雨の日に物思う

 ~かばんの日記~


 あくしまについて4日目、

 

 みんなで話し合って立てた作戦で、セルリアンをたくさん捕まえることに成功した。


 その時にアライさんが流されてしまう事故があった。その時の状況を説明してくれたけど、滝の上の川は、滝の下を流れる川のように流れがゆっくりに見えてダマされるけど意外と早く、流れてくるヒョウリュウブツや底に沈む水草にジャマされてヨホドの泳ぎ自慢のけものでもないとおぼれてしまうようである。アライさんが無事に帰ってきてくれてよかった。僕らの中で一番泳ぎの上手いアライさんが流されてしまうのなら僕はあっという間に川底に沈んでしまうかもしれない。気を付けよう。


 バビルサさんが言うには7日で薬が出来るという。

 僕の体の中には今、セルリアンのドクの成分が半分コワれた状態でただよっているらしい。半分コワれているから僕はそのセルリアンのドクを注射されても病気にはならないのだけれど、もう一回でも体の中にセルリアンのドクがかまれたりして入り込んだら病気になるよと言われた。もう半分の生きている成分がセルリアンを引きヨせる性質持っているから、治療薬が出来るまであまり出歩かないように注意された。

 うまくコワすと病気にならなくなるワクチンと言う薬になるというけど、どうコワせばそうなるのだろう? 


 明日はイピリアを探検しよう。

 

 そういえば、流されたアライさんをフェネックさんはどうやって助けたのか聞くのを忘れてた。これも明日で。 


      ◆


 あくしまについて5日目、

 みんなでイピリアを探検した。きょうしゅうやごこくのイセキや施設より、あまり物は残ってはいなかった。何も書いてない紙と書くものが欲しかったのだけれど、残念だ。まだまだヤシの葉に書く日記が続きそう。


 バビルサさんが休憩中に「きょうしゅうやごこくエリアと違って他のエリアは避難する時間に余裕があったからね。さんかいエリアの方も物の残っている施設はすくなかっただろう?」と言われた。確かに。


 いい機会だったので、片付いているイセキや施設の緑のマークがついている通路にあるロッカーには銀色のかばんが置いてあること多く、便利に思ってたのだけどあれは何かを聞いたら「非常持ち出し袋」と答えをもらった。ココの人は避難していなくなったのに非常持ち出し袋がなくて不便じゃなかったのかな。


 おでんとチョコ味のようかんは初めて食べたけどおいしかった。


      ◆


 あくしまについて6日目、 

 バビルサさんにちょっとぐらいのキョリなら一人じゃなければ外へ行ってもかまわないとの言葉をもらったので、オピオーンを探検することになった。

 オピオーンはあちらこちら鍵がかかっていて、ごこくで教えてもらったカギ開けがここでも役に立った。デンシロックの場合はラッキーさんが開けてくれた。

 だけど、カギを開けたは良いけれど何もないと言う部屋は多くて、何のためにカギがかけられてたんだろうと思ったら「大事な所だったんだね」とサーバルちゃんが言っていて、部屋を守るためだったんだとすごいナットクした。


 外も探検していたアライさん達がヤムイモやエビなどの食べ物をとってきてくれた。

 サーバルちゃんから好物だと聞いたことはないけれど、サーバルちゃんは緑のバナナが好きみたいだ。

 今日は時間があったのでフフというお団子を作ってエビと一緒に非常食にあったミネストローネで煮込んだ。キャッサバを入れてないから味に問題がないか心配だったけどおいしく作れた。キャッサバは明日には食べられるようになるかな?

 みんなもおいしいと言ってくれたのでひと安心だ。


 明日は僕も外へ行こうと思う。


      ◆


 あくしまについて7日目、

 外に行こうと思っていたところ、あいにくの雨。最初はスコールかとも思ったのだけれど半日たってもやむ気配がない。今日はイピリアにいるしかないようだ。

 

 せっかくなので日記を整理することにした。整理したところで、紙と葉っぱを金属のわっかで止めているだけだからすぐにバラバラになってしまうのだけれど。

 紙を手に入れたら葉っぱの内容を写して整理しやすくするか、新しく書いた日記で挟んでおさえこんじゃうか、悩みどころだ。

 机に日記を広げていたら、サーバルちゃんを始め、みんなが日記を読んでいた。バビルサさんまでいたのにはさすがにビックリした。みんな寝ていると思ったのにいつの間に。

 結局、この日は日記を読んでるだけで終わった。

 ちょっと前のことなのに見返すだけで懐かしくて、日記を書いた時にはわからなかった疑問や気づかなかったこともわかったり新しい発見があって楽しい。

 

 みんな簡単な字なら読めるようになっていた。難しい言葉ももうすぐに読めるようになるだろう。うれしい事だけどちょっとだけ寂しくなるのはなんでだろう?


 日記を読んでいる時に、ほくりくエリアやセントラルパークにあった見えない壁のことをバビルサさんから教えてもらった。

 あれはケッカイと言って“守護けもの”と呼ばれるフレンズさんが作った、ケッカイの中にいる人やフレンズさん達をセルリアンから守る壁らしい。

 僕達はケッカイの外にいることになる。そのことから考えると人と会うのはとても難しそうだ。


 でも、ちょうど良かったんじゃないかとも思う。

 人が絶滅してないと知ってからずっと思っていたことだけれど、僕は人に会わない方が良いけものなのかもしれない。


      ◆


 かばんはペンを置く。

 ペンとは言っても、もはやインクも出なくなったボールペンだ。しかし、葉を傷つけて書くのなら、まだそれはペンとして使えた。

 紙を手に入れたのならこのペンはどうしよう? いや、それよりも人のことだ。

 

 今、僕は人に会うか会わないかの2つを選べる。

 けど、きょうしゅうの島にいた時ほど人に会いたいという強い気持ちはない。大元をとたどれば自分がどんなけものなのか知りたいところから来ている。知ってそのようにヒトとして生きるのが目的…だったのだけれど、想像以上に人は幅広い生き方をしている。ナワバリだってどんなちほーでもエリアでも、ましてや夜空に見えるお月様やお星さまにだって行って住もうとしている。知れば知るほど変なけもので、考えれば考えるほど混乱していく。博士が言ってた一言で言いにくいとても変わった動物とは、ヒトである僕に気づかって、とても控えめな表現だったんじゃないかと疑っている。多様性があり過ぎて全く参考にならない。結局のところ、僕は僕として生きるしかないのだと開き直るしかなかった。だけど、全く会いたくないかと言われればそうでもなく、いろんな疑問や不思議に思ったこと考えてもわからなかったことを聞きに行きたいという気持ちも確かにある。実際に見て来なければわからないことだってある。知りたいという好奇心はいつだって僕を歩かせる。

 ただ、人と会うとなると心配事が一つある。人は群れを作る生き物であるという。

 僕は群れに入れられてしまうのか、フレンズだから入らずにすむか、入れられても出れるのか。読んだ本には旅をしているヒトのこは大体、人の群れの中に入れられていた。僕はどちらになるのか。おとなの人であれば旅を続けることもあるのだけれど、おとなになるには何をすればいいのかもわからない。そもそもこれは本の話で実際のところはどうなるかもわからない。

 どんなに考えても答えは出ないし、わからない。埒が明かない。それこそ人に会わないと出ない答えなのだろう。ため息をついた。と、同時に頬にムニリと柔らかい感触を感じる。サーバルちゃんがネコ科の挨拶の時にする手つきで僕の頬に手のひらを押し付けていた。いたずらが成功したと目を丸くして笑っている顔が何だかおもしろくって笑ってしまう。


「ため息をつくとフク?が逃げちゃうってシーサーが言ってたよ」

「どっちのシーサーさん?」

「レフティ? ライトだったっけ? やっぱり…レフティ? どっちだと思う?」

「ライトさんかな? 気を付けないと福が逃げちゃうっていつも言ってたし」


 窓の外を見る。ざあざあと篠つく雨の空は薄暗く、夕方過ぎの今の時間にしては明るい。ねったいちほー特有の蒸し暑さの中に雨の冷気がかすかに漂っているのが肌で感じられた。


「ねぇ、かばんちゃん。ヒトに会ってみたい? バビルサに言えば会えるんだよね?」

「うーん、そうなんだけど…」

「会いたくないの?」

「そういうわけじゃないんだけど、その…迷ってる」

「かばんちゃんはヒトのフレンズで、ヒトはかばんちゃんみたいなけものってことだよね? 大丈夫、すぐになかよくなれるよ!」 

「仲良くなるのはいいんだけど、一つ心配事があって」

「どんなこと?」


 これは本当はサーバルちゃんに話すべきことではないのかもしれない。だけれど一人じゃ答えが出ないのだから相談することにしよう。


「人って群れで生きるけものらしいんだ。生まれたばかりの子や経験や生きる力の少ない子は群れの中に入れて、一人でも生きれるまで色々教えながら群れで守る生活をしているって話なんだどね、もしも僕が群れの中に入れられちゃって出れなくなったらどうしようかなって」

「お話すればいいんじゃないかな。群れには入らないって。かばんちゃん、もう一人でもいろんなことできるし。私も、私たちも一緒にいるから心配いらないよって、そう伝えたらいいんじゃない? ボスにも手伝ってもらって。それが良いよ」


 僕の悩みにあっけらかんと答えるサーバルちゃん。確かにそれが一番だとは思う。けれどそれで納得してくれるだろうか?


「どうしても心配だって言われたら?」

「うーん、逃げちゃう?」


 ちょっと予想外の言葉が出る。考えてみたら逃げてもいい…の…かな…? 人の痕跡や暮らしを探して調べることをしていたから、人から逃げるという発想は思いつかなかった。ちょっと心配してくれてる人の言葉を無視するのは気が引けるけど。


「それは…いいのかなあ」

「へーき、へーき、でも、かばんちゃんは良いの? ヒトの群れに入ってヒトのナワバリで暮らせるんだよ? 行かなくて大丈夫?」

「んー、それも悩んでる理由の一つなんだ。セントラルパークにちゃんと入ったことはないけれど縄張りって感じはあんまり…正直、そんな気しないなって」


 セントラルパーク近くまで行ったことはあるけれど、縄張りとかそんな気は全くしなかった。ちほーとしてはきょうしゅうの港のあたりに近いそうだけど、いまいちピンとこない。これは僕が縄張りを持ったことがないからわからないだけなのかな。


「サーバルちゃんは今まで、ごこくエリアやさんかいエリアでもさばんなちほーに似た場所あったけど、『ここが自分のなわばりだ!』って思ったこと、ある?」

「そこまで強くは思ったことはないけど、なんだか他のちほーより体が動きやすいなって思ったことはあるよ」

「そっか」


 はて、他のちほーに比べて体の動きの調子がいい時。うん、わからないや。野生開放自体うまくできたことがない僕には難しい話だった。


「かばんちゃんのナワバリはナワバリで一緒にゆっくり探そうよ。それから…その前に人に会わないとね」

「…そうだね」


 ちょっとの不安はあるけれど会わなければわからないままだ。いざとなったら逃げればいい。方針が決まってしまえばあとは行動するだけだ。


「じゃあ明日はこの事バビルサさんに伝えないとね」

「バビルサ、聞いてくれるかな? 今、お薬作りの一番大事なところって言ってたよね。ボスも連れってっちゃうぐらいだし」

「ラッキーさんを連れって言ったのはたくさん作るためだから、バビルサさん自身はちょっと時間があるみたいだし、その時にお話するよ」

「そうなんだ! じゃあ逆にボスは明日からテレビの壁の部屋にずっといるの?」

「そうなるかな? 僕たちじゃ大きい機械を動かすお手伝いはできないし」

「そっかぁ、ボスも大変だね」

「何の話をしているのだ?」

「アライさん、ちょっと待ってって、ちゃんと拭かないと…」


 アライさん達がシャワーを終えてこちらにたずねてくる。急いできたのかあまり毛皮が拭かれておらず、後ろからフェネックさんがタオルを持って近づいてきていた。


「わぶっ! フェネックぅーちょっと乱暴すぎなのだ。これぐらいじゃアライさんは病気にはならないのだ!」

「アライさんが頑丈なのは知ってるよー。けどさーあくしまは今病気が流行ってるんだよー? 用心するに越したことはないと思うのさー」

「ふむ、フェネックの言うことにも一理あるのだ。風邪をひかないようにアライさんを拭いてるフェネックにはお礼を言わないといけないのだ。ありがとうフェネック、助かるのだ!」

「どういたしましてー。で、何の話をしてたのかなー?」


 アライさんをタオルでもみくちゃにしながらフェネックさんが尋ねてくる。隠すようなことでもないので話をする。


「明日、バビルサさんにあくしまでやる事全部終わったら人に会わせてもらおうって頼もうって話をしてたんですよ」

「あとかばんちゃんのナワバリも探そうねって話もしたよ!」

「ほうほう」

「かばんさんはまだ返事をしてなかったのか? 意外なのだ」

「そうですか?」


 もう、夜もくれる。イピリアは電気が使えて部屋を明るくできるから錯覚するけれどいつもは僕はとっくのとうに寝ている時間だ。夜行性であるみんなはもうちょっと起きてることもあるけど。話は盛り上がりを見せる。寝るタイミングがずれてしまった。日記はもう少し後に書けばよかったとちょっとだけ後悔をする。毎度のことだけど。日記を書くことは本当に難しい。



      ◆


 


 この日、かばんは眠りにつくことはなかった。


  雨の音は侵入者の気配を消してしまう。どんな隠れ蓑より巧妙に、しかも確実に。それはけものの耳や鼻でさえ例外なく欺く。残照の名残は雲の向こうでひそかに闇に変わる。雨と闇が同化する。


 星も見えない闇夜の盛り、災害のまがい物がスコールとともに来た。



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