セルリアンの襲来(前編)
ソレは、小さいセルリアンだった。
より多くのサンドスターを採取し、データを収集し、保存、維持することを目的とした。そのために様々な地域を歩き回った。
時に地中から、水中から、空中から、植物から、外骨格を持つ虫から、四つ足で走る動物から、様々なところからサンドスターを採取し、吸収するごとに徐々に体を大きくしていった。
結果、ソレは二足歩行の動物から採取するのが一番効率的だと学習した。採取しようとすれば採取対象から抵抗され、体内にあったサンドスターをとりこぼすこともあってソレは採取には慎重を期すようにも学習した。採取対象がソレを認識していない。採取対象がソレほどには大きくない。採取対象がソレほどには力が強くない。採取対象が何らかの原因で弱体化している。そういった時を図って行動した。
時折、同素体と遭遇しては連携し採取を繰り返した。
ソレと同じような条件下で発生し、同じような条件下で学習を重ねる機会があったのならば連携も問題はなかった。もちろん連携を組んだところで全部にサンドスターが行き渡るわけでもなく、サンドスターの摂取ができず消滅、条件が悪く崩壊、採取対象により破壊される同素体も少なくはなく、元々数はそう多くはない同素体の群体がいつしか自然消滅し、ソレが中型になるまで生き残ったのは運によるところも大きかった。
ソレがフレンズにとって脅威的な存在になるに至ったのも偶然だった。
ソレはある日、水辺にサンドスターを多く保有する塊を発見し採取した。採取したサンドスターはソレを大型にするには十二分の量であった。
しかし、致命的な不具合が起こるようになった。以来、ソレは摂取した量をそのままデータの保存、自己の維持に回すことができなくなった。このままでは自己が維持できず崩壊してしまう。
まず、ソレは採取の仕方を変化させた。採取対象のサンドスターを結晶化させ体外へ露出、排出させたものを採る方法にした。非効率的だが摂取した量と同量を自己の維持に回すには効率的だった。次に、自らの体から分裂体を製作し、サンドスターの吸収する機構の改善を図る。
機構の改善はうまくいかなかったが、自己の崩壊が早まるリスクを含んだ分裂体の製作は無駄にはならなかった。分裂体自体にサンドスターの採取をさせ、サンドスターを多く含む分裂体を本体に再び融合させることで、維持機構が安定するようになった。
だが、完全ではない。いまだ、採取した量と吸収出来た量、活動するに必要な量がかみ合っていない。このままでは、いずれ遠くない日に自己消滅を迎える。
ソレは崩壊することに恐怖を覚えた。
それから、ソレはソレ自身がサンドスターの採取へ赴くのをやめ、危険性の少ない地に拠点を構え、自己修復と分裂体の生産に専念した。サンドスターの収集はもっぱら分裂体に任せた。
ところが、それもうまく機能しなくなって来ていた。
摂取した量をそのまま、データの保存と自己の維持に回すことができなくなった原因はわかっていた。それは己を大型にまで押し上げるほどのサンドスターが多く含まれたあの塊だろう。おそらく、それが自己の核にサンドスターを取り込むのを阻害している。
しかし、自己修復を繰り返しても、それを取り除くことは難しく、むしろ悪化の一途を辿っていった。サンドスターを取り込めば取り込むほど、吸収を阻害する原因の塊も大きくなっていた。ますます、ソレはサンドスターの採取が分裂体任せになっていった。
それにも関わらず、分裂体の帰還率が悪くなっていった。
もともと、ソレ自体は強いセルリアンではなく、むしろ弱点の多いセルリアンではあった。分裂体もそのままに弱点を受け継いでいる。採取対象に抵抗の仕方を学習されてしまった可能性がある。
今、中型にまで育った分裂体が複数体存在する。それらを吸収次第、体を作り替え、対策を講じなければならない。その思考にノイズが入る。体を作り替えるのにも多くのサンドスターを多く費やす。体は持つだろうか。ソレは逡巡する。結論はすぐに出る。中型の分裂体達と合流、融合後に持ち帰ったサンドスターの量によって体を作り替えるか、現状を維持するか、新たな手段を講じるか選択することにした。
中型の分裂体の帰還率が5割を切った時にはその構想すら無駄になった。
ソレは困惑した。何故ここに来てさらに帰還率が悪くなるのか。一度でも採取対象に自分の作製したウイルスを侵入させることさえできれば、あとは排出され零れ落ちるサンドスターを収集すれば良い。破壊される可能性はウイルスを侵入させるために接触するときぐらいだ。サンドスターを取り込む前に破壊されていては意味がない。そのために分裂体には一体の採取対象に複数で取り掛かるよう指示を組んだはずである。どんなに屈強な個体であろうと、傷を一度も負うことなく全部の分裂体を相手することは困難である。傷一つあれば目的は達成する。
では、何故? 何が起きて分裂体は採取対象を深追いし、何によって分裂体の帰還が阻まれることになったのか。何かしらの脅威がそこにあることをソレは知る。
ソレは予定より少ない燃料を消費してでも、その脅威からの逃走、できることであれば排除することを決定した。
意思を設定したソレは手始めに拠点としていた地にほど近く、派遣していた分裂体の二番目に帰還率の低い場所を目指す。脅威はそこに在る。崩壊が早まる可能性も結局のところ脅威を排除しなければ同じことである。ソレは打って出ることにした。
ソレは採取には慎重を期すようにも学習している。採取対象がソレを認識していない。採取対象がソレほどには大きくない。採取対象がソレほどには力が強くない。採取対象が何らかの原因で弱体化している。そういった時を図って行動していた。それ自身が採取行動に出ることは長らくなかったが、学習したことは忘れていない。
脅威の在る中心地に採取対象を複数発見した。コレらが脅威の存在の可能性が高いとソレは認識した。遠目に観測したところ数は5。多いと言えないがソレ一体で相手するには心もとない数だ。採取対象の力は観測するだけでは測れない。不意を打って強化したウイルスを侵入させ弱体化したところを処理する。この採取対象は脅威の可能性が高い。できることならサンドスターを採取したいが、排除を優先とする。
この地域は雨が多い。ソレは採取対象たちの感覚が鈍る雨を待った。
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ソレに最初に気付いたのはラッキービーストだった。
センサー。監視カメラ。モニター越しの視覚情報が異常を知らせた。異常を感知したラッキービーストはパークガイドロボットとして、すぐに館内放送をかける。
「 注意 注意 職員ノ 皆様ニ オ知ラセシマス。 大型セルリアン ガ 出現シマシタ。 非常事態ニ ツキ 直チニ オ客様ノ 安全ヲ 確保シ 避難経路ヲ 確認後 避難シテクダサイ。 又、 パークガイドハ セルリアン ノ 攻撃ニ 備エテ 状況ノ 確認ヲ 行ッテクダサイ。
繰リ返シマス。 職員ノ 皆様ニ オ知ラセシマス。 大型セルリアン ガ 出現シマシタ。 非常事態ニツキ 直チニ オ客様ノ 安全ヲ 確保シ 避難経路ヲ 確認後 避難シテクダサイ。 又、 パークガイドハ セルリアン ノ 攻撃ニ 備エテ 状況ノ 確認ヲ 行ッテクダサイ」
ラッキービーストは本当は現在、大型セルリアンがどこにいるかも加えて放送したかった。しかし、生憎セルリアンはラッキービーストの目のない黒いモニターの裏側に隠れてしまった。その巧妙さは、ラッキービーストのAIがこのセルリアンがこんな時のために一部の監視カメラを壊したのではないかという推測を出すほどであった。
それから、ラッキービーストは焦燥を抱えながらも、電子ロックを操作し戸締りをしていった。
放送後、館内にいるフレンズ達に緊張が走る。危険がすぐそこに差し迫っている。外は雨。頼りの耳や鼻はどれだけ役に立つかは未知数だ。いつも以上に警戒心が高まる。
だけれども、そう、だけれども。全くの想定外と言うわけではない。むしろ、予想して然るべき襲撃。いささか悪条件が重なっているが、ここにいるけものたちはこの時がいつか来ると気付いていた。だから、もしもの時が、今この時に来たのならば、ならばどのように動くのかは、とっくのとうに決まっていたのだ。
「サーバルちゃん、お願いするね!」
「うん! ボスとバビルサのところだね!」
「アライさん達はかばんさんをお守りしながらバスへ避難するのだ!」
「サーバル、気を付けなよ。いつぞやみたいに階段で転ばないでね」
「転ばないよ! それに前のだってたまたまなんだから! そういうフェネックたちも気を付けてよ、特にアライグマ!」
「心配ご無用、バスに乗ったつもりで任せるのだ!」
あのセルリアンはバスや
これは小型から中型のセルリアンのことで大型にも当てはまるかはわからない。けれど、大型は中型の物より足が遅い。と、あれば同じ行動をとると予想をしていた。 少なくとも、セルリアンを呼び寄せる病毒を体内に持つかばんの方に向かうと、ここにいた全員が予想していた。
かばんを囮に大型を呼び寄せながらも外の桟橋の横に浮かぶバスに乗り込み、大型が諦めてサーバル達にターゲットを変え距離を詰めたところで、サーバルはバビルサを抱え二階の窓から湖に飛びこむ。そのサーバル達を回収するためにかばんたちはそれまでには二階の窓の下にバスを移動させておく。そうしてそのまま川伝いに逃げてしまえば簡単には追いつけず、ほとぼりが冷めたころに戻り、ラッキービーストが作製を完了させた大量の治療薬を受け取り、そのままバスに移し流行地まで運ぶ。
とても大雑把で単純で不安定な作戦だった。そうそう、すべてがうまくいく自信も根拠もないが少なくとも、排水処理施設“イピリア”自体とそれを運営コントロールできるボスさえ無事なら、必要量の治療薬を作れる。そこさえ無事なら、何も問題はない。目的は達成される。そう、全員思っていた。
だけど、皆一つ思い違いをしていた。
このセルリアンはフレンズを捕食したいわけではなく、効率よくサンドスターを手に入れたいだけである。病毒だってそのために生み出した。そうして“イピリア”にいるたった5体のフレンズを捕食するよりも多くサンドスターを手に入れられる方法がそこにはあった。
ソレに一番最初に気付いたのはフェネックだった。たむろしていた休憩室のある3階から2階の水流調節室に走っていくサーバルを見送り、1階へ降りていく途中、雨の音に違和感を感じた。雨が勢いを増し、外の湖の波の音と混ざり騒音と言ってもいいほどの雨音が、一瞬、どこかに柔らかに落ち込むような不可思議な音になる。本当に一瞬のことで気のせいと片づけてもよいほどだった。しかし、フェネックは自分の聴力には自信を持つけものだ。自慢の耳が異常を知らせたのならば、それは確認しなければならない。階段を降りる足を止め、昇る足に変える。
「フェネック? どうしたのだ?」
「フェネックさん、何か気になる事でもあったんですか?」
「あ、いや、なんか音がね? まあ気のせいかもしれないけど、念のためー」
フェネックは1階からの声に返しながら階段の踊り場にある窓から外を見る。おそらくは少しの間だけ雨足が弱ったものだとは思うのだが、そう、本当に、念のため。
夜行性であるフェネックだが、闇の中の物を視認することはともかくとして、あまり視力には自信がない。そっと窓に近づく。雨だれが窓の外の景色を歪ませている。外は真っ暗闇だ。完全な暗闇。窓を伝う雫に、建物内からの蛍光灯の光が反射する。水滴の光る窓を見ていると、窓を伝う雨の雫のようにぬうっと目玉が降りてきた。大きなセルリアンの目玉が窓いっぱいにこちら側を見つめている。
「………おやぁ、………こんばん…は? 」
ガシャアァン!!
これが挨拶だ!と言わんばかりに大型のセルリアンがその触手で窓を突き破る。同種の中型のセルリアンの持つ太めの針金をペンチで切って付け足したような粗末なものではなく、ソレは黒くしなやかな鞭と槍を併せ持った形状をしていた。その穂先は第一の犠牲者にフェネックを選び、鎌首をもたげる。
「フェネックさん!」
「フェネック、 無事なのだ!?」
セルリアンはメキメキと窓の穴から体を押し付け、壁壊しながら入ってくる。更には触手を体から2本3本と伸ばし増やして行き、その先端はすべてフェネックに向けられていた。
「ちょっと…これは…まずいかなぁー」
フェネックは初撃は何とか避けれたが、あのスピードで迫りくる何本もの触手を無傷で受け流す自信は流石に持てなかった。まさに鋭刃ひとたび飛べばの状況。のんびり屋と言われる彼女ものんき者ではない。ジリっと足を後ろに動かした時だった。
ダダダダダダダッ!
セルリアンの持つ全ての槍が一斉にフェネックを襲う。
だが、槍は彼女を貫くことなく宙を裂く。
フェネックも宙に浮く。
誰よりも早く4つ足で階段を駆け上がったアライグマの手により1階に投げ落とされたのだ。
「のわあぁぁー!?」
「わっ、わっ、わっ、わっ」
「あ、アライさーん!? フェネックさーん⁉」
アライグマは無理な体制でフェネックを投げ飛ばしたせいでなすすべなく階段を転げ落ちた。正確に言うならば、無理な体制であったがためにフェネックとほぼ同時に階段を転げ落ちることとなった。
「だ、大丈夫ですか⁉ すごい落ち方しましたけど怪我は!?」
「痛いけど平気なのだ! それよりもあいつから早く逃げることが優先なのだ!」
「いててて…あー、まあ今は距離をとった方がいいね」
2匹は階段から転げ落ちたダメージを感じさせないほど素早く起き上がると踊り場に目をやる。かばんもそちらに顔を向ける。担いでいる鞄の肩紐を握る手に力がこもる。
壁を壊し入ってきたセルリアンは不思議なことに初撃に追撃と立て続けに攻撃を外したにもかかわらず、更なる攻撃を加えようとはして来なかった。外したからこそ慎重に機会を伺っているのかもしれない。
嫌な沈黙がかばんたちとセルリアンの間に流れる。
この場にはザアザアと外から強い雨の音が流れ込んで来る音しか聞こえなかった。
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