セルリアンの襲来(中編)
セルリアンとかばんたちは階段を挟みお互いを見る。
互いに脅威として認識し、これからの対応を考えなければいけない。話し合い、互いの望みを知り、戦闘を避け、互いの生活に戻る。それが一番の理想の形ではあるがそうもいかない。このセルリアンはフレンズを捕食してサンドスターを得る。喰われればフレンズは元の獣に戻り記憶と姿を失くす。それはフレンズとして死ぬのと同義である。そうそうフレンズは簡単に生きることを諦めない。けものであるのならば生きるのを諦めることはそうはない。野生であるのなら、なおさら。話し合いの結果は目に見えている。
そもそも、このセルリアンは言葉を持たない。行動で示す他なく、選択肢は拒絶と抵抗以外選びようがない。それはこのセルリアンも同じであったろう。
大型のセルリアンは中型のセルリアンと同じく微生物のミジンコによく似た姿だ。しかし、大きさ以外にも中型と見分けられる特徴が2点ある。
まずは、その足。中型の物と違って黒く太くしなやかで先端は円錐状の槍のようなな形をしている。中型の足を細く断ち切られた針金に例えるのならば、大型のそれは電線ケーブルの柄を持つ槍と言わねばならないだろう。小型や中型の物はたやすく折れ、わかりやすい弱点の一つとして認識されていたものが、大型に通じるかは甚だ疑問である。
もう一つ、特筆すべきなのはその石の大きさだ。
セルリアンには必ず核となる石があり、それはセルリアンにとって体を構成する重要な部分であり、どんなにささやかな攻撃であろうと壊されれば体全体が崩壊し消滅する隠しきれない弱点の一つである。体を構成する以外にも生物で言う脳や、個体のよっては目の役割も持っていたりもする。そして、通常は目を別に持つセルリアンであれば目の大きさを超えない。例外があるとすれば、石が目そのものの役目も併せ持つ個体であるが、往々にしてその目は然程大きくはなく、少なくとも体表面の2割を超えることはないという。
その例外がここに在る。そのセルリアンの石は黒く球体に近い形状をしている。その大きさはそのセルリアンの体とほぼ同じ大きさをしていた。このセルリアンの元々の体色が薄く透けるため黒いセルリアンと認識してしまいそうだが、黒い石が本来の体色である濁った薄い肌色の体内で、体の動きに合わせて緩く回転するのがわかる。
黒と言う色がそう錯覚させるのか、その石をセルリアン自身も持て余しているのか、 かばんには心なしかとても重そうに見えた。
自分が相手を見るならば相手も自分を見る。
かばん達がソレを異様なセルリアンと認識したが、ソレもまたかばん達を、いや、かばんを異様な採取対象として認識していた。そうして困惑もしていた。
この採取対象からは己の分裂体が植え付けた病毒の気配が確かにする。だのに何故、この採取対象は病害の影響を受けていない? サンドスターをこぼすこともなく、弱体化もしていないのは何故だ。この場にいる他の2体の採取対象と比べても戦闘力の高さは見て取れない。見ただけでは戦力はわからないのは当然であるが、それにしたって中型にまで育った複数の分裂体がこの1体に全滅を余儀なくされるとは到底思えなかった。ならば何故? ソレは思考した。
ふと自分の感覚器に引っかかる電界を感じる。自分になじみ深いパターンを持っている。分裂体の電界パターンだだ。
ソレは今、この場にある状況証拠から推測を出す。おそらくはこの目の前にいる病毒を持つが何らかの理由でサンドスターを排出しない採取対象はデコイとして使われ、分裂体たちは捕獲されたのだろう。分裂体はソレの指示外の事態にはごくごく単純な行動しかとれない。病毒を持った対象の後をつけて回り、排出されたサンドスターを採取しようと集団で動いたところを狙われたのかもしれない。もしくは対象のサンドスターの排出率の悪さに追加で病毒を侵入させようとしたところで結果返り討ちにされてしまったのかもしれない。証拠は何一つないがこの推測はそう大きくは外れていないだろうとソレは分析する。
捕獲した分裂体を採取対象がどのように扱うかまでは不明だが。単純に排除する力がなく拘束する手段しか持たなかっただけかもしれない。いや、軽はずみに脅威を軽視してはならない。最悪を想定して動かなければ、いつどんな手段で破壊されるかわからない。相手はまだこちらを観察している。初撃を外されてしまった以上、採取対象を襲撃するルールからいくつか外れてしまっているが、採取対象はソレほどには大きくなく、ソレほどには力が強くないと言う条件には大体当てはまっている。問題ない。排除する行為に支障はない。行動を開始する。
両者、思考することは多かったがにらみ合いはそれほど長くはなかった。先に動いたのは大型のセルリアンだった。
メキメキメキィッ! ゴガッ!
踊り場に突き刺さっていた足の機能を兼ねた触手が一本、床のタイルを巻き上げながらも勢いよく抜かれ、かばんたちの足元に刺さる。
次の瞬間、ソレは刺した足をアンカーに自分を体ごと一階に引き寄せる。一気に距離を詰めるつもりだ。
「おーっと、こりゃあ本格的に逃げないとまずそうだ」
「皆、早く玄関に! 分断される前に!」
「無理せず撤退なのだ! 転進なのだ!」
メキメキバキバキドガドカと壁にぶつかるどころか削り壊し、時には瓦礫をその身で弾き飛ばしながらかばん達に迫っていく。おかげで一気に距離を詰めようともスピードはそれほど出ていない。けれども、脇目も振らずにただただ無理やり突っ込んでくる様に狂気を感じる。
かばん達は恐怖から逃れるように階段から離れる。
すると、ピンポンピンポンと気の抜ける音が天井から降って来た。
「非常事態ニ ツキ 防火シャッター ヲ 降ロシマス。 階段付近ニ イル 方ハ
挟マレナイ ヨウ ゴ注意クダサイ」
館内の監視カメラから中の様子を探っていたラッキービーストが階段内にいるセルリアンを防火シャッターで封じ込めにかかったのだ。
勿論、重要施設ほどの強固に作られているわけではないが、鉄筋コンクリート製の壁を壊すぐらいの力を持つセルリアンだ。完全に閉じ込めることも無力化することもできないだろう。ラッキービーストはただ時間稼ぎのために防火シャッターを降ろす決断を出した。ややもすれば、それはいまだ2階にいるサーバル達見捨てると言う事にもなりかねない。しかし、ラッキービーストはサーバル達の生存率の高さは変わらないという信頼も持っている。何せ、ラッキービーストは超大型動物園ジャパリパークのパークガイドロボ。パーク内にいるけもののデータはほぼ網羅している。サーバルなら階段が封鎖されたところで戦闘して勝利するならともかく逃げることに支障はないだろう。この時、ボスの描いたシュミレーターでサーバル当人のうっかりミスによる失敗したパターンもいくらか出たが確率が低いので置いておくことにした。
防火シャッターが降り切るのを待つことなく、脇目も振らず三人は玄関に向けて走りだす。
後ろの方でガキャン!と音がした。
続いてバンッバンッ! ガキャッガキャッと金属の板を叩いたりゆすったりする激しい音がかばんたちの後を追う。
「音からしてうまく閉まってないみたいだね。挟まったかな?」
「ならちょうどいい時間稼ぎになりますね」
「そのままずっと挟まっててくれたらいいのだ」
三人の間に流れた一瞬の沈黙でそれは無理だろうという意識が共有される。足止めに成功して緩んだ速さが再び元に戻る。
そうして3人は職員用の出入り口の扉をくぐり、外に出ることに成功した。
□
ソレは苛立ちを抱えていた。脅威的な存在の可能性のある対象を排除しようとしたところ、扉に足を挟まれてしまったからだ。
足を挟まれただけならともかく、挟まった拍子に扉が歪んでしまったようでうまく壊せなくなってしまった。体当たりをしても衝撃がどこからか逃げていくらしく、ただただ大きく音を立てるだけで、依然としてそこに在る。他の足で除こうとしても、こちらの力が強いせいで貫通し穴を増やすだけであった。
地道に穴を増やし切り取ってしまうか。良い案にも思えたが思考にノイズが入る。攻撃手段の触手が複数使用されてしまうために無防備な箇所が増えてしまう。触手も無限ではない。その隙を突かれては排除対象に攻撃されたりしないだろうか。不安に動きが止まる。そう言えば排除対象は3体しかいなかった。あとの2体はどこにいる?
ソレは考える。挟まってしまった足を切断してしまい、入ってきた穴から出ることを検討する。
だがソレは、その行動にも躊躇していた。他の触手ならいざ知らず。この足は本体により近い。切り捨てるには惜しい。足を切り捨てた結果、体の崩壊が早まってしまうのは本末転倒だ。
ふと、ソレは気付く。この思考パターンは一度経験している。分裂体を作成を検討していた時のことだ。それは解決方法を思いつく。前回の成功例に習ってソレはすぐさま実行した。
そうして、ソレは挟まっていた丸々一本の足を1体の己の分身体に変えた。
生まれたばかりの小型の分裂体は、すぐさま本体の考えに忠実に3体の排除対象の後を追っていく。
あとに残されたソレは、対象を排除するために分裂体を作成したことを、若干後悔をしていた。分裂体を作成するために、思っていた以上にサンドスターを消費し弱体化してしまったからだ。これでは例え対象を排除して戻ってきた分裂体と融合しなおしてもたいした回復は見込めない。計算ミスだ。ノイズ交じりの思考なぞ無視して地道に複数の触手すべて使って穴をあけて切り取ってしまえばよかった。多少の時間こそかかるがサンドスターの消費は抑えられただろう。排除対象の抵抗もそんな少しの時間では己が命を削り取れはしない。ソレは八つ当たり交じりに壁に触手を叩きつける。壁の壊れる音が、ソレにとって体の端に亀裂が入った音に聞こえた気がした。
ソレは目的を変更した。この近くに中型の分裂体の電界パターンが察知することができる。自分の元に帰る事が出来ず、何らかの方法で排除対象達に捕獲されていた分裂体がそこにいる。おそらくはまだサンドスターを保有しているはずだ。分裂体はサンドスターをその石の中に蓄える性質を持つ。取り出すのであれば壊さなければならない。分裂体の電界パターンが感知できると言う事は、まだ破壊はされていないという事だ。
ソレは興奮を抑えるように上下にゆっくり揺れたかと思うと、階段の踊り場にある自らが開けた穴へと向かう。足を地面に刺しては体を引き付ける。複数の足代わりの触手でそれを繰り返しながらゆっくりと進んでいく。その足取りはある種の節足動物のようで、その丸い巨体でそれを再現されるのは不気味にも感じられた。
●
水流調整室の扉がバンッと勢いよく開かれる。サーバルだ。
「バビルサッ、逃げるよ!」
扉から声をかけられたバビルサは「少し待ってほしい」とカチャカチャとキーボードを叩く。「早く!早く!」とサーバルに急き立てられながらも最後にエンターキーを強く叩いたのかカチャッと音立てるとすぐに椅子から立つ。
「これで私の作業は終わり。完成ではないし、完全でもないし、幾分かクオリティが下がってしまったけど…」
「なんでもいいから早く! さっきからバキバキって音が結構近くまで来てるんだよ!?」
焦るサーバルの言葉をのらりくらりと緩慢な態度で躱し、バビルサは先ほどまで座っていた椅子の近くにある、椅子に括りつけられているひょうたん型のクッションに視線をやる。勿論クッションをひょうたん型に縛りあげているのはボスである。
「まあ許容範囲内だ。あとは完全自動でラッキービーストたちにお任せするよ」
「じゃあ、薬は頼むね、ボスッ! セルリアンには気を付けてね!」
「アト ハ マカセテ」
「ボスの『マカセテ』はなんだか心配になるよぅ…」
「イザ ト イウ 時ハ パッカーン ダヨ」
「ボス パッカーンって言葉好きだよね」
「その流れだとラッキービーストがパッカーンすると思うけどね。おっと、こんな無駄話をしている場合じゃないな。早く逃げないと」
「無駄なお話じゃないよ!」
水流調整室には窓はない。二匹はラッキービーストにしばしの別れを告げると外の廊下を駆けていく。廊下を駆けるサーバルの顔はどこか不安げである。
「ボス、ひとりで大丈夫かなあ。セルリアンはボスみたいなロボの子は襲わないって言ってたけど、投げられたり踏まれたりしないかなあ?」
「まあ万が一がないように囮を作っておいたから大丈夫だと思うよ?」
「囮? バビルサ、かばんちゃん以外にも囮にしてる子がいるの? かばんちゃん以外、誰もチュウシャされてないよね? フェネックとか?」
「ああ、囮と言うよりも罠のが正しいかな。まあ、それのせいで薬のクオリティが下がってしまったのだけど」
「それ、かばんちゃんや私たちの苦労が無駄になったってこと?」
「違う違う。詳しく説明すると、だ。今、貯水槽には薬に必要な成分を絞りきった中型のセルリアンがみっちり詰まっているんだけど…」
話をしながら廊下を駆けるフレンズ二人。それを見たものがいる。
□
それは思いがけない遭遇であった。少なくともソレにとっては。
ソレは階段の踊り場の穴から這い出て、行方不明だった分裂体達の電界パターンがより強く感じる方向を排水処理施設周りを触手で這いずり回り探っていたところだった。そうして、感覚器に何かの動きを感知し、目をそちらに向けると、そこに先ほど見かけなかった排除対象が建物内の廊下を走る姿を見かけたのだ。
排除できるなら排除した方が良いし、処理する際にサンドスターを採取するのもいい。が、自分は現在分裂体を生産したばかりで少々弱体化した状態。万全とは言えない。また、目的も採取よりも排除が優先されるが、この弱体化によりさらに優先される自己防衛に変更されている。採取行動に慎重を期すように学習したのはかつて採取対象の手によって破壊されかかったことがあるからだ。ならば、排除対象の排除は諦め、中型の分裂体達との融合を優先するべきだろう。
そうソレが判断を決定しようとした時だった。排除対象たちが完全な隙を見せたのだ。そうして決定を確定させてなかった故、ソレは一瞬の思考が出来なかった。
ソレはその隙に文字通り、飛びついた。
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