あくしまにて

白衣と牙を持つけもの

  ~かばんの日記~


 りうきうエリアを旅立ってから4日目、無事、あくしま港に到着。

 見えない壁にとおせんぼされることなく上陸できた。

 それはうれしい事なんだけど、なんだか落ち着かない。みんなも、そうみたい。

 サーバルちゃんは「なんだかセルリアンの群れが来るちょっとまえみたいな感じ」と言ってたけど、確かにそんな感じもする。ワクワクして落ち着かないんじゃなくて、怖い何かがソバにいるような落ち着かなさ。だけど、いくら待ってもセルリアンは来る気配はないし、港は静かで他の港との違いは何もなくって、このケハイはなんなのかサッパリわからなくって、みんなで首をかしげていた。

 危ないかもしれないから迂回をしようかと話していたら、ラッキーさんが「もうすぐ、デンチがなくなるから、ジュウデンしてからにしよう。もし、このエリアを担当している僕に会えたら何があったのか情報交換するのもいいかもね」とジュウデンできる場所は近くにあるらしいので、そこまでバスを走らせることになった。

 大きいセルリアンが出なければいいけれど、もっと怖い何かだったらどうすればいいだろう? 

 逃げ道を確認しながら行くことにしよう。



      ◆


 あくしま港につながるいくつかの川の内、最も幅が広い川をラッキービーストは選び、かばんたちはバスを川沿いに走らせた。川沿いの道を遡っていく。おそらくは元々バスが通るために整備されていた道だったのだろう。だが、長年に渡り、通行するバスどころかけものもいない現状に、道端の植物たちは遠慮なく羽を伸ばすどころか羽目を外し生い茂て道を隠そうとしていた。そのため、かばんたちは度々バスを停め、サーバルの自慢の爪の冴えを見届けることになった。

 バスを乗り降り繰り返し、昼下がりの木漏れ日と時折聞こえる鳥の声のBGMに、

 少ししたら昼寝でもしようかと言う軽口も出てきた頃にバスは開けた場所に出た。

 客席側にいたフレンズ達は皆、席から立ち上がりバスの屋根登ったり、窓から身を乗り出し、景観の変化を確認する。


「大きい湖なのだ!」


 水辺近くの森林を好む、アライグマのフレンズであるアライさんがはしゃいだ声を出す。気候で言えばココはじゃんぐるちほーにあたり、アライグマにとってはさほど快適とは言えない湿度と熱気の地域だが、それでも水辺を見ると心浮き立つものがあるのだろう。


「奥の方でもうもう白い煙が立ってるけど、もしかして滝、それとも温泉かなぁ?」


 客車から運転席の屋根の上に移ったサーバルが左右に揺れながら遠くを見る。その言葉に、運転席側にいるかばんは視線を飛ばし滝を見ようと目を凝らすが滝自体は見えず、広がる森が湖で左右に分けられ、更に奥では崖で断ち切られてる様子しか見えなかった。崖の根本は白い靄が立ち上りハッキリと景観が見渡せない。サーバルの疑問に、かばんが自身の手首にはめられた腕時計のようなものに声をかける。


「ラッキーさん、奥にあるのは滝ですか?」


 すると腕時計の盤面に当たる部分にあった黒い四角の枠にはめられたレンズが緑色に明滅する。


「ソウダネ。ミリオンファーザムフォール ト 呼バレテイルヨ。アノ 滝 ニ ヨッテ発生スル 水流 ヲ 利用 シテ 発電シテイル 水力発電所 “オピオーン” ガ 湖 ノ 左手 ニ 見エル 白イ建物 ダヨ」


 ラッキービーストに促され湖の左手を見ると、湖岸から沖へと伸びた木造の桟橋の突き当りに、高床式の白いビルのような建物が見える。水に浸かってる部分は一部が苔や藻などによって緑色に染まり、時間の経過でところどころ灰色に煤けていたがブルーグリーンの湖面が相対的に白色を際立たせ、ビルの底を支える柱が水面に映る姿はどこなとなく朽ちた神殿を思わせた。


「そうなんだ! じゃあ、そこでジュウデンするんだね」

「じゃあ、ここから湖を突き進んだ方が早いのだ。デンチは結構重いから、手で持ち運ぶ時間は短い方が良いに決まってるのだ!」

「確かにあの桟橋はバスじゃ渡れなさそうだね」

「じゃあ、直接、発電所に渡っちゃいましょうか」


 かばんは、ハンドルを握り、右にハンドルを切ろうとするとかばんの右手首にいるラッキービーストがチカチカと早い点滅をする。


「チガウヨ、チガウヨ。充電 デキル 場所 ハ ソッチ ジャナイヨ。 右手 ノ 向カイ側 ニ アル 赤イ レンガ造リ ノ 建物 ガ ソウダヨ」


 ラッキービーストが慌てたように否定する。その言葉に促されるようにフレンズ達は白い建物から流れるように対岸の向かい側に、ツタで緑色にモコモコ膨れた建物を見つける。

 日陰になる部分だけ刈り上げられたように緑はなく、そのおかげで赤いレンガ造りとようやくわかるような姿だった。


「あそこは何という施設何ですか?」

「アソコハ排水処理施設 “イピリア” ダヨ。アクシマ ハ イベント会場 ガ 多イカラ イベント ノ 度ニ 多クノ 水ヲ 使ウンダケレド ソコデ 汚レタ水 ノ 浄化処理 ヲ イピリア デハ シテイル ヨ。 ココ デ 綺麗 ニ シテカラ 川ヲ 通ジテ 海ニ 還シテイルンダ。 タダ 浄化サレタ水 ハ 毒デハナイ ケド フレンズ ニ トッテ オイシクナイ ラシクテ アマリ 人気ノナイ スポット デモアルヨ。イピリア ハ 変電所 モ 兼ネテイテ ソコデ 充電デキル ヨ」

「発電所ってデンキを作る場所なんだよね? だったらそっちでもジュウデンできそうだけど」

「ボス、発電所じゃジュウデンできないの? 教えてくれないと、かばんちゃん食べちゃうよ」

「わーたべられちゃいまーす」


 あからさまな茶番にも律義に答える彼(?)は立派なガイドロボットだ。


「発電所 デ デキタ 電気ハ ソノママ 使ウ ニハ 強スギルカラ 変電所 デ 弱メタ 電気 ヲ 使ウンダ。 発電所 デモ 充電 デキナイ 訳デハ ナイ ケド バス ノ 電池 ダト 壊レル 可能性 ガ アルネ。 カバン ヲ タベナイデ ネ、サーバル」

「それは困るねぇ」

「デンチのないバスを運転するのは楽しいけど、ずーっとだとさすがに疲れるのだ…」

「島巡りは…大変でしたね…」

「でも、りうきうでホを作ってからだいぶ楽になったのだ」

「あの天井の穴が無駄にならなくてよかったよ…」

「どっちにしろ、湖を渡る必要がありますから、もうに水に入っちゃいますね」


 かばんは右にハンドルを切って道を外れ、湖岸にバスを寄せると、そのまま進ませ、湖の中に入っていく。バスは沈むことなく、バンパー周りに括りつけられた丸太が浮きとなりタイヤは櫂となり、船へと姿を変える。見た目は作りかけの筏にツッコみ嵌ったあげく帆がウッカリ貫通した猫型バスと事情を知らないものからしたらへんてこな姿ではあるが。それでも、頼りになる旅の仲間である。乗り手である彼女たちからしたらへんてこと言う認識すらないだろう。そもそもバスそのものが彼女たちにとってへんてこなものなのだから。

 バスを対岸の赤いまだら禿の緑のビルに向けて進めていると、かばんは目の端にチカチカと光るものを感じた。何だろう? かばんは光が見えた方に顔を向ける。対岸の道のちょうど建物の手前辺りだったはずだ。木々が邪魔をして見えにくい。気のせいだったのだろうか。そう考え直す前に、目に光が刺さる。決して気のせいではない。

 それも何か意図的なものを感じる。あれは何だろう? 何を意味している?


「あれ何だろう?」

「サーバルちゃんも見た?」

「私にも見えたよ」

「アライさんもなのだ」

「ちょっと、行って見てみませんか?」


 かばんの提案に3匹は同意し、イピリアより先に光の正体を確認することにした。

 バスは湖面をゆるりと進み、対岸に着く。幸いにもタイヤが浅瀬のぬかるみにハマることなく無事上陸を果たす。4匹は光の正体を探す。光はバスを進めている間も定期的に光っていた。その光は明らかに自分たちの目や顔を狙っていた。今までの旅の中にだって光る物はあったが、ここまであからさまに何者かの意思を感じたことはない。


「おーい、誰かいるのだー?」

「匂いからして結構近くにいるよね」

「ねえねえ、なんで私たちを呼んでたのー?」


 3匹は匂いでどこにいるか大体の見当をつけ、そちらに向かって声をかけている。こういう時、かばんは自分ももう少し耳や鼻が良かったらなあと思うが、仕方ない。ヒトとはそういう生き物なのだ。そういう鈍感さにも助けられていることもあるので一長一短なのだろう、きっと。フレンズによって得意なことは違うのだ。


「ああ、ここだよ。怪しいものじゃないから警戒しないでくれると助かる」


 林の中から、木陰から白衣の姿が見えたと思うと灰色と茶色の斑模様に湾曲した角にも見える白い髪のメガネの女性が現れる。その手にはペンライトがある。先ほどの光の正体はあれだろう。と言う事は、何かしらの目的で彼女たちは自分たちを呼んでいたようだ。かばんはゆっくり動かしていたバスを停める。


「はじめまして…かな? 君たちはもしかして、ごこくエリアか…きょうしゅうエリアから来たのかい?」

「ううん、りうきうエリアから来たよ! でも一番最初にいたエリアはきょうしゅうエリアだよ!」

「きょうしゅうからずっと旅をしてたから、きょうしゅうから来たともいえるけどね」

「思ったよりも長い旅に付き合わせちゃったね」

「おまえはなんでアライさん達がきょうしゅうエリアから来たと思ったのだ? すぐにアライさん達がどこから来たのか見破るとはきっとただものじゃないのだ」


 アライさんはバスから降りて指を突き付ける。その姿はさながら名探偵のようである。何も推理してないので、待ったをかけて時間稼ぎをし証言者にゆさぶりをかけまくって情報を集める弁護士のが近いかもしれない。 


「ああ、失礼。挨拶が遅れたね。私はバビルサ。ドクター・バビルサとも呼ばれている。普段は医者として治療法や薬の研究開発を行っている。君たちがきょうしゅうから来たんじゃないかと思った理由はこのバスの形だね。この形のバスはごこくときょうしゅう、セントラルパークにしかないんだ。セントラルパークのにあるのはプロトタイプの一台きりだけどね」

「おお、すごいやアライさん。アライさんの言う通りただものではなかったね」

「えっへん!」

「私はサーバル、よろしくね! こっちはアライグマとフェネック!」

「アライさんなのだ!」

「よろしくー」

「バビルサ ハ 二対 ノ 立派ナ牙 ガ 有名ダネ。 コノ 牙ノ 一対 ハ 頭ノ 方ニ 向カッテ 伸ビテ イルン ダケド 何故ナノカ ハ イマダ ワカッテ イナイ ヨ。マタ 敢エテ 高イ 栄養価 ヲ モツ 毒入リ ノ 木ノ実 ヲ 食ベテ 栄養ヲ 確保シテ 解毒作用 ノアル 水タマリ ヤ 泥 ヲ 食ベテ 解毒シタリシテ 生活 ノ 一部ニ 科学 ヲ 取リ込ンデイル 動物デモ アル ヨ。フレンズ化 スル 時ニ コウイッタ事 モ 影響 シテイルカモ ネ」

「おや? ラッキービーストが喋っている…と言う事は、もしかしてナマケモノじゃなくて君はヒトかい?」

「あ、はい。はじめまして。僕はヒトでかばんっていいます」


 サーバルちゃんと初めて会った時も、あなたはナマケモノ? と言われたことがあったけど、そんなに似ているのだろうか。一度は会ってみたいなあ。とチラッと脳裏の端でかばんは思った。


「あれ、あなたヒトのこと知ってる? もしかしてヒトを見たことあるのー?」

「見たことあるも何も普通に…ああ、君たちは“異変後”に生まれたフレンズなのか…だったら…うん? だったら尚更、君ことがわからないな。かばん君、君はどうやってジャパリパークに来たんだい?」

「どうやってって…」

「かばんちゃんは私と同じきょうしゅうエリアのさばんなちほーで生まれた子だよ。最初からジャパリパークにいたんだ。どこから来たって言われても困っちゃうよ」

「さばんなちほーで生まれた…とは…つまり…君はヒトのフレンズという事になるのかな」

「はい」

「最初っからそう言ってるのだ!オマエはヒトの話を聞かないフレンズなのか?」

「アライさんもヒトのことは言えないけどね」

「すまない。私は君たちとは逆でね、人はたくさん見たことがあるけれど、ヒトのフレンズは君が初めてだったんだ。だから少し…いや、とても驚いてしまってね」

「図書館にいる鳥の子もみんな言ってたね、ヒトのフレンズは珍しいって」

「でも皆、大体、一動物に一フレンズだから珍しいって言われても実感わかないなあ」

「そうでもないよ、私は君を含めてサーバルキャットのフレンズは3人見たことがあるよ、でもヒトのフレンズはかばん君が初めてだ。記録上でもね」

「えぇっ、そんなにいるの!? でも私、私以外の子見たことないよ!」

「今はセントラルパークと本土の方にいるからね、会うのは難しいんじゃないかな」

「そっかー」

「アライさん達とも会ったことはあるのか?」

「私自身は会ったことないけれど、ジャパリパークのお騒がせコンビとしてよく名前が挙がるのは聞くね」

「違うアライさんも世間に名を知らしめているのだな、同じアライグマとして鼻が高いのだ」

「それはちょっと違うんじゃないかなぁー」


 腕を組み踏ん反りかえるアライグマに3人は控えめな笑顔を浮かべた。ふと気づいたようにサーバルがその大きな耳をバビルサに向ける。興味、注意がそちらに向いている証拠だ。


「ねえ、バビルサ。たくさんヒトを見たことがあるって言ったよね? っていうことはヒトに詳しいの? ヒトのなわばりとかヒトがどうやって暮らすのか知ってる?」

「詳しいと言えるほどではないけど多少の知識はある。けど、何故だい? かばん君に聞けばわかる事じゃないか」

「僕はヒトのことに詳しくないんです。何も知らなくって…サーバルちゃんと初めて会った時も自分が何のフレンズかわからなかったぐらいで…。そのあと自分がヒトのフレンズだとわかって、それから僕はヒトがどんなけものなのか知りたくてきょうしゅうからずっと旅をしているんです」

「ふむ、そういうことか」


 バビルサは顎を撫でると言った。


「実はね、君たちを呼んだのは手伝って欲しいことがあるんだ。この島を取り巻く変な気配に関係することなんだが、ある病気が流行っていてね、私はドクターとして一刻も早くこの病気を退治しないといけない。治療薬を作るためにも君たちにも協力してほしい。もし、手伝ってくれるのなら、私の知る限りのヒトの情報と…多くの人が暮らしているセントラルパークに案内しよう。どうだい、乗ってくれるかい?」





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