中型セルリアンの群れ

 タッタッタッと軽い足音が人のいないショッピングモールに響く。

 足音の持ち主はもうすでに結構な距離を走ってるのか息が荒い。


「ハッ、ハッ、ハァッ、フッ、ハァッ、ハッ」


 帽子の羽飾り、担いでいる固定されていない鞄の蓋をゆらゆらと揺らしながら、少女はショッピングモールの一区画を駆け抜けていく。

 すると、大通りに面していたゲートから小さな地響きの音が聞こえてくる。

 それはだんだんと大きくなり、土煙も上がっているのが確認できるようになる。 その土煙を注目して見てみる。何かの生き物のようなシルエットが多数浮かび上がっている。密集するあまりに群体にも見える。そそっかしいものならブドウが群れを成して攻めてきたと叫んだだろう。

 土煙を突き破るように群体の一部が顔を出す。

 未知のモンスター、セルリアンだ。セルリアンはカラフルな体色を持つとされているが、このセルリアンたちは濁ってはいるが体を通して、外の景色と体内に内包されている弱点である石が丸見えであることから、半透明の体色のようだ。半透明の体を支える足は断ち切った針金のようで、昆虫類の足よりも細くまるで現実感がなかった。微生物を多少なりとも勉強する機会のあった人間ならミジンコのようだと言っただろう。一つ目であり、シルエットはヒヨコにも似ている。だがこのセルリアンにはミジンコが生きるのに必要な内臓を何一つ抱えていない。あるの石と目。それだけである。何よりミジンコと言うには大きすぎた。何とも言い表せない規格外の存在はモンスターと呼ぶ他あるまい。そうこうするうちにセルリアンたちはショッピングモールの大通りを蹂躙するかの如く埋め尽くし走り抜けていく。

 異常な一団が駆け抜けて、土煙が晴れたあとには何も変化はなく、ただ閑散とし、廃墟と化した繁華街がそこに在った。

 そうして、しばらくすると排気音はなく電動式特有の甲高い音を伴ってバイクがやってきた。


「やっぱり、スピードこそないものの『ヒト』のフレンズだけあって持久力にすぐれているね。走れるフレンズ達に比べれば確かにスピードは劣るものの『人』として見れば優秀…いや、『人』と比べれば卓越していると言ってもいいぐらいかな。『ヒトのフレンズ』と聞いたときは眉唾物に思ったものだけれど、これは、これは中々に興味深い」


 かばんの動きから『ヒトのフレンズ』に関する考察をしながら、バビルサは電動バイクカブのアクセルを回してスピードを上げて群れの後を追う。

 風にあおられ白衣が翻る様は、なんだか若気の至りで盗んだバイクで走りだす不良にも似ていた。


「それにしても、本命の『大型』は釣れなかったか…。薬効の強さを思えば一番欲しかったんだけど、まあ、仕方ない。中型の数で補うとしよう。そのためにも頑張ってほしいな、かばん君には」


 おそらくはもう、ショッピングモールを後にし、排水処理施設と発電所のある湖を内包する森へと入っているだろうかばんにバビルサは独り言めいた応援の言葉を贈った。



 かばんは走っていた。セルリアンもそれを追って行った。

 ガサガサと藪を掻き分けるて進むかばんの後ろをセルリアンは自分たちの針状の足をドスッドスッと突き刺すように足を進めていく。

 森林ちほーのコテージ村を突っ切り、林を抜け、森を駆け、藪を潜り、倒木を飛ぶ。時折、セルリアンのスピードを調節するための罠を避ける。自分で用意した罠に自分が引っかかっては意味がないし、シャレでは済まされない。

 ごっこではない。本当の狩りであるのだから。どちらが狩られる側に回るのかさえわからないところも含めて。

 かばんが避けた罠に無遠慮に足を突き刺したセルリアンはバクリとバードキャッチャーに足を挟まれ固定された事により自重で足が折れ、バランスが保てなくなり転がり後続の同族の邪魔をした。後続の仲間は気にせず、跨ぐのもいれば足蹴にするのもいた。ひどいのものでは突き刺した足が弱点の石に刺さり消滅させてしまっているのもいた。罠にかかったものの中には転がった際に後続の仲間に踏まれたおかげで足が折れ、バランスがとれるようになり、また狩りごっこに復帰する運のいい個体もいた。

 罠はそれなりに機能していたが、如何せんセルリアンの数が多い。

 時折、後方でセルリンアンが罠にかかる音もするが、罠を突破した音かもしれない。

 後ろを振り向いて確認する余裕がないのだ。だから前に進む。ただ目的地に向かって走るばかりだ。

 相手との距離は見なくても音でわかる。気配だってハッキリ後ろについてきてる。圧迫感がある。プレッシャーというやつだろうか? 自分の足が疲労で遅くなってきている。自身のスピードと反比例に不安も出てくる。

 転んでしまえば捕まり、作戦が台無しになってしまうのではないか?

 いや、このセルリアンは性質上、捕まっても、食べられても、終わりではない。病気になるだけだ。それにいざと言う時のためにセルリアンの後ろからついてくることになっているバビルサがいる。

 前方から隠れていたセルリアンが飛びついてくるのではないか?

 いや、みんなが事前に道を作ってくれている。その時に追い払い、場合によっては砕き、新たなセルリアンが来ないよう簡易の柵と来たらわかるように鳴子を作った。少なくともこれから行く道にはいない。大丈夫だ。そう信じる。

 本当に走る役が自分じゃないといけなかっただろうか?

 バスなどの乗り物に乗るとセルリアンは諦めて違う獲物を探しに行ってしまうらしい。皆は長い距離を休みなく走るのは苦手だ(アライさんはそうでもないのかもしれないけれど目的地までまっすぐ行くのと障害物を避けるのが少し苦手だ)。幸い、このセルリアンの足は速くない。しつこいだけだ。自分の足もそれほど早くはないけれど罠で進行を遅らせることはできる。

 酸素の足りない頭だけれども、次から次へと浮かぶ不安を論破していく。

 そう、できることをするだけなのだ。大丈夫だ。大丈夫。

 作戦を実行する前に見たみんなの顔が思い浮かぶ。心配そうな顔をしていた。事実、とても心配だと言われた。それは僕だってそうだ。もしも僕以外の誰かが僕の代わりにおとり役になる。それはとても心配になる。例え、僕と違って持っている力や技で切り抜けられると解っていても僕は心配しただろう。危険な事なんてないのが一番良い。ましてや自らその真っ只中に飛び込むなんてもってのほかだ。

 だけど、僕はそうした。

 みんなで話し合った結果、それが一番良さそうだったからだ。心配は沢山させてしまったけど。…今もさせているけれど。

 勿論、怖くないわけじゃないし、おなかのあたりが重苦しいのは決して走り続けたせいだけじゃないと思う。でも、必要なことだった。

 僕はできることだけしている。僕はしたいことをしている。あくしまにいるフレンズさん達は病気になって困っている。皆を治そうとしているバビルサさんは治療薬の材料が足りなくて困っている。材料集めを手伝って欲しいと言われて、それが僕にできることなら手伝いたかった。そんな僕にみんな協力してくれた。この役に一番合っているのは僕だった。

 今も、みんなはみんなで、それぞれでできることをしてくれている。

 僕がやるべきことは三つある。セルリアンを集めておびき寄せること。目的地まで連れてくること。ちゃんとみんなのところに無事に帰ってくることだ。

 特別なことなんて何もない。ただ目的地に向かって走るだけだ。


 木々の数が減り、周りの風景が森から林に変わり、大量の水量が高所から叩きつけられる音が、ヒトの耳でも聞き取れるようになった。

 そうして目的地までの目印でもあった鳴子はどこにもなくなっていた。

 目的地が近づいている。

 鳴子の作りからここでは返って邪魔になるだろうと元々用意はしてはいなかったが、なんだか心もとない。行くべき道は見えずともわかっていたのだけれど、不安が隙を見て心に押し入る。本当にこっちであってただろうか? その不安は聞こえてきた声によってすぐに追い出された。


「かばんさん!こっち!こっちなのだ!」

「やー、すごいねーかばんさーん。もうすぐゴールだから、もうちょっとがんばろ―」


 泥や葉っぱに木っ端でドロドロに汚れたアライさんとフェネックが苔むした大きな切り株の上に座っていた。

 切り株の下には、簡素に煉瓦で縁どられた入口が小さめの岩で囲まれた状態でそこに在った。中はコンクリートで塗り固められたトンネルになっている。入り口付近にこそ階段はあるようだが、外の光で見えるまでで『関係者以外立ち入り禁止』の看板ごと叩き壊された金柵の先は、完全に水の枯れた水路のようになっていた。

 バビルサは、この地下通路は発電所のサージタンクに続いていると言った。職員やラッキービーストがメンテナンスをするためにあるのだそうだ。


「ふっふっふっふっふっ、かばんさんが囮となりセルリアンをサージタンクの水路まで誘導し、アライさんとフェネックが作ったダムを、バビルサが開放して、ボスがサージタンクに水を流し込み、いちもうだじんにする…一部のスキも無駄もなく完璧な布陣なのだ!!」

「アライさん、その説明だとサーバルが余っちゃってるね」

「うぬっ!? ………まあ、サーバルだから大丈夫なのだ」


 いつものやり取りになんだか安心した。体はもうくたくたに疲れていて、体の奥から力が湧いてくるなんてことはなかったけれど、元気づけられたおかげか、少し体の強張りが取れた気がした。うん、あともう少しだ。


「アライさんとフェネックさんも気をつけて」

「うん、もちろん」

「かばんさんもなのだ! 罠の仕上げも楽しみにしてて欲しいのだ!」


 ハアハアと切れる息を押し止めそれだけ言った。それしか言えなかった。言いたいことはたくさんあったけど、それだけ言った。後でいい。あとで沢山話そう。いつもみたいに焚火を囲ってジャパリまんを食べながら。

 かばんは地面を心持ち強く蹴り上げ、地下へと続くトンネルに足を踏み入れた。



 トンネルの中は存外明るく、等間隔にオレンジ色のライトが続いていた。ここの施設はまだ生きているということだろう。それとも発電所が近いからだろうか。時折、こういった施設を今までの旅の中で見かけることもあったが、違いがいまいちかばんにはわからなかった。て電池を充電したのもア初めルパカのカフェだった。あそこは本来なら何をする施設だったのだろう。お湯を沸かせるからやっぱりカフェだったのだろうか? かばんは疲れから目をそらすために、そんなことを取りとめもなく考える。目的地までの道順は蛍光塗料で矢印で書かれている。見ただけでわかるように事前に書いておいたものだ。

 ちゃんとセルリアンがついてきているかの確認は音からして問題ないだろう。明らかに走り始めの時より増えている。

 セルリアンは入口にいたアライさん達には目もくれず、一途にかばんを追う。

 この一つ目半透明セルリアンは、バビルサ曰く、コモドドラゴンの生態を模倣しているらしい。だから、セルリアンは自分の毒を持つ相手をもう一度噛みつくまでずっと追いかける性質を持つのだそうだ。


 この作戦を実行する前に、無毒化には成功したがワクチンにはならなかったセルリアンの体液を注射された。注射は初めての体験で、予想よりは痛くなかったのだが、針を刺す瞬間までの時間がとてもとても怖くて、出来れば今後もしたくない。注射をしたのはおとり役の僕だけでみんなは見ていたのだけれど、とても怖がっていた。尻尾を足の間に挟んで耳は頭にペタリと引っ付けてプルプル震えていたから見ているだけでも相当怖いのだろう。これはあまり痛くない注射なんだけどね、なんて言われたけど痛さより怖さをどうにかしてくれないだろうか。怖くないけど痛すぎるのもそれは嫌だけれど。ワクチンや治療薬ができたら、また注射をしなくちゃいけないのだろうか? 必要だとはわかってはいるのだけれど。少し憂鬱になった。


 サージタンクとは、水車の負荷が変わったりやバルブの開け閉めを行ったの際の水圧の急な変化で機械が壊れるのを防ぐための機能を持つ場所なのだそうだ。

 また、自然の滝を相手にしている以上水量の変動は常にあることでその変化を吸収する役割も有る。水の力を利用する施設には必ずあるもので、オピオーンのサージタンクは水室を設けた型を横置にしたものらしい。

 山の側面に横に置く形で地面の下に隠されいる。そのため、かばんは長い長い坂道を走る羽目になっている。下見をした際に誰かが「ここは心臓破りの坂になるね」と言ったの思い出した。実際、その通りで、もはや、かばんは自らの吐く息に血の味さえ感じている。体はカッカッ、カッカッと熱くなり、汗はドロドロと体を伝っていく。

 それでも後ろは振り返れなかった。怖いのではなく、今、前を向いて走る以外の動きをすればふらついて倒れてしまう予感がしたからだ。

 それに、もう振り向く必要はないだろう。時折、目の端に半透明のセルリアンの特徴的な針金のような足が地面に突き刺さっては抜かれていくのが見えるのだから。

 セルリアンとの距離は殆どないも同然だ。このままでは自分は捕まってしまうだろう。だけど、焦ってはいけない。最後の罠をちゃんと発動させなければ。かばんは最後の力を振り絞り、セルリアンとの距離を広げた。

 すると、壁際にサージタンクの水室に直接繋がる扉が見える。横にはタッチパネルが。もっと奥にも扉が見え、さらに奥は行き止まりだ。

 最初に見えた扉の横のパネルに手を触れる。これだけでいい。認証は必要なかった。これはただの合図。水流調節室の機械を制御しているラッキーさんにかばんの到着を知らせるだけの行動。それから、あらかじめ開けてあったサージタンクの「第1水室」につながる大きく重たい扉をくぐる。バス一台が余裕で通れそうだったトンネルから今度はさばくちほうで見た地下通路ぐらいの広さになる。景色は先ほどとあまり変わらず、迷路に迷い込んだ気分だ。そういったところもさばくちほうを思い出す原因だったのだろうか。

 かばんは走りだす。走りだすと言ってもほとんど、歩いているような速度ではあったが。セルリアンにとってはチャンスでもあったのだが、かばんにとって幸いにも、扉の狭さにお互いが押し合いへし合いつっかえて数匹ずつしか中に入ってこれない様子だった。

 ここでかばんはようやくを足を止めることとなる。

ここは「第1水室」であり、かばんの目的地は「第2水室」。「第1水室」と「第2水室」の間には制動弁がある。ここをくぐっていかなければならないのだが問題が一つあった。弁が締まっているわけではない。ラッキービーストは、まだかばんが通るまで開けている。単純な話である。弁がかばんが登るにはいささか高すぎた。何のとっかかりもない3mの金属製の壁は常ならともかく疲労困憊のかばんにとっては難題であった。かばんは初めて後ろを振り向く。足が長い、短いの差はあれども、そこには半透明の一つ目のセルリアンが沢山並んでいた。

走るのをやめたせいかセルリアンの足も止まる。何故かこちらの様子をうかがう素振りがあった。しかし、かばんが何も行動をとらないとみるとセルリアンは雲霞の如くにかばんに襲いかかろうとした。


「かばんちゃん!」


一閃


第2水室から弁を飛び超えたサーバルの爪がセルリアンを引っ掻く。中型のセルリアンにとってはかすり傷だが、たたらを踏ませるには充分であった。


「行くよ、かばんちゃん!」


それから、サーバルはセルリアンが怯んでいるすきに「第1水室」と「第2水室」の合間の制動弁をかばんを担いで悠々と飛び終え逃げ去った。


サーバルが去り、「第2水室」からメンテナンス通路に出れば後ろの方でゴウン、ガンッと弁と扉が閉まった音がした。あとはボスとバビルサの仕事になる。


「あ…り…ぃっ…が、と…サーッ…バルッ…ちゃ」

「どういたしまして! かばんちゃん、すごかったね!」


ゼエハアとほとんど声にならないかばんの声にサーバルは笑って答えた。



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