舞台裏のボス、略して裏ボス

【あくしま水力発電所 “オピオーン” 】 水流調節室


『水流調節室』と書かれた養生テープの下から『システム管理室』の札が透けて見える扉がある。返事はフレンズがノックしても返事はないだろう。ここにはフレンズも人もいない。


 不思議なことに、人の気配どころか生き物の気配すら感じない、そんな場所であるのに室内にある電子機器はその役目を果たそうと正常に動作し続けていた。


 中は薄暗い。常連の暗闇が居座っているはずなのだが、今日は壁の一面を占拠している数々のモニターが、外の明かりを窓の代わりに室内に送り込んでいた。流木や泥、落石などの自然物による施設の損壊箇所確認のために仕掛けられている―フレンズや動物の観察用も兼ねている―管理用の監視カメラから外の光景が届けられている。画面が黒いから故障しているのと思えばよく見れば白や緑、黄色い文字もならんでいる。プログラムが書き連ねられたターミナルの画面だ。残念ながらカメラかモニターのどちらかが駄目になったのか黒しか映さないモニターもあり、いくつかのソレは外の景色を映すモニターとコンピューターへの命令書の並ぶモニターの壁の穴のようだった。

 モニターの壁の前には、計器とそれを管理するためのコンピューター、さらにその前にはそのコンピューターで作業する人間の為に設えたのであろうワーキングデスクと回転椅子がある。

 机の上には何もなく、紙切れ一枚残されておらず、ただ皓皓とモニターの明かりで寂寞とした風景を照らし出されていた。

 

 そこに、ただ一つ、異物も照らし出されていた。

 モニターの壁全体が見渡せる、ほぼ部屋の中心地に置かれた回転イス。その背もたれ部分に、青いスタービーストがプリントされているクッションが括り付けられ、クッションは腕時計のようなもののベルトによって、ひょうたん状に締め上げられている。

 腕時計の盤面に当たる部分にあった黒い四角の枠にはめられたレンズが星空のように白い文字の瞬く黒いモニターを反射させていた。

 いや、ちがう。レンズ自体も文字を浮かばせている。

 時折、緑色に点滅しながらラッキービーストは画面をジッと見つめていた。


 ラッキービーストは現在、水力発電所内の水門をコントロールするためリンクしている最中だ。

 本来ならラッキービーストⅠ型にそこまでの権限はない。緊急事態でない限りは施設のコントロール補佐であり、システム自体をコントロールする権限も持たない。それは人か、後継機のⅢ型の仕事である。

 しかし、ヒトであるかばんから、ラッキービーストは一つ仕事を任されていた。


『水流調節室のシステムを利用してサージタンクの水室にセルリアンを閉じ込め捕獲する。この閉じ込める為の扉を動かしてほしい』


 それはパークガイドロボの優先すべき仕事の一つ「フレンズの体調管理」にも連なる大事な仕事だ。

 このあくしまでは病気が流行っている。ラッキービーストのデータベースにこそガオガオ病は存在しているが既存の処方では効かないのであれば、近年、アップデートどころか情報共有すらままならない個体では役に立たないであろう。

 ここの施設を管理している個体は病気の流行地へ行き、フレンズの看病を補佐しているとシステムにリンクした際に情報が残されていたのが分かった。


 緊急事態。当然のことである。この個体もあくしまが管轄であったなら同じように流行地へ赴き、フレンズ達の看病という突発の任務に就いたであろう。歩行機能があればだが。

 だが、この動かせる体のない個体の管轄地はきょうしゅうである。あくしまの緊急事態ではきょうしゅうの個体はあくしまのオピオーンは動かせない。ならばどうするか。

 

 あくしまの病気の流行という緊急事態では、きょうしゅうの個体はあくしまのオピオーンは動かせない。

 この問題に、きょうしゅう出身の(実はバビルサは、異変前にきょうしゅうのさばんなちほーで生まれたフレンズであり、同郷であることが判明し、サーバルたち一行は尻尾を立てて驚いたりはしゃいだりした一場面があった。閑話休題それはさておき)フレンズ達は当ラッキービーストを交え話し合った。


 結果。

 現在、管理・監視するモノのいないオピオーン水力発電所が緊急事態に陥った時なら、管轄外のラッキービーストでも、その身に絶対の命令のうちのひとつとしてプログラムされている「施設を管理する」という任務により自体の悪化を防ぐため動かせるようになるのではないか?


 そうした推論が立てられた。

 そのまま、憶測で本番でいざ! と言う場面でいつものように『アワワワワ』と硬直フリーズなど愉快な行動をされてはたまらないため、試しに、バビルサが水流調節システムに、手持ちの電子機器を使ってクラッカー行為を仕掛けてみると、ラッキービ―ストはちゃんとシステム内の機能からガードできたので、方向性は決まった。

 

 ここで新たな問題が発生する。

 水門を動かせるほどの緊急事態とは何ぞや?


 その答えを、ラッキービーストはシステムを補佐する形でリンクしながらモニターを見つめ待っている。


 外の光景を映す画面の一つに動きがあった。ラッキービーストはそのモニターの音声をONにする。




『遅い、遅いのだー! アライさん特製ダムもたくさん出来て水もちゃんと溜まっているのに…あいつはまだ来ないのだ?』

『まあまあ、セルリアンの群れの最後尾を走ってたからね。遅くなるのも仕方ないんじゃない? 気長に待とうよ、アライさん 』

『フェネックはそうは言うけど、まだ、かばんさんはたっくさんのセルリアンに追っかけられている最中なのだ。 フェネックもあの群れを間近で見てたなら、アライさんが思っているのと同じくらいかばんさんんことが心配にならないのか?』

『んー心配は心配なんだけどねー。もう、私たちに出来ることはほとんど終わっちゃったから後は待つしかできないんだよねー』

『うー。………それもそうなのだ。こういう時の言葉に、待つ身はつらいが待たせる身もつらいとあるのだ。アライさんたちは信じて待つ側なのだ』

『アライさんはそういう言葉、どこで聞いて…ああ、来たみたい』


 動画の端から白衣を着たフレンズが歩いてくる。


『やあ、少し遅れたね』

『本当なのだ。どうせなら、あのカブ? とかいうので来ればよかったのだ』

電動バイクカブはどうしても揺れがあるからね、これを持ち運ぶには危険なんだ』

『それが作戦会議の時に言ってたバクヤク? 水みたいだね』

『見た目はね。 匂いを嗅ぐと甘い匂いがするからシロップだと勘違いされてあわや大惨事になりかけたこともあったよ』

『で、そのシロップもどきが本当にアライさんとフェネックが丹精込めて作った特製ダムをちゃんと壊せるのか? 甘いだけじゃは特製に勝てないのだ!』

『いいや』

『何ィっ⁉』

『ちゃんとした爆薬を作るには時間が足りなかったからね。これだとダムに穴を開けるぐらいしかできない。あとは水圧…穴から出ていく水の勢いで壊れてもらうから問題ないよ。だから、想像より小さい爆発になるんじゃないかな?』

『ふーん、じゃー早速やってみてよ』

『三つ数えたら投げるから下がってね。巻き込まれて流されたら困るから、あ、あと一応耳ふさいで口を開けておいて』

『はーい』

『はいなのだ!』

『では、1、2、3!』


 バビルサは大きく振りかぶって、無色透明な液体の入った試験管を、流木が丁寧に積み重ねられた導水路に向かって投げ込む。

 狙いは正確に流木でできたアライさん特製ダムに当たり、試験官がカシャンと割れる音がした。


 轟音


 見上げるほどの水煙がともに立つ。


 導水路自体が吹っ飛んだのではないか? 

 そう焦らせるほどにすごい爆発だった。


『これが『想像より小さい爆発』? これより大きい爆発は想像してなかったたけど』

『シロップもどきは全然甘くなかったのだ! 耳や頭がクワンクワンするのだ!というかダムどころか全部吹っ飛んだのだ!』


 アライさんはどうやら耳をふさぐのが遅れ、もろに轟音を聞いてしまったようだ。

 人だったらシャレで済まない事態になってたかもしれないのだが、そこはタフさに定評のあるアライグマ。シャレで済んでいるようだ。

 爆発によって吹っ飛ばされた水がボタボタと地上に雨のように降っていた。

 バビルサは全身、濡れ鼠(いや、濡れ猪だろうか?)になりながらひとりごちた。


『おかしいな、抽出方法をちょっと間違ったかな?』



 ラッキービーストは戦慄フリーズした。

 自らにプログラミングされている【フレンズの管理】に当たるフレンズの行き過ぎた行動を窘めるべきか、行動理由として【ジャパリパークの管理】に当たる『流行病の治療薬の材料集め』から黙認、むしろ推奨するべきか、葛藤が生まれる。

 そんなラッキービーストだがフリーズを解く知らせが来る。

 かばんが第一水室にたどり着いたのだ。情報から解析するに中型のセルリアンの群れを引き連れてきたようだ。

 ラッキービーストから葛藤が消える。自身のレゾンデートルでもある大事なパークガイドロボとしてのプログラムが、より優先すべきプログラムの起動する。


 ロボット三原則第一条

 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。


 かばんはヒトであり、自分はロボットである。かばんは、今、危機的状況にある。ならば、やるべきことは決まっている。


 それに個人もとい個体的な話であるがかばんは旅の仲間である。


 ダムに堰き止められていた水がダムが壊されたことにより一気に流れ込む。量自体は大したことはないのだが、鉄砲水などの水害が起きたと施設のシステムを誤解させることぐらいはできる。

 水力発電所の施設が壊されないよう急な水量の変化にシステムは警告を出す。だが反応はない。管理されていない場所なのだから当たり前だ。その弱みに付け込むようにラッキービーストはシステム内に入り込み、緊急事態により臨時管理権限許可を請求し、承認をもらう。マッチポンプである。

 とは言え、緊急事態に変わりはない。ラッキービーストはシステムを把握すると水門が問題なく動かせるかを確認する。サビついていないだろうか。一抹の不安が発生するがここの管理していた自分を信じるしかない。


 第二水室のタッチパネルを叩いた者がいる。人ではない。かばんでもない。

 おそらく、サーバルが目的を達成したのだろう。

 ラッキービーストは急いで水門を動かす。水門と制御弁は問題なく閉まった。

 あとは水を流し、貯水槽まで押し流す。その後ポンプで水流を調節しながら貯水槽内のセルリアンを水でかき回し、排水処理施設に送り込むことになる。

 その水をバビルサはイピリアの処理機能を利用して成分を抽出し治療薬を作るようだ。

 初めて会った場所が、排水処理施設であるイピリアの近くだったことから、元から自分たちがいなくとも、その機能を利用しようと下見に来ていたからかもしれない。

 バビルサが働けるよう、ラッキービーストは存分にその権能を発揮した。


 セルリアンを貯水槽へ送り込み、ポンプの動きを設定し終わった頃、水流調節室の扉が開く。サーバルとかばんだ。


「ボス―! ねぇねぇ、うまくいった? ちゃんとセルリアン捕まえられた⁉ 」

「セルリアン ノ 捕獲 ハ 成功 シタ ヨ 。 アト ハ 治療薬 ノ 成分 ヲ 抽出スル ダケ ダネ」

「よかったー」


 2人はほっと息を吐き、安堵する。ふと気づいたようにサーバルがラッキービーストに声をかける。


「ああ、それじゃあ、ボスとちゃんとおしゃべりするのも、もうすぐ終わりなんだね」

「今ハ 緊急事態 ダカラ ネ。 予断 ガ 許セナイ 状態 ダカラ

 マダ カバン ヲ 食ベナクテモ 直接 話 ハ デキル ヨ 」 

「食べないし、食べてないよ!」

「あはは」


  3人が談笑しているとまた扉が開く。

 バビルサだ。何故かフェネックとアライグマはいない。


「2人、いや3人? とも、ご苦労様」

「バビルサさん」

「あれ? アライグマとフェネックは?」

「ああ、気を付けてとは言ったんだけど、足場が崩れて導水路に流されてしまってね。

助けに行こうかとも思ったんだけど、フェネック君に『流木につかまれたみたいだし、大丈夫じゃないかな。ちょっと迎えに行ってくるから先に行ってて良いよ』と言われて、お言葉に甘えて、私だけ先に来たんだ」

「だ、大丈夫かな」

「まあ、アライグマだから大丈夫、大丈夫」

「そうかなぁ」

「ダメだったらフェネックが助けを呼びに来るよ」

「それもそうだね」


信頼があるのか扱いが雑なのか判断に難しい会話が広げられる。ただアライグマもサーバルもお互いがお互い同じような扱いをしているとは気づいていないのはいい事だろうか?


「それにしても君たちが来てくれた助かったよ。これで新型ガオガオ…いや、仮称コワイコワイ病の治療薬が作れるよ。改めてお礼を言うよ、ありがとう」

「いえ、そんな、僕は僕に出来ることをしただけで…」

「お礼なんていいよ。フレンズは助け合いだもん!」

「でも、本当に助かったんだ。あくしまエリアのみんなが病で倒れていて、そうじゃないフレンズは看護で忙しくって動けるのが私一人で治療薬の材料集めをどうしたものかと途方に暮れてたんだけど天の助けとはこのことだね」

「そういえば病気の子ってどこにいるの? 準備でこの辺はアチコチ行ったけどフレンズはどこにもいなかったけど?」

「言ってなかったっけ? こことは北西の方…丁度きょうしゅうちほーの方面にも港があるんだ。そこにある一番大きなの建物内に集まってもらってるよ」

「そうだったんだ」

「だからどこにもフレンズさんがいなかったんだね」


バビルサ達が話をしているとラッキービーストが声をかける。


「水量 調節 終了。 貯水槽内 撹拌 シマス。 5時間後 自動的 ニ 排水処理施設 イピリア ヘ 流入 サセマス。  施設 ノ 負担 ヲ 和ラゲル 為、 3時間工程 ヲ 5時間 ニ 延長 シマシタ」

「ふむ、思ったよりも時間がかかりそうだ。まあ、想定内範囲だけど。続きはまた明日かな。今日は好きにしてて良いよ。ここの所は働きづめだったし。特に君たちは一番働いてたしね」

「わかりました」

「じゃあ、ちょっと外を見てこようよ。フェネックが帰ってきてるかもしれないし」

「そうだね」


その言葉にふと気づいたようにバビルサが続ける。


「ああ、言い忘れてた。この近辺はもうほとんどセルリアンはいないけどそれでも気を付けた方が良い。君の中にはまだセルリアンを惹きつける毒があるからね。討ち漏らしが寄ってくるかもしれないか。」

「大丈夫だよ。私がやっつけちゃうから!」

「遠出をするなら治療薬とワクチンのできる7日後の方が良い。それまではここのちほーから出ない方が無難だよ」

「わかりました」

「バビルサ、聞いてる?」


3人が会話をしているとアライグマとフェネックが入ってくる。どうやら無事回収できたようだ。


「アライさん、無事だったんですね」

「やっぱり大丈夫だったね、アライグマ」

「アライさんは無敵なのだ! ただ少し死ぬかと思ったのだ」

「アライさん、泳げるんだからあそこまで慌てなくてもよかったんじゃないかな」

「泳げてもあんなに急流で流木が流れるところなんて泳げるわけがないのだ!」

「積もる話もあるようだし、休憩したらどうだい? 職員用の休憩室が3階にあったはずだから、そこに行くと良い」


4人は合流するとバビルサとラッキービーストを残し、ひとまずの休憩を入れようと施設内の休憩室へ歩いていく。

 水流調節室の外からその後ろ姿を見送るとバビルサは独り言を言う。


「この出会いは予想外だ。奇跡と言ってもいい。データを残さないと。ああそうだ、クロサイとも連絡を取らなきゃいけない。大型が釣れなかったのは残念だったけど…まあ、あいつはサンドスターの供給が間に合わずにいずれ自滅するだろうから良いか。何にしたって、あの子のおかげで研究がすごい捗ることになりそうだ」

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