クルー達と
現地で活躍する…確かにそうだ。何故忘れていたのだろう。現場の感覚が遠くなりすぎたせいだろうか。だとすれば相当感覚が鈍っている。支配人に言えば、新しい生息地に馴染んだゆえのゆるみで悪い事ではないでしょう、元の生息地に帰ったら食われるだけの生き物になり下がったと言う事ですが、と嫌味が返ってきそうだ。
“例の異変”後、セルリアンの数自体も増え、脅威自体も強くなっている。それなのに自分が園長と言う肩書になってからフレンズの皆と協力してセルリアンと戦うことはめっきり少なくなった。園長となり、元動物も含め、皆を守るという思いは今だって強くこの胸にある。首から下げられたお守りの感触も他のどの記憶と違って完全に忘れ去られたことなんてない。だが、自分のはそのように動けてない。退化していっている。そんな気さえする。退化も一種の進化であるという。進化であるというのなら何ができるようになったのだろう。
「あ、園長さん、私たちはこのまま研究所へ行って、私は仕事の引継ぎをしますので、ここで失礼しますね?」
ミライさんは職務棟での引継ぎはいいんですか? それに研究所って…ミライさん何か研究してましたっけ?
「はい、こう見えても私、けものさんの研究もしてるんですよ。何せ、けものさんたちの研究は日進月歩で進んでいきます! 今日の常識は明日の非常識なんてよくある事です。ですので、けものさん達のお世話やガイドをする上で知識のアップグレードは必須の重要課題なんですよ。 …と言っても、今回はラッキービーストの情報システム関連を見に行くだけですけど。カコさんに、封鎖していた間のあくしまのラッキー達の情報を見て現地のおおよその状況を把握してから行くのが良いんじゃないかとアドバイスいただいたので。 ちょっと時間がかかりそうなので園長さんは先に職務棟の方で引き継ぎ行っててください」
なるほど、では今日はここで解散と言う事になりますかね。では、明日、空港入口で。カコさんも、今日はお疲れさまでした。
「はい、お待ちしております」
「は、はい…お疲れさまでした」
二人が研究所へ向かっていく姿に手を振ってから職務棟に向かう
【ジャパリパーク・サファリ】中央管理センター 職務棟
かつて、園長になるならなるで動物園の園長と言う仕事はどんなことをするかを調べたことがある。
事務仕事、企画、運営、経営、広報、職員への仕事の割り振り、予算の管理、職員の意見を聞いての職場環境の改善、場合によって動物園施設改善、動物飼育環境の改善、動物の仕入れ、ジャパリパークの場合はそれに遊園地施設の管理もあるだろうか。
返事をハイで出してしまった後のことで、素人同然に自分に務まるだろうかと青ざめた覚えがある。だが実際のところなってみると自分に割り振られたのはごくごく一部だった。と、言うのも、ジャパリパークはかなり仕事が分担されていて、それが園長にも適用されていたと言う事だった。そのおかげで自分が園長としてする仕事は、一部の事務仕事、企画、広報、職員やフレンズそれとお客様の声を聴いて上にあげる(主に支配人、ごく稀に創設者なる人物にだ)、あとは飼育員やパークガイドの仕事や雑用を手伝うことぐらいだろうか。言葉にすると多く感じるが、普通の飼育員とやってる事はほとんど同じで、多少、それにプラスされているという感じだ。ジャパリパークは事務員を多めにとっているので引き継ぎさえちゃんとすれば、飼育員や研究員へのペーパーワークの負担は他に比べると少なめになると言っていたが、自分の仕事も主にペーパーワークなのであんまりその恩恵に与れた気はしない。自分には飼育員のようにフレンズにジャパまんを渡したり相談に乗ったり人間の文化を教えたり、そうでなくても動物の飼料用に果物を刻んだり芋を吹かしたり、じっと傷病観察やハズバンダリートレーニングで頭を悩ませている方が性に合っている気がする。
だが、これも重要な仕事。なんちゃって園長とは言えども特に大したことでなくても引き継がなければあとに困る人間が出るだろう。まず最初に何を引き継ごうか? 現在、担当飼育はないし、フレンズもいない。強いてあげればコモドドラゴンのコモモだが引き継げるものなら引継ぎしたいがまあ無理だろう。多少の事務仕事くらいだろうか。あとは広報の活動の一環としてやっているSNSの更新ぐらいか? でも、それぐらいは他の職員もそれぞれの担当飼育の動物をあげたりしているし…何を引き継ごうか。そう思いながら扉を開けると
「ねえねえ、同じゴリラなんだから聞くんだけどさ、サムソンはこっちのピンクのフリフリメイド服と胸元をハートとフリルで飾ったセクシーなウェイトレスどっちが好みだと思う?」
「え、ええーと…ウゥ…胃が痛いぜ…」
「やめろ、サムソンはデリアと自然交配させるんだ! お前の誘惑なんかいらない!」
「念のためだよ、念のため。サムソンとデリアなかなか近づく気配ないし、サムソン俺に求愛してくるし、ハズバンダリーちゃんとできる子だし、なら俺が誘惑して人工授精用の精子取っとこうかなーって」
「そんな心遣いはいらない!二人の仲を長い目で見守っててくれ! あとお願いだから配置移動願いだしてくれ!」
「やーだよー、アテナとナンナがサムソンのお嫁さん候補になるまでは、しつこくゴリラ育舎に居座ってやる! で、ゴリちゃん、どっちがいいと思う?」
「そっそんなの俺が知るか、コラー!!」
…とんでもないセクハラ現場だった。
まさかこんな形で職場にセクハラが横行していたとは、露も知らず…すまないゴリラ…今まで大変だったんだな…。本当に感覚が鈍っていたようだ…けものを守るといった口でこんなザマを晒すとは…ちょっと今からしかるべき処置をするからここは一旦席を外してくれないだろうか。必要な体制の整備が全く取れていなったことをここに謝ろう。今後このようなことがないよう、とりあえずこのゴリリアンズは明日から出勤できないようにしとこう。なに心配しなくていい。雇われ園長といえども年端もいかない女子に精子とか聞かせるようなセクハラを止めさせるそれぐらいの権力はある。
「いや、園長、俺は繊細な方だとは思うけど、さすがにそこまでは気にしねーけど」
うん、まあ、どっちにしろ厳重注意はしないと。ソコのゴリリアンズは来週ある『セクハラ防止講習会』に強制参加な。
「うぇーいッス」
「ちょっと待て、こいつはともかく、なんで俺もなんだ! 俺はまっとうにサムソンとデリアの…ひいてはゴリラの将来を思って行動しているんだ! そのための繁殖計画を懸命に考えた結果がセクハラ防止講習会強制参加だなんて!」
熱くゴリラについて語るゴリリアンズ片割れ。まあ、確かに繁殖計画のことを語ればどうしたってソレやナニの話題も出る。女性職員だって避けて通れない話題で、時には彼女たち自身が赤裸々にそれらの話題を出す。けれども、ゴリラのフレンズにゴリラの繁殖計画を話すのはどうだろう。いやしかし…
「園長、そいつに遠慮はいらねえよ。強制参加させろ」
広報の…たしか今はPIPなどのフレンズのアイドルの話題を担当している
「ゴリラの繁殖計画はともかく、俺はこいつが計画性を語るだけでも腹が立つんだ。園長はその頃、ここにはいなかったから知らないだろうけどな…」
「ああ…あれはひどかった…今でも思い出すたび歯を食いしばるほどの怒りを覚える」
ゴリリアンズ片割れもか。さっきから相方に辺りがきついのは私怨か。動物はそういうの気にするからここで吐いちゃいなYO。担当する動物がゴリラなら、なおさら。
だが、ここにいるゴリリアンズ片割れ達の言葉に無言で頷く事務をしている職員の割合が妙に多い。一体彼は何をやらかしたんだ。
「園長はPIPの前身がKIPという Keeper Idol Ploject という飼育員によるジャパリパークの広報を担う、いわゆるご当地アイドルだったのは知っているかな?」
風の噂に程度しか知らないが頷く。元々はフレンズにではなく人間にやらせる予定だったと。しかし、『けものみち』の一曲を最後にKIPはジャパリパークを去り、その後を、なんかいつのまにかPIPが引き継いでたとかなんとか。
「そう、当初、4人のご当地アイドルグループで売り出していく予定だった。園内ラジオで様子を見て4人が慣れた頃に、ローカルラジオ番組の枠を買ってジャパリパークの宣伝やお知らせをしていく予定だった。そう、予定だった!それは過去になってしまった! それは何故か!」
あ、ゴリさん、聞かなくてもいいですよ。耳ふさいでくれてもよろしいかと…。なんなら帰ってもらっても…。どうにも嫌な予感がするので…。
「その続きは当時、KIPファンクラブ会員、No.007だった俺が引き継ぎます! 何故なら、ここにいる、この、コイツが! 売り出し中!真っ只中だったKIPのメンバーと出来ちゃった婚をかましたからです!」
あー踊り子さんに手を触れてしまったどころか出してしまったんですね…色々と。
「売り出し範囲が全国ではなく、まだ園内だったのが不幸中の幸いだったんだが、4人から3人に切り替えて売り出し、出直したんだ…が…悪いことは続くもんで、セルリアンが園内にも発生。その後はご存知と言うか園長自身が当事者の“女王事件”へと発展していき、園内はてんやわんやの存続の危機でアイドルとか言ってる場合じゃないなコレってなり、残りのKIPメンバーも本業の方が忙しくてそれどころではなくなり、いつの間にか、空中分解していたという顛末を迎えたのであった。その当時の苦労を思うと、ここ居る全員は思わず苦い顔して彼を見つめてしまう」
「だって! だってさ! 普通、彼氏のいる子をアイドルに仕立てるのどうか思うの!業務命令つってもさぁ!」
「耳貸さなくて良いぞ、園長。それだけならまだ情状酌量の余地はあったんだけどな。こいつ、事実確認しようとしたら、妊娠させた事実ごとバックレようとしてな、そんで信頼は地の底。抜けたメンバーの代わりに一身に恨みを背負うことになったわけだな。ファンと俺たち広報のな」
なるほど、ろくでなしだ。
「その時のことは勘弁してくれよ。本当、本当に反省してます! 娘にだって誓える!」
「うるせぇ! 家に帰ったら娘さんに『知らないおじさん来た。怖い』とか言われて怯えられろ!」
「残念でした! 毎日、ネットで通話してるもん! 最近は顔見せただけで『ぱーぱ、ぱーぱ』笑ってくれるもん!」
「あれ、娘さんは可愛いんだけど脂下がったアンタ見るのキツいんで自室でやってくれません?」
「ならば、将来どこの馬の骨かわからないシャバーニ似のイケメンに取られちまえ! 『パパより懐の深いこの人がいいの…ポっ』ってなあ!」
「やめろぉー! そんな未来のことの話をするなぁー!娘は誰にもやらないんだー!」
馬の骨が曖昧なわりにはゴリラの魂が強すぎる。
「あんな無責任なこともう二度とやりません! カコ博士にもさんざん詰められたし…あの時はマジで怖かった…」
カコ博士が何故? 人に怒って問い詰めるなんて所想像がつかないのだが…カコ博士を模倣したセルリアンの女王でさえ感情を荒げる所を見せなかったからなおのことだ。KIPの誰かのファンだったとか?
「ああ、こいつのお相手のメンバーが菜々ちゃんだと誤解して地の果てまで…つっても島内の園内だけど…追い詰めてって、とっ捕まえた後、滅茶苦茶尋問したのよ、カコ博士」
菜々ちゃん? ミライさんが本土の方に新人指導をしに行ったときに名前が出てくるのを聞いた気もするが、その子のことで何故、カコ博士が?
「あれ? 園長知らない? 菜々ちゃんとカコ博士、いとこ同士なのよ。菜々ちゃんの方はコネでJAPARI PARKに入れたって思われたくないから隠してるみたいだけど。コネだけで入れたら人手不足はとっくのとうに解消なのにねぇ。うちの採用基準、ヨソよりもだいぶキツメなのよ、お仕事もキツイけど。ま、お給料はいい方だけどね」
そうだったのか。名前しか知らない子の話をされても、そうなのかとしか言えないが。それにしてもカコ博士にもいとこと言うものが…何となく勝手ながら天涯孤独のイメージがあった。カコ博士に模倣していたセルリアンの女王と相対していたせいかたびたび勝手なイメージが付きまとう。
ゴリリアンズ片割れ(ピンクのフリフリメイド服)が近寄って耳打ちをする。
「園長。これオフレコの情報なんだけど。カコ博士、親を早くに失くしてるって話なんだけどさ。その後、母方だか父方だかの親戚に引き取られて菜々ちゃんと姉妹同然に育ったらしいんだわ。さっきの話し踏まえるとカコ博士的にあれじゃない? そんな重要なこと自分には教えてくれなかったのかとかやはり本当の姉妹じゃないからとか、誤解してる間に色々考えちゃったんじゃない? 完全に誤解だったわけだけど、考えたことがしこりに残るってことはあるんじゃない? そのあとだいぶ落ち込んでたからさ、カコ博士」
なんで、そんな情報を知っていて、なおかつ自分に教えるんだろう?
「んージャパリパークって楽しい場所だけど、やっぱ人が多いからさー善人ばっかりってわけでもねぇのよ。どうにもよろしくない噂を立てて喜ぶさもしい奴はいますって話。ゴリちゃん達にも聞かせたくないぐらいのね。で、園長にリークした理由だけど、職員の職場環境整備は園長の仕事なんしょ? 頼んだよ、園長」
そういう所がサムソンに求愛される所以では?
「へっへー、いい男だろ? なーんで世の女どもは俺をスルーするかねえ」
「それはね、あんたも計画性のない男ってバレてるからよ。ハイこれ、予算として認められないから、自腹決定ね」
「ウッソ、マジで⁉ 自腹となるとこの服、割と高ぇーんだけど!」
「知らないわよ、ゴリラを誘惑するための服なんて普通のド〇キとかでいいでしょ」
「いや、ド〇キとかでも俺が着れるサイズ普通に高いから!しかもこれド〇キじゃないし!」
「男性が着れるメイド服とウェイトレス服が売ってるお店…ジャパリパークにそんないかがわしいお店あったっけ?」
「いかがわしいお店に何で限定したん?」
「園長、園長、この服、経費で認めてよ! ゴリラ繁殖計画の一環で!」
「あ⁉ 園長使うとは卑怯な!」
んーねえゴリさん。 どっちの服が好み? 自分が着るとしたら。
「あ? ど、どっちも着るわけねえだろっコラー!」
メイド服の方に目が行ってるね。相変わらず可愛いもの好きだなあ。ってことで使用後クリーニングしてゴリさんにプレゼントしたらフレンズとの交際費として認めようか。ゴリさんは男が着た後のメイド服なんて嫌かもしれないけど捨てるよりはいいかなと思っていただけたらなあと。
「た、確かに捨てるよりはいいな! 別に俺が着るわけじゃねえけど、経費の為だもんな! 着るわけがないけどな!」
着ないとは言っていない。とまあ、ゴリさんもそれでよさそうだ。助かったってことでそういうことで。
「クリーニング代とセクシーウェイトレスの方は…?」
さすがにそこまでは…ちょっと…。
「そんなぁー」
「いや、園長かなり甘い判定したと思うけど、私は」
はて、自分はここへ何をしに来たのだったか? あ、引継ぎだ。忘れてた。
「そうだそうだ、園長、あくしま行くんでしょう? 支配人から連絡来ましたよ。 行くんなら写真撮ってきてもらっていいですか? サイトに載せるんで。 LB達に任せるとどうも視点が低すぎて。海の方しかまともな写真ないんですよ」
わかった。あとは…
ドタドタドタドタドタドタッ! バンッ!
「園長君! 居ますか!?」
支配人⁉ さっきの今で⁉ そんな血相変えて駆け込んでくるなんて一体どうしたんです? 通信機使えばいいじゃないですか。
「ジャパリパークの一大事です! 君に4割、期待してる仕事が来ました! あくしま行きは中止、明日はあなたは本土の方へ…いや、今から私と来てください! ミライ君には私から連絡しておく! すぐに旅支度をしろ!」
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