかるむ地面に座り込んでいた。それでも全員の無事に息をつこうとした時、バビルサが続けたセリフは全く希望を持てない言葉だった。
「かばん君、残念なお知らせだ。サーバル君とフェネック君は仮称コワイコワイ病に感染したようで、もうすでに会話も成り立たない状態まで進行している」
その言葉を聞いていたのか証明するようにサーバルとフェネックはかばんに声をかけた。
「…ウミャァ…」
「クキャァウゥゥ…」
完全に言葉ではなく獣の声であった。
「そんな…」
その可愛らしく聞こえる鳴き声に、かばんはショックを受けた。
言葉ではなく鳴き声。それは今この地では病に感染したという証である。この病に侵されれば症状に苦しみ、最悪は狂気に陥り全身からフレンズの命の源でもあるサンドスターをまき散らしながら暴れ、元のけものに戻るという。
夜の湖は、黒く、暗く。かばんは自分が沼に飲み込まれていくように思えた。
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